あかときいろとみどりのさかな

きさらぎみやび

あかときいろとみどりのさかな

「ぼくをお食べよ」


 宇都宮の駅前を歩いていたら、突然えらくカラフルな魚が話しかけてきた。ふわふわと空中に浮いている。ヒレは黒色、体は黄色で、尻尾は緑色、そして頭は赤色。ファンシーというかファンキーな色合いである。


「は?」


 私は何が起きているかまったく分からずにぽかんと口をあけてそう答えた。世の情勢を鑑みてマスクを着けているので外からは見えないが、ぽかん、という表現がいかにも適切な状態だった。 他の通行人が歩道の真ん中で突然立ち止まった私を迷惑そうに避けていく。


 駅を出て西に向かい、大きな十字路を過ぎたあたり。私は町中を流れる川にかかる橋を渡っているところだった。


 この川から出てきたのだろうか。私は少し身を乗り出して右手側の欄干から水面を覗き込む。町中を流れているにしてはわりと大きな川で、ゆったりと水が流れている。交差しているのも片側3車線の大きな道路だ。私はその歩道を急ぎ足で歩いていたのだ。


 そういえばここはちょうど川と道路の交差点にあたる。道と道の交差する四つ辻では昔から怪異が起きると聞くけれど、これも一つの怪異だろうか。

 ファンキーな怪異だ。

 静止した私の真正面を漂いながら、そいつはまん丸の眼をこちらに向けて問いかけてくる。


「食べないの?」

「いや、食べないし」


 原色で構成されていてどう見てもおいしそうではない。それ以前に食べられるのかね、キミは?


「おいしいよ?」


 おいしいのか…。自分で言っちゃうんだ…。

 まあ熱帯魚だって食べられるんだし、魚ならどれもまあまあ食べられるんだろうけども、そもそもこれから私は「みんみん」の本店に餃子を食べに行くのだ。そのためにわざわざ東北新幹線に乗り込んで宇都宮まで来たのである。昨今の世の中の事情から席を予約するのは苦労しなかったけれど、私は明確な目的があってここにいるのである。よくわからない怪奇現象であきらめるわけにはいかない。


 そいつを無視して私は歩き出す。あいかわらずぼんやりと浮いているそいつをするりと躱し、こころもち早歩きで先を急ぐ。

 そいつが私の後ろでどうしているか気にはなるが、あえて振り向かない。

 不意打ちだったので思わず返事をしてしまったけど、ナンパと同じで基本的に相手をしないほうがいい。まあその、別にナンパされたことがあるわけじゃないけど。


 オフィスビルや病院、大学のキャンパスビルのある大通りを脇目も降らずに速足で抜けていく。向かいに銀行のある十字路を右に曲がり、その次の交差点を左へ。「餃子通り」とそのまんまの名前がつけられた通りを進むと、道の両脇に餃子屋さんが軒を並べている。

 運よく店はすいており、そのまま席に案内された。座って一息ついてから、「ダブル・スイ・ライス」と注文する。餃子二人前と水餃子一人前とライスのセットのことである。


 注文の品が運ばれてきて改めて対面すると、やはりボリュームがある。正直なところ、女子にとってはかなり多いのだけど、せっかくここまで来たのだからといつもこれを頼んでしまう。


 私は両手を合わせて軽く目をつむり、「いただきます」と言ってから目を開けると、目の前にまた例の謎の魚がいた。


「ぼくをお食べよ」

「いや私これから餃子食べるんだけど」


 私の声に店員さんがちらりとこちらを見る。なんでもないですよ、と身振りで示してから正面に向き直る。周りの誰もこいつに反応していないということはつまり、このファンキー魚は私にしか見えていないということか。大丈夫か、私。

 もういいや、とにかく餃子食べよう。目の前のそいつを無視して私は念願の餃子に取りかかる。


 私がもくもくと餃子にかじりついていると、そいつはまだ皿にのっている他の餃子をかじり始めた。


 いやお前も食うんかい。


 どうせ多めに頼んでしまったからちょっとくらいはいいけどさ。

 謎の魚と協力して餃子をたいらげていく。いつもよりも多少早く食べ終わったのは魚が食べた分、私の担当が少なかったからか。


 満足しながら会計をして、駅に戻る道をゆっくりと歩き出す。魚も当然のようにふよふよと漂いながらついてきている。

 満足感は非常にあるけど、さすがに足が重い。マスクをしているから当然呼吸もしずらくなっているので、行きの時のようにそいつを振り切ろうとすることを私はあきらめていた。来た道の反対側を駅に向かって歩いていく。しかし一体こいつはなんなんだろうか。


 駅までの帰り道、交差点の周辺だけアーケードっぽくなっているところに差し掛かった時、ふと横を見るとまさに目の前にいる魚と同じデザインの張り子が置いていある店があった。


「ああっ!?お前、これか!?」


 張り子を指さしながら思わず魚の方を見るが、魚はまん丸の目を見開いて「?」とでも言いたげにちょっと傾いている。いやいや、知らないのかよ。店の看板を改めて見ると「郷土玩具」と書いてある。


 私は意を決して店の中に入り、中にいたおじさんに張り子を指さして聞いてみる。


「あの、これってなんですか?」


 おじさんが親切に説明してくれた。


「ああ、はいはい。これは黄ぶなと言ってですね、昔、天然痘が流行して

 たくさんの病人が出たときに、田川、すぐそこの川なんですけど、そこで

 釣り上げた黄色いフナを子どもに食べさせたところ、たちまち病気が治ったという謂れがあるんですよ。

 ここのところのウイルス騒ぎで、改めて買われていくお客さんも増えまして。なにかおひとついかがですか?」


 にこにこしながら説明してくれるおじさんに、まさかそれが今目の前にいますとは言えなかった。


 私はお礼を言って、キーホルダーを一つ買って店を出た。


 そうか。きみの名前は黄ぶなというのか。

 流行したアマビエ様とは違って、きみはずいぶん直接的だね。アンパンマンか。



 そいつは結局新幹線に乗って私の家までついてきた。

 そして今もわが家でふよふよと漂っている。


 なんというか、由来を聞いてからはお守りみたいな感覚になっており、本当にやばかったら食べてやろうと思ってはいるけど、今のところはただの慰みになっている。


 今でもときどき「ぼくをお食べよ」と聞いてくるけど、まあ、私がおばあちゃんになって、今にも死にそうなときに食べてあげよう。

 聞いているのかいないのか、今日も黄ぶなくんは相変わらずふよふよと漂っているのだった。

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