禽獣百万匹大殺界地獄曼荼羅

 火の神が、イヌを焼いて消し飛ばす。

 水の神が、ネコを溺れさせ押し流す。

 風の神が、ウサギを吹き散らし八つ裂きとする。

 土の神が、ネズミを叩き潰して砕き尽くす。


 シャチの一団が刀を掲げて吶喊する。無数の腕を持つ神が一刀を振るうと、千の首が同時に落ちた。

 クマの艦隊が砲火を噴き上げる。盾と守護の力を操る神がそのすべてを無効化し、指向性を反転させて打ち返した。

 スズメの空挺部隊が飛び立つ。雲に乗った神が雷を落とし、最新鋭の宇宙戦闘機スペース・ファイターを紙細工のように引き裂いた。

 バッタの群れがバイクを駆って躍りかかる。冷気を纏った神が吐息を吹きかけると、氷柱つららの豪雨が大地を刺し貫いた。

 ヌーの機動大隊が味方をも巻き込む勢いで猛進する。山のように巨大な竜の姿を取る神がその頭上に落下し、空間全体を震わせる衝撃波と地割れを引き起こした。

 チンパンジーの魔導兵団が集団詠唱による極大魔術を行使する。死を司る冥府の神が囁き、その声が届く範囲に居たすべてのけものから魂を抜き取った。


 第11銀河アニマルバースに遍く100万の氏族、その総力を懸けた一大決戦。

 対するは幾星霜の彼方、より集められた那由多の神々。


 召喚された数が違う。個々の力量が違う。世界に対して行使できる権利が違う―――およそ戦力と見なせる、すべての要素の桁が違う。

 勝ち目は無く、希望も無い。この戦場のどこにも。


 それでも、なお。


「……俺、帰ったら結婚するんだ」


「お前たちは先に行け! フッ……なぁに、すぐ追いつくさ!」


「だ、大丈夫! このくらい、ちょっと休めばすぐ元気になるから」


「負けるかよォ! こちとらかわいいネーチャン抱くまでは死ねないんだッ!」


 彼らは、諦めていなかった。

 何故ならば―――――。




――――――――――――――――――――――――――――――




「時空震動波を検知ッ! 新たな神格が顕現します!」


「く……! 奴の軍勢は無尽蔵か!?」


「狼狽えるな! 存在規模ライフスケールは?」


「1000……3000……9000、まだ伸びる? す、少なくとも3等恒星級……いや───」


「何だこれ? 数値が安定しない、計器の故障か? でも、マイナス4000なんて極端な……」


「……秒単位でカズムタイト反応が推移していく! ここまでの揺らぎを見せる存在など記録に無い……!」


「それって……まさか」


「あぁ─────間違いない」






 ごまー





だ」




――――――――――――――――――――――――――――――




 神々が─────。




 火の神が指先に炎を灯した瞬間、その頭部と胴体が抉れた。

 水の神が波浪を起こそうと身動ぎした直後、腰から上が潰れて消えた。

 風の神が鎌鼬を纏った刹那、無数の光の槍が全身を貫いた。

 土の神が大地を揺らさんと足を上げた時、顔面から炎が噴き出し瞬時に焼け落ちた。


 多腕なる神が波濤の如き剣を振るう。すべての刃が叩き折られ、使い手ごと微塵と化すまで切り刻まれた。

 守護の神が盾を横薙ぎに叩きつける。真正面から打ち砕かれ、尚も止まらぬ拳撃の連打を受けて沈黙する。

 天候の神が雷を降らし、吹雪を巻き起こす。どこまでも広がる光の波が上空を埋め、すべての暗雲を吹き飛ばした。

 竜の神が爪牙でもって全周囲を引き裂く。一際大きな衝撃が走り、その巨躯が膨大な血飛沫を撒き散らしながら捻じ切れた。

 死の神が滅びの呪詛を放つ。カウンターハックによって術式が解体、模倣され、周囲に居た多数の神々に感染して殺し尽くした。


「…………来たか!!」


 豊穣の神が木々の槍と蔦の鎖を投じる。恒星めいた極大の炎が焼き払う。


「来たのか!?」


 獣の神が群れたる四足獣と共に襲いかかる。地面が剣へと変じて諸共に串刺しにする。


「来たぞ! 奴だ!」


 星の神が雨霰と隕石を呼び寄せる。光と熱の斬撃が夜空に閃く。


「奴だ! 奴が来たぞ! め!」


 魔術の神が時を停める封印の方陣を編む。引き千切られ噛み砕かれる。


「遅かったじゃないか」


 運命の神が不条理な死を具現させる。跳ね返された死の運命が神自身に降りかかって破滅をもたらす。


「―――――そうッ!! その通り、主役は遅れてやってくる!」


 八番目の最強種。

 超進化生命体『あざらし』の王。知られべからざる真の霊長。混沌の悪夢の支配者。

 天上天下唯我独尊、己の快・不快のみを絶対の行動原理とし―――それに弓引くすべてを否定して破壊する、鮮血の救世主サオシュヤント


「ではでは皆さあぁぁん!! ご唱和ください、我の名をッ―――――アリュゾホート・マグサリナス・ゴ」


「「「「「うるせええええええぇぇぇぇぇぇ!! 死ねやこのクソカスがああああああァァァァァァ!!」」」」」


 そして、銀河中に響き渡る罵声の大合唱により、魔王は出鼻を挫かれた。


「ゴマっ!?」


「遅ぇんだよボケ!! テメェが呼びつけた癖にどんだけ待たせやがる!」


「誰がお前の力なんぞ借りるかァ! すっこんでろクズ!」


「お前……!! お前が、私の妹を……!」


「―――天誅」


「ふざけんなみんな出てこい! ゴマ=ゴマフが来たぞ!」


「あいつの首にかかってる賞金額知ってるかァ!? 5000兆ドルは俺のもんだーッ!!」


「そうだ! 俺の親父もあいつに殺された! 女子供10人ぽっち拷問しただけで……血も涙も無ぇ!」


「神様とかどうでもいい。あのあざらしを殺せれば、僕はそれで―――」


「殺せぇ!! 広場に吊るして皮を剥ぎ、火にくべて首を刎ねろォ!!」


「カチコミじゃあ!! 今日こそそのタマったるッ、覚悟せいゴマ=ゴマフゥゥゥ!!」


 次々と浴びせられる罵詈雑言。それはそうだろう―――何せ、今日まで第11銀河アニマルバースを荒らし回っていたすべての元凶が、今更味方のような顔をしてこの絶望的な戦場に現れたのだから。

 アニマルバースは燃えていた。怒りで、屈辱で、復讐心で。


「―――……」


 その渦中。ゴマ=ゴマフは震えていた。

 怒りで、屈辱で―――――慙愧に限りなく近い憤懣で。


「あぁ、わかったよ……。お前らの態度はよくわかった。せっかく何かカッコいい感じで復活して、ピンチの連中も助けてやったっていうのにな。わかったわかった。オーケイ、いいぜ……」


 空間が鳴動する。

 天は翳り、地が揺れる。大気が紫電を帯び始める。ゴマ=ゴマフの矮躯に、超新星爆発じみた莫大なエネルギーが収束していく。

 至高の全能者に率いられる神々の軍勢さえもが、その様子に畏れ慄いた。


「……お前ら全員纏めて! 倍ッ……いや……!!」


 黄金の闘気が膨れ上がる。

 真っ赤な光と蒼い炎が暴れ狂う。

 透明な神威が星々の彼方にまで伝播する。


「―――――5万倍ゴマんばい返しだアアアアアァァァァァァァッ!!」


 ゴマ=ゴマフが叫んだ瞬間、虹の奔流が宇宙を満たした。

 それは、暗黒の宇宙に色とりどりの花が咲き乱れたかのようだった。すべてを呑み込み、どこまでも広がる"いのち"の虹。


 反撃が始まる。


 鎧兜を纏ったシャチの集団が駆ける。乗騎の麒麟たちは力強くを踏みつけ、その身を雷光と化して神の軍勢へと突き進む。


お館様阿修羅神刀斎の仇、今こそ討ち果たさん!! 狙うはゴマ=ゴマフの首ただ一つ―――斬り捨てよッ!!」


「応オォオオォォォ!!」


 シロクマとライオンの艦隊が陣形を立て直す。膨大無数の艦載機が甲板より飛翔していく。


「我らシロクマ!! かつて北の海と星海の覇者と呼ばれた威厳を取り戻す時だ!!」


「他の氏族に先を越されるな、銀河の王たる獅子の意地を見せよ!! 全砲門、開放!!」


「「撃てエエェェェ―――――!!」」


 どこからともなく現れた野獣の群れが、誰に言われることも無く走り出す。一目散に、敵へ―――神の軍勢に向かって。

 竜王ゼドゲウス亡き今、自分たち1匹1匹がアニマルバースの未来を繋ぐ牙であり爪であることを、彼らは本能で理解していた。


 時代がかった騎士甲冑を身に着けたウサギたちが、しかし一切の淀みを感じさせない動きで進撃する。


「―――――この戦場に立つ、すべての兵士に告げる」


 白毛赤眼の聖女が語りかける。聖騎士の女王が発する。


「聴け、己が天命に誇りを持つ者よ。己が背に守るべきものある者よ。己が手に明日を掴まんとする者よ! 今、戦う理由が、この艱難辛苦に抗う意志あるならば……我と共に進め!」


 ゾウの歩兵が顔を上げた。

 キリンの戦車乗りが顔を上げた。

 アヒルの飛行士が顔を上げた。

 モグラの整備兵が顔を上げた。

 ゴリラの剣闘士が顔を上げた。

 キツネの伝令が顔を上げた。

 チーターの魔術師が顔を上げた。

 サメのサイボーグ兵が顔を上げた。

 アルパカの盗賊が顔を上げた。

 テントウムシの工兵が顔を上げた。

 イカのシャーマンが顔を上げた。

 カメの極道が顔を上げた。

 オオカミの暗黒騎士が顔を上げた。


「我が名は大ウサギ民国聖王代行、レティシア・ハルパーズ・ラビメクト!! 大いなる主の御名が下、貴公らと共に破局を覆そう!!」


 禽獣蟲魚百万匹の大咆哮が、宇宙全土へと轟く。

 最後の時間が―――本当の決戦が、始まる。

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