ボンゴマ・ポートレート
ピヨとウーノに頼み事が出来た。
特に足踏みする理由も無いので、アジトで見かけ次第話しかけていく。
「調べ物か? ……なるほど、セラがそう言ったんだな。じゃあ間違いないだろう。わかったぜ、俺でよければ仕事の合間にでも調べといてやるよ」
「ありがとう。よろしくね」
ボンゴマ・ファミリーで随一(当社比)の常識人──常識鳥?──であるピヨとはすぐに話がついた。
そもそも殺し屋であること、魔王ゴマ=ゴマフの右腕であること、暗殺の仕事が無い日は鳥なのに焼き鳥工場で働いていることを差し引けば……差し引けば、ピヨは悪い奴ではない。
考えてみれば、少なくともピヨはかなりまともな「けもの」だ。
希少種族ファルネクスの出身ということで、もちろん相応の苦労はしているだろうけど、それがあの白ごま野郎に付き従うだけの理由に直結しているとも思えない。
……半年近く一緒に居て、彼らの人となりを知らないというのも微妙なところだ。
「あ―――そうだ、ピヨ」
「?」
「さっきの話とは関係ないんだけど……」
せっかく時間を取ってもらったので、ついでに聞いてみることにした。
「ゴマとは、どこで知り合ったの?」
「また唐突だな」
「別に、何となくだよ。前からちょっと気になってたんだよね。あいつはその……正直、かなりヤバい奴じゃん? 坂本とかがよく懐いてるのが不思議でさ」
「そうか。まぁ、俺たちも相当変な獣生を過ごしてきた自覚はあるよ。その末にゴマと出会って───」
ピヨはゆっくりと語り始めた。
白皙の魔王アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフとの出会い。
そして、ボンゴマ・ファミリー誕生の物語を。
――――――――――――――――――――――――――――――
─────俺が、ファルネクスって種族の出身だってのは前に話したよな?
銀河の片田舎、バトラコ星系のヌェルタって小さい星に住んでる一族さ。
俺たちは生まれつき
そうそう、絶滅危惧種ってのは大嘘だぜ。個体総数は確か、前にウーノに計算してもらった時は10の15乗―――1ペタ、つまり1000兆羽とかそんなところだったはずだ。
まぁ、でも……ファルネクスはある種の群体動物みたいなもので、一族全部が一塊に繋がった高次元エネルギー生命構造だから、表向きは少ない数に見えてるって寸法だな。
ハイパー・ビーイングが銀河を支配してない理由を知ってるか?
あいつらは文字通りの神様だ。比喩でなく全知全能だ。何にでもなれて、何でもやれて、何でも知ってる。
天敵が存在しないどころか、奴らにとっちゃ自分が痛い目を見るなんてこと、想像すら出来ないだろうよ。
俺たち下界の生き物が毎日必死で働いたり、狩りをしたり、つがいを見つけて子供を作ったり、その手の悩みとは完全に無縁なわけだ。
けど世の中不思議なもんで、ハイパー・ビーイングは全知全能に近づくほど何もしなくなる。
欲しいものが思い浮かべばその場で創れるから、働いたり狩りをする必要が無い。
無限の寿命と桁外れの生命力のおかげで死なないから、どんな生存の努力もしないでいい。
自分が既に最高に優秀だから、次代に期待しなくていい。自分より優秀な子供を欲する理由が無い。
どうせ何をやっても自分の思い通りになるから、最悪何もかもに飽きて死にたくなったらそのまま死ねばいい。
この世全ての物事、自分の生死すらオモチャでしかないから、あらゆる選択を永遠に先延ばしにしても何一つ困らない。
……俺は、一族の中では落伍者だ。不完全な、不死じゃない不死鳥。
仮にもハイパー・ビーイングなのに、この3次元現実に居ることからもわかると思うけど。
俺みたいな落ちこぼれを追い出すのは、ファルネクスの一族にとって唯一の関心事と言っていいんじゃないかな。あいつらは群れ全体が一つに繋がっているから、自分たちの
ヌェルタから追い出されて、ゴマと出会って……ウーノたちとボンゴマ・ファミリーを結成して、銀河中を巡った。時には信じられないようなものだって見たよ。
空を突くほどバカでかい高層ビル群、重金属の酸性雨。そんな街中でも目に光を宿して、笑顔で歩いていくけものたち。
地面はクッキー生地、水源が全部メロンジュースで、時々ガスみたいに綿飴が噴き出す惑星にも行った。空間がねじれてて、物理的におかしいパズルみたいな形の星もあったな。宇宙船の窓越しだが、ゼドゲウスの故郷だって見た。
色んなけものに会って、色んな生き物に触れた。砂漠の真ん中で、タコみたいな触手の生えたサボテンを収穫したことがある。宇宙で毛むくじゃらのコウモリに襲われたのも一度や二度じゃない。ゴマと一緒にイヌ氏族の討論番組に呼ばれてさ、生放送中に有名な司会者を射殺して帰ったこともあったなぁ! あれは傑作だったぜ。
……超新星爆発で、星系が滅ぶ瞬間を見た。星座の近くで燃える宇宙艦隊も。ニャンホイザー・ゲートのそばで、暗闇に瞬くQビームも。一生の思い出になった。
―――――3年前、ゴマと一緒にヌェルタに帰ったよ。
あざらし戦役の直前だ。第11銀河統括機構に対抗する力を得るために……何よりも、俺の復讐を果たすために。
俺のことを友達だと言って、怒りも憎しみも全部持って行くと、約束してくれた。
美しかった……。自分を形作る価値観とか、概念、すべての感情が覆されるような眺めだった。
不死であるはずの半神の群れが、瞬く間に食い尽くされていった。奴らの爪も、
……こいつの向かう果てにこそ、本当の希望がある。そう確信させられる、言いようもない高揚があった。
そうだ。
ファルネクスが絶滅危惧種じゃないってのは嘘だが―――あいつらがこれからも絶滅しないとは限らない。
言い忘れていたな。個体総数10の15乗羽ってのは最新のデータじゃない。1000兆羽のファルネクスは、一夜で6万羽にまで減った。たった1匹のあざらしによって。
とはいえ俺は……一族の奴らに思うところが全く無いと言えば嘘になるが、復讐を代わってもらったからゴマに惚れたわけじゃない。
ヌェルタから出なければ銀河を旅しようなんて思わなかっただろうし、こうしてゴマやお前に出会うことも無かった。
俺は幸せだ。いま最高の獣生を過ごせてると本気で思う。……普段は照れ臭くて言えたもんじゃないが、ゴマには感謝してるんだ。
俺があいつと一緒にいるのは、あいつが俺の友達だから。ただそれだけのことなのさ。
――――――――――――――――――――――――――――――
―――ピヨの話を聞いてから、私はしばらく考えていた。
友達。友達、か。
そう言えば前にも――グリスと戦った時――友達がどうのこうのと言っていたっけ。
アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフは、端的に言って暴君だ。
己の命、権利、財産、自由を何よりも大切にするが、他者のそれらにはおよそ関心を持たない。
他者の指図を受けることを嫌い、力で屈服させた場合のみ従う。……そんな芸当が現実的に可能かどうかは別として。
もし誰かと協力することがあるとしたら、利害が完全に一致した相手と共に、どうしようもないくらい強大な敵に挑む時だけだろう。
とにかく自分が大好きで、自分が至上の存在であることを信じて疑っておらず、事ある毎に「僕の方が強い」「でも僕の方がかわいいよ」「は? 僕の方がイケメンだが……」などとアピールを欠かさない。
そんなクソ野郎が、唯一わずかにでも他者を優先させる価値基準が「友達」。
あいつの中でピヨやウーノはその枠に入っていて、形式上は部下でありながら対等に接することを許されている。
挨拶に来たり、上納金を持ってきた傘下組織の獣人を面白半分で射殺するところを何度か見たが、ピヨたち幹部とは喧嘩するにしてもじゃれ合い程度で済ませている。
「……なんなの、あいつ」
考えれば考えるほどわからない。
言い訳のしようもないくらい邪悪な存在のくせに、呼吸するかのように悪意と絶望を振り撒く怪物なのに、懐に入れた相手に対しては驚くほど甘い。
「そんなに不思議でしょうか? 群れの身内、つまり家族を贔屓するのは、動物の本能でしょう」
「限度ってものがあるんじゃないの、それにしても」
アジト内にあるウーノのオフィス兼研究室に来ている。
彼は優雅に午後のティータイムに興じているところだった。
「まぁ、限度を知らないという部分には同意します。ですが……そうでなければ我らのボスではない」
敵は殺す。友達は助ける。目の前の他者が仲間か否かは、瞬間、瞬間に自分が決める。
たったそれだけの、しかし一切を妥協しない、あまりに徹底した生き方。
「ボスにはね、そういうものがあるんですよ。恐怖を通り越して崇敬の念すら沸き起こってくる魅力。生きとし生ける者すべての魂を溶かす熱量───悪の
「……、馬鹿らし。あいつにカリスマ? そんな大層なもんなわけない」
部屋のソファに寝転がって占領しながら、買い与えられた携帯端末を取り出し、インターネットのブラウザーを開く。
オンラインニュースの欄には、ウサギ氏族の星・ラビメクトでの動乱の様子が映し出されている。この何週間かずっと。
阿修羅神刀斎鯱光が死んだ。
頭領を失った義鯱衆は活動規模の縮小を余儀なくされたが、ケルメェス星系の治安維持を担っていた彼らの勢力が削がれたことにより、宇宙海賊の被害が増加した。
グリス・ナヌラーク・ポラベラムが死んだ。
あざらし天国の変での大敗に続いて、七星の最強種の喪失。もはやシロクマ=シャチ連邦共和国の権威は完全に失墜し、かつて平定したいくつもの惑星で反抗独立の機運が高まっている。
ゼドゲウスが死んだ。
絶対なる強者の死を察知した原生動物たちは、銀河各地で混乱と狂奔を引き起こした。
限りなく破壊衝動に近い、恐怖。アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフがもたらす根源的な恐怖から逃れるために、彼らは目につくすべてに喰らいついて暴れ回った。
「───七星の最強種は、無敵の存在じゃない。一度死んだら終わりの、我々と同じひとつの命です。あるいは、彼らですらそうだった」
生き物は死ぬ。それは七星の最強種も例外ではない。
それを証明したのは他ならぬゴマだが、たとえゴマがやらなくても、彼らはきっといつか死んでいた。
知らなかったわけじゃない。ただ、信じることも実感することも出来ていなかっただけ。
あざらしの狂気がこの戦乱の時代を生んだことは事実だけれど、アニマルバースは決して、無条件の静穏がずっと続いている平和な世界ではなかった。
あざらしが現れる前から、アニマルバースにも戦争はあった。ゴマが台頭する前から、「七星の最強種」は存在した。
弱肉強食の不文律が、銀河全土を支配していた。
「この美しくも残酷な世界で───誰もが、
憎悪も、怨嗟も、怒りも、嘆きも、全部ゴマが持って行く。自分たちの代わりに、いつまでも戦い続けてくれる。
そんなものはみんな、あいつに任せてしまえばいい。
もう誰も不幸な想いをしなくていい。痛みや苦しみなんて忘れていい。
我々が出会ってしまったもの、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフは、最凶最悪の魔王なのだから─────。
「何よ、それ」
……私はあの白いもふもふを脳裏に思い浮かべ、すぐに消し去った。
これ以上、あいつに私の頭の中を占拠されたくなかった。
多分、憎しみとは違う感情。
少しずつ芽生え、今ようやく自覚したそれの名前と意味を、私はまだ知らない。
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