ライオン王国の一番長い日 その4

 覇界の大帝と、白皙の魔王。


「ゴマ=ゴマフか」


 最強種の中の最強種と、最強種の中の最強種。


「艦隊はどうした?」


 ライオンと、あざらし。


「安心してよ、全滅させたわけじゃない。食い飽きたから放っぽってきただけ」


 真紅の炎と黄金の波動が渦を巻く。

 蒼い闘気と闇色の雷光が横溢する。


「そうか。……我も会いたかったぞ、災厄の化身よ」


 互いに最強、互いに究極。


「ここでは他に聞く者も居らぬ。腹を割って話そう」


「ぷ?」


「我はな、


 獅子の王は語る。己が胸の内に秘め続けた野望を。


「さて、そなたらあざらしが台頭する前夜、あのシャチ氏族への逆襲が起こる直前であったろうか。ある日の夜、全能神ヴァハトマ・ベルヒドゥエンより神託を授かったのよ。七星の最強種によるアニマルバースの均衡が破られ、すべてが破局に向かう時が来ると」


「―――……」


「無論、そのように告げられて黙って見ているわけにもいかぬから、我は整えた。そなたら『あざらし』を迎え撃ち、そして他の最強種が討たれた後の準備をな。本来ならそなたには、時点で死んでもらう手筈だったが……まぁ、予定外とは起こるものだ。相手が同じ最強種の器となれば尚更」


「……、御託はいい。要するに何が言いたいんだ」


「我が軍門に下れ、あざらし。共に銀河を支配しようぞ」


 爆発寸前にまで高まったプレッシャーとは裏腹に、ごく穏やかな声で皇帝が言った。

 それは王として当然のであり、二心なく『あざらし』族との友好を望む態度であった。


「冗談にしても笑えないな、それ」


 バチリ、と黒い稲妻が弾けた。

 ゴマ=ゴマフが顔をしかめる。それだけで大気が熱せられ、光と空間が歪む。


「そこで転がってる4匹と……あの変な機械の中にもう1匹。こいつらはボンゴマ・ファミリーの大事な資産で、僕の友達だ。それをお前は傷つけた」


 言葉は無意味。交渉など最初から破綻している。

 アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフが銀河に生まれ落ちた瞬間から、この運命は決まっていた。


。馬鹿どもの治療費5匹分、お気に入りの愛車の修理代、そしてこの僕をイラつかせてくれた代金―――そっくりそのまま取り立ててやるよ」


 これまでと何も変わらない。出会ってしまったからには競わねばならぬ。

 弱肉強食、適者生存、頂点の椅子は常にただひとつ―――彼ら最強種でさえもが遵守する、第11銀河アニマルバースにおいて唯一絶対の掟。


「国ひとつで済むと思うな。泣き叫びながら死んで詫びろ」


「残念だ。ならば今度こそ死ね、銀河に仇成す悪逆の徒よ」


 森羅万象が割れる。




――――――――――――――――――――――――――――――




 数万年前 古代種族『ヤルダモ』、故郷の第7銀河を追われ飛来

      辺境銀河――現・第11銀河――の開拓事業創始


 約2000年前 大宇宙連盟評議会勢力、ヤルダモを追って到来

       上位者ハイパー・ビーイングの力を借りてこれを討伐

       古代種ヤルダモ、絶滅


 同時代 第11銀河統括機構、発足

     ヤルダモが遺した改造生物『けもの』の土着化、先住権が認められる

     "アニマルバース"の歴史、大獣族時代の始まり



 けもの暦2002年3月 シャチ氏族、ガレオルニス星系の調査を開始


 同年5月 シャチ・あざらし集団暴行殺獣事件、発生


 同年8月 シャチ氏族、あざらし襲来による損害拡大につき撤退


 けもの暦2003年2月 ガレオルニス星系γ星『ジア・ウルテ』より、

           あざらし流出の報告多数


 同年3月 第11銀河統括機構、ガレオルニス星系の再調査計画を始動


 同年6月 ジア・ウルテにて、あざらしの大規模コロニー発見


 同時期 ポニポッシュ星系η星『エルティウム』にて、

     カタツムリ氏族の間で未知の感染症が流行

     事後調査において、これらは宇宙輸送船に付着して飛来した

     『あざらし細胞』によるパンデミックであったことが判明

     発見が遅れたのは当初、雑多な細菌・ウイルス類がもたらす

     季節性感冒と誤認されていたことが原因とされる


 同年10月 あざらし細胞、覚醒

      銀河中のけものの体内に潜伏していたあざらし細胞が

      侵食支配能力によって一斉に"羽化"する

      複数の星系、並びに氏族が瞬く間に壊滅


 同年12月 第11銀河統括機構による非常事態宣言、発令

      第1次あざらし防衛戦争、勃発


 けもの暦2008年7月 初期型対あざらし細胞装甲、完成

 

 同年8月 第11銀河統括機構麾下、シャチ氏族・シロクマ氏族による反転攻勢

      第32次あざらし討伐作戦、発動

      あざらしの最大勢力圏、約63%の漸減に成功


 けもの暦2009年12月 識別コード『魔法使いウィザード』、出現

           強勢個体『白の十王』が初めて確認される

           シロクマ軍のガレオルニス星系進駐部隊に壊滅的被害


 けもの暦2010年1月 識別コード『枢機卿カーディナル』、出現


 同年3月 識別コード『輝く戦車プシュパカ・ラタ』、出現


 同年5月 識別コード『鬼子母神ハーリーティー』、出現


 同時期 識別コード『悪魔の脳デーモン・ブレイン』、出現

     識別コード『万殺城インビンシブル』、出現


 同年8月 識別コード『死神デス』、出現


 同年11月 識別コード『星光を喰らう者スターライト・イーター』、出現


 同時期 識別コード『行進する地獄ヘル・ロード』、出現


 同年12月 超抜級強勢個体・識別コード『GOMA』、出現

      アザラシ戦役、勃発


 けもの暦2024年3月 シャチントン決戦・あざらし天国の変

           アニマルヒーロー連合盟主 ライオネル、死亡

           魔術師ギルド『九つの猫の尾』首長 ゲルダ、死亡

           諜報ギルド『天狐炉理衆てんころりしゅう』頭目 右近左衛門、死亡

           サメ氏族藩王 キャプテン=ジョー・ネード、死亡

           ペイペイ八極拳天下最高師範 ヤン・パンリー、死亡

           盗賊団『黒死銀河魔蟲ギャラクシアン・デス・ワーム』首領 ンガ・マージャ、死亡

           『アニマルバース六英雄』、敗北


 けもの暦2025年8月 あざらし勢力、銀河中心部超空間ハイパースペースに到達

           第11銀河統括機構、壊滅

           アザラシ戦役、"終息"


 けもの暦2026年5月 七星神器セブンス・クェイサー争奪戦、開始




――――――――――――――――――――――――――――――




「ゴマァ!!」


 ゴマがの闘気を解放する。

 白い毛並みが金色に染まり、雷撃めいたエネルギーの奔流が全周囲を薙ぎ払う。


「チェリャアァァッ!!」


 凡百のけものなら浴びただけで即死するをいとも容易く退け、ライガードの正拳突きが空間を穿つ。

 対し、ゴマは薄皮一枚のみを掠らせて前に出る。カウンターの一撃が獅子王の鳩尾みぞおちを抉り、続けて放たれた連打が波動の鎧を貫いていく。


「ぬぅぅ……!」


「ゴマァッ」


「かあァァ!!」


 両拳を固めて叩きつける、ライガードのアームハンマー。回避するゴマ。

 そこへライガードがすかさず張り手を繰り出し、ゴマは地面を跳ね回りながら転がっていく。

 ヒレを立てて踏みとどまり、顔を上げたゴマの眼前にまた拳。頭突きで応じる。紅炎と雷光が弾けて拡散する。


「シィッ」


「それは」


 ライガードが突き出した拳を捻る。シャチ氏族流の柔術、合気道による運動エネルギーの操作だ。

 これによりゴマは頭突きの速度を殺され、大いに姿勢を崩す―――はずだった。


「もう見た」


 しかし、かつて阿修羅神刀斎鯱光との死闘を制したゴマは、既にそのわざを知っている。優れた知覚能力と神速の反射神経を持つゴマに、同じ技は二度通じない。

 後の先。衝撃を殺されたと感じた瞬間にはむしろ深く身を沈め、即座に跳び上がってアッパーカットを見舞う。


「ごぁっ!?」


「ゴマアアァァアァッ」


「……くく、ふはははははは!!」


 さりとて、ここで倒れる百獣の王ではない。


「―――グルアアアァァァァァァァ!!」


「ゴ、マ!?」


 先刻のリンとの戦いで底を見せていなかったのはライガードも同様。

 揺らめくようだった黄金色の闘気オーラは激しく炸裂スパークするかの如く猛り、纏う紅炎は赤紫の雷霆に変じて暴れ狂う。


幾年いくとせぶりか―――――全力を振るうのは!!」


 絶大無比なる力、力、力。

 背中に守るべき民のある時では、解き放つことすら能わぬ王の全身全霊。

 銀河最強の軍勢を率いる器ゆえにライオン氏族の最強種なのではない。そも、ライダード・レオポーン・レグルサルバは、単身でライオン氏族―――否、あらゆるネコ科猛獣氏族の血を継ぐ、アニマルバース最強の雄である。


「ルルルルル……ルアアアアアァァァァァァ―――!!」


「……ゴマアアアアアアアァァァァァァァッ!!」


 ふたつの咆哮が轟く。

 天地が鳴動する。


 ゴマのヒレによるブロックを貫徹して、ライガードの右ストレートが顔面に突き刺さった。

 魔王は怯まない。その場でカズムタイト魔力を収束させ、己の顔面ごと光の小爆発を放つ。

『あざらし』はその全身が"思考する細胞"で構成されており、脳に該当する器官を持たない――あるいは全身が脳である――故に、頭部の脱落は思考能力や精神活動の停止を意味しない。規格外の治癒力が砕けた目を、鼻を、ピンク色の頬を即座に再生し、ゴマは再び反撃に移った。

 目にも留まらぬ拳打の嵐を、ライガードは冷静に捌いていく。防ぎ、弾き、流し、致命打にはならないと判断すればそのまま受け止める。

 身に纏う闘気を差し引いても、獅子王が五体に備えた肉の鎧は分厚く硬い。あのグリス・ナヌラーク・ポラベラムを彷彿とさせる手応えだった。


「ゴマっ!」


「力こそ―――」


「ゴ……マ……!? ッ!」


 突進に合わせて放ったライガードのアッパーが、ゴマの下顎へ吸い込まれた。

 それでも、互いに止まらない。ゴマは2枚のヒレまで使って獅子王を殴り続け、ライガードは魔王の攻撃が精度を欠くのを咎めるようにカウンターを刺し込む。

 殴り、殴られる。蹴り、蹴られる。投げ、投げられる。絞め、絞められる。


「野心こそッ」


「ゴマァァァァァァ……!」


 ライガード・レオポーン・レグルサルバの五体に流れる、ネコ科氏族の血が脈動する。

 トラの鋭利な爪牙を振るい、チーターの速度で翻弄し、ジャガーの瞬発力で飛び回り、ハイエナの執念タフネスで戦い続ける。

 たった1匹のあざらしを殺すために、百獣の王が持てるすべてを懸けて"狩り"に臨む。


「そして、慈愛こそ……王の故よ」


 王の神威が膨れ上がる。


「……貴様に!! それがあるか、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフ!?」


 覇界の光が雨霰と降り注いだ。生成された無数のエネルギー弾がゴマを襲う。その一発一発が岩山を割り、大地を蒸発させて余りあるだけの熱量を秘めている。

 あざらしの王は臆せず、尚も前進し続ける。類稀なる戦闘センスでもって、空間を埋め尽くす破壊エネルギーの雪崩を、最低限の回避動作ですり抜けていく。


「銀河に遍く100万の氏族、守るべき民らに対する愛が! 背負う覚悟が!」


 ライガードが腰を落とし、強く地面を踏みしめると、生じた烈震が地殻を割った。

 刻まれた裂け目が赤々と燃える溶岩を吐き出す。重力が逆転し、惑星の内奥に満ちる極大の生命力が宙を舞う。

 それらすべてをを切っていなし、ライガードの頭上を飛び越えた瞬間、ゴマは両ヒレにて力を溜めていた虹色の光弾をなげうった。


「この戦いの果て、アニマルバースを導く意志が―――貴様にあるのか!? 答えろオォォッ!!」


 着弾、炸裂、巻き起こる炎の渦―――の中から平然と、獅子王が姿を現す。

 王の叫びは大気を激しく震わせ、否、強烈な光の波と化して、辺り一帯を薙ぎ払った。


「ごちゃごちゃうるせぇぇぇッ!! 知るかクソボケがァ―――!!」


 魔王の殺意が膨れ上がる。

 と同時に、の白銀の闘気―――在りし日のアザラシ戦役にて、アニマルバース六英雄と数多の上位者ハイパー・ビーイングを討ち果たした極限の姿へと到達する。


「ならばッ!! で、あるならば!! 我は敗けぬ……国家は敗けぬ! 王は敗けぬ! 我こそが―――」


 刹那、世界が白んだ。

 竜王ゼドゲウスの息吹を思わせるほどの、否、あの万物万象を焼き尽くす業火でさえも霞んで見えるほどの超絶的なエネルギーの塊が現出する。


「この我が、銀河を支配する!! アニマルバース千年の平穏がため……滅びよ、ゴマ=ゴマフ!」


 天体の環境を所有者の思うがままに改変する神器、燎嵐鎚ベティエヌ。因果の配列を操り、所有者が望む事象を紡ぎ出す神器、万色杖フワラルネストラーベ。

 方向性は違えど権能を備えたふたつの神器、それらより抽出された力がただ一点、ことにのみ注がれる。

 それは、ゴマ1匹だけを、宇宙の歴史が終焉を迎える瞬間へ送り込むにも等しい。


「―――――『全帝終焉覇ジ・オール・エンド』オオオォォォォォッ!!」


 超新星爆発スーパーノヴァにも匹敵するエネルギーが、事象の境界面を引き裂きながら迸った。

 あらゆる因果整合性が破壊され、ただ獅子王の裁定した結果だけが現実として残る。

 上位者ハイパー・ビーイングと対峙して"神殺し"を為したゴマでさえ経験したことの無い、完全な埒外の力。

 あざらしを滅ぼすために規格を設定された"終末"そのもの、虚無へと続く光の奈落が、ゴマの眼前まで迫り。


「いいや」


 ヒレを握る。

 小さくて、柔らかくて、何かを掴む指すら無い手。海中では水を掻き、陸上では地面を撫でることしか出来ない腕。

 けれど、こんなヒレでも届く場所はあるのだと―――ゴマ=ゴマフは知っている。


 防御を忘れ、回避を忘れ、集中しているという自覚すら忘れた集中の極致。

 重心を前へ。腰から丹田はらへ、丹田からヒレへ、流れるように力が移動する。


 すぅ、と世界が遠ざかる。

 心は透明で、目に映るすべてが澄んでいる。

 作った拳に掴んだものを、心臓むねに抱いて歩き出す。


「勝つのはだ」


「隙だらけよ、王様」


 徹甲砲撃剣ゴマル・ガンブレードの刃が、背後から覇界大帝の腹を貫いていた。

 全力の必殺技を放った後、リンによってその場に縫い留められたライガードは動けない。


 たとえ、星々を滅する終焉の一撃を前にしようと。

 恐れるものは何も無く―――己の全存在を乗せた拳は、すべてに勝る。




 この日、あざらしが百獣の王を殴り飛ばした。

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