決戦、神とあざらし

のこされたもの

 2027年7月頃、ボンゴマ・ファミリーの名でひとつの声明が発せられた。

 金と暴力で緩やかに繋がった銀河最大の犯罪シンジケートにして、超進化生命体『あざらし』の王、ゴマ=ゴマフを頂点に戴く巨悪の巣窟。

 その声明は、瞬く間に第11銀河アニマルバースの全土を駆け巡り─────。




――――――――――――――――――――――――――――――




〈───はじめまして。私はボンゴマ・ファミリーの、リン・メイシアです〉


 七星の最強種たちが去った後、アニマルバースは未曾有の混乱の最中にあった。

 シロクマ=シャチ連邦共和国・陸軍省戦術機動騎兵師団『義鯱衆』は今日も、ケルメェス星系に跋扈する浪人や野盗の討伐に勤しんでいる。


〈今日はこのアニマルバース、第11銀河に住まうすべての方たちに、お話があります〉


 シェキオナー以下70以上の星系、そして『あざらし』の本拠たるガレオルニス星系方面への注視を続けるシロクマ=シャチ連邦の正規軍も同じく。

 戦禍と痛みと、恩讐と応報。己のため、家族のため、仲間のため、野心のため、誇りのため───ここでは誰もが、生きるために戦っている。


〈信じがたいかも知れませんが……この銀河は今、大神ヴァハトマ・ベルヒドゥエンにより、消滅の危機に晒されています〉


 竜王ゼドゲウスと暗澹のドラクリオが滅び、知恵持たぬ野の獣たちは統制を失った。

 ただ当然の本能として、彼らは進路上のあらゆるを喰らい、薙ぎ払い、踏み潰していった。


〈ベルヒドゥエンはゴマ=ゴマフを利用して、七星の最強種たちを駆逐し、その神器を奪った。そうして古代種族、ヤルダモが造った最後の遺物を手に入れ───宇宙の歴史を改変することで、この銀河を消し去ろうとしている〉


 シャンデュリオン星系の内紛は今も続いている。

 新たに聖王となったレティシア・ハルパーズ・ラビメクト率いる聖女派と、前聖王が今際に遺した"死"を奉じる思想に基づく聖戦派が、血で血を洗う骨肉の争いだ。

 正気と狂気の境界さえ不確かな混沌の内で、しかし彼らは、新しい希望を掲げ戦い続けている。


〈いきなりこんな話をされて、信じろと言われても無理があると思います〉


 "百獣皇帝"ライガード・レオポーン・レグルサルバの死は、アニマルバースのすべてに影響をもたらした。

 いくつかの属国が離反を企て、あるいは真正面から攻め込もうとする敵国すらあった。さりとてライガードという絶対者を失ってもライオン王国はやはり強大であり、その陰で密かに利益を得ていた同盟国もまた多く、アンプレキオノ星系は無数の謀略が渦巻く銀河最大の伏魔殿と化した。


〈ただ、彼は―――――私たちの代表、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフは、戦うつもりです。大神ベルヒドゥエンと、アニマルバースの存亡を懸けて〉


 そしてこの日、


〈……ゴマ=ゴマフが今日までに成した所業。銀河に遍く多くの人々に『あざらし』が与えた甚大な被害を、取り返しのつかない傷を、許せとは言いません〉


 あざらしは、


〈けれど、今日だけは〉


 アニマルバースは、


〈───どうか、力を貸してください。他の誰のためでもなく……あなた自身の、私たちの未来。アニマルバースに生きる、すべての命のために〉


 神へ、挑む。




――――――――――――――――――――――――――――――





 大神ヴァハトマ・ベルヒドゥエンは気づいていた。

 己が支配する全宇宙、広大無辺の三千世界という盤面にして箱庭に、奇怪なものが巣食っている。

 規模にして銀河ひとつ分。刻命界ン・ソと羅占槍タムクォイツェーンを持ち、時空を司る真に全能の存在へ至った己に比して、あまりにも矮小な異物。今や他の神々さえ及びもつかぬ力を手に入れたベルヒドゥエンにとっては、小指一本で消し潰せる芥も芥───。


 宇宙を形成する法則そのものであり、時間軸を超越し、ありとあらゆる空間に偏在する上位者ハイパー・ビーイングと言えども、―――ひいては"核"、あるいは"個我"と呼べる部分はある。

 流れる雲の如く、揺蕩う波の如く、風に吹かれる砂の如く。星々の運行が暗黒の宇宙というスクリーンに光の濃淡を作り出し、そうして浮かび上がったヴィジョンこそ、まさしく大神ベルヒドゥエンの御姿に他ならない。


 神霊降誕、大いなる摂理の具象化。

 形而下世界に現出したヴァハトマ・ベルヒドゥエンは、かつてゴマ=ゴマフ一行を滅ぼした時の曖昧な光の塊の姿とは異なる。


 曲線を基調として手足を持ち、石像めいた硬質の肢体を持ち、おおよその造作は昆虫型の獣人に近い。

 しかし、その山脈の如き威容は尋常の生命に有り得ざる黄金と真紅に彩られ、3対6本の腕に6対12枚の翼を備える異形でありながら、いざ対峙すれば万人が伏して拝むであろうほどに美しい。

 恒星ひとつを丸ごと喰らっていたドラクリオ・クレムベルのように、物理的に巨大である必要は無かった。その背に広がる12の翼は虹色に光り輝き、直視すら憚られる神性、聖なる灯火でもって宇宙の果てまでを照らしている。




「ヴァハトマ・ベルヒドゥエン現出! 艦隊各位、攻撃開始せよ!」


 そして、第11銀河アニマルバースのすべてがヴァハトマ・ベルヒドゥエンに立ちはだかっていた。


 宙雷艇・駆逐艦を含む小型艦270,000隻、中型艦103,000隻、大型艦15,000隻を擁する大艦隊―――ライオン王国、シロクマ=シャチ連邦共和国、大ウサギ民国など、アニマルバースに存在するあらゆる国家が集結している。

 最強種を失い、統率も危うかった彼らが───否、混沌とする情勢の中で、暴力と悪意により権益を貪っていた邪なる者たちでさえもが。


「アニマルバースが駄目になるかならないかなんだ! やってみる価値ありますぜ!」


 ───たとえどれほどの戦力を揃えようと、宇宙を統べる摂理たるベルヒドゥエン相手には意味が無い。


「全機散開ッ! 一番槍は我々がいただく……突撃ラブハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアト!!」


 大神が刻命界ン・ソと羅占槍タムクォイツェーンを召喚する。

 時空を司る全能の匣が廻り、真実を縫い留める絶対の槍が振るわれ、アニマルバースの有史以来最大規模の連合艦隊を瞬く間に消滅させる。


「とんでもねぇ神サマが相手とかって話だが、最新型が負けるわけねぇだろ!! 行くぞおおぉぁあ!!」


 はず、であった。


「―――……?」


 砲火、砲火、砲火、砲火―――銀河丸ごと一つ分、一個の恒星間文明の総力を懸けた集中攻撃を受けても、真の神たるベルヒドゥエンにダメージは無い。

 だが、ベルヒドゥエンもまた異様な事態に疑問を覚えていた。無敵の神器、ン・ソとタムクォイツェーンの力が十全に機能していない。

 艦隊の数割を一息にして消し去ることは出来た。しかし、それまでだ。歴史げんじつの改変が完了していない。ベルヒドゥエンが理想とする世界には程遠い。


 何かが、ヴァハトマ・ベルヒドゥエンの宇宙の完成を阻んでいる。

 である己の眼さえも欺き、容易くは関知し得ぬ何かが。


「……是非も無し。然らば、この手で葬り去るのみ」


 決断は早かった。神の匣が再び廻る。時間と空間を歪め、接続し、現世ならざる異界への扉を開く。

 ―――尋常の生命と上位者ハイパー・ビーイングでは、文字通り存在の規格が違う。次元が違う。互いに影響を与え合うことはあれど、それらの視点にんしき、住まう世界が直接的に交わることはない。

 されど、神器ン・ソを介すれば、本来絶対的なその階差すらもことが可能だった。


 かつてはベルヒドゥエンと敵対し、喰らい飲み干され、あるいは敗れ服従した上位者の群れ―――神々の軍勢が、時空を超えて現出する。

 全能の王には及ばずとも、一体一体が宇宙を構成するあらゆる事物、事象、概念の具現化である神々の力は、かの七星の最強種たちをも遥かに凌駕する。


 絶望に抗う時間が、始まった。




――――――――――――――――――――――――――――――




「ゴマ」


 大勢の予想に反して、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフは未だ戦場に現れてはいなかった。

 坂本が命を賭して行使した虚数の力は確かに、ゴマ=ゴマフを死の淵より救い上げるにはなった。

 しかし、ゴマ=ゴマフと、『あざらし』と第11銀河アニマルバースの歴史は、切っても切れない関係にある。『あざらし』と共にの歴史の再生が行われた結果、最強種たるゴマ=ゴマフを完全に蘇らせるには届かなかったのだ。


「ファルネクス63597羽の命、お前に託す。ベルヒドゥエンにやられた負け犬どもだが、他の上位者ハイパー・ビーイングの協力もいくらか取り付けた。それで今、銀河中のけものが戦ってる」


 銀河の中心に座す極大重力天体、その内側に広がる超空間ハイパー・スペースへの量子テレポーテーション・ゲートの前で、ピヨ・モッモパパーロは語りかける。眼前で眠る蒼炎の天使―――未だ戻らぬ彼らの王を探し出すため、存在しない虚数の海を泳ぐ彼女に。

 隣にはカメレオン頭の獣人と、黒髪の少女が控えている。その周囲を埋め尽くす白いもふもふは、王の同胞たる無数の『あざらし』たちだ。


「わかるだろ。後はお前だけだ」


『あざらし』たちは待っている。

 主の目覚めを。

 王の鬨を。

 開戦の号砲を。


「―――――この場所に集まった、すべての『あざらし』に命じます」


 携えた一本の剣―――神器・統制剣『アルヴキュリア』を掲げ、リンが言う。

 宇宙最後の人類ヤルダモとして、彼ら『あざらし』に下すべき命令を。



 それは、禁忌だ。

 自身らは古代種ヤルダモに創造された兵器であり、究極的には使われる"道具"である『あざらし』たちを、その枷から解き放つ禁忌の言霊。


「世界中の……宇宙中の面白い人たちに会って。色んな映画を観て、色んな本を読んで、絵を観て、絵を描いて。素敵な友達をたくさん作って、みんなで目一杯遊んで、疲れたら……美味しい食べ物を、お腹が膨れるほど食べて、よく眠って」


 声と共に、リンの目から涙が溢れてくる。

 リンの命令は祈りであり、後悔だった。宇宙最後の人類ヤルダモ───自分にはもう手に入らないもの。彼ら『あざらし』を救うために手放したすべてのために、少女は祈る。


「夏になったら海に行って……まぁあんたたちは基本海にいるけど……。春は、花畑でピクニックとか。冬は……っ、遊園地とかテーマパークとか、楽しんで……。秋は、ちょっとすぐには思いつかないけど」


 集いし『あざらし』たちは、そんな創造主の言葉を黙って聞いている。

 立ち並ぶ無機質な極黒の瞳が、しかしこの瞬間だけは─────。


「……家族や恋人の誕生日を、熱々のピザと、冷たいコーラと、おっきなケーキで祝って。何でもない日でも踊ったりなんかして、笑って、笑って、笑って……。銀河を超えてどこまでも、星空の果てまで旅をして―――明るく、楽しく、自由に。生きて」


 遠く、星々の残響をうたう。


「だから」


 終わっていない。

 未来は決まっていない。今はまだ。


「だから……とっとと起きなさいよ、このスカポンタヌキ!! これは、あざらしあんたが始めた物語ものがたりでしょッ─────!!」

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