盟友よ、朋友よ!/曇りなき宿業の剣 その5
戦況は圧倒的だった。
ゴマ=ゴマフが金で集めた私兵は、シャチ氏族の戦術機動大隊を相手にして何のダメージも与えられず、一方的に蹂躙されては次々と殺されていった。
「伝令―――!! 大将討ち死に!! 大将討ち死にッ!!」
法螺貝の音が鳴り響いてシャチ兵たちが攻撃をやめた時には、もはや戦闘の体すら保てておらず、敵の侵攻が止まったと見るやすぐさま脱走していく獣人でいっぱいだった。
それでもわずかな報酬のために命を投げ出す者も少なくなかったが、撤退の片手間に紙屑のように蹴散らされる彼らの姿は、哀れを通り越して滑稽ですらあった。
「シャチ兵が退いてく……勝ったの? ゴマが」
「そのようですね。義理と面子を重んじる彼らならば、阿修羅神刀斎の仇を取りに向かうものと思っていましたが……我らがボスが勝利した場合は、一も二も無く撤退する手筈になっていたのでしょう。ボンゴマの報復はシャチ氏族のそれよりも苛烈で徹底的ですから」
ここはボンゴマ・ファミリーが銀河各地に用意している隠れ家のひとつで、カメレオンの獣人……ウーノが用立てた偵察ドローンによって戦場を空撮する設備が整っていた。
複数に分かれたネオシャチントンの地域の内、今回の戦場となったのは、低所得者層の居住区に程近いあるポイント。
居住区とはいうが、原野と荒野の入り混じった未開拓地に、背の低い建物とボロボロの集合住宅がまばらに建っているだけの区域である。
資源回収の最前線の目と鼻の先に位置しており、企業上層部と中流以上の労働者が居を構える勤労者タウンに住めない者たちが放り出される、現地住民曰く『ただのスラム街の方が100倍マシなゴミ溜め』だ。
戦闘はゴマの手勢がシャチ兵の野営を襲撃したことから始まり、居住区の外縁からそのまま未開拓地へと雪崩れ込んでの乱戦となった。
ゴマの手勢にはボンゴマからの報酬に加え、現地ならびにシャチ軍野営からの略奪も許可されており、寄せ集めの雑兵なりに士気は低くなかったらしい。結果は知っての通りだが。
ピヨと坂本は後方で私兵たちの督戦にあたり、脱走してきた雇われ連中を片っ端から撃ち殺していたが……効果の程は推して知るべしといったところか。
と、そんなこんなで混迷を極める戦場に、新しく降り立つ影が一つ―――。
「ゴマ。阿修羅神刀斎はもういいのか?」
「うん」
私兵たちが一斉に脱走を止めた。
彼らが背を向けていざ逃げようとしていた方向に、小さな白いけものが立って(?)いた。
誰もそれ以上動こうとしなかった―――ピヨと坂本が持つ自動小銃も、シャチ兵が携える太刀も、この第11銀河に存在する如何なる武器でも、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフを上回る脅威ではないと示すように。
彼の意に従って使い捨てられることも、彼の敵に回るのを承知で脱走を選ぶことも、並みの獣人にとっては等しく耐えがたい恐怖であるようだった。ゴマの放射する獰悪極まりない威圧感が、世界に奇妙な膠着を与えていた。
そして静寂が――ゴマとピヨがいくつか事務的な会話を交わしたのを除いて――続いて後、しばらくして。
「ボンゴマ・ファミリー総代、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフ殿とお見受けいたす」
また1頭のシャチ兵が現れる。これまでに見たいずれのシャチ兵よりも分厚く鍛え上げられた肉体を持ち、その巨躯をさらに豪壮な鎧で包んだ、まるで小さな山のように屈強な雄だ。
ただし、腰に太刀を佩いてこそいるものの、それ以外の武装は1つとして持ち合わせていない。完全な無手であり、あまつさえゴマの前に立った直後に鎧の籠手を外してまで見せた。
「我らシロクマ=シャチ連邦共和国・陸軍省戦術機動大隊『義鯱衆』、ボンゴマ・ファミリーに対し全面降伏を宣誓いたす。ひいてはアニマルバース国際法に則り、どうか寛大かつ獣道的な措置を願いたい」
「そう。第11銀河統括機構を滅ぼしたのが僕らだって忘れたの? そもそも、僕らみたいな非合法組織と勝手に交渉しても大丈夫なのかな。シロクマ連邦の腰巾着如きがさ」
「成程。一理ありますな。然らば我ら義鯱衆一同、この場にて腹を切る覚悟は出来ております。任侠者の流儀に従って報復をお望みというのならば、そのようにお命じいただきたく」
「……」
「…………」
再び静寂が支配する。
代表のシャチ男の後ろ手では、シャチ兵―――「義鯱衆」の構成員らが膝を折って静かに座しており、その表情は多種多様だったが、みな各々の感情を抑えて沈黙に徹しているらしかった。
「……。……いいよ、別に。許したげる。尻尾を巻いて逃げればいいよ、尤もシロクマ連邦が君らを咎めない道理も無いと思うけどね……。だいたい、先に仕掛けたのはこっちだし。たとえ誘いに乗っただけだとしてもさ」
「痛み入ります」
「阿修羅神刀斎の遺体には手を触れてないよ。君らが見た通りの場所で、見た通りの状態のままだ。もちろん好きにしてもらっていい。その代わり、鵜羽麒麟村宗…神器ヤルルカーンは貰っていく。これはヤルダモの後継者である、僕らあざらしが持っているべきものだからね」
「承知しました」
「じゃあ、そういうことで」
ゴマは身を翻し、左ヒレにぶら下げていた一振りの太刀をピヨへと預けた。
私たちは義鯱衆が撤退し安全が確認された時点で、ピヨからの連絡を受けて隠れ家を出発。改造クラシックカーに乗って彼らの居場所へと向かっている。通信は常に繋げておき、連絡を密に取る。
「あぁ……そうだ」
勤労者タウンと低級居住区は立地としては地続きなので、陣取る場所さえ間違えなければ行き来は容易い。ゴマたちとは10分もしない内に合流できそうだった。
2つの地域を隔てる境界線、整備された道路の末端が見えてくる。そこには脱走してきたが、ゴマの出現で身動きが取れなくなった獣人が数匹立ちつくしている。
「忘れてた。ゴミは片付けなきゃ」
1秒後、全員が死んだ。
紅い炎と黒い電光を合わせたようなエネルギーの放射が炸裂し、獣人たちの胴体を消し飛ばしていた。そこかしこで鮮血と肉片が四散し、その内のいくつかが改造クラシックカーの車窓に飛来して跳ねた。
「―――ぁ、あ、あ……! ね、ねぇっ!! 今の……!」
「おっといけない。見ない方が健全ですよ」
ウーノが操縦席横のスイッチを押すと、高圧水流が噴射されて惨劇の痕を洗い流した。
……直視していれば、まず間違いなく車中で嘔吐していただろう。自分に降りかかるはずだった不幸を回避できて安堵すると同時に……今の一瞬で命を奪われ、すべてが終わってしまった獣人たちの理不尽をも拭い去られてしまったような気がして、私の気分が晴れることはなかった。
「これでいい? ボンゴマは以後、この戦闘の件ではお前たちに何も要求しない。文句は言わせないし認めない。僕の名前において誰にも、何者にもだ」
敵であり、以後の報復は無いと約束された義鯱衆の面々にさえ、大きな動揺が走っているようだった。
はした金で雇った雑兵とはいえ、恩讐を重んじる彼らの価値観からすれば―――いや、真っ当な倫理観を持っている者からすれば、仮にも仲間だった彼らを一方的に始末したゴマの姿は異常に映る。
「話は終わりだ。じゃね」
停車したクラシックカーに向かって這いずってくるあざらしは、膨大な鮮血を啜って深紅に染まる荒地の中で、なおも純白に煌めいていた。
後ろからはピヨと坂本が着いて来て、めいめい背後の光景や今回の戦果についてゴマと話している。部活帰りの学生のように、まったく何でもないという風に。
「……ゴマ=ゴマフ。あなた……!」
「ぷ? どうしたの?」
一切の穢れを知らぬ純粋無垢な子供の声で、残虐非道の魔獣が言う。
その宇宙空間に似た極黒の双眸にある感情は、一体何なのだろう。
ただ目を合わせているだけで吸い込まれそうになる、冷たく昏い瞳の奥で。どす黒い火焔らしきものが瞬くのを、私は確かに見た。
「―――ふふ。次はどんなけものと遊べるかな」
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