覇界、ライガード・レオポーン・レグルサルバ
ライオン王国の一番長い日 その1
―――――『暗澹』の最強種、ドラクリオ・クレムベルの征伐成る。
かの恐るべき悪魔を討ったのはライオン王国皇帝、ライガード・レオポーン・レグルサルバ。
表向きは、星間航路上の要衝に陣取る危険な害獣の駆除作戦という名目だったが―――それが、『あざらしの王』アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフに対する挑発あるいは宣戦布告であることは、誰の目にも明らかだった。
残る七星の最強種は、2体。
百獣を統べる者、『覇界』のライガード・レオポーン・レグルサルバ。
最古なる大神性、『全能』のヴァハトマ・ベルヒドゥエン。
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「休暇もそろそろ終わりかぁ~。働きたくないねぇ」
ウーノとピヨが修繕された自動車型宇宙船『スターダスト・ロンリネス』の最終調整に取り掛かるのを眺めながら、ゴマは呑気に呟いた。
こいつはそもそも気が向くままに
「やっぱり……行くの? ライオン王国に」
「んにゃぴ、わっかんない。あっちがその気なら
「あれ、ボス知らないんですか? もう開戦から3日経ってますよ。今はあざらし軍が亜空間ゲートを片っ端から封鎖してるので、ライオン軍の宇宙艦隊がワープドライブして来てないっていうだけです」
「「マジで!??!?!?!?!????!!?!?!?!?!??」」
ぜ、全然知らなかった……!
ライオン王国の宇宙艦隊と言えば、
「何で誰も教えてくれなかったの!?」
「ボスがずっとゴマワーツレガシーやってたからじゃないですか」
「ぴえん! いいよもう、出撃だ出撃! 許されざる呪文使いまくってやるー!」
そういうことになった。
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宇宙空間の暗黒にファンシーな虹色の軌跡を刻みながら、
私の知識――つまり、私がアニマルバースで目覚める以前から保持し、喪失を免れていた宣言的記憶――に照らし合わせる限り、いわゆる相対性理論というのに真っ向から喧嘩を売っているが、詳しい原理については聞いていない。たぶん聞いたら脳が過負荷で爆発する。まぁ、
「先方の進軍を防ぐのが目的とはいえ、亜空間ゲートが通れないと不便だねぇ」
大して場所も取らないちんちくりんの癖に、車両の助手席を占領したゴマが言う。
今は運転席にウーノ、後部座席に私とセラ、その膝の上にそれぞれ坂本とピヨが乗っている形だ。
「作戦も詰めずに飛び出してきたが、実際これからどうすんだ?」
「ぷ? そりゃあ、このまま
「わぁいかちこみ サカモトかちこみだいすき」
「ボスの言う通りでも構いませんが、向こうにも守備艦隊が残っていると思いますよ。皇帝ライガードがそちらに居るとも限りませんし」
「めんどくさいなぁ。セラー」
ゴマの声と共に、助手席から何かが投げ込まれた。
円形のメインユニットを中心に、扉のような翼のような意匠のパーツが取り付けられた機械装置───七星神器・融星鏡『アルヴディアス』。
「それ預けとくよ。みんなのお守りよろしく」
「よいのですか? マスター。皇帝ライガードとの対決に必要なのでは……」
「まぁそうなんだけど、ちょっとね。だいぶ力も戻った、というか前より強くなったから、素のままでどれだけやれるか試したいんだ。ずっとアルヴディアスに頼り切りなのも良くないしさ」
セラはまだ少し言いたいことがありそうだったが、"マスター"の命令とあらば聞かないわけにもいかない。
ワンピースをたくし上げてお腹を露出すると、そこにアルヴディアスを宛てがい……。
「ってわ───っ!! ななななな何やってんのセラぁ!!」
「? 重要な戦略兵器です、インサイドに格納するのは当然の措置で」
「そうじゃなくて!! 女の子がスカートつまみ上げたりしちゃダメでしょ〜!?」
「心配しなくても君らみたいなサルもどきに欲情なんてしないよ。種族違うし」
「ケツもタッパも足りてないよな。セラはあと5年もすりゃあ良い感じに育ちそうだが」
「黙れケダモノども!! 死ね!」
……一悶着あったものの、結局アルヴディアスはセラのお腹に格納された。
なんか、こう、ガシャって変形してた。そういや、この子も普通の『けもの』じゃないんだったわ……。
――――――――――――――――――――――――――――――
アンプレキオノ星系δ星・ロウムフラッド。
ライオン王国軍が誇る常勝無敗の宇宙艦隊は、そのおよそ4分の1に及ぶ500,000隻ほどが惑星外縁宙域の警備にあたっている。
───広大無辺の
あざらし戦役の最終局面、アニマルバースに林立する都市国家群は種族の垣根を超えた連合軍を結成し、300,000隻を超える大艦隊にてあざらしの母星・ジア=ウルテを包囲した。
そして、此度のライオン王国軍の威容はそれを上回る。銀河中の国家、種族を平定してきたライオン王国はもはや、かつての第11銀河統括機構を継ぐ存在になったと言っても過言ではない。
そんな百獣を統べる王たる国家が、一体何をこれほどまでに恐れるのだろうか。
あるいはそれは、あの日の意趣返しの如く。
宇宙を裂く一条の閃光が、星々の彼方より飛来する。
「─────第3衛星軌道艦隊より入電ッ!!」
その報せは即ち、彼らの壊滅を意味する。
第3衛星『ティームエント』の軌道上で、止められるものなら止めていた。今この瞬間襲い来るそれを、彼らの祖なる星に、ただ1ミリたりとも近づけてはならなかった。
「艦隊全軍、戦闘態勢に移行!! データリンク確立、索敵を厳とせよ!」
「
砲兵は銃座へ。
索敵機、ドローン、簡易観測衛星がばら撒かれる。星間塵ひとつ見逃さぬという、絶対的な警戒網。
皇帝の勅命を受けてから、誰もがその瞬間を待っていた。心休まる時など一瞬も無かった。
これより彼らが相対するのは、星をも焼き尽くす滅びの化身なのだから。
「前方より、高熱源反応───」
先見隊の第1陣が、その反応を捕捉した直後、
「悪いが、今日の僕は最初からクライマックスだ」
───稲妻が走ると同時に、艦隊の3割が消えた。
暗黒の宇宙空間を分断する、激甚なる光の濁流。焦熱と電磁気の
それは世界を砕く天空神の雷霆にも似て、自らに手向かう愚者に生存を許さない。
「クッ……クク。ククク……」
「……、───……」
「バカな……」
「ククク……クク……ハハハ……」
「……狼狽えるな!! ライオン軍人は狼狽えないッ!!」
「
「ハハハ……ハーッハッハッハッハッハッハ!!」
50万の艦隊を動かす、1000万の兵士たち。
対するは、たった1匹のあざらし。
無論、戦力差は1000万対1───ではない。
「ハウンド2、ハウンド3、ハウンド6の反応途ぜ……いや、これは……。は、ハウンド小隊……全機ロスト!」
「速すぎる……!! 何なんだアイツは!?」
凡百の兵卒の目に認識し得るのは、あざらし───アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフが刹那の内に駆け抜けた
残光が闇に新たな星座を結ぶ度、その軌跡は死出の旅への航路と化す。
「第3艦橋に被弾! 左舷前方に、……なっ!? バイタルパートに、直撃……ギャァアッ!!」
「クソアザラシがァ!! 死ねっ、死ねっ、死ね死ね死ね死ね死ね死ね───死んでくれよオォォォォオオ!!」
ライオン軍の主力宙間戦闘機『マンティコア』の機首から吐き出される光子バルカンをするすると潜り抜け、ゴマ=ゴマフはコクピット・キャノピーの真上に取り付いた。拳の一撃で装甲を粉砕し、中のパイロットを宇宙空間に放り捨てる。
そのままコクピットに滑り込んで、己が権能を行使する───種族『あざらし』が従来より備える、侵食支配能力。
「くっ……貴様ら、何をしている!? 我々は味方───」
「違う、『あざらし細胞』の侵食能力だッ!! 俺の機体も、制御系が乗っ取られて……っ、あぁ!? やめ……やめろオォオォォ!!」
───あざらしが、物量戦の権化と称される所以。
あざらしのルーツは、惑星ジア=ウルテの海底火山に生息していた極限環境微生物を、古代種族・ヤルダモが改造した生物兵器だ。
猛毒の重金属をも分解してエネルギーに変えていた『細胞X』から生まれた彼らは、宇宙のありとあらゆる物質を捕食して同化することが出来る。
下手な大戦力の投入はすなわち、あざらし側に餌を与えることと同義だ。対あざらし細胞
「ふ、ふざけるな……! 我がライオン軍の兵器は、ランク5防護加工だぞ!? あざらし細胞対策は充分のはず───ウギャーッ!!」
そして当然、『あざらしの王』ゴマ=ゴマフが有するあざらし細胞の侵食は、通常のあざらしとは比較にならないほど強力だ。
立ち塞がる敵すべてを単身で屠ってきた彼にとって、この能力は今まで使う必要すら無かったものに過ぎない。
「テメェら雑魚に興味は無ぇ。百獣皇帝、"覇界"のライガードを出せッ!! さもなくば───」
ゴマ=ゴマフが、『スフィンクス』級航空重巡洋艦の一隻の甲板に降り立った。
叩きつけた
姿勢機動制御。艦体底部のスラスターを最大出力で噴かし、自前の重力操作の権能も合わせて、スフィンクス級重巡洋艦の巨躯を───引っくり返す。
「俺は、この宙域を破壊し尽くすだけだアアァァァァァ!!」
擲たれるは、宇宙戦艦そのものという規格外の質量攻撃。
それは断罪の処刑剣めいて、あるいは真空の宇宙に生じた竜巻めいて、攻撃の軌道上に存在する万物万象を薙ぎ払った。
───改めて事実を示そう。
ライオン王国軍とゴマ=ゴマフの戦力比は、1000万対1ではない。
1000万、対、無限である。
――――――――――――――――――――――――――――――
……乾。
濡。
暗い。いや、
「……───っ、……!」
腹部から広がる鈍痛を堪え、顔を上げる。
男が……
その、まっすぐに掲げられた、右腕には。
「……。…………」
純白の髪。幾何学的な形状の、青い翼。
あまりの痛苦に表情も抜け落ちた、天使めいた美貌の少女が─────。
「……あ」
向こうには、潰れ拉げて火を噴き上げる、黒塗りのクラシックカーが。
それより少し手前には、白衣を紅く染めたカメレオンの獣人が。
さらにその足元には、破裂した黄色いゴムボールのようななにかが。
「ピヨ……」
……は、見当たらない。
強いて言うなら、獅子頭の獣人が抱えている切子模様の箱がそれだ。
男は真っ先にピヨを無力化した。不死鳥の羽根による治癒能力を持つ彼を。
「坂……本。……ウーノ」
「終わりだ」
獅子頭の獣人が言った。厳かな、呟くような声が、辺境の惑星の荒野に薄く拡散していく。
「……ッ、セラ───!」
男───ライオン王国皇帝、ライガード・レオポーン・レグルサルバが、セラの細い首を握る手に力を込めた。
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