第20話 チートアイテムの活用方法

 わたしの生活は、案外静かなものだ。


 それもこれも、わたしが『あいつ』に再会し、《袋》を手に入れた直後、どこかしらで何かしらのトラブルが発生したとか言って、あわただしくケイレブがこの屋敷から出ていってくれたからである。本当に直後としか言いようがない。あの人、この屋敷に十分も滞在していなかったのではなかろうか。


 逃れられない首輪(本当は腕輪だけれど)をかけられた身としては、拍子抜けもいいところだ。だって、新婚夫婦といえばやることがあるだろう。

 先送りになっただけかもしれないけれど、しなくてよくなったことにものすごくほっとした。トラブルさんありがとう。………というか、なんというか、ケイレブさんよ、あなたもう二度と帰ってこなくて結構ですよ、とわたしは思っている。というかその事については強く願っている。この世界に神様がいるかどうかを未だに知らないけれど、どうか神様、そこんところ、よろしくお願いいたします。


 それでも、残された家の使用人たちにとって、わたしはこの屋敷の女主人らしかった。彼らによれば、わたしは金で解決できる大抵のことは何でもしていいそうなので、まずはと豪華過ぎる自室をちょっとだけ、おとなしめのものに変えさせていただいている。


 お陰でどこのハプスブルクかよ、というわたしに与えられたお部屋はどこの高級ホテルかよ、といった案配になっている。

 それ以上気やすい室内環境を選ばせてもらえなかったのは、国内外に支店を置く大商会ラダマの本店に住む経営者の妻にしてラドマソン家当主の妻が使うだけの、格式だとかなんだとかを重んじるためだとか。


 だから、わたしの望みの全てが叶えられる訳では無いらしい。


 ケイレブとわたしが結婚するのにあたり、結婚式のようなものは行われていない。ただ、なにやらあれこれと書類を作っていたので、まぁ、結婚届けは間違いなく政府だか宗教施設かのそれなりの機関にきっちりしっかり届けられたのだろう。


 これはあとから知ったことなのだけれど、ケイレブ氏にはこの国じゅうどころか、他国にまで屋敷があり、ほとんどのお屋敷にそれぞれ違った奥様がいらっしゃるそうで………クズめと言いたい。何人いるんだ、奥様。


 そしてどうやらこの世界では、一夫多妻制が導入されているようだとも理解した。


 一人の男が多数の女を抱えているということは、男がどこかで余っているのか、それとも、戦争やら遺伝子疾患やらで、男の絶対数が少ないのか。………ああ、この世界にはモンスターがいるんだった。

 もしかしたら男はそういうものと戦い、女は家にいる、みたいな世界なのかもしれない。


 だとしたら、とっても男尊女卑思想がはびこりそうな環境だ。

 ただ、稼ぎ頭を失った家庭に対する手当てが充分でない国なのだとしたら、ちょっと話は変わってくる。たしか、地球において、どこかの国では夫を無くした妻は無条件に夫の兄弟の妻になるものだ、という制度があったような、なかったような気がする。男尊女卑の結果ではなく、セーフティーネットのひとつとして一夫多妻制が使われる時だって、世の中にはあるのかもしれないのだ。


 この街で過ごし始めたわたしがまずしたことといえば、《袋》から『無くさず、他人に見つからず、他人に奪われず、安全に収納しておけるアイテム』を取り出すことだった。

 いや、たぶん、この前みたいに奪われても返ってくる可能性がだいぶ高まったけれど、《袋》を使っているところを他人に見られるのはきっと、よくない。


 そんなに大きなものじゃなし、二度と手放してなるものか。………わたしのもとに返ってくるたび、あのセクハラ男に現れられてはたまったものじゃない。


 そのアイテムだけれど、今は指輪としてわたしの指にはまっている。ちなみにこれは、ケイレブに渡された結婚指輪のレプリカだ。結婚指輪としてのデザインはちょっとダサい。宝石は小振りなものがお飾り程度で、ラドマソン家の紋章がででんと存在を主張している。でも、これならわたしが常に身につけていても不自然ではないだろう。


 ケイレブさんという人はほとんど国じゅうを飛び回るような、非常にお忙しい商人さんなのだそうだ。貴族としての身分は高くなく、それなりでしかないらしいのだけれど、その商才でもって国の中枢に口出しできるくらいの資産をお持ちらしい。商人として、政治家として、毎日あちこちを飛び回っているそうだ。


 つまり、なにが言いたいかといえば、当初想像していたよりも、かなり自由なのだ、今のわたしは。


 街の中だけとはいえ、比較的自由に動けるようにもなっている。


 このギラウサの街はそれなりに大きい。この建物を出るとき、常に護衛兼見張りが付くようになってしまったけれど、それでも屋敷から一歩も出られないだとか、常にケイレブのすぐそばに居なきゃいけないっていう状況に比べたら、はるかに自由だ。


 次にわたしがやったことといえば、『完全なる自由を求める』ことだ。


 まず、自室にいるときはなるべく一人にしてほしい、と頼んだ。なにやらご身分のある方々は自室内のどこかに、常に使用人を侍らすものらしいけれど、そんなもの、わたしはごめんだ。

 妥協案として部屋に呼び鈴が置かれ、声の聞こえる部屋の外、扉の脇に常に誰かが控えている。


 さて、ここに取りいだしまするは『望めば望んだものが何でも出てくる魔法の袋』。略して《袋》。


 わたしは《袋》から『わたしの生命の危機が無い限り、相手には気付かれず、けれど声をかけてから扉が開くまでに、わたしがなにをしていたか誤魔化しきれるだけのタイムラグを発生させる魔法の塗り薬』を取り出した。名前が長い。『扉時差発生薬』とでも名付けておこう。

 二重扉とかにしてくれれば他にやりようがあったのだろうけれど、それがかなわなかった為である。


 それを、扉と扉の周りに、丁寧に塗り込む。その作業に最初の一日は費やした。


 次に取り出したのは『どんな手法を使おうと、窓や壁からわたしがなにをしているか、覗き見や盗み聞きされなくなるけれど、そういう効果が発生しているとは誰にも悟られない、しかしわたしが望めば外に音程度は届く魔法のお香』だ。

 これを焚いている間、わたしの行動が他人に知られることはない。


 ………と、ここでわたしは気がついた。


 お香は香りが残る。お香なんて、どこから入手したと家の者たちに思われたらどうしよう。聞かれたところで答えようがない。一瞬だけ、『わたしに対して疑いを持たなくなる薬』でも《袋》から取り出そうかと思ってしまったけれど、なんだかそれはそれでとても危険な気がする。やめておくことにした。

 わたしは出していたものを一旦お片付けしてから、呼び鈴を鳴らす。


「ご用でございましょうか」


 入ってきて、頭を下げたのはナラン。見た目の年齢はわたしに近いだろうか。職種としてはメイドのようなものに当たる。………と、思う。メイドと侍女の違いなんて、わかるわけがない。


 この屋敷の運営は主に三人の使用人で回っている。エドガーは執事かなにからしく、事務や接客中心、ムンフは家全体の家事回り、ナランは二人よりも若いせいもあって、サポート要員なのだろう。たいていはわたしの部屋の近くにいる。

 掃除や洗濯、料理など実際の細々としたことは奥様が気にする必要もない、下働きの人間がいるのだと聞かされている。


 ケイレブにはたくさんの奥様があちこちにいることだったり、基本的な貴族としてのマナーについて教えてくれたのは話好きらしいムンフで、彼女はお茶の時間になるとあれこれたくさんの話をしていく。ムンフのマシンガントークを止められる者はいない。


 逆にナランは比較的無口というか、穏やかで、ニコニコしていて、わたしに用事がない限りはわたしを一人にしてくれる。この先わたしが貴族的な生活をする必要に迫られて、わたし付きのメイドがつくのなら、ナランを選んだほうが気楽に過ごせそうだ。


「お部屋で、気分によってあれこれと香りを楽しみたいの。なにか、ここにそういうものはある?」


 わたしに声をかけられ、姿勢を正したナランは、少し考えるように視線を斜め上にやる。しばらくして、彼女は答えてくれた。


「花を飾られたり………香油をハンカチなどに垂らして楽しむ方々はいらっしゃるようです」


 感覚としては置き型のルームフレグランスなのだろうか。だとすると、お香や香水のようなものは一般的ではないのだろうか。


 確か、海外っぽい雑貨屋さんでもインセンスとかいう名前の、お香みたいのが売られていた。まさか、乾燥していて火をつけるとよい香りがする的な品物だとか、スプレー式で香りを楽しむアイテムが日本独自のものではないだろう。

 でも………蚊取り線香は日本からの輸出がどうのこうのって、テレビで見たことがあるから、お香については日本発だなんてこともあり得る?


「もしよろしければ、店舗のほうの責任者がソフィー様に一度お会いしたいとのことですから、ここに店舗責任者を呼んで参りましょう」


 そうだった。わたし、デパートの上に住んでいるようなものだった。

 オーナーはもちろんケイレブだけれど、当然、支店長的なものはいる。普通に考えて、挨拶くらいは互いにしておくべきだろう。


「じゃあ、相手の都合がつくときを教えてね」


 わたしは基本、暇だ。なので、支店長の都合に合わせて構わない、と言ったつもりだった。

 けれど、わたしは一応、形ばかりとはいえオーナー夫人、向こうはただの被雇用者。


 支店長夫婦はその日のうちにやってきた。どうやらわたしの夫は、それだけの権力者らしい。

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