36 『反撃開始』

 翔太達がエステルの家を出発した丁度その頃。

 ナリスの東に位置する正門付近には、行商人たちの荷馬車が多く列をなしていた。


 「いや、混んでるなぁ。いったい何があったんだい?」

 

 行列の最後尾に辿りついた小ぶりの荷馬車の荷台に座る年老いた男が、隣の荷馬車に乗った若い男に声を掛けた。


 「ああ、どうやら王都への持ち込み品の検査が厳しくなったらしいぜ」

 「へぇ!  そりゃ一体全体どうしてなんだい?」


 年老いた男は御者台で大げさに驚いた。

 その様子を見て、若い男は苦笑いしながら答えた。


 「いやまあ、俺も詳しいことは聞いていないんだが、何でも王都で事件が起きたらしいぜ」

 「事件?」


 年老いた男は声を落とした。その顔に一瞬だけ険しいものが浮かぶ。


 「さっき通りかかった騎士様の話を小耳に挟んだんだがな、なんでも人が殺されたって話だ」

 「ひぇえええ、そりゃ物騒じゃねぇか!」


 王都付近の治安はこれまで比較的良好に保たれてきていた。

 そこに来てこれだけ警備を強化する必要がある事件が起きるとは、身を守る術が限られている商人にとっては恐ろしいことだ。


 「でもよぉ、殺人なら犯人の野郎をとっとと捕まえちまえばいいんじゃねぇか?」


 もっともな疑問である。

 若い男にとっても、話を聞いて真っ先に思い浮かんだ問いだ。


 「それが、普通の殺され方じゃなかったんだと。で、殺した奴やその武器を街に入れるとまずいわけだ」

 「なるほどなぁ。それで荷物検査か」

 「ああ。俺は干し肉を売りに来ただけだから問題ないんだが、武器や防具で商売しに来た奴は不幸だな」


 こういう状況では、疑わしきは罰せよだ。

 街側が何を警戒しているのかはよく分からないが、やましいことが無くても疑われるような物は持ち込みが許されないだろう。


 「確かに、武器を持ち込んだら怪しいもんなぁ。その点、俺の荷物も問題なさそうだ」

 「へー。あんた、何を売りに来たんだ?」


 若い男が興味部下層に尋ねて来る。


 「家畜さ」


 そう言って、年老いた男は荷台の覆いを少し上げて中身を若い男に見せた。


 「色々いるな。鶏に豚、それに――」


 若い男の視線は、高さのあるかごに入れられた黒い生き物に止まった。


 「その黒いのは蝙蝠か?」

 「ああ。何でも魔術師サマには需要があるんだとよ」


 年老いた男が肩を竦めた。

 確かに、ある種の儀式には生きた蝙蝠を使う必要があると聞いたことがある。


 「ははは。ま、唯の生き物なら問題ないだろ」

 「そうだなぁ。ああ、早く街に入っちまいたいよ」


 年老いた男はややおどけた口調でそう言うと、肩を竦めたまま視線を正門に向けた。



 その目が一瞬だけ鋭くなったことには、誰も気が付かない。


***


 すっかり傾いた日に照らされ茜色に染まるナリスの街は、普段とは打って変わって静まり返っていた。

 王室からの通達で、暫くの間街に新規の物資が届かないことがわかったからだ。

 普段は多くの屋台がひしめく表通りも、今はほとんどの店がのれんを畳んでいた。


 そんな閑散とした街の中で、冒険者ギルドだけは普段以上の賑わいを見せていた。

 普段は半分程度しか埋まらないテーブルも今日は満員で、まるでナリス中の冒険者がぎっしり集まったかのようである。


 冒険者たちはめいめい食事をとりながらジョッキを傾け談笑し、時折まるで何かを期待するかのような視線を受付に向けていた。

 彼らは皆、とある噂を聞きつけてここに集まったのだ。

 曰く、『今日はギルド長から大事な知らせがある』と。


 日々危険な任務に就くため情報収集を怠らない彼らの中には、この召集を今朝ギルドの前で見つかった仲間の死と関連付けたり、にわかに厳しくなった街の警備と関連付けたりするものもいた。


 「ギルド諸君!」


 がやがやとした喧騒の中突如響いた声に、冒険者たちは顔を上げた。

 その視線の先――受付の横には、いつの間にかがっしりしたひげ面の男――ギルド長ルードヴィッヒが立っていた。

 ルードヴィッヒは集まったギルド員達を見回すと満足そうに頷いた。


 「今日は急な召集にもかかわらず集まってくれてありがとう。まずは感謝を述べさせてくれ」


 そう言って、ルードヴィッヒは深々と頭を下げた。


 「諸君らの中には既に聞いた者もいるかと思うが、今朝方我々の大切な仲間が命を落とした」


 ルードヴィッヒは悔しそうな表情で続ける。


 「もちろん冒険者というのは命を張る仕事だ。皆が普段の仕事の中で多く命を落としていることを私は知っている。だから、それだけの理由で皆を招集したわけじゃない」

 

 ルードヴィッヒは一泊置くと、こう続けた。


「今回彼の身に起きた不幸は、今後全ギルド員に及ぶ可能性がある」

 

 全ギルド員に命の危険が迫っていると聞き、ギルド内はにわかにざわめいた。


 「ルードさん! どういうことだよ!」

 「そうだそうだ!俺たちは別に恨まれるようなことはしていないぞ!」


 一人、二人をきっかけに、次々とギルド員達が声を上げた。

 ルードヴィッヒは手を挙げて質問を制すると、口を開いた。


 「勿論、諸君らに非は全くない。だが、今回の『敵』は容赦をしない。我々だけでなく、街全体が狙われていると考えた方がいいだろう」


 その言葉に、ギルドは水を打ったように静かになった。


 痛い程の沈黙の中、ルードヴィッヒは今現在判明している情報を語り始めた。

 仲間の死因は、おそらく病気である事。

 王都の周辺で既に何件もの事件が発生しており、誰かが裏で手を引いている可能性がある事。

 そして、敵は既に何らかの方法で病気を王都に持ち込んでいる可能性があるということ。


 「な、なんだよそれ。俺たち全滅じゃんか!」

 「ああ! 敵は病気なんだろ? それじゃあ勝ち目何て――」

 「勝ち目はある!」


 ルードヴィッヒが声を張り上げた。


 「病気にかからなければいい。そのためには、病気を持ち込んだ奴を早急に見つけるしかない」

 「そいつはその病気をどうやって持ち込んだんだ?」

 「それはまだはっきりしたことは言えない。だが、何らかの動物に病気を映して持ち込んだ可能性がある」

 「動物っ……!?」


 三度ざわめくギルド。

 動物から人間に病気が移るなんて聞いたことが無い。


 「そう、動物だ。だから人に移す前に処分しなくちゃいけない」


 そこまで言ったタイミングで、ルードヴィッヒが手を鳴らした。


 「エリーゼ、入ってくれ」

 「はい」


 受付横の扉が開き、受付嬢のエリーゼが入って来る。

 その手には、くるくると巻かれた羊皮紙が握られていた。

 エリーゼが羊皮紙をルードヴィッヒに手渡すと、ルードヴィッヒはそれを開き中を改めた。


 「よしっ!」


 そう言って頷くと、ルードヴィッヒは羊皮紙の表面を皆に見せる。

 受付近くに座っていた冒険者たちは、その羊皮紙上に押されたベルベナ王室の印を見てどよめく。


 「諸君。これまでの話を踏まえて、私がベルベナ王国から直々に依頼を取ってきた。依頼内容は、王都に潜入したかもしれない『敵』の発見と捕縛、それから病気を広げる恐れのある動物の処分だ」


 ルードヴィッヒに羊皮紙を渡されたエリーゼが、それを掲示板の真ん中に張り出す。


 「報酬は弾もう。功績を上げたものにはギルドからも別途褒美を考えている」


 ルードヴィッヒはゆっくりとギルド内を見回す。


 「可能なものは今すぐに動き出してくれ。いいな!?」


 「「「おぉおおおおお!!!」」」


 ギルド員達は、拳を高くつき上げると鬨の声を上げた。


***


 「あんな感じでどうだったかな? ショータ殿」

 「ああ。ばっちりだよ」


 演説が終わり二階の応接室まで戻って来たルードヴィッヒは、疲れたようにソファに腰かけた。


 「にしても本当に王室を動かすなんてな」

 「にししっ!」


 褒められたステラは、笑顔で親指を突き出した。


 ――いや本当、ステラはすごい奴だよ


 昼過ぎになってようやくエステルの屋敷に戻ってきたステラは、開口一番『とりあえず国王の協力を取り付けましたよ!』とのたまったのだった。

 一体どんな手を使ったのかは謎だが――ステラは尋ねても意味深に笑うだけだったが――とにかくこれで迎撃態勢は整った。


 応接室にはようやく元の体に戻った翔太とサラに加えエステル、ルシー、ステラが集まっていた。

 ミラとヘラは一旦教会に戻っている。


 「明日には、荷物も含めた街への全移動が禁止されるらしいですね!」

 「だな。となると、もう入り込んだ敵をつぶせばそれでいいはずだ」


 ついでに王室の方針もバッチリ仕入れてきたステラの言葉に翔太は頷く。

 感染症は、人とモノの移動さえ止めてしまえば広がることは無いのだ。


 「敵が外に人が出歩かない夜に行動を起こすとは考えづらい。明日の朝からが勝負だな」

 「そうね」


 窓の外には、月明かりに照らされ始めたナリスの街並みが不気味な静けさと共に佇んでいた。

 翔太は窓から視線を外すと、ルードヴィッヒ達と共に机の上に広げられた街の地図を囲み、病気がばら撒かれる可能性のあるポイントにあたりをつけるのだった。

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