幕間

リン

 あれから数週間が過ぎた。


 ラビメクト聖教の神聖騎士団による未曾有の大虐殺ジェノサイド───聖王カドゥラスの狂乱に端を発する暴走は、アニマルバース有数の経済惑星であるラビメクトにおいて、当然のように他惑星の介入を誘発した。

 周辺各国の武力支援は民衆の虐殺を食い止めるのに充分だったが、彼らもまた何の利益も見込めない戦争に参加する道理は無い。

 前聖王の娘、聖女レティシアを旗頭に復興のための仮政権を打ち立てたウサギ氏族に対して、今回の一件を"極めて重大な貸し"と見た周辺各国からの突き上げは相当なものだったらしい。

 そんな諸外国の態度を見たウサギ氏族の人々もまた大いに憤慨。ラビメクト聖教圏は、主流である「聖女派」と、前聖王の唱えた"死を誉れとする"思想が"国体を死守する"方向へ変質した「聖戦派」に真っ向から二分された。

 目まぐるしく状況を変えながらも、大ウサギ民国の動乱は未だ終息する様子が無い。




――――――――――――――――――――――――――――――




 本拠地ゴマトピアに戻り、人手の都合もついたので、私はウーノの助手としてはお払い箱になった。

 けれど、私はボンゴマ・ファミリーの中ですっかりゴマの新しい愛人またはペットのようなものと扱われており、いささか以上に裕福な生活を送らせてもらっている。

 実際、たまにゴマや坂本に呼び出されては遊び相手になるようせがまれており、ある意味ゴマのペットの仕事は果たしている──超むかつく──ので、罪悪感はそんなに無い。

 世に言うの人たちの気持ちがわかったように思えたが、少しでも機嫌を損ねれば一瞬で自分をミンチに出来る相手に養われているというのは……内心ぞっとしない。


 七星の最強種を4体下し、ゴマの「神器狩り」もそろそろ折り返し地点だ。

 そこで私は、とりあえずトレーニングを始めることにした。

 すべての最強種が倒された暁には私が───と言いたいところだが、さすがにいくら鍛えてもゴマには勝てる気がしない。生物としての土俵が違いすぎる。

 ならば何故そんな無駄なことを、と言われれば……それは、ラビメクトの顛末に思うところがあったからに他ならない。


 ゴマは弱肉強食こそアニマルバースの摂理だと言った。少なくとも、それはあいつにとって疑いようのない真実だろう。

 魔王ゴマ=ゴマフの強さは、個人とか組織とか国家とかそういう単位を完全に超越していて、あいつは根本的に協調や妥協といった概念を理解しない。する必要が無いから。

 つまり、あのアホの中には基本的に「話し合いと譲り合いで解決する」「自分より強い者に媚びて敵から守ってもらう」「誤魔化してやり過ごす」みたいな選択肢が存在しない。


 そんなゴマにとって、唯一気になる例が、自分と最低でも勝負になるだけの戦力を持つ相手であること。

 たとえ倒すことは無理でも―――どうしても何か言ってやりたい台詞が出てきた時に、ちょっと話をするくらいの暇は稼げるようになりたい。

 あいつの時間を奪う権利が、対等の立場で異議を唱えられるだけの説得力強さが欲しい。


 トレーニングと言っても、残念ながら私は身体を鍛えるアレコレには詳しくない。

 だから必然的にトレーナーを募ることになるわけだが……。

 生まれながらの超生物であるゴマにそんなことを聞いても参考にならないし、大体あいつに他人に何かを教えるなんて機能が備わっているとは思えない。

 ピヨとウーノは結構話がわかりそうだが、彼らは彼らで自分の用事に忙しい。

 坂本は……悪いけど論外かな……。


 ということで、私が頼るべきは、主人であるゴマや私のバイタルを随時モニタリングしているというセラになる。

 彼女も一応はゴマの護衛みたいな待遇になっているが、アイツにしてみれば日々対峙するチンピラだの暗殺者だのは全員ザコ未満のゴミでしかないので、特にそういう仕事を割り振られている様子は無かった。

 そこで、ダメ元でゴマに「どうせ遊ばせておくなら私に貸してよ」と言ってみたらあっさり「いいよ」と返事をされたので、以降はずっと付き合ってもらっている。




 昨日は射撃訓練。一昨日はCQCの訓練。その前は走り込みと水泳。さらにその前は、ちょっと休み。

 それで今日は、ゴマトピアの郊外に位置するアスレチック施設を貸し切り、獣人型ロボット戦闘用ドロイドを使用した半実戦形式の演習だ。


「ふっ……、はっ……!」


 セラが操作するドロイドに向けて、拳銃を3発。強い手応え―――もちろん実銃で弾薬も本物。

 さすがに並みの拳銃では戦闘用ドロイドの装甲を貫徹できないが、今回は軟目標ソフト・ターゲット、つまり主に生き物の相手を想定した訓練だ。放った弾丸の1発が頭部に命中したことで撃破判定が下され、ドロイドは機能を停止する。

 それを最後まで見届けないまま、すかさずコンテナの裏に身を隠す。銃の残弾を確認してリロード。


「……残り4つ」


 銃声がして、遮蔽物から衝撃が伝わってくる。敵方ドロイドの武器も実銃だ。こちらはゴム弾が装填されている。

 同じ訓練用なら低出力光学レーザー銃の方が安全なのだが、緊張感を持たせる意味でこっちにしてもらった。

 既に今回と同じ内容の演習は数回行っていて、何発か被弾したこともある。当たり前だがとても痛い。


「5時方向に3、7時方向に1。だったら」


 懐からちょっと重たい球体を取り出す。虎の子の電磁気手榴弾プラズマ・グレネード

 安全ピンを抜き、意を決して走る。コンテナの陰から、また別のコンテナの陰へ。

 たちまち銃弾が殺到するが、攻撃に夢中になっている隙にグレネードを放り込む。弾幕は頭から前転して回避。

 爆破5秒前。4、3、2、1―――重金属荷電粒子の嵐が吹き荒れる。


<ピ……ピー、ガガガ>


 そして、私の右方5mもない至近距離に、最後のドロイドが飛び出してきた。


「ッ!」


 ―――読めていた。グレネードの撃発を嫌って回り込んでくる個体が居るのは。

 身体を大きく左右に振って走る。敵の照準をかき乱す。

 銃声。空気の裂ける音が耳音を掠め、頬に走った傷が熱を帯びる。

 ……足を止めるな!


「せいっ」


<ピガ……!>


 辿り着いた。銃器が意味をなさないクロスレンジ。

 低い蹴りで足を払うが、想像以上に姿勢制御プログラムが優秀だ体幹が安定していた。一撃では崩れない。

 ドロイドの腕が掴みかかるのと、私がナイフを抜いたのは同時だった。親指のスイッチを押すことで特殊な機構が作動し、一瞬にして刃が赤熱する。


「やぁ───!!」


 果たして、私に向かって伸ばされた腕は肘の辺りから溶断された。

 バランスを失ってたたらを踏むドロイドを、渾身の力で蹴り飛ばす。今度こそ倒れた。

 腹を踏みつけ、頭と胸に発砲。脳に1発、心臓に2発―――撃破判定。


『エネミー07の撃破を確認。状況終了です』


 イヤフォンからセラのアナウンスが聞こえ、その日の訓練は完了した。




――――――――――――――――――――――――――――――




「お疲れ様でした」


 アスレチック場のベンチで息を整えていると、さっきの演習をモニターしていたセラが現れた。

 労いの言葉と共にシェイカーを差し出してくるので受け取る。


「ありがと。セラもお疲れ様」


「昨今の成果は良好です。これほどの実力があれば、ピヨ様が従事している戦闘や暗殺の任務にも充分堪えられるでしょう」


「別に、ボンゴマの仕事を手伝いたくてやってるんじゃないんだけど……」


 シェイカーに入ったドリンクを啜る。今日はちょっと甘めの柑橘系。

 あぁ、疲れた身体に沁みるなぁ……。色々と教えた甲斐があるというものだ。

 セラにトレーニングを見てもらうようになった当初は、「これが必要な栄養素を最高効率で摂取できる食品兼飲料です」って言って、こう……如何にも宇宙SFじみた、斑模様の謎のペーストを繰り出してきてたからね……。


 初めて料理を作ってあげた時のことを思い出す。確か、バナナのシェイクだったかな? じゃあ料理というよりデザートか。

 曰く、セラは「エグザイル・ドライヴ」なるスーパー動力機関で動いているので食事は必要ないらしいのだけれど、私たち普通の生き物はそうはいかない。ついでに味にもこだわる強欲ぶりで、我ながら面倒な生態をしていると思う。

 しかし、私と同じ■■の形をしているし、きっと味を感じる機能はあるはずだ。そう考えてボンゴマのアジトでキッチンを借り、私は、


「……、あれ」


 ……私と同じ、■■。

 私、今、なんて―――――。


「はい。リン様は、マスターと対等な交渉のテーブルに立つための武力がお望みでしたね。しかし、それはそれとして、もうひとつ」


「……え? あ、うん。それはそれとして……?」


「リン様はここ48日間で、アスリート並みの運動量と、現代の軍隊でも採用されている状況演習5種をクリアしてきました。この短期間でこれだけの習熟を見せるということはかなり驚異的で、少なくとも一般のけものには不可能です。マスターのような規格外の素養を持っているなら話は別ですが、どちらかといえば、リン様はこういった生活にと考える方が自然です」


「それって!」


 私は、こうやってトレーニングを行うのに元から慣れていた。そういう生活をしていたということだ……それも、まぁまぁ過酷な部類の。

 さっき頭に浮かびかけた文言といい、これはひょっとすると、


「はい。恐らく、リン様はかつて軍属であったか、準軍事的な活動を旨とする組織で過ごしていたと推測されます。これはリン様の失われた記憶についての重要なヒントになるかと」


 リボーヌと共に行動していた時期も含めれば、アニマルバースで目覚めて1年──旧第11銀河統括機構の基準で365日──が経過しようとしていた。


「各国の軍のデータベースを調べてみます。正規の軍獣であれば、情報が登録されているでしょう」


「うん、よろしく。どのくらい時間かかりそう?」


「アニマルバースに存在する知的生命体、つまり"けもの"と称される種族の総数は3000万種を超えます。実際には生物学的・系統的、あるいは文化的・歴史的に近縁の氏族単位で独立国家を形成しているので、そちらの数はおよそ334万。これらすべてのデータベースにアクセスするとなれば、わたしとボンゴマ・ファミリーの保有する演算リソースを総動員して184時間26分17秒───およそ1週間と少しですね」


「そんなもんかぁ」


 長いと言えば長いが……。

 まぁ、1年かけて追ってきた真実だ。心の準備をするにはちょうどいいくらいかも。


「とはいえ、そもそもわたしの推理が誤っている可能性も考えられます。また軍事への理解があるからと言って軍獣であるとも限りません。諜報機関や特殊部隊、もしくはテロリストのような非正規軍の所属であったなら、情報の入手は困難です」


「そっか。じゃあ……そっちの線はピヨやウーノに頼んだ方がいいかも」


 いくら何でもテロリストではないと思うけどね!

 デジタルな調査はセラに、アナログな捜査はピヨとウーノに任せる方針で良さそうだ。

 ……ゴマと初めて会った時に聞いた「図書館」という場所のことは少し気になるが、まずは目の前に開けた道を進むべきだ。意味も正体もわからない言葉をあてにしても仕方ない。


 喪失していた私の記憶、その手がかり。

 ようやく……ようやく、取り戻せる。私はどこから来たのか。私は何者なのか。私は、どこへ向かうべきなのか。

 今の私を構成する過去すべてが、もうすぐ返ってくる。

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