第23話 ジネヴラ捜索
この街に住んで、もう、一月は経っただろうか。
前々から薄々感じてはいたけれど、やはりここにも季節はあるらしい。この街はこれから夏の盛りになっていくのだろう。キツムで暮らしていた頃や、こちらに来たばかりの頃と比較して、気温が高くなってきている。
けれど、エアコン的な謎空調システムのあるお陰で家の中は程よく涼しい。引きこもりがとても捗る。
………とは言っても、こちらの世界の朝や夕方は、日本の東京辺りのものと比べ、かなり涼しい。なので、そういった時間を狙って、散歩に出ることをわたしは日課としている。
防犯上とか身分とか契約の腕輪とか建前とかいろいろあって、わたしが出掛けるとなると護衛やらお付きの者たちやらを引き連れることになってしまうけれど、その辺は仕事と割りきっていただくしかない。
ここギラウサの街は、キツムの街よりもどこかお上品だ。キツムの街はアースカラーの服を着る人間がほとんどで、カラフル服はちらほら見る程度でしかなかったけれど、こちらの街ではカラフルな服が四割、アースカラー六割といったところ。わたしはカラフル属である。
そういえば、キツムの街も領主一族を中心に、復興が進んでいると伝え聞いている。
ジネヴラは、エマさんは、『大鷲亭』のみんなはどうしているだろう。何回かエドガーに頼んでジネヴラやイーサンさん、エルレウムさん宛に手紙を出したり、情報を集めさせてはいるけれど、手紙に返事が届いたことはないし、復興が進んでいる以上の詳しい情報も得られてはいない。
皆が無事でいてほしいと思う。
街の散歩、といっても特に何かやりたいことがあるわけじゃない。食事も、おやつも、装飾品も、屋敷で出されるものにわたしは満足している。ちょっと菓子店で目新しいものは無いかと数点購入してみたり、雑貨屋でかわいらしいブローチを眺めたりすることはあるけれど、大抵はぶらぶらと街を歩いて、ある程度気が済んだら帰る。
その日もそうだった。
さすがに魔物も出てくるファンタジー世界らしく、街中には武器店もある。そこを通りがかったとき、一人の男性がわたしを指差し、大声をあげた。
「あ………!ああああ!『大鷲亭』の女神!」
………誰だそれ。
ただ、残念ながら、彼とわたしはばっちり目が合っている。なぜそう呼ばれたのかさっぱりわからないけれど、『大鷲亭』という店名にはとても心当たりがありありだ。
興奮したように駆けてくる彼を、護衛が二人がかりで遮った。
「あの! 覚えてませんか俺! 俺のこと! いや覚えてなくても当たり前っすよね口なんて聞いてもらったことねぇし!」
丸太のように太い腕に邪魔されながらも、彼はこちらに寄ってこようとする。たぶん、『大鷲亭』の客の一人だったのだろう。少なくとも、従業員ではない。いくらなんでも、従業員だったらわたしだってわかる。
「ソフィー様にご用がおありのようでしたら、わたくしがお伺いいたします」
す、とナランがわたしの前に立って、彼に話しかける。
しかし彼は遮られつつもひょい、と体を傾け、覗き込むようにわたしに笑顔を向けてきた。
「無事で良かったっすね! あと、できれば握手してください!」
「握手くらいなら、してもいいけど」
ナランが断る前に、わたしは片手を差し出した。どこをどう見ても平々凡々なわたしだけれど、なぜだか傍目には物凄い魅力的な美女に見えているらしい。わたしに言わせればバグか何かの勘違い、あるいは思い込みのせいなのだけれど、目の前の彼はとても興奮している。おおはしゃぎだ。
彼は興奮している風なわりに、おずおずと手を差し出してきた。じれったいけれど、静かにわたしは微笑んで待つ。彼はそっとわたしの手を握った。大きくて、硬い手だ。
「戦う人の手ですね。怪我とかしないように、頑張ってください。それでは」
「はいっ!気をつけます!」
それだけで、彼とは別れた。
………そりゃ、キツムの街は今どうなってるのかとか、『大鷲亭』のみんなは今どうしているのかとか、とても聞きたい。聞きたいけど、けど、怖くて聞けなかった。
もしも、ほとんど更地状態だったらどうしよう。
無事な人が誰もいなかったら? ううん、もし、知り合いが重症で苦しんでいたら。
屋敷に戻り、わたしは『特別なアロマオイル(ローズブレンド)』を素焼きの皿に垂らした。ふんわりとよい香りが部屋に広がっていく。
そして、ついに完成したお香に火を灯す。こちらは何の香りがよく知らないが、やはり花の香りがする。こちらは単純に、時間を計る用。こちらはだいたい、二十分くらいで燃え尽きるようできている。こちらが燃え尽き、お香の香りにアロマオイルの香りがが勝ちだしたら香りが変わる。それがタイムアウトの知らせだ。
『魔法の砂時計』をひっくり返した。
わたしが『袋』から取り出した『特別なアロマオイル』のローズには、外からの透視や盗聴のようなものを阻害する効果がある。効果は最大で一時間だ。
そして『魔法の砂時計』は、砂が落ちきるまでの三十分間、世界の時間を止める効果がある。結局お香よりも砂時計を選んだことに、ここで気がつくような賢い人間はわたしのためにあれこれ黙っていてくれたら嬉しいです。
わたしはスマホを取り出した。どうやってこれでジネヴラを見つければ良いのか、実は未だにわかっていない。
何かそういうアプリは無いのか、それとも検索すれば出てくるものなのか………あれこれと試しているけれど、まだ結果はよろしくない。
『ジネヴラ 探す 方法』と検索しても、『友人 探しかた』と検索しても、ダメだった。
もういっそのこと、と思いつつ、地図アプリを使って『大鷲亭』やジネヴラと暮らしていたアパートを探すことに今は専念している。
普通に『大鷲亭』で検索しても出てこなかった。あまり優秀なアプリではないらしい。
『キツムの街』でかなり上空からの衛星写真のようなものが出てきたので、ちまちまとわたしは探すことにしている。
「………見つけた」
瓦礫ばかりの街の画像の中の、赤毛の女の子。
これは、絶対、ジネヴラだ。
この画像がリアルタイムなのか、過去の画像なのかはわからない。けれど、周囲にモンスターの影は無さそうだから、きっとあのモンスターの濁流を、ジネヴラは生き延びたのだろう。
わたしはあわててお香を見る。それから砂時計も。
………まだ、時間はいくらかある。
わたしは一生懸命考えた。
考えて、考えて、手紙を書いた。
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