真我万象虚空識界血戦

 上位者ハイパービーイング───神格同士の戦いとは、如何なるものか。


 互いに全知、今ここにある現実すべてと、これより先に起きる未来を知っている。

 互いに全能、あらゆる事象を引き起こし、あらゆる事物を消し去る力を有する。


「GOOOOOOOMAAAAAAAAAA───!!」


「来たか。厄災の獣よ」


 故に、問われるのはである。

 思考と反射の戦いと言い換えてもいい。未来予知や並行世界・可能性宇宙の観測などは、上位者にとっては出来て当然の前提に過ぎない。それらによってお互いの次の手が見え透いており、万事が成功して拮抗するならば、へ先に辿り着いた方が勝つ。


 神と神、宇宙の王と厄災の獣が激突する。

 始まったのは、まさしく神話だった。


 火炎の海嘯、極大質量の濁流、絶対零度の渦、真空の刃、雷轟の魔弾、隕石の雨霰、猛毒の黒煙、破壊不能金属の槍衾、茨の触手、微細な粒子であらゆる装甲を削り取る砂嵐、有機組織を侵食し腐り落とす細菌兵器、無機物を捕食し塵に変えるナノマシン、万物を爆砕する不可視の念力、通過した直線上の物体を原子崩壊させる閃光、特定座標上のエネルギー位相を反転し真空崩壊に導く暗黒物質、対象を砂糖と紅茶の香りに分解する魔力の粉塵、寿命の概念を強制的に発現させる呪い。

 直撃すれば同じ神をも殺し、ただの一度で銀河を容易く消滅させるほどの破壊が、児戯か拳銃弾か程度の気軽さで擲たれる。

 世界の幕引き、終末の釣瓶撃ちとしか呼べぬ壮絶な光景。弱卒の割って入る隙は寸毫たりとも無かった。それは数の利や小手先の戦術などで抗えるものではなく、神と神が争うということがどのような結果をもたらすのかを、その場に集った者たちは否応なく理解した。


「理解できぬ」


 荒ぶる神の暴威、引き起こされる不条理は未だ終息の気配を見せない。


「何故、抗う。たとえ神の域に入門を果たそうと、汝と我では経てきた年月が違う。蓄えた力の桁が違う。我を滅ぼすことは能わぬ」


 時空を操る神器、刻命界ン・ソが回転する。因果の配列が乱れ狂う。

 拳を固めて殴りかかったゴマ=ゴマフのヒレが捻じれて千切れ、黄金の熱風を放ったヴァハトマ・ベルヒドゥエンの翼がガラスの如く砕け散る。

 そして次の瞬間には、何事も無かったかのようにすべてが復元されている。


「……解せぬといえば、あの小娘もそう。汝はあれの仇ではなかったのか。そも、我が修復した歴史を受け入れず、この不出来な宇宙を蘇らせることを選んだのも理解できぬ」


 風も音も光さえも置き去りにする超神速の攻防の最中、ゴマ=ゴマフの動きが止まった。

 物質界ならざる精神アストラル界―――あるいは集合的無意識領域からの干渉。この夢と幻想を司る世界の階層レイヤーは物理的な実体を持たず、しかし宇宙全土の生命体の"視座"と繋がっているため、現実と密接に相関する。

 1秒間の停滞の隙に、大神ベルヒドゥエンの展開する殺戮の曼荼羅が、たちまちゴマ=ゴマフの身を蝕む。

 1秒後、誰の目にも明らかに消し飛んだはずのあざらしの五体が――物質もエネルギーも空間すら存在しない、完全なる虚空から――動画の逆再生の如く完璧に再生した。

 同時、並行世界より呼び込まれた幾多ものゴマ=ゴマフたちがベルヒドゥエンを包囲し、一打一打が中性子星の激突に匹敵する破滅的な拳撃を叩き込む。


「答えよ、獣。汝らは何だ」


 次元を横断し衝撃を相転移させる光の防御壁が幾万、幾億と立て続けに崩れ去り、大神の表皮にひびが入って、即座に快癒した。


「さぁ、僕は見ての通りただのあざらしだけど。……あぁ、でも───」


 リンが僕を呼び戻した理由はよくわかる、とゴマは続けた。


「僕はだ。それで、お前はあの子の味方じゃない。僕を殺すのは自分だって、きっとそう思ったんだろうさ」


「……理解できぬ」


「じゃあ解らないまま理不尽に死ね。恩返しなんて柄じゃないが、僕だって誰かに素直に感謝してやってもいいと思う時はあるし……何より、お前は一度僕を殺した。全力で叩き潰すには、充分すぎる理由だ」


 静かなる宣言と共に、ゴマ=ゴマフが纏う覇気、神威の圧力がさらに増していく。




――――――――――――――――――――――――――――――




 対するベルヒドゥエンもまた、その力のすべてを解き放たんとし―――膨れ上がった神気が、体躯の巨大化という現象として具現する。


「不遜なる者。邪悪なる者」


 始めは数百メートル。既に充分に巨大ではあるが、事ここに至って特筆するほどではない。

 5秒後には数キロメートル。誰もが首を痛めるまで見上げても、到底見上げ切れぬ高さに達する。

 戦場のけものたちが異変に気付いた頃には数万キロメートル。天体であれば重力圏を形成するに相応しい規模。

 恒星規模、極超巨星規模、星系規模、星団規模、銀河規模、やがては大規模構造体グレート・アトラクターのそれに至っても力の増大は止まらず───否。


「裁かれよ。みな悉く」


 時空を超えて全宇宙に偏在し、無限無尽の並行世界を掌握する大神ヴァハトマ・ベルヒドゥエンにとっては、こそが本来の姿だ。

 天体ほしは元素、銀河は細胞、宇宙は血球───『世界』は大神の手足からだであり、万物万象はかの者が見下ろす遊技盤はこにわに過ぎない。


「滅べ」


 破壊と再生、輪廻創世の大権能。

 全智の独裁者のみに許された窮極の神威、回帰にして寂滅の理が、アニマルバースを跡形も無く消し去り─────。




――――――――――――――――――――――――――――――




 けものも、神々も、そして全知全能の王でさえ。


 決戦の場にゴマ=ゴマフ以外の『あざらし』が現れなかったことに、気づいた者は少なかった。

 それに違和感を覚えた者はさらに少なかった。確かに『あざらし』は極めて強力な存在だが、真の上位者ハイパービーイングと比べればいささか劣る。

 ゴマ=ゴマフがその領域に到達した以上、彼ら同胞はとして背後に控えているのだと、誰もがそう認識していた。


「―――――終末災害効果投影器ラグナロク・エフェクター、展開」


 否。


聖槍魔弾加速帯ロンゴミニアド・バレル、形成」


 否である。

『あざらし』は古代種族・ヤルダモの手で創造されただ。


王冠ケテルから奈落タウミエルへ―――エネルギーライン、全段直結」


 戦い、殺し、勝ち取ることこそ彼らの本懐だ。

 生まれたばかりの赤子一匹に至るまで、全員が戦士であるが故に、彼らはずっと諦めていなかった。


時空間締結杭クロノス・バンカーボルト、現在座標に対し固定」


 無限無尽に広がる三千大千世界の、海原に落ちた砂塵の如き極小の地点。

 そこには、天を衝くように伸びる白亜の巨塔がそびえていた。


徹界第三眼弾頭パースパタ・バレット、装填。嵐神腔線マルドゥーク・リング、回転開始」


 ゴマ=ゴマフの復活を見守り、出陣を見送った5000兆匹の『あざらし』―――ことによって形成された、神殺しの"大砲"である。


暁天機関アマテラス・ドライヴ、チャンバー内、正常加圧中―――第五元素エーテル充填率、55、60……75……80……」


「―――セラ、緊急弁全閉鎖! ……最大出力で片を付ける。ごめんみんな……あなたたちの命を、私に……ゴマにちょうだい……!」


 宇宙最後のヤルダモ・リンが、アルヴディアスの身化転変メタモルフォーゼ状態で『あざらし砲』を手繰る。

 狙いを外す心配は無かった。何せ、大神てきは文字通りなのだから。


「ごまー」


「っ……、了解! 出力上昇、90……95、100……」


「ごまーごまー」


「ごまー。まー?」


「ごまー! ごまごま! ごまー!」


「110……115」


「ごまごまー! ごまー!」


「ごーま! ごーま! ごまー!」


「「「「「GOMAAAAAAAAAAAAAAA!!」」」」」


「―――第五元素エーテル充填、120%……! リン様!!」


 今日までに『あざらし』が征服した版図、遍く銀河に芽吹きし文明の総数にして425803。

 恒星間距離を楽々と航行可能な先進種族もあれば、言語の読み書きすら普及していない未開の蛮族もあったが、それらすべてに共通していたもの―――未来への希望、を込めて。


「行っけえええええぇぇぇぇぇぇぇ―――――!!」


 ありったけのたましいを乗せて、弾丸は宙を翔んだ。




――――――――――――――――――――――――――――――




 ―――如何に『あざらし』のすべて、アニマルバースの全身全霊を懸けた一撃であろうとも、それはの力に過ぎない。

 宇宙全土を、無限の並行世界すら掌握するヴァハトマ・ベルヒドゥエンの総体とは、質量の桁が幾千幾万も異なる。

 もし仮に、高く巨大な岩山に神経が通ったとして、果たして針の一刺しや蟻の一噛みを痛痒と感じるだろうか。


 否である。

 神殺し、摂理を否定する属性を多く含んだその弾丸は、ベルヒドゥエンにとっても脅威ではあった。

 翼の一振りで弾き飛ばそうとは思う程度の。




 そう知っていたから、ゴマは駆けた。




 仲間たちが切り札を用意していることを、知っていたから。

 それが大神には通用しないということを、知っていたから。

 戦いが始まった瞬間から、ずっと考え続けていた。


(『上位者』っていうのは、当たり前だけど便宜上の呼び名だ。"神の領域"には上も下も無い。世界を構成する一番に居るから神なんだ。僕はまだ、その深淵の入り口に立っただけ)


 ならば。


(―――ならば、。『神殺し』の属性は神に向けて振るわれるもの。ベルヒドゥエンにとってはどれほど弱い力でも、それは


 未だ形而下現実に囚われたままの物理的実体を、分解する。

 尋常のけものが行えば自殺行為だが、今のゴマは神の力の片鱗に触れた存在。

 そうして分離した霊魂そのものを―――神殺しの弾丸へ、"憑依"させる。


「ホントの最後の切り札は、俺自身が"銀の弾丸"になることだ」


 足りなかったのは、大神ベルヒドゥエンに比肩し得るだけの、単純な力の量だけ。

 ここに、巌からすれば取るに足らぬ蟻の一噛みは、恐るべき獣の爪牙と相成った。


「必殺、ゴマシリーズ!」


 振り被り、叩きつける。

 飽きるほど繰り返してきたその動作が、寝ても覚めても身体が覚えているその所作が、今。


「―――――『ゴマせん』ッ!!」




――――――――――――――――――――――――――――――




 完全に入った。


「お」


 強い手応え。けれど、身体には何の反動も無い。


「……お、ぉ」


 体内を巡る血液が、燃え滾るような熱を帯びている。

 なのに、頭の中はどこまでも澄み渡り、感じるすべてがどこか冷たくて。

 とにかく……何もかもが透明で、心地いい。


「お―――お、おおおぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉッ!?」


 殴りつけた、大神の額が割れる。

 言葉では言い表せないほどの極大質量―――広大無辺の多元宇宙であるはずのヴァハトマ・ベルヒドゥエンが、


「―――掴んだ。神の力の核心、世界の呼吸……。これが、"僕"か」


 さぁ。

 ここからが、ハイライトだ。

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