銀河はそれを愛と呼ぶのか その2
―――――さて。
今回私たちがラビメクトに来たのは、何も銀河最大級の繁華街を楽しむためだけではない。
というか、むしろそっちがついでなのだ。
「宿から何から……本当に至れり尽くせりだったね」
昨晩泊まったホテルをチェックアウトして、指定された場所へと向かっている。
「わはは、ウサギにしては礼儀を弁えてる奴らだ。このカワイイ僕をわざわざ呼びつけたんだから、そのくらいの配慮は必要だよね」
そう。
名目上は、というか疑う余地なく敵であるはずのボンゴマ・ファミリーが、こうして歓迎されている理由。
それは大ウサギ民国の代表、聖王の名前で、ゴマに招待状―――否、「果たし状」が届いたからだ。
大ウサギ民国が誇る最精鋭にして七星の最強種、青薔薇の騎士ジャーリス・アバウォッキ公爵との決闘によって、ウサギ氏族の命運を占うと。
「ボス、こちらを」
「うむ。ご苦労」
メンテナンスの完了した
私たちが向かう先には、如何にも前時代的な……あるいは中世欧州的な、古めかしい巨大な競技場が聳え立っている。
「や……やっぱり、セラも一緒に戦うの?」
「いえ。それについては、マスターとウーノ様と相談して、Eドライヴユニットを分離させるよう取り計らっていただきました。今のわたし、つまりこの端末は、ゴマフィックライザーからの遠隔エネルギー供給で稼働しており、またわたしに採用されている補助的な機能のみが集約されています」
「ですので、戦闘に関する機能はほとんどライザーの方に移管してあるんですよ。我々の護衛として充分な程度には戦闘力を残していますがね。率直に言って、セラは七星の最強種に匹敵する能力の持ち主ですが……それでも、今のボスの全力戦闘には、どれだけついてこられるか。あと」
「……あと?」
「あなたたちが、随分と仲良くしているもので。ボスが戦う度に引き裂くのも忍びないかと思った次第です」
なるほど。まったく有難い配慮だ。
そうこう言っている内に、競技場―――
段取りは既に先方とも協議済みで、私たちは関係者席へと通され、ゴマとは一度別れることになる。
「んじゃ、行ってきまーす」
「おう、頑張れよー」
「ぽっぷこーんたべながらみてるねー」
「緊張感が無さすぎる……」
―――けれど、気が抜けてしまうのも仕方がないのかも知れない。
あの陸王ゼドゲウスを屠った
――――――――――――――――――――――――――――――
ピョンティエン国立競技場内の控室にて、ジャーリス・アバウォッキ公爵は戦闘―――決闘の準備を進めていた。
腰には大ウサギ民国に代々伝わる宝剣、「マルミアヴォーパル」。その身に纏うのは、同じく祖国の至宝たる「青薔薇の鎧」、またの名を
大ウサギ民国の精鋭、「聖騎士」の階級にある者の戦法は、シャチ氏族の「侍」と呼ばれる兵に近い。剣術のみならず槍、弓、拳闘、騎馬を修め、火砲や神聖術――神獣アルミラージの力を借りる奇跡の御業――の扱いも一通り学んでいる。
重い全身鎧を身に着け、殺傷力も射程も銃器に劣る原始的な武具を振り回すさまは、ときに時代遅れと揶揄されることもある。
だがジャーリスは、この剣と鎧を携えた姿こそが、己の最強の状態だと確信していた。
「―――行くのですね、ジャーリス」
「猊下」
慈愛と憂いに満ちた声。白を基調とした豪奢な法衣に、同じく染み一つない純白の毛皮を持った、ウサギの少女。
多くの護衛を引き連れ、決戦に臨む直前のジャーリスを訪ねたのは、大ウサギ民国の最高権力者である聖王の実娘、聖女レティシア・ハルパーズ・ラビメクトである。
「私は……、私は反対です、ジャーリス。このような野蛮なこと、お父様も枢機卿たちも正気とは思えません。何もあなたが―――」
「猊下、口が過ぎます。それに、いつかはこうなると、わかり切っていたことではありませんか」
ジャーリスの言葉に恐怖は無い。戸惑いも無い。恨みも衒いも無い。
彼の心は常に凪いでいる。ウサギ氏族最優の騎士は、いつ如何なる時も乱れない―――「静謐」の二つ名に違わず。
「何、ご心配は無用です。あの覇界大帝にも、啖呵を切ってきてしまいましたからね。―――私は負けません。アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフは、私が討ちます。……そして……」
口の中でだけ呟いたその言葉の先を、ジャーリスは努めて飲み込んだ。
聖騎士位のウサギは、僧籍を持った一介の信仰者でもある。職務の都合上、いくつかの戒律の遵守を免除――経典の解釈を捻じ曲げて――されているが故に、「ゴマ=ゴマフを討つ」という大言壮語は嘘を言ったことにはならない。
彼ら聖騎士は戦士であり、他のどんな教会の役職よりも失敗が身近で、その失敗はすなわち自らの破滅へと直結する。
たとえ―――ゴマの討伐が叶わずとも、諦めることなく戦い続ければ、最後まで教義に殉じた者として、神敵に敗北したという事実すら赦される。
尤も、ジャーリスは勝利を前提にして戦いに赴く。並大抵のことでは負けてやるつもりは無い。
「……っ、……はい……、はい。必ずやあの魔王ゴマ=ゴマフに勝利し、大ウサギ民国に、銀河に平穏をもたらしてください。聖騎士ジャーリス、あなたにアルミラージの加護があらんことを」
―――だから、胸の内でだけ唱える。
ゴマ=ゴマフを討つ。そして絶対に、あなたの下へ生きて帰る。
――――――――――――――――――――――――――――――
決戦の場は、率直に言って混乱の中にあった。
一方、大ウサギ民国の命運を一身に背負う、最強の聖騎士。
一方、その意志ひとつで天地万物を蹂躙する最悪の魔王。
「ジャーリス公だ!!」
「ジャーリスが来たぞ! 青薔薇の騎士!」
「勝って、ジャーリスぅー!」
「やっちまえぇぇ!!」
「「「ジャーリス!! ジャーリス!! ジャーリス!!」」」
四方八方から、民衆たちの絶え間ない声援が鳴り響く。
それは祈りであり、期待であり、懇願であり、まさに大ウサギ民国のみならぬ
「あれが……魔王ゴマ=ゴマフ……」
「思ってたより小さいね」
「いや、俺は記録映像を見たことがある。信じられないと思うが……あいつの強さは大きさなんかじゃ測れない」
「ハハ……まさか。ジャーリス公には勝てないよ」
「だがゼドゲウスを倒したけものだぞ? こいつはひょっとして……」
「バカッ! 縁起でもないこと言うんじゃねぇ」
しかし、鳴り止まぬ歓声に混じって、確かにこの決闘の行方を憂う者も居た。
ジャーリスへの信頼、その狂熱に浸っていない民は、既に感じ取っていた。
競技場に姿を現した、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフの―――白い矮躯から放射される、絶大な力の気配を。
「―――北北西32mに1、南東15mに1。センターラビットタワー46階に2、ラビメクト空港第7管制塔に1。狙撃手です」
「えっ」
「心配は無用でしょう。ご覧なさい、あのボスの落ち着きようを。私なら絶対に撃ちません」
「だな。いいかリン、プロの殺し屋にはな、この先の運命ってのが何となくわかるもんだぜ。獲物と―――それから自分のな。今のアイツは殺せねぇ。それどころか、下手につつけばこっちが死ぬ」
リンとセラにはにわかに信じられない感覚だったが、しかしウーノとピヨは完全に真剣な調子でそう言った。
坂本は空気を読んで何となく静かにしているが、実際のところ何もわかっていないので、いつも通り呆けたような笑顔を浮かべている。
「やっほ。久しぶりだね、ジャーリス」
「……、……。……失礼、貴公とは初対面のはずですが」
「言うと思った。神刀斎もそうだったんだけど、結構忘れられてるね、僕。まぁ何年も前のことだし、君たちからすれば、僕らあざらしは見分けがつきにくいのかな?」
「なるほど。では、そうなのでしょうね」
第3の勝手口から現れた1匹のウサギが近づいてくる。
ぴんと伸ばされた白い耳。ジャーリスに負けず劣らず、堂々とした立ち姿。随所に鎖帷子を配した、豪奢ながらも実戦的な作りのサー・コート。
それはどう見ても荒事を想定していたが、首元から厚く垂らされた赤い聖布は、男の装いが紛れもなく高位の信仰者の法衣であることを示している。
壮年のウサギは鋭く目配せし、厳かな面持ちで口を開いた。
「それではこれより、聖騎士ジャーリス・アバウォッキ公爵と、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフ殿の決闘を執り行う。見届け獣は、今日ここに集ったウサギ氏族全員と、ゴマ=ゴマフ殿の同胞たちだ。それらの代表として、僭越ながらこの私、枢機卿デルシフ・アエイメンが勝負を取り仕切らせていただく」
「異議なし」
「ん。異議なーし」
「決闘の方式は、一対一の真剣勝負である。己以外の仲間を募ることを除く、あらゆる戦術と武装が許可される。どちらか一方の確実な死亡が確認されるか、降参を宣言した時点で、我ら見届け獣の同意をもって勝者を決定する。アバウォッキ公、ゴマ=ゴマフ殿、ここまではよろしいか」
「異議なし」
「異議なし!」
「では……私、ラビメクト聖教、枢機卿位デルシフ・アエイメンは、神たるアルミラージの御名において、この決闘の見届け獣の代表として、不正なく公平に勝敗を裁定することを誓う。聖歌楽隊、演奏開始! こののち、銅鑼の音と共に、存分にその腕を振るわれよ」
決闘の開始時刻。巨大なラッパの音が響き渡り、聖歌楽隊による小太鼓の連打が続く。
競技場を覆っていた喧騒は一時終息し、その瞬間が訪れるのを、誰もが固唾を飲んで見守っていた。
「両者、構え! ―――――始め!!」
だあぁん、という甲高くも重厚な快音が、ピョンティエンの空に拡散していった。
――――――――――――――――――――――――――――――
デルシフ枢機卿の合図。
構え、の声で、ジャーリスは即座に剣を抜き、ゴマは魔力を練り上げ宙へと浮いた。
始め、の声で、ジャーリスは一挙に剣を持ち上げ、地を蹴った。柄を両手で握り、そのまま流れるような所作で振り抜く。大上段より袈裟懸けの一閃。
七星の最強種、ジャーリス・アバウォッキの剣才は、ともすればかの阿修羅神刀斎にも匹敵する。
まさしく、完成された騎士の剣術。最優の兵が放つ完璧な攻撃。同じ条件でこの一太刀に対処できるけものが、アニマルバースにどれだけ居るだろうか。
ゴマは、その場から一歩も動かなかった。あるいは動けなかったのかも知れない。
ジャーリスは、宝剣マルミアヴォーパルがあざらしの身体を両断することを確信した。
刃が落ちる。空気が裂ける。
迫る。迫る。ゴマの柔らかな毛皮に、マルミアヴォーパルの白刃が吸い込まれ、
「もふ」
異様な金属音が世界を揺らし、そこで止まった。
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