王冠に花束を、天使にラプソディを その3
ワープドライブを終え、バロライテの街に帰ってきた。
他に行く当てもなく、一度は放棄したセーフハウスに戻る。街中は郊外に突如として発生した時空間異常とゼドゲウス出現の報によって大混乱に陥っており、拠点の再確保にそう手間はかからなかった。
聞くところによれば、ゼドゲウスはアニマルバース中のあらゆる惑星において、自身の興味が向いた場所へ空間を捻じ曲げて現れる。そうして捻じ曲げられた領域は彼の持ち物となり、超空間トンネルで繋がったひとつの土地のように変化してしまうという。
さっきまで私たちが引き摺り込まれていたのは、そうして生み出されたゼドゲウスの「領地」であり、いまバロライテに開いているワームホールはその超空間トンネルの出入り口だ。
ゴマに分け与えられたエネルギーがあるとはいえ、満身創痍のS.D.ロンリネスが単身でワープドライブを成功させることが出来たのは、ゼドゲウスがこじ開けた超空間トンネルに結果的に便乗したからだった。
車庫でS.D.ロンリネスの修理に取り掛かったウーノとピヨを置いて、セーフハウスの部屋に入る。
……偵察ドローンの映像監視と整備に勤しむ傍ら、4匹の奇妙な同居人たちと過ごした日々が思い起こされた。
捕虜となっている現状は不本意ながら、曲がりなりにも衣食住を提供されている以上、少しはその恩を返したいと思った。だからウーノの仕事を手伝っていた。少なくともゴマと坂本は頭脳労働向きではない。今回の旅ではサポートに徹しているものの、本来なら
あまり気乗りはしなかったが、他に娯楽も無かったから、休憩時間には4匹と1人でよく映画を見た。めいめい適当なスナックと炭酸飲料を散らかして、片付けは概ね私とピヨの役割だ。トランプゲームも何度かやったな。ウーノが強すぎてみんなすぐ飽きちゃったけど。
思い返せば――外出は厳禁なのでやや窮屈だったが――当たり前みたいに穏やかな毎日だった。ほんの1日か2日前のことが、まるで遠い昔のように感じられる。
ウーノに声をかけて、コンピューター端末を立ち上げた。
時空間の歪みに対応していない普通の機器では、ワームホールを通ってゼドゲウスの「領地」に入ることは難しい。偵察ドローンは使えない。
このバロライテにあるのはワームホールの「出入り口」である以上、私たちが入ったあの地点はバロライテではない。どこか別の惑星のはずだ。
……あった。昨今話題の魔王アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフと、伝説の陸王ゼドゲウスの交戦ということで、既に銀河中の注目を集めている。これで………。
「………これ、で……」
―――だから何だと、言うのだろう。
ゴマとゼドゲウスの戦いの様子を眺められるからと言って、どうした。私には見守ることしか出来ない。私には、ゴマの……リボーヌの仇の最期を、見届けてやる、ことしか……。
「あ、れ。……私」
それで、いい。
それでいいじゃないか。あいつが死ねば、それで全部終わりだ。アニマルバースを覆う悪夢も、リボーヌの仇も、ただそれだけで。
私は―――――。
――――――――――――――――――――――――――――――
鬨が聞こえる。
自らを鼓舞し、敵を威圧し、戦いの意志を叫ぶ声が。
あざらしとは思えぬ雄々しさを伴うゴマの、全身全霊の咆哮に―――。
<
応える声がある。偉大なる戦いの神が木霊する。
大気中の物質とカズムタイトを取り込み体内で混合、爆縮させて猛烈な破壊力へと変換し、自らの肺と喉を銃身として指向性を与え叩きつける。超絶的な肺活量が生み出す空気の砲弾などではない極大の神秘、正真正銘の
炸裂した膨大なエネルギーは、空間を捻じり砕いて重力すらも歪め、黄金の熱線となって射程上のすべてを蒸発させた。およそ15秒間に及ぶ照射の後、ゼドゲウスが立つ地面は反動によって落ち窪んでひび割れ、その反対側では何千㎞にも渡って岩盤が溶解し、ふつふつと蒸気を上げていた。
<……
返答はない。数多の戦場で悲鳴を響かせ、アニマルバースに惨禍を撒き散らす魔王アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフが……言葉を失っている。
ゴマが得意とする高速機動戦に対応すべく、小型軽量に変異したゼドゲウスの体長は、それでも未だ約180m強という威容を誇っている。自身に比べれば米粒ほどの大きさしかないゴマを、しかし遠方から正確に捕捉する卓越した視力を以て、ゼドゲウスはブレスの照準を定めた。
必然、ゴマは死の予感を得る。故に、すぐさま空間転移を使って回避を図った。ヤルルカーンの絶対切断を応用した能動的防御の姿勢を取った。
目論見の通りに熱線の直撃を免れ、放出され続ける膨大なエネルギーの余波を剣で防ぎ、
「………ッ」
その結果、およそ考えられる最も理想的な防御を実行した上で。
刃で拡散させたはずの熱線が表皮と筋肉を貫いて焼き、加えられる圧力によって得物を保持する両
見れば、絶対の切れ味と硬度を有する魔剣ヤルルカーンの刀身に、幾筋もの小さな罅が走っている。
神器の損傷によって
(殴り合えってか。素のままで、あれと)
<…
音速を突破した物体が放つ、破裂するような異音と激烈な
迫りくる死を目前に加速していく意識の中で捉えたのは、背鰭を変異させて形成した長大な翼膜を翻し、上方にて滞空していた自らへと突進するゼドゲウス。あの世界が捻じれるような感覚はなく、恐らく地竜の姿であった頃に利用していた重力と空間の操作は使っていない。純粋な身体能力のみで、以前より縮小したとはいえ200m近い巨体を、超音速の領域に到達させている。
「あぁ畜生―――やってやろうじゃねぇかよこの野郎オォッ!!」
半ば自棄になりつつも、ゴマは再燃した闘争心のままに魔力を解放する。重力を偏向させての三次元機動。
超々高速で接近するゴマとゼドゲウスの間に距離があったのは、ほんのコンマ数秒のこと。撃ち出されるヒレの拳と、振り下ろされる竜の爪が、とても生物から発せられるものとは思えない硬質な音を立てて激突した。
互いに踏み込みが効かない空中での攻撃だ。鋭角的かつスピーディーな攻撃を旨とするゴマの戦闘スタイルと、ゼドゲウスが竜種の中でも特にフィジカルに優れる地竜としての肉体を捨てたことも相まって、最初の交錯は拮抗という結果に終わった。
<
―――逆に言えば。
飛行能力とブレスという2つの武器を手に入れた今のゼドゲウスならば、ゴマを倒すのに必ずしも筋力ばかりを必要とするわけではない。
「ちょわーっ!?」
不意に至近距離から放たれた火球型のブレスを、ゴマは持ち前の危機感知能力によってすんでのところで回避した。
狙いを外れた火球は、ほとんど減速しないまま遥か後方の地面へと着弾し、凄まじい爆発を引き起こして直径100m以上に及ぶクレーターを作った。
火球に最も近づき、わずかに掠めたゴマの下腹部が少しだけ焦げている。充分な魔力を込めず、速射性を重視した一射ではこんなものと考えるべきか。あの威力を生み出せるレベルの攻撃を連発できると恐れるべきか。
「テメェ……そっちがその気なら、僕にだって考えがあるからな!」
啖呵を切ったゴマは、ゴマフライザーを腰(種族「あざらし」は首と腰にあたる部分にほとんどくびれの無い体型をしているが、まぁ概ねそんな感じのところである)に宛がう。
ゴマフライズが使えなくとも、ゴマフライザーこと融星鏡・アルヴディアスはこれまで、2つの神器と2体の最強種のパワーを吸収している。それにより、あざらし天国の変で神殺しと引き換えに失った全盛期の力を、ゴマは徐々に取り戻しつつあった。
「ゴーマキャノンーっ!!」
光の砲撃。カズムタイトを媒介に局所的な重力崩壊を引き起こし、射程内のすべてを空間ごと粉砕するゴマの十八番。
よく似た技を使うゼドゲウスには少しばかり効き目が薄いが、それでも極めて危険度の高い攻撃であることに変わりはない。
ゼドゲウスが従える大気中のカズムタイト、その微細な粒子が形成する黄金の炎の鎧が破られた。光線はそのまま竜鱗の甲殻の表面を舐めたが、乱反射と拡散を経て威力を削がれた一射は、内側の筋骨にまでは届かず消失する。
<
「何言ってんのかわかんないよ! 死にな!」
果敢に顔面を目掛けるゴマの拳、ゼドゲウスは目立たないが鋲付きのハンマーのように発達した鼻骨で受ける。脊髄に響く衝撃は、そのあざらしの矮躯からはまるで想像もつかないほど重たい。
翼を巧みに操り、ゼドゲウスはその場で縦方向へと回転した。特に鋭利な竜鱗の棘に覆われた尾が、さながら大剣を斬り上げるが如くゴマを強襲する。
防御は間に合わない。そも、あの膂力の打撃をまともに受ければ、ゴマのブロッキングなど一瞬で崩される。同じくパワーの怪物であるグリスとの戦いでは、スピードと小回りで圧倒して絶対に被弾しないことを前提に殴り合いを演じてみせたが、彼よりも遥かに体格で勝るゼドゲウス相手に同じ戦法は通用しない。
故にゴマが選んだのは、
「ゴマァァァァウラララララララァーイ!!」
再び迸る光線。それは薙ぎ払われる断罪の刃を迎撃して食い止めながら、反作用によってゴマをより上空へと射出する。威力の大半はゼドゲウスの炎の鎧に阻まれるも、攻撃と回避を兼ねた的確な対処だった。
飛び上がったゴマの周囲には、澄み渡る蒼穹が広がっている。重力を味方につけ、遠い彼方まで届く武器を持つゴマとゼドゲウスにとって、そこは全域に渡って破滅の予感が満ちる死の世界だ。
「ゴマァ……ゴマアアアァッ!!」
<GLuLuLuLuLu……QAAAAAAAAAAAAAAA!!>
白き獣と黄金の竜。極限の
2色の流星が、歪な軌道を描いて蒼天を切り裂いていく。双子の星は舞い遊ぶように飛翔し、時折重なっては弾かれ、絶大なインパクトが虚空へと吹き荒れる。火球、魔弾、熱線、光線が絶え間なくばら撒かれ、遥か地上へと降り注いではあらゆるものを焼き滅ぼしていく。
両者のスピードは既に音速を突破しており、目に映る世界は飴のように溶けて後ろへ流れ、聴覚も視覚もほとんど役に立たない。残る3つの感覚も同様だ。明白に認識しているのは、己へと向けられる超質量の殺意。激突の度に痺れる拳、至近距離を通過して肌を焼く熱量、それらのみが彼らと現実を繋いでいる。
至高の兵器たるあざらしの性能と、最強の幻獣たる竜の玉体―――怪力対怪力。
どんな傷も即座に治癒するゴマと、炎の鎧を纏うゼドゲウス―――鉄壁対鉄壁。
魔力を噴射し、翼をはためかせ、重力と空間を操って駆ける―――神速対神速。
(敵の動作を見極めろ……
加熱していく意識と共に、ゴマは更なる集中を得る。超自然の直感が時空を貫く知覚を齎す。
確かに見える。理解できる。ゼドゲウスが次に陣取る位置、攻撃を仕掛けてくるタイミング、体内で魔力が励起し炎の渦へと変わる瞬間。
もう幾度目か、接近するヒレと爪。だが、隙が無いなら作ればよいとばかりに、ゴマの拳の軌道に絶妙な捻りが加えられた。
穿たれる。前肢、肘の内側。もはや当たり前のように魔力の鎧が突破された。甲殻が抉られ、数枚の竜鱗が剥離する。
「こ……こ―――だぁ―――ッ!!」
ゴマが激しく全身を回転させた。不規則かつ流動的な連続攻撃。
ゼドゲウスもまた反撃する。出鱈目に、しかしゴマを叩き潰すのに充分な膂力と速度と質量を備えた竜爪が振り回される。それを紙一重で躱して反撃を差し込む。
豪風を伴う羽ばたきから、巨塔が倒壊するかの如きボディプレスが繰り出される。魔弾の連射で押し留め、衝撃を殺し切ったところで鼻先へ切り込む。
顔面、特に眼球への被弾を嫌い、全周囲を薙ぎ払うゼドゲウスの尻尾の一閃。ゴマは防がない―――密着してエネルギーの伝達経路に寄り添い、手折るようにして受け流す。ゼドゲウス自身の筋力を転化して極超音速まで瞬間的に加速、その胴体へ零距離から渾身のタックルを見舞う。
<KaLuLuLuLuLuLuLuLu……!>
そして。
<―――Qoooooooo……GAAAAAAAAAAAAAAAA!!>
全天を覆い尽くさんばかりに広げられたゼドゲウスの翼から、黄金に輝く無数の炎の槍が解き放たれた。
ゴマはもちろん回避機動を取る。しかし、距離が近すぎる上に数も多い。何より、一度躱したと思っても、その場で炎の槍自体が折れ曲がり、まるで独立した生き物のように執拗にゴマを追尾してくる。
たまらず被弾―――単発ごとの威力は火球型ブレスにも及ばないが、衝撃力に優れているのか動きを止められる。次弾もその場で受けざるを得なくなり、やがてすべての炎の槍が殺到してダメージが蓄積していく。
無論、その隙を逃すゼドゲウスではない。
充分なチャージ時間を確保してからの、レーザー型ドラゴンブレス。
ある種の
炎の槍を防御するのに力を割き過ぎた。空間転移を発動させるためのカズムタイトを捻出できない。そこにあのブレスを重ねられれば、到底再生が追いつかないままに蒸発させられる。
あまりに唐突な決着だった。最後の一撃は、切ない。
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