ライオン王国の一番長い日 その3

 融星鏡・アルヴディアス。

 かつて第11銀河アニマルバースにて栄華を極め、やがて滅びた古代種族ヤルダモが遺せし『10の遺物』のひとつ。


『10の遺物』の内、長い年月の中でヤルダモの秘匿から離れ、アニマルバースの住獣たちの手に渡ったものこそが『七星神器セブンス・クェイサー』と呼ばれる至宝の正体である。

 故に『遺物』と『神器』は同等の存在であり―――"大いなる運命の下、担い手と神器が互いを選ぶ"という性質もまた同様だ。


 万象斬滅の魔剣、零子刀ヤルルカーンが阿修羅神刀斎鯱光を。

 万物滅却の一矢、奏星弓セニキス=ミラオリスがグリス・ポラベラムを。

 無限無尽の炉心、永劫核ヘトラキサキドル・ゼペルトリンデが竜王ゼドゲウスを。

 百智万能の王笏、万色杖フワラルネストラーベがドラクリオ・クレムベルを。

 天地創生の神器、燎嵐鎚ベティエヌがライガード・レグルサルバを。

 そして、銀河最古の神性たるヴァハトマ・ベルヒドゥエンが、刻命界こくめいかいン・ソを選び所有した。


『青薔薇の鎧』こと天獄鎧ネサルフェリオについては例外だったが、それもゴマ=ゴマフの襲来によって、巡り巡って本来の持ち主への返還が成されている。

 アルヴディアスもそうだ。立ちはだかるすべてを喰らい、銀河の覇者の座へと駆け上がらんとする者―――ゴマ=ゴマフに選ばれ、故にこそ彼を担い手に選んだ。


 最強種ならぬ資質無き者に、神器の力は引き出せない。遺物の真髄は宿らない。

 それがこの宇宙の摂理で、銀河に遍く大原則。


 ―――――その、はずだった。




――――――――――――――――――――――――――――――




「貴……様、それは」


 王の中の王、百獣皇帝ライガード・レグルサルバが、驚愕している。

 信じられぬものを見たという顔をして、額に汗の玉を浮かべている。


「その姿は……」


「―――……」


「……お前は、何者だ……!!」


 赤と青が奇妙な色彩の瞳。尾の如く流した漆黒の長髪。

 白を基調とした戦闘服バトル・スーツには紺碧に輝くエネルギー・ラインが走り、内包する闘気が周囲の大気を加熱している。


「これが、七星神器セブンス・クェイサーの……セラの力」


 身体の底から溢れてくるパワー。魂を震わせる高揚感。

 いける、これならばと、リンは確信した。


〈ユニバース・ジーン、装填セット。ユーザー特性に合致した武装を出力します〉


 セラのアナウンスと共に、アルヴディアスゴマリオルライザーに蓄積された生命の記憶ユニバース・ジーンが励起する。


〈零子刀ヤルルカーン、奏星弓セニキス=ミラオリス、読込ローディング。形態を統合、最適化、再解釈〉


GOMAL-GUN/BLADEゴマル・ガンブレード


 右手には矛。長く鋭い刃を持ち、護拳にあたる箇所に砲口が設けられたそれは、であると同時にだ。

 呑み込み、攪拌し、統合する―――神器・融星鏡アルヴディアスが真なる力を解放すれば、このような芸当すら可能となる。


〈ジャーリス・アバウォッキ、読込ローディング。天獄鎧ネサルフェリオのデータ取得。アルミラージ鋼"ラビメクトの神鉄"を媒介として、権能を疑似再現〉


GOMAGIUS-SHIELDゴマギウス・シールド


 左手には盾。ウサギ氏族の神、アルミラージによってもたらされし神鉄を用いた不抜の鉄壁。

 腕の動作を妨げぬ籠手に近い小盾バックラーだが、使用者の意志に従って不可視の力場を展開し、外観からは想像もつかないほどの広範囲を防護せしめる。


「―――つくづく愚かな。後悔しても遅いぞ」


 獅子の王が言う。その両の掌に閃光が迸り、燎嵐鎚ベティエヌと万色杖フワラルネストラーベが顕現した。

 アルヴディアスという特殊なシステムを介さず、己が力量のみで2つの七星神器セブンス・クェイサーを従えるライガードもまた、ゴマ=ゴマフに勝るとも劣らぬ"最強種の中の最強種"だ。


「後悔なんてしない。がそうであるように」


 続く衝突は無言で、そして雄弁だった。

 燎嵐鎚の雷が落ちる。神鉄の盾から生じた力場がそれを阻む。轟音と共に凄まじいエネルギーが迸った。

 ライガードは万色杖を振るい、盾の力場に干渉して雷撃をとおそうとするが、その動きよりも早くリンの銃剣が火を噴いた。

 王室伝来の鎧に範を取ったバトル・スーツは極めて頑強で、普及型の荷電粒子銃ビームガン程度ならば難なく無効化する。しかし、ライガードは本能的に攻撃を中断し、燎嵐鎚の錘と斧刃による防御に切り替えた―――痛烈な衝撃。


「……星光の矢! やはりゴマ=ゴマフと同じ、喰らった最強種の神器を糧としているのか!」


「そうらしいわ、ねっ!!」


 百獣の王の雷霆より生還した反逆者が駆ける。

 星光の弾丸を乱れ撃って牽制とし、極限まで強化ブーストされた身体能力に、スーツ各部の推進器スラスターから放出されるジェット噴射を加えた突進。

 瞬時にして亜音速にまで到達したリンは、剣と鎚矛メイスという得物の間合いリーチの差をものともせず、ライガードに肉薄し刃を叩きつける。


「痴れ者が……我をライオン王国皇帝、ライガード・レオポーン・レグルサルバと知って楯突くか!!」


「お生憎様、私ってば記憶喪失なもんでね。気に入らない奴は誰だろうとブッ飛ばす―――それだけよ!!」


 次々と襲い来る斬撃に対し、燎嵐鎚が電流を、万色杖が火炎を纏った。

 億単位の超高電圧と超高熱を受けて―――されど、リンの剣は確かに、ふたつの神器と打ち合っている。徹甲砲撃剣『ゴマル・ガンブレード』の刀身には、ヤルルカーンが持つ絶対切断の権能が宿っているからだ。

 セニキス=ミラオリスとの融合によっては落ちており、出力が下がっていても尚、雷を裂き炎を断つに不足は無い。


「然らばッ」


「!」


 わずかに後ろに下がったライガードが、万色杖の先端で地面を小突く。

 リンの眼前から敵の姿が掻き消えた。空間操作による短距離空間跳躍ショート・ワープ

 上空へと獅子の王は両手の神器を手繰り、さらなる攻勢を仕掛ける。


「地よ、裂けよ」


 燎嵐鎚が有する『天体改造テラフォーミング』の権能が発動し、ライガードの言葉通りに大地が割れ裂けた。地殻は複数の四角いブロック状に分断され、天へと浮かび上がっていく。

 リンはスーツのジェット噴射を駆使してやり過ごそうと試みるが、重力を直接操作しているゴマとは異なり、ずっと安定して飛行し続けられるわけではない。


「く―――!」


「星よ、降り来たれ!!」


 そして、万色杖の魔力が砕かれた地殻の破片を支配し、大質量の弾丸として発射した。

 アルヴディアスによってセラと一体化し、大きく強化・拡張されたリンの知覚をもってしても認識困難なほどの速度。赤熱した星の鉄槌が降り注ぐ。


「……負けて」


〈永劫核ヘトラキサキドル・ゼペルトリンデ、読込ローディング


「たまるかッ」


〈ゴマリオル・ライザー、臨界出力ハイパードライブ


 脳内に直接焼き込まれるインストールされるマニュアルに従って、リンはアルヴディアスゴマリオル・ライザーを操作する。

 ゴマル・ガンブレードを亜空間ハンガーに格納。そして手首の辺りに配されたコズミック・ブルーの球状ユニット―――光子記憶結晶体『アカシック・ブレーザー』を叩くと、内包された宇宙そら世界ほしの力が溢れ出した。


〈起動コマンド発行―――『GOMAON-PUNCHゴマオン・パンチ』〉


 竜王の心臓、永劫核『ヘトラキサキドル・ゼペルトリンデ』から供給される膨大なエネルギーが、リンの右手へと収束する。

 腕を振り被り、倒すべき敵の姿を捉えて、


「うおぉー……っ!」


〈あっ。待ってください、高出力モードの起動コマンドは音声認識なので、正しく発音しないと待機中のエネルギーが暴走して機器が自壊します〉


「え!? えっ……つ、つまり?」


〈必殺技を使う時は、名前を叫んでから殴りましょう〉


「嘘でしょ!? 今ぁ!?」


 星の鉄槌はつぶての散弾となり、雨の如く叩きつける。回避する猶予はもはや無い。


「あぁもうっ……! わかったわよ、やればいいんでしょやれば!!」


Over Boostオーバー・ブースト!〉


「何をぶつぶつとほざいているか知らんが、これで終わりだ!」


 だが、リンとライガードの間にはもはや、隔てた距離の他に何の障害も存在しない―――この期に及んで生じた、ちょっとした羞恥心を除けば。


「うぅ、背に腹は代えらんないか……! えっと」


 手を握る。拳を作る。


「ゴマオン―――」


 竜王の炉心に加え、白皙の魔王ゴマ=ゴマフの力を宿した一撃。

 あらゆる敵を前に怯まず、その五体と暴威によってすべてを打ち砕いてきた最強種の拳。

 善悪ではなく、正義や道徳ではなく、ただ己の意志を貫き通すための。


「―――――パアアアァァァァァンチッ!!」


 刹那、時間と空間が


「お」


 リンの動作を見て、ライガードが防御の姿勢を整えた瞬間、その頬を拳が貫いていた。

 竜王ゼドゲウスが持つ極限の身体能力と、魔王ゴマ=ゴマフが有する無尽蔵の殺意が融合した『必殺技』は、因果を超越して絶対的な"破壊"という結論のみを現実とする。


「お……ごあああァァァァッ!?」


 百獣の王、銀河を統べる"覇界"の最強種に。

 ただ何者でもない一匹のけものの刃が、届いた瞬間だった。




――――――――――――――――――――――――――――――




 手応え、あり。


「―――……」


 ライガード・レオポーン・レグルサルバが、倒れている。

 あの"覇界大帝"、銀河を支配する七星の最強種の一角が、顔面を殴られて寝転がっている。


「やっ……、た……?」


Trans outトランス・アウト


 転化変生メタモルフォーゼが解除され、自分の姿が元に戻る。

 と同時に、強い疲労感。がくりとその場に崩れ落ちる……ところを、私から分離したセラが受け止めてくれた。


「リン様」


「倒……せ、た。私にも……」


 ―――七星の最強種を。

 未だ何者でもない、この私が。


「……これで。これで、あいつにも、届く」


 自分一人の力じゃない。偶然も大いに重なっただろう。

 それでも、勝ちは勝ちだ。


「……そうだ、ウーノたち! ピヨもあの、変な装置から出してあげないと……!」


 ライオン王国の皇帝を殴り飛ばした。冷静になって考えてみれば、大変なことを仕出かしてしまったとは思う。

 けれど、今はには構っていられない。まずは倒れた仲間たちの救護が先決―――――。




「ぐる」




 ウーノたちの倒れている場所に振り返ろうとして、足が竦んだ。

 ゼドゲウスの時と同じ感覚。五体に、いや、遺伝子に刻まれた恐怖。

 生態系の頂点に君臨する捕食者が―――逃れ得ぬ死の牙が、迫っている。




――――――――――――――――――――――――――――――




「ぐ、る、る、る、る……るあぁああぁぁぁぁ―――――」


 空間中に遍在する魔力カズムタイトが収束していく。

 ゴマ=ゴマフとは似て非なる、しかし限りなく同質の権能―――力。


「―――我は、王なり」


 浮遊するように起き上がった獅子の王が、厳かに告げた。


「国ある限り、王は敗けぬ。王ある限り、国は敗けぬ。我こそは銀河を支配する者」


 ただでさえ分厚かった筋肉がさらに隆起し、身に着けていた鎧すら突き破って怒張する。


「邪悪に裁きを。銀河に泰平を。ライオン王国に栄光あれ」


 炸裂し、吹き荒れるエネルギーが密度を増していく。それはもはや単なる王の威を超え、神気にも届こうかという絶大な力の波動だった。


「ベティエヌ……フワラルネストラーベ……」


 王の両手には、ふたつの神器。

 燎嵐鎚ベティエヌ、万色杖フワラルネストラーベ。


「足りぬ」


 ライガードが、神器の支配を強める。七星の最強種と七星神器セブンス・クェイサー、運命に導かれ、互いが互いを選ぶというな関係を―――破棄する。


「足りぬ、足りぬ。まだ足りぬ……もっと寄越すがよい」


 原則として、七星神器がその姿形や機能を損なうことは――零子刀ヤルルカーンや天獄鎧ネサルフェリオでなくとも――無い。

 神器は宇宙の歴史に刻まれた特異点、物質というよりも一個の独立した世界法則に近い存在であり、経年劣化などの物理的な限界に縛られないからだ。


「この王に、すべてを捧げよ」


 ―――にもかかわらず、ライガードの力を注ぎ込まれたベティエヌとフワラルネストラーベは、燃えるような光と化して消滅した。

 純粋な"力"に分解された神器が―――天候を操作し、大地を砕き、星さえ動かすに足るだけの神秘が、獅子王の五体に宿る。


 二重螺旋を描く赤と金の爆炎を纏ったその者こそ、七星の最強種筆頭。


 銀河に覇を唱えし獅子の一族の頂点に立つおとこ

 星系すら滅ぼす軍勢を率いる長であり、それらを単身にて凌駕する最大戦力。

 神の力さえ喰らい、己が野望の駒として服従させる究極の捕食者。


 覇界大帝、ライガード・レオポーン・レグルサルバ。




――――――――――――――――――――――――――――――




「―――――よう」


 そして、暗黒の宇宙を切り裂く、一筋の流星が飛来した。


「会いたかったぜ、百獣の王」

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