第17話 ケイレブの話

「せめて、奥さんの名前くらい知りたいな」


 え、なにこれ。どんなどっきり?

 混乱したわたしは、とりあえずはとキラキラしい笑顔からガッツリ体ごと視線を外した。とてもついて行ける気がしない。この状況がとても理解できない。というかそもそも理解したくない。


「待って」

「うん、待てばいいの?」


 えーっと、いっそのこと、この世界に引っ張り込まれたところからここまでを振り返ってみようか。わたしは社畜日本人、彼氏無し。たぶん、何かの事故に巻き込まれている。


 それをきっかけとして、得体のしれない美しい生き物に出会った。ソイツからはちょっと人には簡単に言えないようなことをされ、『望んだ品物が何でも出てくる不思議な袋』を与えられて、地球とよく似た見知らぬ世界に飛ばされている。


 わたしの生活を支える人間に出会えるはずだったけれど、それが誰だったのかは未だに不明。エルレウムさんじゃないかとは思ってる。


 見知らぬ世界で初遭遇したのがここにいるケイレブさんで、ナンパされて困ってたところを助けてくれたのがエルレウムさん。

 そのエルレウムさんに連れられて行ったのが『大鷲亭』で、わたしはそこで職を得た。『大鷲亭』で働くジネブラの家に住ませて貰うことになり、ジネブラとは親友になった。他にも知人や友人はできたし、あのまま暮らしていれば、そのうち恋仲になれる相手だってできていたかもしれない。


 ところが街はモンスターの集団に襲われて、今、どうなっているのか全く見当もつかないでいる。『大鷲亭』は崩壊して、わたし自身もモンスターに襲われるっていう、間一髪のところをこのケイレブさんの旅団だか商団の誰かに助けられた。


 ………までは、合ってる?


 紙に書き出したい。なんだろう、この波乱万丈っぷり。そもそも異世界に飛ばされた時点で普通の人生とはかけ離れちゃってるんだけど。


 えっと、それで、助けられた商団?旅団?………商団でいいや。商団のトップはわたしがエルレウムさんに出会うきっかけとなったナンパ男ことケイレブさんで、どうやらわたしは彼の手により、奴隷契約の腕輪(拘束力は強いらしい)をつけられた、と。


「これ、どうやったら外せます?」


 問題は、よく分からない『拘束力』とやらだろう。物語のなかで奴隷という存在は主には絶対逆らえないとか、言うことをきかないと鞭でバシバシとかあったりする。そんな目には合いたくない。

 奴隷は貴重な労働力にして財産だからといって、それなりにそれなりの扱いをしていたんだ説をわたしは今すぐ採用して欲しいと切に願っている。


「外せないよ。安心して欲しい。外れるときは永遠の別れの時だけだからね。幸せにすると誓うよ」


 これだから!顔のいい男は!!


 モテて当然と思っていそうな、やたらとキラキラまぶしい笑顔は生理的に受け付けないものがある。腹が立つ。いくら顔がよくっても、顔さえ良ければいいってもんじゃないんです!財産とか性格とか性格とか相性ってものもあるんです!


「とりあえず、お里に帰らせてください」

「ダぁメ」


 腹立つわー。めちゃくちゃ腹立つわー。これだから、顔のいい男は嫌なんだ。


「どうしたら離婚できます?」


 離婚以前にそもそも結婚してない。してないはずだ。たぶん。この腕輪、手首で揺れるってことは簡単に取れてくれないだろうか。後で試してみないと。


 ケイレブさんはにっこり笑ったまま、首を傾げている。わたしはそのキラキラしい顔面を殴らないようにするので精一杯だ。わたしの片手は空いている。なんなら足だって、自由にキックできる。潰してやれないことはないはずだ。

 馬車の中は二人きり、邪魔してくるやつはいない。


「腐っても俺は貴族だからね、結婚してしまった以上。離婚するには国王の許可が必要なんじゃないかな」

「そもそも普通は結婚にだって許可が必要なんじゃないのかな!?」

「だからこその、誘拐婚なんだよ。これはね、誰かのめんどくさい許可なんてとらなくても、自由に妻を選べる素敵な魔法の道具なんだ。ねぇ、子供は何人欲しい? 君の望みは何でも叶えてあげるよ?」


 わたしを自由にするつもりは皆無でしょうに。何が『素敵な魔法の道具』だ。飼い犬につける首輪なんかよりもよっぽどたちが悪い道具じゃないか。


 そもそも、だ。


「なんで、わたしなんかと結婚したいんですか、ケイレブさん」


 普通、出会ってトータル三十分にも満たない相手にプロポーズなんてしない。今までわたしと彼の間に接点なんてほとんどなかった。どうしたってこれは、おかしいだろう。そもそも彼は未だにわたしの名前すら知らない。それでなんで、結婚するとかしないとかの話になるのだろう。


「お告げかな」


 夢見る男のキザっぽい口調で語られた内容をまとめると、ケイレブさんはあの頃、ある時間のある場所に向かえば『とびきりの女性』と出会える、彼女と家族になれば、必ず家は栄え、幸せになれるだろう………という夢を連日見ていたそうだ。


「それで、仕事もなにも放り投げて、夢に出てきた場所に行ってみたんだ。そうしたら、本当に君がいた。これは運命神の導きだと思ったね。けれど、警備の人間に見つかってしまっただろう。あのタイミングで家に返されるのは困る。君と関係を温める時間が欲しかったからね。結局、家の者に捕まって、家に帰る羽目になってしまった。………あのとき、無理矢理君を連れていかなかったことを、俺はとても後悔している。けれど、神は俺を見捨てなかった。こうして再び君と出会い、ちょうどこの魔道具を手に入れたときに、君自身も手に入れることが出来たんだから」

「なにそれ気持ち悪い」

「照れなくていいんだよ」


 いや、本当に気持ち悪い。なに、『お告げ』って。


 でも、もしケイレブさんの話が本当なら、その夢とやらは『あいつ』の仕業………?

 じゃあ、だとすると、もしかして本来のわたしの導き手、お助けマンはケイレブさんだったのか。


 ………でもさ、なんというか………なんというか………『あいつ』に洗脳されてわたしを好きだと勘違いしてるって、なんだかもやもやしない?


 いや、その、好かれたいとか思ってる訳じゃないけれど。


「ていうか、わたし、美少女なんかじゃないし」


 ポツリとわたしが漏らした言葉に、ケイレブさんはぶんぶんと首を横に振った。


「何を言うんだ!? 君ほど美しく愛らしい女性なんているわけがないでしょ!?」


 この人の目、腐ってるのだろうか。


 確かに、なんだかちょっと、若返ってしまうというバグは発生している。たぶん、傍目にわたしは二十歳前後に見えていることだろう。ジネブラも、イーサンさんも、なんだかわたしがやたらと魅力的に見えているとは言っていた。


 だが、二十歳前後の時のわたしがモテていたかというとそうでもない。

 そりゃ、彼氏がいた時期もあった。でもすぐに別れたし、そのあとかなり長い間、次の恋人候補なんて現れなかった。

 職場でも、プライベートでも、モテたり、容姿を褒められたことはない。けなされることもなかったけれど。


 つまり、わたしの容姿は平凡なのである。正直、『大鷲亭』にいた女の子たちがみんな可愛かったから、余計にそう思う。


「鏡を見たことがないのかな?」

「失礼な。あります」

「じゃあ、質の良いものではなかったんだろう」


 ケイレブさんはごそごそと荷物を漁り、わたしに鏡を差し出してくる。


 うん。いつもの顔だ。


 鏡を覗き込んでも、いつも通り。中の上には滑り込めるかもしれないけど、上級の顔とは言いがたい。


「君の認識がどうあれ、とにかく、俺にとって君は美しく愛らしい奥さんだ。その腕輪があるかぎり、俺から離れては生きていけないってこと、覚えておいてね」


 言い回し何かひっかかりがあったなと、わたしは顔を上げてケイレブさんを見る。キラキラしい笑顔の中、なんだか目付きだけがギラギラしていてちょっと怖い。


「その魔道具、所有者からあまり離れてしまうと、呼吸に異常が出るらしいよ。それを長期間無視していると、心臓が動きを止めると言われている」


 なに、その怖いしかけ。


「大丈夫。離れなければいいんだから」












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