静謐、ジャーリス・アバウォッキ

銀河はそれを愛と呼ぶのか その1

 ―――シャンデュリオン星系β星「ラビメクト」、大ウサギ民国首都・ピョンティエン




 セラの助けを借りながら一度ゴマトピアに戻り、休養と補給、装備の修繕を行って2ヶ月ほどが経過した。

 私たちは今、新品同様に磨き直されたS.D.ロンリネスに乗り込んで、ウサギ氏族の本拠地・惑星ラビメクトまで来ている。


 ラビメクト、もとい大ウサギ民国は不思議な国だ。

 「角の兎アルミラージ」という神獣を信仰するラビメクト聖教が広く普及しており、民主的な政府は一応存在するが、教会と密に連携することで人心(兎心?)の掌握と治世の安定を図っている。

 宗教国家というと聞こえは悪いけれど、ラビメクト聖教は公平や清貧を重視しない信仰だ。ウサギ氏族は総じて陽気で社交的であり、優れた商人でもあり、良質な食事と盛大な宴を何よりの楽しみとする。

 まず稼ぎ、その金で遊び、今度は己がもてなす側となってまた稼ぐ―――それこそが彼らの教義なのだ。

 実際、ラビメクトは銀河でも屈指の経済惑星として知られていて、惑星外企業の誘致も精力的に行っている。


「ピヨ知ってる? ラビメクトじゃポイ捨て厳禁なんだって。ガムとか吐いたらその場で警察サツ飛んできて八つ裂きにされるらしいよ」


「それも有名な話だよなぁ。歩き煙草も厳禁だったか? アウトローにはキツい星だぜ」


「あ? 煙草は僕が嫌いだから、うちのファミリーじゃ全面禁止だろ。また禁煙失敗したのか?」


「やっべ逃げよ」


「待たんかいゴマアアアアアアアアアア!!」


「おいかけっこー? わぁい、サカモトもやるー!!」


 いつものアホチビ3匹が、アスファルトを抉る勢いで飛び出していった。あれは条例違反ではないのだろうか。

 まぁ、そこらの警察組織ごときに彼らが捕まるとは思えないけど……。


「それにしても、物凄い人混み……だね、ウーノ。高層ビルの数だって、ゴマトピアにも負けてないんじゃない?」


「フフフ。えぇ……何といっても、アニマルバース随一の歓楽街ですから。殺し屋ヒットマンを紛れ込ませるのも容易いでしょう」


「ちょ……縁起でもないこと言わないでよ」


「ご心配には及びません」


 私とウーノの後ろをトコトコ付いてくるのは、新しく仲間になった"天使"セラ。

 銀色の長髪と青い瞳、そして私と同じく、他のいずれの獣人とも当てはまらない特徴を持つ少女である。


「わたしのボディには対飛翔兵器用の空間歪曲力場ディストーション・フィールド発生器が搭載されています。わたしの半径50m以内ではあらゆる運動エネルギー兵器が機能しません。レーザー兵器についてはこの限りではありませんが、わたしのレーダー有効半径であれば、発射より先にジェネレーターの起動を察知して敵対者を迎撃することが可能です」


「あぁ、うん……ありがとね、セラ……」


「ほっほっほ、それは素晴らしい。しかし、民衆に紛れたヒットマンが至近距離で暗器を使ってきたり、あるいは化学ガスなどで民衆ごと我々を一網打尽にする手もあります。遠間ばかりではなく、身の回りにも目を向けるようお願いしますよ」


「はい。了解しました、ウーノ様」


 ウーノはいちいち発想が怖いなぁ。殺し殺されが常態化してるマフィアの幹部としては、当然の危機意識なんだろうけどさ。


「……とはいえ、セラのスペックは充分信用に足るものです。彼女さえ居れば過剰に怯える必要も無いでしょう。せっかくラビメクトにやってきたのですから―――少しは楽しみませんとね」


 そして、そんな私の考えを見透かしたのか、かく言うウーノからフォローが入った。

 ここしばらく一緒に過ごしていて初めて気づいたけれど、このカメレオン男はそこまで薄情な奴ではないのだ。

 ……少なくとも、身内に対しては。知的探求心と倫理観がバグっているだけで……。


「うん、そうだね。こんな風に穏やかに街を歩くなんて久々……というか、ゴマトピアじゃ毎日のように銃撃戦が起こってるから、ほぼ初めてみたいなもんだし……。それに」


 幸いと言うべきか、ゴマの目も無いし……。

 別にゴマの目があったとしても遠慮するつもりはなかったけど、あん畜生が横に居るだけで次々と厄介事に巻き込まれそうだもんな。警戒するに越したことは無い。


「ちょっと言いにくいんだけど、ウーノは一人……一頭でも大丈夫?」


「ふむ? あぁ、えぇ。私とてボンゴマファミリーの一員です、セラが居らずとも自分の身くらいは守れますよ。それに、元よりボスたちを探すつもりでしたから」


「そっか。じゃあそういうことで。私はセラと用事があるから、また後で集合しよう。ね、セラ」


 白銀の天使に声をかけて振り返る。

 そのかんばせは相も変わらず無表情で、小首を傾げる動作は愛らしいが、ちょっと勿体ないなと思う。


「……? わたしに何か御用ですか。ご命令とあらば何なりと」


「うむっ。それでは遠慮なく」


 ―――実のところ、ずっと気になってはいたのだ。楽しみだったのだ。

 私に翼は生えていないが、それでもほぼ同じ姿をした獣人(?)に出会えた。それはこの銀河で目覚めてから初めてのことで……。

 彼女とはたぶん、もっと仲良くなれると思う。ううん、私が仲良くなりたいから。


「デート、しよっか!」




――――――――――――――――――――――――――――――




 ―――ブランドショップ「グッチディバ」、ピョンティエン本店


「………………」


「わぁー……! ふふふ、予想通りっ。セラは可愛いから、なに着ても似合うよ!」


「……動きにくい、です。咄嗟の方向転換に不安があります」


「おー、パンツルックもいいね! スポーティな感じもいけちゃうんだぁ」


「脚部の露出面積が多過ぎます。被弾した場合は4割の機動力減です」


「すっ……すごい、すごいすごい!! こんなにゴスロリ衣装がハマるはじめて見たっ! 天使か~? あはは、そういや天使だったな~!」


「あの……わたしたちの社会的地位から考えて、あまり民衆の耳目を集めるのは、得策ではないと思うのですが……。あと、小説媒体だからと言って、無暗に作画コストを上昇させるのはよくないかと……」




 ―――雀荘「どろぬま」


「萬子が壱壱七八、筒子が③③④⑤⑥⑦、索子が123の西だから……えっと、⑤筒、⑥筒、⑦筒で一組。1索、2索、3索で順子が二組でー、壱萬……が対子で頭にするでしょ……。そうすっと捨て牌は筒子の③、と、風牌の西で平和ね」


「ほーん。自分、V.F.D.いいすか?」


「終わった」


「はい解散」


「テメェ、ゴラァ!! 今日という今日は許さねぇぞこのチキン野郎! マスター、こいつ出禁にしましょう出禁!」


「馬鹿言うんじゃねぇ。この方のバックに付いてるのはアリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフだぞ。んな真似したら俺ら全員ドラム缶に詰められて海の底行きだっての」




 ―――ピョンティエン市内「センター・ラビット・タワー」、アメニティ・ブース


「セラって肌きれいだよね。どんなコスメ使ってんの?」


「この筐体の基本材質は、ゴマ=ゴマフマスターの体組織と同等の機能を持つ超波動フレーム素子です。あざらし細胞を基調としたハイブリッド積層高分子体で、ダイラタンシー的な特性によって弾力性と耐衝撃性を両立し……」


「ごめん聞いた私が馬鹿だった。んー……やっぱ自分で地道に発掘するしかないか」


「……リン様や皆様の身体情報バイタル・データは、随時モニタリングしています。不足しがちな栄養素などの指摘ならば可能です」


「マジで? ひゃー、天使って高性能なんだねぇ。それならお言葉に甘えちゃおっかな。店案内、よろしく!」




 ―――アイスクリームショップ「ハチロク」、ヨカンピーア・モール支店


「らっしゃっせー。ご注文お決まりですかァ」


「ろーすとびーふどん、くださーい」


「なんて?」


「ろーすとびーふどん、ください」


「……やべぇ客来ちまったな……。どうすんだよこれ、今日店長居ねぇぞ……。あっすんません先輩、『ローストビーフ丼』ってもしかして常連さん向けの裏メニューとかだったりします?」


「そんなわけないだろ。大体、んな非常識な注文してくるアホがどこに……」


「ろーすとびーふどんくれよ」


「ごめん居たわ。どうしようねマジで」


「ないの? じゃあ、いまからでもおまえがなれ。ろーすとびーふどんに。おまえはろーすとびーふのはしらになれ」


「無理だよ俺らウサギだし……」


「ちょっと笑っちまった、悔しい」


「ならぬのならば、ねこになれ。さもなくば、おうむのからよりけずりだしたこのすれっじはんまーが、せらみっくそうこうをもどかーんだぞ」


「うおぉマジかよ!!」


「後輩ぃ!! 今日生きて帰れたら一緒に飲みに行こうな……!」




 ―――ブードゥ―・シネマズ、ピョンティエン劇場


『定刻通りにただいま参上!! ダイハード・ラビキュア!!』


(週末朝の魔法少女アニメなんて久々に見たけど、意外と面白いな)


「……、……」


『大変ゴブ!! キュアバックドラフトたちがピンチゴブ! お手元のダークネス・セーバーを振って、みんなのパワーで応援して欲しいゴブ~!!』


「……! ……っ、っ……」


(嘘、真面目に振ってる……無表情で……)




 ―――ピョンティエン競馬場(ブチュー競馬場)


「全然違うじゃん!! スティール・ボール・カップはゴマノダイヤモフド、GⅡ2着の実力は明らかに頭一つ抜けてるって言ってたじゃん!! アーザラシーストは距離不安でマンハッタンゴマは不調! 消去法に加えて3歳馬の活躍傾向もあるしゴマノで間違いないって! なのにこの結果は何!?」


「2度目の直線にてどうにも伸びを欠いてしまい、ゴマール騎手も療養明けの復帰戦から未だ本調子に戻っていないことは否めず……当然の結果です」


「うわーん!! 僕のお昼ご飯代返してよ! いや、もういっそ僕が走る!!」


「失礼ながらボス、現行の制度ではウマ氏族の方以外の出走は認められていませんが……。そもそも馬主というか、スポンサーつくんですか?」


「そんなの知らない!! ゴマやるもん! ボンゴマファミリーからの出資で自己プロデュースしてやるもん! 諦めなければ割と何とかなるってこと見せてやるんだ!!」


「ウイニングライブこのあと17時からだってよ」


「っしゃオラアアアアアア行くぞ野郎どもォ!! 僕のアコギを持てぃッ! ……俺はロックに感謝している。ヘヴィ・メタルは―――今はまだガンには効かないが、いずれ効くようになる」


「どうした急に」


「とりあえず、どこの馬の骨ともわからん馬ごときが! 僕の目の前で僕より目立つのは許さねぇ! カチコミじゃああああああァァァァァァァァ!!」




――――――――――――――――――――――――――――――




 ―――アンプレキオノ星系δ星「ロウムフラッド」、ライオン王国首都レグルサルバ、、中央政務省庁・レグルサルバ宮殿




 阿修羅神刀斎鯱光が死んだ。

 グリス・ナヌラーク・ポラベラムが死んだ。

 そして、陸王ゼドゲウスが死んだ。


 七星の最強種。第11銀河アニマルバースを支配する絶対者たち。

 そのうち3体が、最凶最悪のあざらし、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフに敗れた。

 もはや事態の異常性は明白で、ともすれば先のあざらし天国の変以上の混乱が巻き起こっている。あらゆる種類の不安が第11銀河を震撼させ、経済状況と治安は悪化の一途を辿っていた。


「五輪協定、でしたか」


 大ウサギ民国聖王軍騎士団長、ジャーリス・アバウォッキ公爵が口を開いた。

 "静謐"の二つ名の通り感情が完全に抑制された平坦な声音は、しかしこのレグルサルバ宮殿の円卓議場にこの上なく鋭く響いた。


「阿修羅神刀斎殿の独断専行については―――協定の意義に反する行いではありましたが、シャチ氏族の気性と文化を思えば、一定の理解は示しましょう。ポラベラム総督も残念でした、潜入工作を受けた上での奇襲だったと聞いています。陸王ゼドゲウスについては、かの荒ぶる戦神を制御できると楽観する方が無理筋でした。協力を取り付けられただけでも奇跡的だったのですから」


「…………」


「だが、何にせよ。肝心の盟主たるあなたは、いずれの戦いにも介入しなかった。我が大ウサギ民国は、現代の宇宙戦に堪え得る空軍を有していない……それ故にあなたがたを頼った、しかし、ライオン王国は違いましょう。率直にお伺いする、


 獅子の王は、唇を真一文字に引き結んで答えなかった。

 答えに窮しているのではない。答える気が無いのでもない。

 ただ、と呆れているように、ジャーリスには見えた。


「―――想定が甘かったという過失は認めよう。ゴマ=ゴマフの力が予想以上であり、そして我々の同盟は、ただ発足しただけで連携など出来ていなかった。もっと時間をかけて信頼関係を構築するべきだった。仕掛ける時機を見誤ったのだ。それがすべてだ」


「私は今日、そのような弁明未満の戯言を聞くためにここまで足を運んだのではない。では、ゴマ=ゴマフの犠牲となった3頭は犬死にだったと仰るのか?」


 ジャーリスとライガードの視線が重なる。

 そして、眼前の男の瞳に傲慢の色を認めた瞬間、ジャーリスは何一つ迷うことなく腰の得物を抜き放った。

 大ウサギ民国に伝わる宝剣「マルミアヴォーパル」が、ライガードの頸動脈の寸前で銀色の煌めきを発する。


「彼らは異教の徒なれど、一度は誼を通じた同志だ。これ以上彼らの死を穢してみろ―――その首、一息に叩き落としてくれる」


 そのようにして、どれだけの時間が経っただろうか。

 世界をただ沈黙だけが満たし、それがすべての結論であるかのようだった。


「……大ウサギ民国はここに、五輪協定からの脱退を正式に決定する。今後のあざらしへの対策について、あなたがたとは何の連携も行わない」


 言い切ってから、ジャーリスは剣を鞘に収めた。薄く朱色の光が差す円卓の間を後にする。

 「青薔薇の鎧」。重厚な全身鎧を身に着けているにもかかわらず、聖騎士はほとんど足音を立てていない。


「アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフは、私が殺す」




 ジャーリス・アバウォッキが去ってからしばらく、ライガード・レオポーン皇帝は一度だけ嘆息した。

 玉座にもたれかかったその影が、まるで独立した別の生き物の如く揺らめくのを、深紅の夕陽だけが見つめていた。

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