第18話 総合商会ラダマ
明らかに、わたしの扱いは他の奴隷………使用人たちとは違っていた。
この商団には護衛と、御者、それにケイレブさんと奴隷契約を結んだ使用人しか連れていないらしい。
馬車が進むのは街道で、街道にはところどころ、水場があった。そこでは都度、樽の中の水を入れ換えていた。昔の船では水の代わりに酒を積んでいたとかいう話を聞いたことがあるから、重労働だけれども仕方のない作業だろう。水というのは傷むものなのだ。
他には馬車の整備を手伝ったり、食事の準備だったり、細々とした仕事があるらしい。そういった作業の担当は主に、使用人たちだった。
御者は馬の世話に専念していたし、護衛は護衛しかしないらしかった。
彼らは馬車の荷台や地面で寝起きする。そこまで悪い扱いではないらしいけれど、そういった作業を見ていると、なかなか大変そうだ。
一方わたしは、ケイレブの側にいることが仕事だ。
手慰みに書類整理を少し手伝ったりするけれど、肉体労働はほぼしない。寝るのは馬車の座席の上で、ふかふかとまではいかないけれど、まぁまぁの寝台代わりになる。
ケイレブは強引で気持ち悪い一面があったものの、意外に紳士だった。
どうしても譲れない、とのことで、物理的な距離はなんだかやたらと近い。けれども彼は紳士だった。具体的にはキスだとか手をつなぐとか、抱き締めるといったようなことは一切求められなかった。まぁ、されたらきっと、わたしは暴れ狂っていただろう。
むしろ、仕事の手を休める時には気を配ってくれるし、仕事中はすぐに褒めてくれるし、けっこう物知りだし、話題も豊富。話しているとそれなりには楽しい。好感度爆上がりじゃない?と思いかけて、いや、もしかして、腕輪があるからこその余裕なのでは? と考え直したりしている。
二日かけて、わたしたちは大きな壁が見えるところまでたどり着いた。ここに来るまで、ほぼ魔物は見かけていないけれど、この世界では、ある程度大きな街には壁があるという認識でいいのかもしれない。
壁には大きな扉が着いていて、その近くはテントがいくつか張られている。もしかしたら店とか、旅のテント村とか、そんなものがあるのだろうか。
そこから少し離れたところでケイレブはわたしたち、キツムの街の難民を集めてこう言った。
「ここまで来て、考えを改めた者もいるだろう。もう一度だけ、確認しようと思う。雇用を破棄したいものは申し出て欲しい。契約を解除し、今までの労働の対価として、シルブをいくらか与えよう。門の通行料に今後の生活はそこからなんとかしてほしい」
みんな、どうしようかと思っているのか足元を見たり、他の人たちの顔色を伺っているようだった。
ケイレブは少し間を置いてから、言葉を続けた。
「契約を続行するという者はこのまま俺の使用人として、門の中に連れていこう。雇用は五年更新だ」
わたしはケイレブの斜め後ろに立って、それを聞いている。聞きながら、そっと自分の腕輪を撫でた。
絶対に、契約は破棄しない、とわたしは言われている。
その時に距離が離れたらどうなるのか、も実験させられた。かなり酷い目に会った。二度とケイレブから離れない、逆らわないほうが良さそうだ、と思い知った。
ちなみに、それ以降、それまでわたしの特別待遇を狡いと思っていた(かもしれない)使用人たちのわたしを見る目はとても同情的になっている。彼らはせいぜい、身分証に契約がある旨の表示が出るだけらしいが、わたしは苦痛を伴う拘束なのだ、大いに同情していただきたい。
わたしは味方を獲得した。と思う。たぶん。
その場で契約の解除を申し出たのは三人、彼らはこの街に親戚や、知人がいるらしい。そちらを頼ってみて、やはりどうしようもなければ是非ともまた雇って欲しいと言っていた。
「じゃあ、みんな、街に入ろう」
ギラウサの街は、商業都市だと言われている。
今までわたしが住んでいたのはキツムの街で、ダンジョン都市と呼ばれていたらしい。あの壁の外には複数のダンジョンがあったそうだ。どおりでカホトが多かった筈だと今更思う。
わたしたちの馬車は、幅広の道を進んでいった。道は幅がかなり広く、日本人的な感覚で言えば、歩道完備の片側二車線道路といった感じだ。キツムよりも広い。ただ、歩道寄りの一車線はほぼ馬車の駐車スペースらしいけれど。
地面は石畳というよりは、コンクリートか何かのように見えた。道が平らだからだろう。とても、馬車は滑らかに進む。
道の両脇には、こう………そこはかとない、都会感がある。大きな店舗が連なっている。
そのうちの一つの建物の前にわたしたちの乗った馬車は停車した。
一緒にいた荷馬車と馬車の全てが停車しても、余裕があっただろう。けれど、荷馬車たちは店舗の裏に回っていってしまった。
残された馬車からわたしとケイレブが降りる。
護衛としてドミニクさんがついている。ドミニクさんは、わたしをケイレブさんのところに連れていった護衛の人だ。
この建物はどれだけ大きいのだろう。高さは………うん、五階建て。これだけ横に大きいのなら、二階建てくらいかと思ってたけど五階建て。規模が非常識だ。
看板には『ラダマ』と書かれていた。『大鷲亭』でも、珍しい食材や、調理器具なんかを購入するときに利用していた店だ。
一階の一部は飲食店らしい。レストランや食堂というよりは、喫茶店らしい雰囲気があった。飲食店の入り口があって、その隣に大きな入り口が別にある。
大きいほうの入り口から入ると、そこは吹き抜けの、ちょっとしたホールになっていた。
左手に喫茶店の入り口がまたあり、正面に開き戸が五つ、並んでいる。右側には大きな階段があった。
正面にあった扉の一つにわたしたちは入る。中は小さな個室で、シャツにベスト、スラックス的な服装の男性がいた。丁寧に頭を下げてくれる。
あ、これ、エレベーターだ。
男性が、レバーのようなものを操作すると、個室が動きだしたのがわかる。まさにエレベーターでしかない。
でも、これ、どうやって動いているんだろう。
この世界に来てから今まで、電気や電力に相当するものに触れたことはない。ここは、灯りや調理、暖を取るには火を使い、水は井戸からポンプで汲む。水道からお湯が出たりなんてないし、誰かに伝言があるときは使いを走らせるような場所だ。
電気があるとは思えなかった。
人力か、魔力か、どちらなんだろう。
この世界にはモンスター、魔物がいる。
魔物がいるのなら、魔力なんてものや、魔法、魔術なんていう、不可思議現象があってもおかしくはない。
エレベーターは四階で止まったようだ。日本のエレベーターと違って、階数表示がないからちょっと
自信がない。
エレベーターの外はエントランスのようになっていて、警備らしい人たちが二人、正面入り口を守るように立っていた。
二人はケイレブさん、わたし、ドミニクさんの顔をしっかり見てから頭を下げる。ドミニクさんが扉を開いたそこはまた部屋で、カウンターのようなものがあり、応接セットがある。
カウンターの手前に女性が二人、男性が一人、並んでいて、やはり頭を下げられる。わたしたちはその部屋にある、二つのドアのうちの一方を抜けた。
そこもまた、何かの部屋だ。小部屋、続きすぎ。扉、多すぎ。めんどくさいことこの上ない。
扉の前にまた、二人の警備らしき人間が、門番よろしく立っていた。
彼らが守っているのは金色の扉で、花だとか、馬車だとか、何かいろいろな彫刻がされている、たぶん、芸術的にも素晴らしいものだった。
その扉は、警備の人たちが開いてくれる。
そこもまた、ホールだ。いつになったら居間や書斎や寝室的な場所に行き着くのだろう。どれだけ広間を作れば気がすむんだろう。
そこの広間には使用人らしい男女が並んでいた。
「お帰りなさいませ」
彼らもやはりうやうやしく頭を下げてくれる。
ただ、ここで、わたしはケイレブが資産家だと本当に理解した。
お城みたいに豪華な広間だ。
金ぴかってわけじゃない。壁は白、所々に金色の飾りはあるけれど、床はマーブル模様の大理石みたいな材質。天井は高く、シャンデリアがぶらさがり、取っ手や手すりなんかは金の装飾のついた、深く艶々の木材。
彫刻だとか、装飾だとか、なんだかものすごく高そうで、ついでに言うならセンスがいい。
「エドガー、ムンフ、ナラン。彼女はソフィー。俺の婚約者だ。丁重に扱うように」
畏まりました、と声が揃う。
「部屋を用意するように」
またもや畏まりました、と声が揃う。この間、三人は頭を下げたままだ。ひどい格差社会を見た気になるけれど、まぁ、わたしだって会社で会長がフロアの視察に来たときはこういうお辞儀をしていた。
世の中、そんなものだよね、うん、そうだった。
せいぜいわたしは感じよく振る舞っておこう。
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