百獣の王
―――――トゥラヴァース星系Θ星ネシエシ
ネシエシ。
恒星トゥラバースが放つ光線に強く曝される、熱砂の世界だった星。
―――同星系からは、既に光が失われて久しい。
50年以上前、チンパンジー氏族とサイ氏族の派遣戦隊が領土を争っていたことがすべての発端である。
ネシエシの地表は海と砂漠ばかりで居住には適さないが、埋蔵されている金属類が豊富で、資源採掘惑星としての需要が高かった。
かてて加えて、ネシエシには銀河中に点在する古代種族・ヤルダモの拠点の痕跡が確認されており、先史文明の遺産についても発掘を期待されていた。
果たして、サイ氏族の発掘調査隊が、遺伝子改良を施された植物『ユランタル・クレムベル』を発見する。
タケとサボテンの中間のような性質を有し、格子状の球形を形作るこの植物は、砂漠の環境によく適応して繁茂し、ことネシエシにおいては重要な資源としても扱われた。格子状に伸びる茎は金属並みに堅牢であり、また内部に水分を溜め込む性質を持ち、そして何より増えやすかったためである。
古代種族ヤルダモによって創られたこの植物は、サイ氏族とチンパンジー氏族の両方で大いに利用され―――しかし、どちらも勝利を手にすることもなかった。
トゥラバース星系を銀河の極北へと変貌させた元凶―――七星の最強種にして、三柱の古き王の一角。
曰く、それはチンパンジー氏族が使用した禁断の兵器との相互作用によって、急激な進化を引き起こした怪生物である。
曰く、それは過去にあの『あざらし』の軍勢すら幾度となく退けた。後に超抜個体ゴマ=ゴマフ登場以前の強力な個体群『白き10王』の一体、"
曰く、それは星の光熱を吸い上げて
すべての命よ、みな
――――――――――――――――――――――――――――――
ネシエシへの入植を巡る戦乱の中で、チンパンジー氏族は『次元断層爆弾』を使用した。
亜空間チャンバーの中に
資源惑星であるネシエシを星系ごと爆砕しかねない暴挙。それは戦況の悪化に追い詰められたチンパンジー陣営が取った戦略的嫌がらせに過ぎなかったが、こうして起きた未曾有の時空間災害が、後に『
「ワープドライブ終了。全艦、通常次元に復帰しました」
「次元断層、突破しました。時空乱流の影響、軽微。いずれの
「戦術データリンク、再確立……完了。β星側艦隊、旗艦との通信に成功しました。包囲網は万全です、陛下」
「そうか。僥倖だ」
当然の話だが、『星系』とは中心部に最も巨大な天体が存在し、引力によって引き寄せられた他天体がその周囲を公転している星の集まりのことだ。
トゥラヴァース星系の主星、恒星トゥラヴァースは破壊されたわけではない。寿命を迎えた恒星は総じて膨張して燃え滓になったり、爆発してブラックホールが残ったりするが、ここではそのどちらも起きていない。
種族Ⅱ恒星トゥラヴァースは、今日も粛々と燃え盛っている―――尋常の太陽にはありえない、どす黒く奇怪な輝きを放って。
「重力子モニター、オンライン。艦隊全軍、突発性の時空震を警戒しつつ、そのまま進行せよ」
「外部センサー、光感度上げ。映像補正……」
「……!!」
「感あり。……目標確認」
「あれが―――」
恒星の全周囲を丸ごと包み込む、想像を絶するほど広大な
無数に伸びる鈍色の"柱"が格子状に接続された構造は、かつて惑星ネシエシに降り立った経験のある者なら、それがユランタル・クレムベルの姿によく似ていることに気づくだろう。
―――七星の最強種、『暗澹』。
光を喰らう天の
「狼狽えるな。勝ち目があるからこうして出て来ている―――指定の距離まで前進。各艦、戦闘配置!」
艦隊の指揮官、ライオン王国皇帝、ライガード・レオポーン=レグルサルバが檄を飛ばした。
大小合わせて15万隻を超えるライオン王国の宇宙艦隊が、一斉に戦闘準備に入る。
天体という宇宙最大の存在に比すれば、それは如何にも頼りないちっぽけな集合でしかなかった。だが、もしもこれが通常の国家間紛争であったならば、ライオン王国の軍容は文明を2つか3つは滅亡させて余りあるほどだ。
そもそも前提として、この『資源化恒星』はドラクリオ・クレムベルの脅威ではあっても本質ではない。
「特殊化学戦、用意! 冷媒粒子レーザー砲、エネルギー充填! 超冷却ミサイル、地中貫通型弾頭にて装填!」
「艦上戦闘機は通常装備で直掩に出せ!! すぐに迎撃が来るぞ!」
「全艦、撃ち方始め!!」
「
作戦の第1段階。ドラクリオが有する資源化恒星に対して、ありったけの冷凍兵器を投入することで、衛星軌道上に存在する本体へのエネルギー供給を遅滞させる。
ドラクリオが恒星トゥラヴァースに形成した外殻は緻密な格子状となっており、宇宙空間に適応したそれは極めて頑強だ。
しかし、どちらかと言えば内部からの光熱を逃がさないことを重視した構造となっているため、外部からの攻撃に関してはいくらか脆弱だというデータがあった。
そして当然、このまま無抵抗で討伐されるようなら、ドラクリオ・クレムベルは最強種になど数えられていない。
〈―――――■■■■■■■■■……〉
「来たッ」
「迎撃! 迎撃! 奴らを艦隊に近付けるな!!」
太陽を喰らう檻から、"黒い十字架"としか呼びようのない存在が無数に吐き出され、ライオン王国艦隊へと殺到する。
強度は然程でもなく、
「左舷部後方に被弾!!」
「っ、シェルターを……、クソ! ダメだ、もう侵食が始まってる!!」
「ロケットランチャーでも何でも使え、私が許可する! あの忌々しい鼠色の雑草など」
〈ぶ……
「機関室!? どうしたレン二等兵、応答しろ! 応答……、クソ……!」
「……ぎゃああああああああッ!!」
「馬鹿な……! こんなに早く……、こんなっ! こんなことは!」
〈……■■■■■■、■■■■■■■■■〉
次の瞬間、拳銃を抜いて立ち上がった艦長を、ブリッジの床から伸びた無数の槍が貫いた。
鈍い光沢を放つ、極太にして超硬質の茎。ネシエシ産の砂漠植物、ユランタル・クレムベルのそれと同じもの―――――。
ドラクリオ・クレムベルの枝茎。恒星ひとつを丸ごと飲み込む超巨大ネットワークの端末にして、接触した物体を侵食し自らの養分として取り込む攻防一体の飛翔兵器。
銀河航海図上の要所にあるトゥラヴァース星系において、数多の犠牲者を生み出してきた破壊と殺戮の尖兵である。
「陛下!! この艦にも敵が!」
「恐れるな!! 艦隊は既に血を流している、我々だけが尻込みをする道理は無い! 最大戦速で進めぇ!!」
「取り舵一杯! 最大戦速ッ!」
「取りー舵ぃ!!」
瞬間冷却レーザーの光、超冷却ミサイルの白煙、空対空無反動砲の火花、生命を散らす爆炎が、漆黒の宇宙空間に咲き乱れる。
皇帝ライガードが搭乗する旗艦『ネメア』、及び麾下の中枢艦隊はそれらの中を突き進む。一心不乱に―――この戦いを左右する、真の
――――――――――――――――――――――――――――――
かつて、砂と塩水に覆われていた不毛の惑星の姿は今や無い。
地表は鈍色の硬質な茎によって埋め尽くされ、天地を貫く槍のようにどこまでも伸び、それは眼下の資源化恒星へと繋がっている。
―――惑星ネシエシだった天体の、成れの果て。幾重にも連なった暗黒のヴェールの最奥に鎮座する、古き王の住処。
無論、自身の喉元にまで踏み込まれて黙っているドラクリオ・クレムベルではない。
鋼鉄の10倍近い強度を誇る超硬質繊維によって編み上げられた枝茎が、縦横無尽に伸び上がって艦隊へ襲いかかる。
単体であればまだ対処のしようもあっただろうが、資源化恒星という無尽蔵にも等しいリソースを有するドラクリオの再生力は、物量戦の権化である種族・あざらしすら上回る。
30隻以上伴っていた護衛艦のほとんどを失った頃、旗艦ネメアはようやく辿り着いた。
ドラクリオの本体―――枝茎ネットワークの頂点に君臨する
〈―――――、……―――。―――……。……―――――〉
無数の触手、金属の如く黒光りする甲殻、深紅の光を放ちながら
神器フワラルネストラーベを体内に擁する貪食の大母であり―――過去、この地点にまで迫った敵対者すべてをことごとく殺戮し、その姿を見た者は
太陽を呑み干し闇をもたらす、故に『暗澹』。絶大な脅威のみが知られ、何者をも真の姿を知らぬ、故に姿なきドラクリオ。
―――だが。
「皆、ご苦労だった。ここまででよい。後は我に任せよ」
「王よ……」
「よせ。既に何度となく軍議は行ってきた。そして、これが最も成功率の高い作戦だと皆で納得したはず」
「は……! 失礼いたしましたっ」
「なに―――いざという時にこそ、王は強く前に出なければならぬ。アニマルバースは弱肉強食の世界。我は国家すべての民を背負って立つ王なれば……上回ってみせようではないか。国家すべての民の力を」
言って、ライガードは立ち上がる。
悠然と歩みを進めた先は、今も忙しなく戦闘航空機が離発着するカタパルトデッキと格納庫。
しかし事前の作戦要綱に従い、周囲を飛び回る航空機は徐々に帰投を始めていた。もう間もなく、ワープドライブによって母艦ごと戦域を離脱するためである。
「総員傾注ッ!! 控えよ! 王の御前である!」
ライガードの登場と共に、格納庫で作業をしていた人員すべてが手を止めて跪く。
王はその様子を満足そうに眺めた後、鷹揚に頷いて事務的な指示だけを行った。
今回の彼は送り出す側ではないのだから、余計な言葉は必要が無かった。
「では、装着作業に入ります。失礼いたします」
「うむ」
勇ましく両腕を広げたライガードの身体に、担当の整備兵が専用の
最新鋭のカーボン・シートと超伸縮ラバーを組み合わせ、あらゆる化学変化を防ぐ特殊塗料でコーティングされた現代の鎧。王室伝統のフルプレートアーマーに範を取り、黄金のカラーリングが施されたその威容は、まさに皇帝だけに許される究極の戦装束であった。
「陛下、着心地は如何でしょう」
「問題ない。テストの時と変わりのない感触だ。然らば―――参ろうか」
ライオン王国皇帝の王冠を脱いで専属の執事長へと手渡し、エアロックへと向かうライガード。
その頭部には、数多の動物たちの姿が彫刻された白金色の額当てだけが残っている。
これから彼が降り立つ惑星ネシエシには、もはや正常な重力は働いていない。通常生物が生存可能な大気が存在するかどうかも不明であり、宇宙用ヘルメットを装着しないことはほとんど自殺行為だと言えた。
「皇帝陛下、ご出陣―――!!」
この銀河でただ一頭、ライガード・レオポーン・レグルサルバ以外には。
重苦しい金属音を鳴らして降着ハッチが口を開け、眼下に広がる地獄への入り口と化す。
黒光りする鉄のような、無尽蔵の枝茎に覆われた格子模様の地獄。
「―――――征くぞ、ベティエヌ。目覚めの時だ」
それに向かって、一歩を踏み出す。
跳躍の後、重力に従いライガードの身体は落下していく。
刹那、一条の雷光が天を切り裂いた。
それは、ライオン王国皇帝ライガード・レオポーン・レグルサルバの代名詞。
かつてライオン王国が平定した『猛虎帝国』の長、ダンティス・ハーンシンより簒奪せし勝利の証―――『
重厚な
「ぬぅん……!!」
ライガードが頭上にて一度、ベティエヌを振るい旋回させる。
その動作と共に、尋常の嵐の何百倍にも匹敵しようかという突風が吹き荒れ、皇帝の玉体を天空へと舞い上げた。
ある意味で、ライガードが持つ燎嵐鎚『ベティエヌ』と、ドラクリオが擁する万色杖『フワラルネストラーベ』の
ベティエヌの権能は『
フワラルネストラーベの権能は『
すなわちこの2種は、世界を己が意のままに操る文字通りの"神器"である。
「かあぁァァァー!!」
〈───……!!〉
恒星を包む黒い触手の波濤が、次々と閃く雷撃に打ち払われる。
万色杖が何千度もの熱量を有する火球を放てば、燎嵐鎚が引き起こした規格外の猛吹雪によって掻き消され。
燎嵐鎚が領域内すべてを磨り潰し切り刻む砂塵の竜巻を生じさせれば、万色杖が大陸すら押し流すほどの豪雨を降らせる。
その衝突はもはや、戦闘ではなかった。
2柱の神が、互いの理想とする
「大いなる暗黒の主よ」
〈……───、───……───〉
「汝を生み出したチンパンジー氏族は、既に我がライオン王国に下った。汝が生まれる
〈───。……、───……。……〉
「故に……これより先、汝にもはや復讐の権利は無い。為せし殺戮、暴虐、すべては汝が罪となる。裁きの
銀河を支配する百獣の王より、裁定が下る。
「ライオン王国皇帝、ライガード・レオポーン・レグルサルバが判決を言い渡す。ライオン王国政下、銀河に遍く100万の氏族と国家に対する圧制────死を以て贖え」
一際巨大な、赤黒い雷が迸る。
燎嵐鎚に宿りし天地五行、惑星を形作る災厄の記憶が励起する。未明の暗闇を焼き、潰し、掻き混ぜ、凍てつき、押し流し、祓い浄める力が。
生命圏を創造し、歴史を拓き、文明を始めるための祈りが、王の持つ神器へと収束していく。
〈―――……、――――〉
「消え去るがいい―――『
そして、光が星を割った。
――――――――――――――――――――――――――――――
動乱の続くアニマルバースに、またひとつ激震が走った。
最強種による最強種の討伐。此度はゴマ=ゴマフの仕業ではない。
敗れたのは、『暗澹』のドラクリオ・クレムベル。
勝ったのは、『覇界』のライガード・レオポーン・レグルサルバ。
混迷を極める第11銀河に、希望の灯が生まれた瞬間であった。
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