王冠に花束を、天使にラプソディを その5
古代種族ヤルダモの最終兵器として創造された『あざらし』の肉体には、すべての個体間で量子波ネットワークによる超光速通信を可能とする器官『クォンタム・シンクラー』が存在する。
だが、どれほど精緻な生体工学の技術を以てしても、時折発生する遺伝子の
わけても、クォンタム・シンクラーの不備によって、あざらしたちが共有する思考ネットワークの恩恵を享受できない個体―――俗に『音無し』と呼ばれるあざらしとして、ゴマ=ゴマフはこの世に生を受けた。
通常のあざらしは量子波ネットワークで思考の共有を繰り返す内に、無数の自我が混ざり合って平均化され、最低限の本能しか持たないまま生きることになる。
彼らは生命体であると同時に兵器であり、重要なのはその使用者の意志であって、彼ら自身に"忠誠"以外の信念は無用だからだ。
『音無し』はクォンタム・シンクラーを持たないため、戦略・戦術における司令塔クラスの個体とは異なり、あざらしの軍勢を直接率いることは無い。そもそも発生率からしてごく低く、また大抵は"失敗作"として短命に終わることから、その総数は限られている。
だが唯一にして無二の特徴として、『音無し』は明白かつ強靭な自我を持つ。
彼らは『あざらし』というひとつの巨大な統合精神体には属しておらず、独自に成長した固有の自意識を有する。
名も故も知られぬ、始まりのあざらし。
大導師、ダーンペリオン。
輝ける盟主、エイブラ。
鮮血の覇王、オベミキンテ。
凄烈なる慈母、クレモナハティ。
叡智の極点、ウルマ。
守護者、ギンゲオッゴ。
姿なき冥府の矢、カラプリコフ。
星喰い、バナエスタ。
魔界皇帝、インシュラートル。
そして―――絶対の一、ゴマ=ゴマフ。
たとえクォンタム・シンクラーが使えずとも、あざらしたちは自ずと彼らに従ってきた。
あくまで同胞の内の1匹である以上、至高の武具たる己らを振るう者には非ずとも―――彼らの行く先にこそ、真に頭を垂れるべき剣の主が待っていると信じて。
そういった理由で、ゴマ=ゴマフは生まれながらにして孤独だった。
同胞たちがいつも聞いているという声は、彼には聞こえなかった。同胞たちが共有しているという意志は、何一つ彼には響かなかった。
幸い、ゴマは生まれた時から最強種の器ではあった。あざらしという種族の誕生から、あるいは彼らが『細胞X』と名付けられた極限環境微生物であった頃から数百年を数え、ようやく芽吹いた可能性―――運命に祝福された、奇跡の子。
生きていくことに不足は無かったが、何か大切な前提を自分だけ共有していないという負い目だけは、どんなに愛し愛されていても消えることはなかった。
やがて、母星ジア・ウルテの冷たい海で泳いでいたある日、ゴマはこのような話を耳にする。
船の上から釣り糸を垂らす2羽のペンギンに曰く、ここより3つほど隣の星系に『ゼドゲウス』と呼ばれる巨大な地竜が現れたというのだ。それは古くからアニマルバースに伝わる神話の存在であり、ただ己の五体のみを頼りに数多の強敵を打ち破ってきた戦いの神の目撃談だった。
「ごまー。……まー、まー? ごま!」
「お、こんな所にあざらしが居るじゃねぇか。ハハハ、近くで見ると可愛いもんだな」
「ごま……ごま。……お、は、なしー」
「あん?」
「おはなし、もっと、きか、せて! どら……ごん? どらごんって、なに?」
「うぉ……!? な、何だお前! も、ももももしかして今、喋りやがったか!?
「へぇ……! こいつは驚いたなっ。おいペン助、あんまり邪険に扱ってやるなよ。普通のあざらしにだって俺たちの言葉がわかるんだ、確かに珍しいけど喋れる奴だって居るんだぜ!」
「ケープ!? お前……そういうの、詳しいのか?」
「大学の方でちょっとな。ドラゴン……さっき話してたゼドゲウスのことか? よし、いいぞおチビちゃん。もっと色々聞かせてやるよ」
「わぁい! ぜ……ぜどげうす! ぜどげうす! ごまー!」
こうして、ゴマ=ゴマフはペン助とケープと友達になった。
彼らは大学の夏季休暇を利用してジア・ウルテに訪れた観光客で、ゴマの住まう海域に来る日も来ない日もあったが、ゴマはその2羽から海の外の世界についてのあらゆることを聞き出した。
水平線の向こう。赤茶けた大地。青藍の空。宇宙に浮かぶ星々。そこで繰り広げられる数多の歴史、無限の物語。偉大なる竜の英雄、陸王ゼドゲウスの伝説もまた、ペン助とケープは余すことなく語って聞かせてくれた。
この世には自分の想像を絶するほど強い生き物が存在し、そしてそれは如何なる強大な敵にも立ち向かう勇気を持った者なのだと、幼いゴマ=ゴマフは知った。
「ごまも、ぜどげうすみたいに、なれるかな?」
「ははは。どうだろうな? たくさん食べて大きくなったら、なれるかも知れないな」
「あざらしには無理だろー! まずはシャチを倒せるくらいにならないと!」
「しゃち……」
「……っと、悪い。そっか、お前らにとっちゃ笑い事じゃねぇよな……」
「シャチかぁ……。……俺たちにとっても、じゃないか? ケルメェス星系がいつまで経っても平和にならないのは……」
「馬鹿、滅多なこと言うもんじゃねぇ。ゴマの前だぞ」
「あ、あぁ……それも、そうだな。ごめんゴマ、もっと楽しい話をしよう」
「ぷ? うん」
―――――そういうことが、あったからだろうか。
2羽の夏季休暇が終わり、ペン助とケープは自分たちの星へと帰って行った。
波も穏やかな晴れの日に、ゴマと2羽は笑ってお別れを言った。どれだけ寂しくて辛くても、英雄譚の中のゼドゲウスであれば、決して涙など見せないだろうから。どちらから言い出すまでもなく、彼らは自然にそうしていた。
それからしばらくして、ケルメェス星系よりシャチの群れがやってきた。
目的はガレオルニス星系に眠るヤルダモの遺構を調査すること。しかし、遠隔地であるジア・ウルテにおいての補給作戦は当初の想定を超えて厳しく、やがてシャチたちは食糧を求めてあざらしを狩り始めた。
当時のあざらしはヤルダモの復讐装置としての力に目覚めておらず、生態系の中下層に位置する貧弱な被食動物でしかなかった。彼らはたちまち虐げられ、文字通りに食い散らかされ、ゴマもまた多くの同胞を失った。
「しゃち」
―――自身と同じ『音無し』のあざらし、導師ダーンペリオンと話したことがある。
この世には、何者にも侵し難い"理"というものが存在する。ミジンコを魚が食べ、その魚を自分たちあざらしが食べ、そのあざらしをシャチが食べ、そのシャチが天寿を全うした暁には、海に還ってミジンコの糧となる。そうした命の循環が海にはあるのだと教えられた。
「"さむらい"のすがたか? これが……」
シャチ氏族が使う独特の武器、緩やかに湾曲した片刃の長剣が煌めきを放つ。さっきまで命だったものが辺り一面に転がった。
血に濡れ、焼け焦げた同胞の亡骸を前にして、狂ったように哄笑を挙げる1頭のシャチ。
ペン助とケープはシャチ氏族の戦士のことを『どんな相手にも敬意を払うこと、"誉れ"を旨とする高潔なけものだ』と教えてくれた。けれど、そう語る2羽の表情は、いつも少しだけ暗く翳っていた。
「ぺんすけ。ケープ。ごまは」
―――ゼドゲウスなら。
荒々しくも勇ましく、愛情深いかの陸王なら。
「……ごまは……」
鼓動が、一際強く脈打った。
見える。どこを狙ってどれだけの力を出せば、あのシャチの戦士を壊せるか。瞬間的に理解できた。
「ごめんなさい、どうし。ぼく……いくよ」
ゴマは知っている。自分が他のどのあざらしよりも力強いことを。誰よりも素早く動けることを。誰よりも高く飛び跳ねられることを。
刹那、世界が切り替わった。
シャチの戦士の脳髄は突如、途轍もない衝撃に揺さぶられた。
背中に激痛が走ったのを一瞬遅れて理解し、すぐさま振り返る。
信じがたい光景があった。
「ここから……」
同胞たちの血で紅蓮に染まった大地に身を沈め、次の瞬間に恐るべき速度で射出されたのは、1匹のあざらし。
砲弾じみたタックルが鳩尾に突き刺さり、骨と内臓がいくつも砕け散ったのが感じられた。
「―――でていけえええぇぇぇぇぇ―――――ッ!!」
それが、すべてのはじまり。
アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフと呼ばれるあざらしの、戦いの原点。
――――――――――――――――――――――――――――――
世界を一身に貫く槍は、2色の炎に別たれている。
天より降り下ろされる極光を、地から迸る熱線が迎え撃つ。
ふたつの圧力が均衡することは有り得なかった。対峙する魔物と竜王は絶対に自身の敗北を認めず、片方が1メートルを押し込めば、もう片方が2メートルを押し返す。そういったことが幾度となく繰り返された。
覚醒に次ぐ覚醒。どんでん返しに次ぐどんでん返し。底力を振り絞り、それに抗うべく底の底からさらに力を練り上げる。もはや戦い、殺し合いの体すら為していない、意地と意地の激突だけがあった。
「ゼドゲウス―――ゼドゲウス!!」
焦がれ続けた神話の英雄と、いま全身全霊の勝負に挑んでいる。
もはや言葉は不要、語らいなど無粋と悟っていて尚、こうして声を上げたくなる矛盾。それほどの想い。すべてを懸けてゴマは叫ぶ。
「僕の英雄、僕の憧れ、僕の道標! あなたがいたから、僕はここまで来れた! 家族を守れた! 新しい友達に出会えた!」
紡ぐ台詞のいずれも、ゼドゲウスには届いていない。単純に距離が遠すぎるし、突き立つ光の槍が大空を引き裂く轟音は、他のあらゆるちっぽけな音を掻き消してしまう。
それでも。
「……、……あなたがいたから、叶えたい夢が出来たんだ。強さが行き着く果てを……力の頂で見える景色を……
幼年期の終わりが来る。
抱いた憧れは、永遠に尊き過去へと眠る。胸に芽生えた夢は、未来を照らす灯火となる。
「―――ゼドゲウス。生まれてきてくれて、ありがとう」
強まる。強まる。限界を超越して、光はどこまでも大きくなる。
悪夢と惨劇の化身、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフが―――この世でただひとつ、心から美しいと信じたものに捧ぐ、最初で最後の純粋な感情。
それは、一言では表せなかった。それは
戦うための兵器である
「GoooooooMaaaaaaaa……Goma、phooooooooooooo―――!!」
そして、竜王ゼドゲウスもまた、絶対的な破壊の意志で応えた。
良いも悪いも無い。2体の"最強"と称される者たちが居て、互いに互いの強さを知っている。
迷いや躊躇い、気遣い、慈悲、対話の必要が、一体どこにあるだろうか?
彼らにとって、『生きる』とは、戦い続けることに他ならないのだから───!
「これでえぇッ!! 終わりだあああああああァァァァァァァァァァ―――――!!」
ゴマの極光の径が10倍以上に膨れ上がり、ゼドゲウスの熱線を呑み込んで一気に地上へと叩きつけられた。
ゼドゲウスは墜落し、地に縫いつけられた後も抵抗を続け、もはや口腔のみならず全身から猛烈なカズムタイトの奔流を生じさせた。灼熱の波動が地層を抉り取って爆ぜ、戦場と化した原野の一帯を薙ぎ払い、地平線が紅蓮に染まる。
無双の竜王が咆哮を上げ、その四肢が虚空を掻き、いっぱいに見開かれた目から鋭利な眼光が投げかけられ、
「―――――………」
空の彼方に佇む、1匹のあざらしを射止めて―――ゆっくりと、薄れていった。
――――――――――――――――――――――――――――――
刹那、それがかの者の英雄譚を彩る最後の1ページとなったことを、誰も理解できなかった。
単純に各報道機関のドローンや、観測衛星の超望遠カメラの性能限界だったということもある。その戦いはあまりにも激しく、当事者たち以外の何者にも正常な観察が不可能だった。
だが、それ以上に、誰も信じられなかったのだ。
無双の最強種、古き竜王・ゼドゲウスが敗北したという、極めてシンプルで難解な現実を。
やや遅れて。
銀河中で、阿鼻叫喚が巻き起こった。
生きた伝説たる竜王、ゼドゲウスが死んだ。白き悪夢、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフの手によって。
たとえ2度目のビッグバンがあっても起こるべきではなかった事象が、完全な現実となってしまった。ゼドゲウスは死に、彼が所有していたヤルダモの神器、永劫核ヘトラキサキドル・ゼペルトリンデはゴマ=ゴマフに奪われた。
種族あざらしへの恐怖がために、けものたちは不安と疑心暗鬼に駆られ、アニマルバースの治安は劇的に悪化していった。銀河経済が麻痺する中で、食糧と車両と武器だけが飛ぶように売れた。それから宇宙船も。
誰もが、とにかく恐ろしい死を自身から遠ざけたがった。あのゼドゲウスにすら襲いかかったそれから逃れようと、誰もが必死になった。
世界は決定的に変わってしまった。アニマルバースの住人たちが平和を謳歌する権利は、未来永劫失われる。
――――――――――――――――――――――――――――――
ゴマが、帰ってきた。
ゼドゲウスの出現を発端とする町外れの時空間異常は、彼が死んだことによって綺麗さっぱり消滅した。よその惑星でもゼドゲウスが"領有"していた土地が解放されて、歪んでいた時空が元に戻りつつあるらしい。
宇宙にはそもそも歪められた時空やら次元やらをある程度は自己修復する作用があり、ゴマはそれに便乗してバロライテまで転移してきたそうだ。
「うーぃ、帰ったぞぉーい」
「ゴマ~!!」
「ボス~!!」
「ご無事で何よりです。本当に……お疲れ様でした」
「いえ~い!! 大勝利だぜっ」
小さいトリオでハグ的な動きをし、ウーノの手元まで飛び上がってハイ(?)タッチをするゴマ。
しばらくボンゴマの仲間内でキャッキャした後、ゴマの視線がこちらに向いたことを確認して、私も口を開く。
「……おかえり。無事でよかった」
「ただごま。……なんか雰囲気変わった?」
「そうかな? 気のせいだと思うけど」
「ふぅん。あ、そうだ、これお土産だよ。ゼドゲウスの神器」
「……何これ」
ゴマがどこからか取り出したのは、琥珀色の丸い水晶。よくよく目を凝らしてみれば、それは硬質な結晶体が、何か別のものを覆っている構造であると知れた。
結晶体越しなのでややわかりにくいが、その中身もまた概ね球体で、表面にぽつぽつときめ細かい水玉模様が浮かんでいる。
これがゼドゲウスの所有していた神器、永劫核『ヘトラキサキドル・ゼペルトリンデ』なのだろうが……。これは、なんというか、その……。
「まさか、りんご飴?」
「? ? おたから? りんごあめ? おたからの?」
「みたい……だね……。いや、僕もさすがに気のせいと思ったんだけど、やっぱりりんご飴に見えるよね……」
「ほう! りんごにしてはいささか巨大ですが、ともかくヘトラキサキドル・ゼペルトリンデの正体が『果実』であるという説は聞いたことがあります。銀河各地に残る神話や伝承には、それを喰らった者に様々な恩恵をもたらす"神秘の果実"という共通のモチーフが散見される。永劫核はそれらのルーツとなった存在だと」
「えぇ!? そんなのアリ!?」
あの恐るべき竜王ゼドゲウスの力の源が、こんなでっかいだけのりんご飴だったとは……!
「しかし……今回ばかりはさすがに疲れたな。しばらくどこかで休みたいよ」
「そうですね。アルヴディアスとS.D.ロンリネスをメンテナンスしておかなければ……特にロンリネスの方は、オーバーホールが必要になるかも知れません」
「だったら一度ジア・ウルテに帰るとするか。足はどうする? シロクマ軍の基地でも探ってみるか? グリスの攻撃であの有様だが、よくよく調べれば少しくらいは物資が残ってるかも知れないぜ」
「その必要はありません。最新の星図を提供していただければ、わたしが空間転移で皆さんをお送りします」
ん?
聞き慣れぬ声があった。それがゴマの居る辺りの虚空から発せられたものだと送れて気付き、全員の視線がそちらに集中する。
ゴマは困惑してしばらく宙を仰ぐと、ポンと
「あぁ……すっかり忘れてた。君もご苦労様、助かったよ。それで……」
蒼い陽炎を纏う羽根が、ふわりと散らばって舞い落ちた。
「―――申し遅れました。はじめまして。わたしは対深宇宙適応体コンタクト用ハイパードロイド・インターフェース、『VA-X000 ヤルダ・イクストリーモ』。見果てぬ
その『けもの』は、私の知るアニマルバースの住人たちとよく似ていながら、他の何者とも確実に異なる姿形をしていた。
飾り気のない白のワンピースを着た、私よりいくぶん小柄な女の子。ただし、背中には瑠璃色に輝く幾何学的な意匠の翼が備わり、頭上にも恐らくは非実体の光の円環が浮遊していて、明らかに尋常の存在でないことが窺える。
全体的な印象はサルの仲間に近いだろうか? しかし、頭頂部から流れる銀雪の川のような髪を除けば、体毛はごく薄い。四肢はすらりと地面に垂直に付いており、陸上での二足歩行に完璧に適応しているように見える。
……そして、それらの特徴はつまり、
「あ………あなた、一体……何者?」
今はただリンとだけ名乗るこの
静寂が訪れる。その場に居る誰もが、彼女の次の言葉を待った。
「申し訳ありません。その質問には答えられません」
「え……」
果たして、少女は何も語らなかった。およそ表情というものに乏しい整ったかんばせからは、先の台詞に含まれていた謝罪の意と事実の他には何も読み取れない。
「正確に表現するならば、わたしが開示できる情報の中に、充分信頼に足る事実はもはや含まれていません。まず、わたしは以前撃破された時のショックによって、
「何だそりゃ。まるで意味がわからんぞ」
「要するに、彼女はそもそも生まれたこと、死ぬまでに為したこと、自身が存在したというすべての歴史ごと、この宇宙から葬り去られたと言っているのです。なるほど、ボスは先の戦役で何体もの
「はい。わたし自身はハイパービーイングではありませんが、彼らに近しい存在であることは事実です。推測ですが、最初にわたしを創造した文明は、ハイパービーイングとの接触を視野に入れてわたしを生み出したものと思われます」
「それはまた……無駄に壮大な話になってきたね。あー、ハイパービーイングって確か、昔からアニマルバースを見守ってるっていう神様みたいな人たちのことだっけ? じゃあ、あなたはさしずめ"天使"ってとこかな」
形は変だけど羽生えてるし。頭の上に輪っかもあるし。染み一つ無い純白を纏い、純粋無垢という言葉を具現化したようなその姿は、まさに天使と呼ぶに相応しい。
ゴマもまぁまぁ白いけど、彼女に比べれば大したことはない。むしろどこか小汚い。所詮は野生動物である。
「よくわからんけど、とにかくこれからは君も仲間ってことだね。よろしくね! 僕はごま!」
「存じています」
「おう。俺はファルネクスのピヨってんだ。こっちのボールみたいな奴が坂本で、こっちのカメレオンがウーノ。そんで……」
「私はリンだよ。種族はちょっとわからないんだ、記憶喪失で。だから、今はゴマたちと一緒に旅をして、情報を集めてる」
「はい。よろしくお願いします」
「うふふ、僕ほどじゃないけど可愛い仲間が増えたね。僕と同じ白だし? ふふ……。そうだ、名前を付けてあげなくっちゃ」
「名前? わたしの機体名は型番を含めて『VA-X000 ヤルダ・イクストリーモ』です。略称をご用命なら『ヤルダモ』と……」
「却下。可愛くないから」
「……便宜上の通称ということであれば、登録しておきます。しかし、"可愛い"とはどのような基準なのですか。わたしには理解できません」
「よし野郎どもちょっと来い、何か良い案ない?」
いつメン3匹と1人が集合し、S.D.ロンリネスの時と同様に殴り合いを交えた喧々諤々の議論が始まった。ウーノだけは殴り合いには参加していなかった。
ヤルダ・イクストリーモはその様子を変わらず無表情で……いや、少しだけ眉を下げながら見守っている。
「―――……『セラ』」
「「「!?」」」
「うわっびっくりした、一斉に振り向かないでよ」
「おぉリンよ、先程なんと申したのだ?」
「え? あぁ、いや……。……『セラ』とか…どうかな、って。ほら、何かの映画で見たじゃん? 天使の一番偉い階級は"セラフィム"っていうらしいし。そこから取って……」
「天才かよ。採用」
「くっ、リンに負けた……!」
「じゅんとうなけっかですね」
「素晴らしい……! この手の議論でボスがすぐに納得することは珍しいのですよ、リン!」
「あ、うん」
というわけで、そういうことになった。
「セラ……」
ヤルダ・イクストリーモ―――もとい、私たちによって『セラ』と名付け直された少女天使は、ごくかすかな声でその新しい名前を復唱した。
何故か考案者である私ではなく、ゴマの方がめちゃくちゃドヤ顔をしているのが癇に障るが、どうだろう。気に入ってもらえただろうか。
「………、……はい。わたしの名前は、セラ。皆さんの、新しい仲間です」
蒼い結晶の翼をはためかせて、天使は今一度、自らの名を告げた。
氷のように表情を見せない口元が、ほんのわずかに緩んだのは―――私の気のせいじゃないといいな。
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