第24話 奥さま登場!?

 ジネブラから届いた手紙を読んで、返事を書く。BGMは音楽ストリーミングサービスアプリだ。スピーカーから流れてくるのは、今時の日本の流行ナンバー50という名前のミックスリスト。

 知っているアーティストの、知らない曲が流れていた。


 封筒に返信用の『魔法の封筒』を今日も同封することを忘れたりしない。これがないと、ジネヴラからの返信は受け取れなくなってしまう。


 手紙のやり取りをするなかで、ジネヴラからはキツムの街の様子を教えてもらっていた。けっこうな被害が出たこと。ジネヴラ、マリーさん、イーサンさんは元気なこと。

 わたしもキツムの街に行きたいなぁ、と思う。わたし自身は役に立たなくても、《袋》は役に立つことだろう。イーサンさんか、エルレウムさんに協力をあおげば、けっこう大々的に《袋》を使うことも難しく無さそうな気がする。


 けれど、今は、行くことができない。


 手紙を送り出したら、冷蔵庫から良く冷えたコーラを取り出す。運動不足解消のため、フィットネスバイクを漕ぎながら、最近入手したばかりのゲームを起動させる。


 わたしは、かなりの日本的引きこもり環境を着々と整えていた。


 当初、三十分が限界だった引きこもりだけれど、今はあれこれと工夫することで、半日程の引きこもりが可能になっている。………まぁ、単純に、お昼寝時間を作っているだけなのだけれど。昼寝中は誰にも部屋に入らないようにと使用人たちには言いつけてあるし、もし部屋に誰かが入ってきたとしても、誤魔化せるような仕掛けだって設置済みだ。

 わたしに抜かりはない。たぶん。


 ………異世界に日本を持ち込むな、とか言われたくない。

 だって、ここの暮らし、わたしにとってはどうにも退屈なのだ。


 キツムの街にいたころはお仕事があった。友達がいて、同僚がいて、それなりに近所付き合いがあった。

 それが今はどうだろう。

 散歩に出ることはまぁ、ある。今でも毎日の習慣にしている。けれど、歩くだけ。お店を覗いたりするのだって、毎日同じようなルートでは流石に飽きる。友達もおらず、身近にいるのは使用人だけ。


 わたしだって、ここで暮らし始めてから、読書や、手芸的なものに手を出してみたりはした。貴族だとかいうお嬢様方からのお茶会の誘いにも何回かは乗ったし、観劇や音楽会にも参加した。

 ただ、どうしても、楽しくない。頑張ってはみたつもりだけれど、そもそも彼女たちとは話が合わない。


 彼女たちの話題の主は、どこそこの貴族の子弟が素敵だとか、劇場の演目がどうだとか、ドレスの流行だとか、流行りのアクセサリーだとか。どうやら、わたしにはお貴族力が足りないらしい。


 いえね、わたしだって、お洋服に興味がないわけじゃない。けど、フリルのひだは何センチが至高、何センチは下品、みたいな会話になってくると、ちょっと、専門的過ぎてわからない。ここは身分がある世界だ、好きなものを好きに着てはいけないっていうのはなかなかつらい。


 ならばとお仕事をしてみようかとも思った。ちょうど良い職場が足元というか、階下にある。

 事務を出来ないかと相談したら、秒の早さで却下された。貴族女性が働くとはなにごとか、の世界だったらしい。この世界、女王や女伯爵、貴族出身の侍女や女中はいないのだろうか。


 ………貴族の嗜みだとかについて、お勉強させてくれる訳でもないし。

 わたしに、貴族的な教養は必要ないらしい。先生の手配要求も「ソフィー様はそのままでよろしいのだと伺っております」と断られてしまっている。


 それで結局、懐かしの日本を追い求めてしまった。………おかげさまで、めちゃくちゃゲームが捗っている。今ならプロゲーマーも夢じゃない、かもしれない。こちらの世界に、無闇に『ニホン』を広めている訳じゃないんだから、大目に見てほしい。


 チリン、と高く澄んだ音がした。誰かが部屋に入ってこようとしているらしい。わたしは素早く『魔法の砂時計』をひっくり返す。ここから三十分、部屋の外の時間は止まる。そして扉に塗り込んだ魔法のお薬が時間の微調整をしてくれるはずだ。


 急いでスウェットを脱ぎ捨てる。シャワーで汗を軽く流す。手抜きですっぴんの顔も軽く水洗いするけれど、頭まで塗らす必要はない、どうせ夜にはナランが洗ってくれる。こちらでの仮眠用の服というか、ワンピースというか、ネグリジェ的なものに手早く着替えた。

 使ったタオルや、脱いだ服はまとめて全自動洗濯乾燥機に投入。この洗濯機、なんと皺ができにくいだけじゃない。洗剤まで自動投入の最新式だ。次にわたしが来るまでには良い仕事をしてくれることだろう。


 わたしは『飛び出す絵本』のように、日本的快適ルームを閉じると、小さく折り畳んだ。このあたりの仕組みはわからないけれど『魔法の袋』から出てきた謎アイテムだ、とだけ言い訳をしておこう。


『魔法の砂時計』以外の魔法アイテムは全て、片付けたことを指差し確認。わたしはベッドに潜ってから、『魔法の砂時計』も『魔法の袋』に片付ける。………ここから、時間は動き出す。『魔法の袋』も指輪に隠したら、あとは起こされるのを待つだけだ。


 しばらく経って、扉が開く。静かに部屋に入ってきたのはたぶん、ナランだろう。


「ソフィー様」


 軽く揺すられ、わたしは目蓋を持ち上げる。ゆっくりと起き上がった。


「起きてらしたんですか」

「少し前に目が覚めたところ」


 たった今起きました、という感じを出すには、わたしの演技力だと無理がある。なので、毎回起きたけれども布団の中に居た、という設定でいる。


「もう、夕方?」


 どうせなら、今から昼寝してもいいよ? と思わなくもないけれど、それをすると夜に眠れなくなってしまう。わたしは本来、昼寝が出来ないタイプの人種なのだ。


「いえ、ヤレヨイより、ケイレブ様と、第一夫人であられるグラシア様が明日、こちらにいらっしゃると連絡を受けました。ですので、お昼寝中で申し訳なかったのですが、急ぎご連絡をと思いまして」

「第一夫人………?」


『ヤレヨイ』というのは、この国の首都だ。ここからは半日かそこらで着く距離にある。

 なんで、そんな、女同士のドロドロバトルでも始まりそうなお客様が………?

 スッと自分の顔から、血の気が引いていくのがわかった。


 ………そうだ。そもそもなんで、わたしはこんなところでのんきに暇潰し生活なんて、していたんだろう。『何でも取り出せる魔法の袋』が手元にあるんだから、とっととここから逃げて、キツムなり他所の街なりに行って思う存分楽しく暮らすことだってできたはずなのに。いや、キツムは無理があるだろう。きっと追手がかかるに違いないから。


 でも、第一夫人なるものが来てくれているのなら、旦那様との新婚夫婦の夜の儀式的なものは今回もしなくていいかもしれない。逆にこれはラッキーなのかも………?


 いやいや、ラッキーって、何がだ。


「そう。………わたしは、何かしたほうがいいんだよね?」


 貴族とやらの習慣はわからないが、家の主である夫妻が来るのなら、歓迎の何かが必要になるだろう。主に晩餐とか、パーティーとか、そんな感じの。


「ほとんどは使用人のほうで整えます。ですが、できれば感想やご意見などをいただければと思います」


 わたしはそれに了承して、午後の衣装に着替えさせてもらった。豪華な夜会用のドレスではないので、一人で着替えくらいできるのだけれど、貴族女性というものは、着替えは使用人に手伝って貰うのが当たり前らしい。


 それから、玄関ホールに向かう。

 普段は姿を見せない使用人たちは『ラダマ』で働いていた者達だろう。何種類かの敷物が準備され、わたしの趣味でその中のひとつを選ぶ。


 家具の位置だとか、花瓶だとか、飾ってある絵画だとか、とにかくあれこれ意見を求められる。大体は二つか三つの候補があって、その中から選んでいくやり方だった。ホールがそれなりに、無難にまとまったかな、というところで客室も同じやり方で整えられていく。

 それから、振る舞う食事に菓子とお茶についても意見を求められた。詳しい知識がある訳じゃないんだから、勘弁してほしいとつい、愚痴を漏らしたくなる。


「このお屋敷はソフィー様が主なのですから、ソフィー様のご趣味に揃えることで、それを全面に押し出しつつ、歓迎していますという意味にもなるのですよ」


 そう教えてくれたのは『ラダマ』支店長のフランクリンさんだ。今回、かなりの新商品を購入した。関係者割引があったらいいな、と思ってしまう。けれど、わたしの予算を管理しているエドガーさんは何も言ってこない。わたしにとってはなにやら無駄遣いどころか無駄豪遊の感覚だけれど、予算的には微々たる額なのだろうか。もう、開き直るしかない。


 おかげで、どこもかしこもというわけではないけれど、屋敷の中はかなりわたしの趣味に近づいた。なぜ、ここに越してきたばかりの時に全面リニューアルさせなかった、わたし。


「………さて、逃げるか」


 おやすみなさいませ、と自室に戻れたのは、普段よりも遅めの時間だった。

 明日の昼頃には彼らが来てしまうそうなので、その前にコトを済ませてしまいたい。なぜ今まで『逃げる』選択肢を思い付かなかったのか、いや思い付いてはいたけれど、無理だとばかり考えていた。


 思い付いたが吉日だ。


 わたしは、『魔法の砂時計』をひっくり返す。『魔法の袋』に念じるのは『安全な隠れ家』だ。出入口はこの部屋の中、わたし以外には見つからない扉が欲しい。扉の向こうで、今まで使っていた現代日本グッズを使えばいい。『魔法の袋』があれば衣食住に問題はない。


 まさか、逃げたと思ったらそこから移動していない、なんて誰も想像しないだろう。『安全な隠れ家』の中で、わたしはこの呪いの腕輪こと、『誘拐婚用の腕輪』の能力を解除する何かのアイテムを取り出そうと思う。

 ほとぼりが覚めたら、一旦どこか知らない場所に向かって、それから安全そうだと確認がとれてから、キツムの街に帰ればいい。


 袋から出てきたのは、一枚の絵だ。どこか牧歌的な風景で、こじんまりとした家が描かれている。


 わたしは絵を壁に掛けた。今日の模様替えは大々的だった。一枚くらい、見知らぬ絵画が増えたところで気づかれないだろう。わたしはその絵にそっと触れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る