盟友よ、朋友よ!/曇りなき宿業の剣 その2

 レグルサルバ宮殿。円卓の間こと来賓議場を出て、五輪協定の同胞らはそれぞれの帰路に着く。

 歴史と伝統あるライオン王国の最高政府機関の内部は、無論のこと相応に複雑な構造になっている。


「神刀斎殿。まだ帰っていなかったのか。ちょうど良い、少し話せぬか? 何、そう気負わずともよい。ほんの世間話だ」


 故に、一度別れた者と偶然に再び出くわすことなど、滅多には有り得ぬことだ。

 神刀斎は反駁せず、素直に応じた。先の約定を反故とする相談であれば断じて固辞していたが、ライガードの目はそんなことを言ってはいなかったからだ。


「世間話とは、また異なことを。お忙しい身でしょう。僭越ながら老婆心より申し上げますが、時間の使い方は考えられた方がよろしい」


「良いと言っている。神刀斎殿」


「は。然らば、御意に」


 そして、巨大な窓にかかる精緻な刺繍のカーテンから、柱を構成する最高級の石材まで。すべてが雄弁に自己を主張するレグルサルバ宮殿の廊下に、耳に痛いほどの沈黙が降りしきった。

 王たる獅子と老いたるシャチ。2頭のけものは、しばらくそうしていた。であればこんなことは決して有り得なかった。ライガードはシャチが持つ技のすべてを知りたがり、神刀斎もまた獅子に己がすべてを授けるつもりでいた。それが。

 さっきの言葉も、表面上は鷹揚な調子であったが、何かが確実にライガードの記憶と異なっていた。かつての神刀斎は柳のような男だったが、今は葦によく似ていた。


「―――フフ。いや、なかなかに得難い。得難い体験であったぞ」


 ライガードは、笑った。

 その笑みはきっと乾いていただろうが、それでも。かの老シャチの前では、今この瞬間だけは、そうするべきだと思った。


「示した策に真っ向から楯突かれたのは久方ぶりだ。流石だな、


「いえ。差し出がましいことを……」


「しつこいぞ、余はそれも構わぬと言った。ほんの戯言よ。大人しく流せ」


 神刀斎は、それ以上は何も言わなかった。自然体の無表情のまま、恐らくはライガードの眉間を見据えている。目を合わせていないとライガードにはわかった。

 相手の眉間を注視していれば、向こうからはまるで目を合わせられているように映る。かつて神刀斎自身に教わったことだ。


 円卓の議場の時とは、明らかに違う様子だった。

 神刀斎は道義と信念の男だ。たとえライガード相手でなくとも、話の最中に『相手を見ない』などという真似は、余程の事情がない限りはやらない。

 彼とて単体の兵士として、何よりシャチ氏族の長として、己の表情を的確に操る訓練はしているが、まつりごとの才についてはライガードの方が上のようだった。現在に至っては。


「―――その方ら、義鯱衆。玉砕の意志は変わらぬか」


 やがて、決して問うまいと決めていたその質問を、ライガードは投げかけていた。

 口を滑らせたとは思わなかった。しかし、侮辱の意図は無かったものの、次の瞬間に己の首が飛んでいても不思議ではない。


「無論に御座います」


 馬鹿なことを、とライガードは自嘲する。

 解っていて聞いた。この寡黙で偏屈な老シャチが、たかだかその程度の台詞で態度を翻すわけがない。阿修羅神刀斎鯱光は、ずっとそういうけものだった。


「……、嗚呼……。ただ」


 刹那、その一瞬だけ、シャチの表情が緩んだように見えた。

 男は語り始めた。厳粛な顔の形を保ったまま、声は平静を保ったまま、しかし話が進むにつれて、それを聞くライガードには過去へと引き戻されるような感覚があった。


「如何でしょう。お取り計らい願えますか」


「うむ……うむ。……承知した。必ずそうしよう。ライオン王家の栄光に誓って」


 ライガードが応え、再び沈黙が満ちる。

 ライオン王国首都レグルサルバは、四季の変化に富んだ豊かな情景の土地である。季節はもうすぐ秋だ。


 これほど出来過ぎた光景があるものか、と最優の王は独りごちる。

 紅葉の木の下で悠然と佇み、神刀の柄に肘を預けて微笑む男の姿が、ライガードの脳裏によみがえった。やがて己の記憶の幻影が、眼前の老シャチと重なった。幾年ぶりに、ようやく。


「結局、お前から一本取ることは出来なかったな」


「ご謙遜を。不敬を承知で上から物を言わせて頂くならば、それがしの弟子の内では……否、少しでも筋を見たことのあるけものの内で、貴方より才ある剣士は居りませなんだ。それに今は、この第11銀河最精鋭たるライオン王国軍の長でもあらせられる。もはやそれがしが如き一介の武辺者では、とても敵う気が致しませぬ」


「お前こそ謙遜は止せ。"星団斬り"の異名が泣くぞ」


「はて、まことのことを申したのみに御座いまするが?」


「ハハハ、食えない奴だ……相も変わらず」


 2頭は心から笑った。大声こそ挙げなかったが、そうとわかる熱を込めて、静かに静かに燃え上がった。

 日も間もなく暮れる。皇帝が踵を返す。剣聖は瞑目し、本来の礼儀作法に照らせば浅く、されど最大限の敬意を以て一礼する。


「必ずや勝利して戻れ。然る後に……また立ち会おう。次こそは余が勝つ」


「は。御意に」


 阿修羅神刀斎鯱光は、道義と信念の男だ。

 剣の師としては恐ろしく厳格で融通の利かないけものであったが、それでもライガードとなにがしかの約定を契る都度、それを違えたことは一度として無い。

 今度もきっとそうだ。鯱光は約束を守る。何故ならば彼は銀河最強の剣聖、阿修羅神刀斎なのだから。




――――――――――――――――――――――――――――――




 アニマルバースの獣人文明が持つ科学力は高い。

 恐らくは失われた記憶にある私の故郷と比較して、印象程度の話なのだろうが、少なくとも私はそう感じる。


 数日前、円盤戦艦の襲来によって瓦礫の山と化したゴマトピアの街は、既にそれなりの都市の姿を取り戻しつつあった。

 運よく倒壊や焼失を免れた建造物は急ピッチで補修され、そうでないものは封鎖あるいは撤去が始まっていて、獣人たちの往来も再開している。

 遠目に見えるゴマトピア宇宙港がほとんど無傷であることも無関係ではないだろう。さしもの五輪ウールンといえど、宇宙湾港には手出しできない。国際問題に発展するのだ。非合法組織同士の抗争では済まされない。


 私たちはそんな復興途上の街中を車で通過している。

 運転はカメレオンの獣人が担当し、助手席にはピヨが(あの体型で獣人用のシートに、どうやってか上手い具合に)座り、私は後部座席でゴマ=ゴマフと坂本に挟まれている形だ。


「……ねぇ。ゴマ=ゴマフ」


「あー。そうだ、その『ゴマ=ゴマフ』っていうのやめない? ごまでいいよ、ごまで」


「呼び名なんて何だっていいじゃない……。……ねぇゴマ。質問があるんだけど」


「あぁ。そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私はカメレオンのウーノ。ウーノ・レグレスと申します。ボンゴマではかつて密輸チームや薬物チームの長などをやっていまして、まぁ今は責任者の座は後進に譲って、ゴマ様の下で隠居させて貰っているのですが」


「隠居だなんて悪い冗談だぜ、ウーノ。今もバリバリ現役じゃねぇか? この間だってとんでもなくクールな玩具を……っと、そうだな。俺も名乗っておくか。ピヨ・モッモパパーロだ。普段はしがない焼き鳥工場長、しかしてその正体はボンゴマ・ファミリーのボスお抱えの凄腕殺し屋ヒットマン! ってな。よろしく頼むぜ」


「鳥なのに焼き鳥工場長!? ……いや、そうじゃなくて」


「わぁー。うふふ、ぼくはサカモト。なんでサカモトなんだろね? わかんないや。あははー。リンはどうおもうー?」


「そんなの私も知らないよ……いやいや、違う違う! そうじゃなくて……!」


 真横から、ガァン!! と鈍くも大きな音がした。

 音のした方へ恐る恐る目をやると、案の定というべきか―――。


「な、何であんたたち襲撃されてんの!? それもこんな昨日の今日で!!」


 強化ガラスを積層して作られた最新鋭の防弾仕様車窓に、生白い放射状の亀裂が走っていた。

 それもそのはず。現在、宇宙湾港目指してゴマトピアをひた走るこの自動車は、ボンゴマの拠点とその周囲に広がる所有地から一歩出た瞬間、絶え間ない銃撃に曝され続けている。

 私たちがいま乗っているのは、直線と四角が目立つシルエットが流体力学の未発達だった時代を想像させる立派なクラシックカーだが、外観通りの古めかしいスペックなど有していない。

 フレームをカーボン素材に、外装を軽量合金に、窓を防弾ガラスに、エンジンを核融合炉に切り替え、原型機と同様なのは外観だけというテセウスの船も真っ青の超絶魔改造が施された代物だ。タイヤに至っては『重力と反重力を交互に発生、循環させて仮想質量を持つ円形の力場を展開する』という装置が使われており、ホイールさえ無事ならパンクを気にせず半永久的に走り続けられるらしい。それはもはやタイヤとは呼ばないのではないだろうか?


「知wらwなwいwよwww」


「心当たりなら全身の羽根をむしっても足りないくらいあるな! 何せ俺たちゃァ極悪非道のボンゴマファミリー様だぜ!」


「しかし、さっきのは少々堪えましたねぇ。戦車砲でも直撃しましたか? 携行火器の範疇であれば、機関銃やレーザーガン程度は問題にならないはずなのですが……あぁ、ロケット弾の類は想定外でした」


「どうだろうねぇ。どくしゃのみなさんのなかになら、くわしいひとがいるかもしれないね」


「うぅぅ……!!」


 この状況でどうしてケラケラ笑っていられるんだ、こいつらは!

 再びドン、と音がして、今度は大きな振動。車体がぶれた、並走する敵対勢力の車両とガンガンぶつかりながらアスファルトの上を滑っていく。

 敵も一枚岩ではない――もしくは、ゴマ=ゴマフを殺したいあまり状況を正しく把握できていない――のか、銃撃はあちらこちらへと飛び交っていて乱戦の様相を呈している。

 ついさっきも、私たちの改造クラシックカーほど頑丈ではない普通のミニバンが、ロケット弾だかグレネードだかを喰らって爆炎に呑まれたのが見えた。銃声と砲声と怒声と悲鳴が絶え間なく鳴り響いている。


「―――!! ……! ……!!」


 フロントガラスを叩く音がした。携えた自動小銃のストックを振り回しながら、ヒョウの頭を持つ男が何事か叫んでいる。

 無謀にも白兵戦を挑んで来る獣人も居る。隣の軽トラックの荷台から、数人の獣人が跳躍してきた。彼ら特有の高い身体能力だ、別段驚くべきものではない。


「馬鹿め、無駄だってわかんねぇかなぁ! やっちゃえウーノ!!」


「了解!」


 カメレオン男が容赦なくハンドルを切る。三半規管の存在をまるで想定していない猛烈なスピンが車内を襲い、貼りついていた獣人たちが纏めて吹き飛ばされた。

 彼らの行く末はお察しの通りだ。あらゆる車両に撥ねられ轢かれ、おまけに生き残っても普通に銃殺されたりして、五体満足の死体を探す方が難しい有様だった。

 ゴマトピアの街では、動物の命など路傍の小石よりも軽い。


「宇宙湾港まではこのままノンストップだ。向こうの人員には諸々の通達を全部済ませてある。到着次第、ケルメェス星系に飛ぶ空間跳躍発着口ワープゲートに突っ込んでドロンだ」


「オルシカーラかぁ。久しぶりだな~」


「お前ら忘れもんしてないか?」


「ないよ!」


「ない!」


「ありません」


「忘れ物っていうか……忘れ物っていうか……!」


 そうこう言っている内に街路の終端、ゴマトピア宇宙港へと続く道に景色が切り替わる。

 ここまで逃げ果せれば、宇宙湾港の存在価値を弁えている獣人はちらほらと撤退を始めたが、そうではない連中もそれなりに居るようだ。


「んじゃカッ飛ばしてこうか!! 無限の彼方へ、さぁ行くぞぉ!!」


「ほっほっほ、この感覚も久しいですねぇ。では精々、安全運転で参るとしましょうか」


 ウーノがピヨに指示して何やら計器類というか、スイッチの類を共に操作する。ナビゲーションシステムが電子音声を奏でた。


『アテンションプリーズ。こちらはゴマトピア宇宙港第3ターミナルです。間もなく、ケルメェス星系オルシカーラ行きのワープゲートを起動します。出発時刻はジア・ウルテ標準時10時15分です』


『ワープドライブシステム、外部ゲート主機との同期開始。目的地座標を検索……ケルメェス星系、オルシカーラ、ポイントDDMY-02184。ワープドライブ実行まで、残り30秒』


 ゴマトピア宇宙港第3ターミナルには、ロケットを飛ばすための発射基地やマスドライバーなどは無い。

 代わりに存在するのは、超長距離ワープドライブのためのゲート主機だ。主にはドーム状の基地の中に移動者を集め、目的地へのワープドライブを実行するものだが、極端に巨大な貨物などを輸送する際は建物の外にまで転送フィールドを広げることがある。


『警告:転送範囲内に未登録または非正規の対象が存在します。現在の状態でワープドライブを実行した場合、これらの対象が正常に転送されない場合があります』


「構わない、飛ばしてくれ!」


『10、9、8、7……』


 宇宙湾港の敷地の外に設けられた柵を正面から撥ね飛ばし、無数の暴徒を引き連れて現れた私たちの存在に――ゴマトピア宇宙港では非ワープ航法型の通常の宇宙船の他、宇宙行きではない大気圏内向けの航空機の発着も行っており、屋外で作業に従事する者も少なくはない――、ジア・ウルテの宙の玄関は蜘蛛の子を散らしたような大騒ぎになった。

 しかし、第3ターミナルのワープドライブが中止されるような様子は全く無い。ピヨは諸々の通達は既に済ませてあると言っていた。きっと明らかに非合法的な力が働いている。


『3、2、1―――――』


『転送開始』


 私たちの改造クラシックカーが紫電を放ち、中空に燃え上がる軌跡を残して消失する。

 亜空間より迸るワープドライブの光に包まれた複数の自動車と数人の獣人が、原子レベルにまで分解されて消失した。




――――――――――――――――――――――――――――――




 ―――ケルメェス星系η星『オルシカーラ』・超大型浮揚施設メガフロート型経済特区『ネオ・シャチントン』。


 経済特区と言えば聞こえは良いが、その実態はかつてのアザラシ戦役にて"呪われた地"と化した旧シャチントンD.C.海域の隔離領域である。

 まさにアザラシ戦役最大の――第11銀河統括機構の本部侵攻を除けば――決戦、アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフと『アニマルバース六英雄』の壮絶な殺戮劇の舞台となったケルメェス星系は、凄まじい力と力の激突によって巨大な時空の裂け目と化した。

 戦後復興を担ったシロクマ連邦の尽力で被害は最小限に食い止められたが、それでも旧シャチントンD.C.海域の時空間異常だけは完全に修復し切れなかった。

 以来、この海は世界の傷口としてけものたちの記憶に刻まれている。


 現在はもっぱら戦時中に出た瓦礫を利用しての埋め立て工事が進行中だが、進捗状況はあまり芳しくない。

 時空の渦が唐突に勢いを増して地上の物体を吸い込んだり、逆に全く未知の物体を吐き出したり、作業員たちの居る座標の時空が歪んで因果律に矛盾が生じ、現実性崩壊を経て消滅するなど、あらゆる種類の事故を引き起こすからだ。


 ただしこの時空間異常、どうも現世ならざる"異界"に繋がっているらしく、そこから流れ着く種々の物品にはそれなりの価値が見出されている。

 シロクマ=シャチ連邦共和国はこれを吉と見て『経済特区・ネオシャチントン』を完成させたものの……ネオシャチントンで成功を掴むということは、火砕流の中から宝石を探し出すようなものだ。

 結果としてネオシャチントンはいつしか、誰も近付きたがらない獣口の特異点となり、獣生逆転を夢見て――あるいは作業員として売られて――やってくる貧困層や、脛に傷持つ荒くれ者たちの温床へと堕ちた。

 宇宙湾港都市ゴマトピアの夜の顔すら比較にならないほどの、邪智暴虐なる混沌。第11銀河アニマルバースすべての闇を凝縮したかのような街。それがネオシャチントンである。




 都市と呼ぶには荒廃し過ぎ、廃墟と呼ぶには住民が多過ぎるネオシャチントンの街路を、しかし明らかに場違いな集団が我が物顔で闊歩していた。

 種族はシャチ。特に集団の先頭に立つ者たちは古めかしく奇異な意匠の鎧を身に着けており、続く者たちは多少軽装であった。彼らはみな刀剣、長槍、弓矢、戦斧、小銃、果ては農具じみた名も知れぬ長柄の器具まで、多種多様な得物で完全武装している。

 指導的立場にあると思わしき先頭集団は、己の足では歩いていない。四足歩行をする大柄な生物に騎乗しているのだ。


 アニマルバースでは、二手二足歩行に近い種族ほど高度な生物であると信じられている。

 それは、信念や伝統の問題というよりも、半ば単なる事実である。というのも、かつて物言わぬ野蛮な獣であったアニマルバースの住民たちを作り変え、現在の姿に変えた種族『ヤルダモ』こそが、完璧な二足歩行の動物だったと伝わっているからだ。

 そのヤルダモは最終的に第11銀河への介入を決めた他銀河の住民たちによって駆逐されてしまったが、後に長い年月を経て、彼らはアニマルバースの民らに知性―――存在として神格化されていくことになる。

 実情はさておき……少なくともアニマルバースの民らにとって、ヤルダモは自分たちに知性と心を授け、新たな世界を切り拓いた神にも等しい存在だ。

 故に、そのヤルダモと同じ二手二足の動物こそが、より完全な生命に近いものとされるのである。


 ―――そして、はヤルダモに選ばれなかった。

 頭部の造形は馬に似るが、口腔は横に広く鋭い牙を持ち、鹿のそれに近い2本の角をも備える。

 体毛の色は金と、黒と、白灰だ。金毛は柔らかく、豊かに波打つ。頭から背中にかけての鬣を形作る他、四肢の踝にも少し生え、また短い尾を包み込んで長く棚引いている。黒毛は、密集した表面こそ滑らかで艶もあるが、触れれば固い。特に胴体のそれらは凝集してささくれ立っており、さながら鱗の鎧のような様相を呈している。合間合間に生える白灰の毛は、未分化、未発達の若い毛であろう。この白灰毛と他の毛が入り混じっている部分は、なにか精緻な紋様を描いているようにも見える。

 全身の筋肉は分厚くも引き締まり、四肢の先端には蹄がある。その歩みは極めて力強く、いざ疾走ともなれば、二足歩行のけものたちには有り得ぬ速度を叩き出すに違いない。


 四つ足を地に突いて歩き、長い背にシャチらを乗せて運ぶこの動物は、名を『麒麟きりん』という。

 アニマルバースでは古来より騎乗用として飼われてきた伝統ある家畜であり、主には落ち着きがあり扱いやすい気性をしている。

 しかし、戦に慣らされた軍用麒麟であれば話は別だ。平時は変わらず大人しいが、ひとたび戦場に赴けばたちまち秘められた激情をあらわにする。外敵へと突撃し、角を振るい、蹄で踏み砕くさまは、アニマルバース各地で『麒麟を害した者には必ず不幸が訪れる』という伝承が遺されるほどだ。

 また、その走行速度は超音速戦闘機と同等以上とまで称され、けもの1匹を乗せた程度では全く衰えず、騎乗者の装備重量と鐙などの装具で押さえつけてようやく安全な騎乗が可能なレベルに達している。


 無論、そのシャチの集団が―――シロクマ=シャチ連邦共和国・陸軍省戦術機動騎兵師団『義鯱衆』が連れているのも、数多の戦乱をくぐり抜けてきた歴戦の軍用麒麟である。

 ネオシャチントンの上空は各所より垂れ流される工場排煙によって常日頃から暗く濁っているが、今日に限っては少しばかり事情が違うように見えた。

 伝承に曰く麒麟という動物は、全力で駆ける時には稲光を纏い、雷の速度で地を踏破すると語られている。ならば、ネオシャチントンに影を落とすあの暗雲は、この麒麟たちが呼び込んでいるものなのだろうか。


 それとも、あるいは―――――。




「聞けい」



「我ら義鯱衆、これよりかの大戦おおいくさにて喫した敗北の雪辱を晴らしに参る」



「アリュゾホート・マグサリナス・ゴマ=ゴマフの首を以て、先の戦にて没したすべての者らへの手向けとする」



「敵は一匹に非ず。数こそ僅か、しかしその武威の程は、これまで我らが相対してきた如何なる猛者よりも激甚なり」



「必死の覚悟にて掛かられませい。一所懸命に討ち果てませい。たとえその首落ちようとも、それがしが其方らの背を見届けよう。この場に集う誰一匹として、現世に置き去りになぞさせぬ。いざ、共に浄土へと参ろうぞ」



「我らは今日ここで死に、そして必ずや勝利する。それが、それこそが、我ら義鯱衆の"道"と知れ」




「―――――出陣である!! 皆の者、我に続けえェェ―――!!」

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