壊乱、グリス・ナヌラーク・ポラベラム

ポップ・ポップ・サテライト その1

 阿修羅神刀斎鯱光、敗北。




 ―――五輪協定を結んだ残る6名の最強種の内、最初にその報を受けたのは、シロクマ=シャチ連邦共和国の武官として相応の地位にあるグリス・ナヌラーク・ポラベラムだった。


 神刀斎が率いていた陸軍省戦術機動部隊『義鯱衆』は、ボンゴマ・ファミリーによる惑星オルシカーラへの襲撃を独自の情報網にて察知。彼らの狙いを経済特区ネオシャチントンの制圧にあると見て防衛任務に赴き、予想通り出現したアリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフとその私兵たちとの戦闘に突入した。

 開戦当初こそ兵の練度の差により優勢を保っていたが、ゴマ=ゴマフの本格参戦によって状況は激変、一転して劣勢に陥る。

 義鯱衆の総大将にして最強戦力たる"星斬"の阿修羅神刀斎鯱光が出陣してこれを迎撃するも、彼自身の命と神器『ヤルルカーン』を引き換えに撃退へ持ち込むのが精一杯であった………。


「というになっている、か」


 戦闘記録の報告書と添付された写真に目を通しながら、グリスはぼそりと呟いた。

 ネオシャチントンが被った激甚極まりない破壊の痕。神刀斎の遺骸とその検死結果。いずれもこの事案をゴマ=ゴマフの仕業と断定するには充分な証拠だ。


「つまらん芝居だ。ゴマトピアで恒星間決戦艦艇ユグドラシル級をくれてやったのはどこの誰だと思っている」


 ゴマ=ゴマフが操る数々の魔技の中でも、最大威力を誇る『光の砲撃』―――重力子フレア空間破砕砲に近い、ダークマターを媒介とした重力崩壊による広域殲滅。

 第11銀河統括機構の本部襲撃において、数多の上位者ハイパービーイングを討ち滅ぼしたゴマ=ゴマフだが、散っていった神々とて無抵抗に虐殺されたというわけではない。彼らが今際に放った有形無形の『呪い』と『祟り』は、今も着実にゴマ=ゴマフを蝕んでおり、あの魔獣が今や全盛の頃の能力を発揮し切れないことはわかっている。

 だからこそ、貴重な円盤戦艦を投入してまで消耗を強いた。奴の戦力を削いだ。仮に五輪協定の面々が完璧に連携していたのであれば、あるいは。


「……有り得ん夢想か。最も合理的な結論が、最も現実的な選択肢であるとは限らない」


 五輪協定。あざらしを、ゴマ=ゴマフを討つために為された、希望の約定。

 戯言だ。少なくともグリスにとって、この協定はそのような代物ではない。

 恐らくはライガード、ジャーリスにとっても同じはずだ。『三柱の古き王』に関しては……そもそも謀略だの政治だのという次元で語れる存在ではなく、彼ら自身もそういった考えが胸に去来した試しすらないだろう。


「まぁ良い。やりようはある」


 執務室の机から空中に投影された仮想ディスプレイに視線を移し、グリスは獰猛に喉を鳴らしながら表示画面をスクロールした。

 間もなく円卓会議が招集される。今回はこの執務室から通信のみでの参加となる。ライガードもジャーリスも礼を失するのを嫌う性質たちではあるが、グリスに言わせれば『では円卓の間に古王たちを連れてこい』という話だ。


「アザラシ狩りはシロクマの十八番だ」


 シャチどもは失敗した。捕食者の名折れと言ってもいい。

 だが、シロクマは違う―――勝利以外の結末は有り得ない。

 それは、グリスが仕留めてきた多くの獲物と同様に。




――――――――――――――――――――――――――――――



 ワープ航法に特有の浮遊感と時間感覚の乱れを経て、私たちが乗るボンゴマの車両―――3時間に及ぶ喧々諤々の議論と殴り合いの結果、ピヨの案が採用され『S・Dスターダスト・ロンリネス』という愛称が付けられた改造クラッシックカーは次の目的地へと辿り着いた。


 セルスウォーム星系κ星『バロライテ』。第11銀河を二分する双璧国家の片割れ、シロクマ=シャチ連邦共和国に属する寒帯気候の惑星だ。

 セルスウォーム星系宙域は、超時空物理学的にガレオルニス星系宙域へのワームホールが開きやすい――それだけではピンと来なかったのでウーノに詳細な説明を求めたが、3分で頭が沸騰しそうになったのでそれ以上は追及しないことにした――条件が揃っており、あざらしの本拠地であるガレオルニス星系とはつかず離れずの位置にあると言え、対あざらし戦略上非常に重要な星系だ。

 侵入に際しては、ジア・ウルテからの出発の時とは異なり、同じ非合法のルートを使うにせよ相応の資金を割く必要があったという。


「次の目標はシロクマ=シャチ連邦共和国の宇宙航空軍ガレオルニス星系方面総督、グリス・ナヌラーク・ポラベラムが持つ『奏星弓セニキス=ミラオリス』だ。星の光を集めて矢を作り出す能力があって、弾道ミサイルもびっくりの超長距離から一方的かつ無制限に攻撃を加えられる」


 ……先日のオルシカーラにおける激闘と惨劇。

 ゴマは私から向けられる視線などどこ吹く風といった調子で、次なる標的について話し始める。


 端的に言って、私は……恐ろしかった。

『あざらし』はかつて滅亡した古代種族・ヤルダモが最後に創造した生体兵器であり、血も涙もない悪鬼羅刹の軍勢であるということは知っていた。

 ただしそれは、銀河の各地に残る戦闘と被害の記録を見るに、文字通りの兵器として機械的かつ冷徹な目的意識を感じられる在り様だった。


 けれど、目の前にいるこの個体は違う。ゴマは明らかに闘争を、破壊を、蹂躙を、自らに踏み躙られる弱者の流血を楽しんでおり、時に無意味とすら思えるような殺戮をも平然と行う。

 義鯱衆への過分な復讐を禁じるため、という筋こそ通っていたが、ただそれだけで自らで雇った私兵団を処断するなどあまりに常軌を逸している。


「とはいえ、グリスが奏星弓を長距離狙撃に使うことはほとんどない。奴はシロクマ……生まれながらの頂点捕食者にしてハンターだ。まぁそんなん言い出したら五輪協定の連中はほぼ似たようなものだが、とにもかくにもシロクマはヤバい。シャチが海のギャングなら、奴らは北の陸の暴君だ。あざらしの僕が言うんだから間違いない」


「弓を射らない? それって持ってる意味あるの?」


「射るよ? それも最前線で。グリスはクマの仲間に特有の分厚く頑丈な外皮、強靭な筋肉を頼みにして敵陣へ切り込み、戦車の装甲すら素手でブチ抜くパワーファイターだ。そして彼を『肉弾ばかりが自慢の案山子だ』と侮った相手に、隙あらば星光の矢による必殺の魔弾をお見舞いする……要は機動銃撃戦、いや機動"弓"撃戦スタイルってわけさ。地上戦での破壊力は無論だが、その気になれば奏星弓の能力をフルに使って対空戦闘すらこなしてのけるだろう。まさに"孤高なる軍隊ワンマン・アーミー"だね」


「何それ……そんなの無敵じゃない」


 そう、無敵だ。七星の最強種とはそういうものだ。

 ……あるいは―――。


「無敵だと思う? ふふ、でも僕は勝った。同じ最強種の阿修羅神刀斎鯱光にね」


 勝てる、のだろうか。

 この大いなる悪夢、災厄の獣の暴威を鎮め、息の根を止めることが可能なのだろうか。


「やれるさ。きっと今度も僕が勝つ」


 少なくとも阿修羅神刀斎では不可能だった。

 しかし……他の最強種なら? 残る6体の強者であれば?


 阿修羅神刀斎を下した折も、無傷での勝利には程遠かったとゴマは語る。敗れたとはいえ、あのゴマ=ゴマフが率直に実力を認めた阿修羅神刀斎とて、類稀なる武芸者であったことに疑いはない。

 そんな彼らが、もしも徒党を組んで挑んだならば?


 ゴマはあくまで強気に謳う。けれど、その言葉が真実だという保証はどこにもない。

 アニマルバースはそういう世界だ。すべてが終わってみるまでは、何が起こるか想像もつかない。


「……リボーヌ」


 アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフを相手に、私などでは万に一つの勝ち目も無い。リボーヌの復讐を誓ったところで、夢物語未満の戯言にしかならない。

 だが、七星の最強種ならば話は違う。一騎当千にして古今無双の伝説たち。彼らであれば、ゴマ=ゴマフを殺せる。最凶最悪のあざらしを打倒できる。

 ―――旅の目的が、もうひとつ出来た。


「お? どしたー? だまっちゃってー。サカモトのあめたべるか?」


「ん……いや、何でもないよ。ちょっと考え事してただけ」


 隣で坂本とつつき合いを始め、すったもんだの末でかい毛玉になったゴマを横目にしながら、私は内心で決意した。

 リボーヌに、お前やボンゴマ・ファミリーに殺された多くの獣人たちに代わって、お前の最期をこの目で見届けてやる。

 最強種たちの力に屈し、頭を垂れて泣き叫ぶ様を笑ってやる。

 どうしようもなく他力本願で、復讐とすら呼べない自己満足に過ぎないけれど……この私が、必ず。

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