35 『第四の事件』
「何ぃ?
「いえ、約束してはいませんが……」
「なら今日は無理だな。唯でさえ今日は忙しいんだ。子供の相手してる暇はねぇんだよ」
「でもほら、今朝見つかった死体の件で――」
サラの言葉に、男の眉がピクリと上がった。
「死体だぁ? そりゃ、これだけ人口がいる街だ。毎日誰かしら死んでるだろうよ。ほら、帰った帰った!」
取り付く島もないとはこのことだ。
シッシッと手を振る近衛隊の男に追い払われた翔太とサラは、すごすごと退散するしかなかった。
「まったく相手にされなかったわね」
「まあ、予想通りだ。それに、収穫はあった」
エステルの家でリリーとミラにすべてを話した翔太達は、無事に二人の協力を取り付けることに成功した。
特にリリーは、翔太の話した病気説にいたく感心した。
まだ帰ってこないステラを除いた六人で話し合った結果、一旦は何者かが致死性の病気を街に持ち込もうとしている前提で動くべきとなった。
そうなると問題は、いかにして対処するかだ。
街の封鎖に感染者の隔離、外出自粛等の原因に合わせた対策を取る必要があるためだ。
問題は、今この原因に気が付いている翔太達に、国の上層部につながるパイプが全く無いことだった。
『エステル、あなたなら何かコネとか無いの? 確か、実家は一応貴族なんでしょ?』
『貴族といっても地方の下級貴族です。そんな力は無いですよ』
エステルにできないとなると、他のメンバーにはお手上げだった。
後は直訴するくらいしかない。
その結果が、先ほどの門前払いだった。
「ショータ、収穫ってどういう意味?」
王城横にある近衛隊詰め所から十分離れた路地裏に入ったところで、サラが尋ねて来た。
ちなみに、ステラが戻ってきていないため当然二人はリリーとヘラの体に入ったままである。
「そのままの意味だよ。サラが死体の話をしたとき、あいつの態度が急変した。これで今王都の警備が厳重になった理由がはっきりしたわけだ」
「でも、それならどうして私達を追い払ったのかしら? 重要な情報を持ってきたと伝えたのに」
「あいつがただ適当な奴だったというだけの可能性もあるにはあるが――おそらく、同じような話を何回も聞いたんだろうな」
近衛隊が王都の治安維持という警察チックな仕事をしている以上、今回の件についても多数情報が寄せられているのだろう。
当然、ほとんどの情報は勘違いや嘘のはずで、それに辟易した結果があの態度というわけだ。
「となると、多くの住民が目撃する機会があったということになるわね」
「……そうだな」
教会で読んだリリーのノートに書いてあった一番最近の事件は街の外で発生していた。
しかも、死体は直ぐに近衛隊に回収されている。
――もしかして、また発生したのか?
翔太は背筋をぞわりと震わせながら、サラを伴って歩みを早めるのだった。
***
「なにやら騒がしいですね」
翔太達との作戦会議を終えたエステルとルシーは、街の目抜き通りを歩いていた。
目的地は、冒険者ギルド。
ある程度ギルドに顔が効くエステルが、今回の件をなんとかギルド経由で上申するのが目的だった。
だが、どうやら冒険者ギルドの周りには人だかりができているらしく、近づけなくなっていた。
「何かあったのでしょうか?」
「皆慌ててるね」
ルシーの言う通り、ギルドの周りの人だかりは決して楽しげな雰囲気ではなかった。むしろ逆の、何かに怯えたような――
「ルシー、確かめましょう。嫌な予感がします」
「うん、ルシーも同じ」
見つめあい頷くと、エステルたちは人込みをかき分け始めた。
「すみません、通してください」
「ごめんなさい」
なんとかすり抜けるようにして通り抜けると、そこにあったのは予想通りの光景だった。
人の輪の中央には、簡易な装備に身を包んだ冒険者と思われる青年がこと切れていた。
例にもれず全身には紫斑が広がり、青年の口元には吐血したような跡がある。
「うっ……」
明るい太陽の下で見る惨状に、百戦錬磨のエステルも思わず言葉を失った。
ルシーの方を見ると、そちらも顔が青ざめている。
――この顔には見覚えがありますね。何回かギルドですれ違った程度ですが
「あの、エステルさんですよね?」
いつの間にか死体の真横に佇んでいたエステルに、横から声が掛けられた。
顔を上げてみると、それはギルドの受付担当のお姉さん――確か名前はエリーゼ――だ。
エリーゼはエステルの真剣な表情を見ると、声を落として続けた。
「彼に何が起こったかご存知なんですか?」
「確実なことは分かりませんが、手掛かりをつかんでます。ちょうど今からギルドに報告しようとしていた所です」
それを聞いたエリーゼは目を丸くした。
「それは是非聞かせてください! ギルドのメンバーに被害が出ている以上、我々も見過ごせないですし」
「はい。余り人に聞かせるような話でもないので、奥で話せますか?」
「勿論です」
エリーゼはぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます。そのまえにこの死体についてですが――」
エステルは目線を死体に一瞬向ける。
「私の話を聞き終わるまで誰にも触らせないでもらえますか?」
「……危険なんですか?」
「恐らく」
「わかりました」
そこからのエリーゼの行動は迅速だった。
死体に触れないように周囲の野次馬に伝えると、あっという間にギルド職員を集め死体の周囲に規制線を張る。
何人か見張りを残して安全を確保すると、エステルとサラをギルド内に招き入れるのであった。
「ここでお待ちください。今ギルド長を呼んできますね」
ギルド二階の一番奥、応接室に通されたエステルとルシーは、ふかふかのソファに座らされていた。
この応接間は本来貴族等をもてなすための部屋であり、ナリス冒険者ギルドで最強の呼び声の高いエステルですら入るのははじめてだった。
慣れない環境に横でルシーがそわそわしているのも仕方が無いことだ。
「ルシー、楽にしていて大丈夫ですよ」
「う、うん……」
浅くソファに腰かけたルシーの視線は、机の上にあるエリーゼが置いていった菓子の上を何度もなぞる。
「私達に出されたものですし、食べていいと思いますよ」
「本当!?」
途端に顔がぱぁっと輝いたルシーは、夢中でお菓子をほおばり始めた。
――こういうところまで、サラに似てきましたね
エステルがそんな微笑ましい視線を向けていると、唐突にドアがノックされた。
エリーゼを伴って入ってきたのはくすんだ茶色の髪と髭を生やしたがっしりした男――ナリス冒険者ギルドの長であるルードヴィッヒ・ケッセルリングである。
「ルード、久しぶりですね」
「エステルも元気そうだな!」
ルードヴィッヒはよく通る声で楽しそうに言いながら、エステルの差し出した手を握った。
「こちらはルシーです。まだ子供ですが、魔法の才能はすごいですよ」
「そうか! じゃあルシーは将来うちの組合で冒険者をやろうな!」
「うん! ルシーもエステルみたいになる!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるルシーを見て、こわもてのルードヴィッヒは破顔した。
「さて――」
にこやかな雰囲気から一変、ソファに腰かけたルードヴィッヒは真剣な表情で口を開いた。
「大体のことはエリーゼから聞いている。今朝がたこの建物の前で亡くなった青年の死について何か知っているんだよな?」
「はい。この件については私も以前から追っており――」
エステルは翔太から聞いた話も含め、これまでに分かったことを余さず伝えた。
最初はナリスの裏路地、続いて森の中でも同様の死体があったこと。
教会が呪いの類だと踏んで、容疑者として森の吸血鬼の討伐を依頼してきたこと。
そして、歴史上のケースを踏まえると、どうやらこれが流行病の類だということだ。
「なるほどな……。流行病か」
エステルの話を聞き終えたルードヴィッヒは腕を組んだまま天井を見上げた。
「エステルの話には納得感があるな。俺も流行病が原因という説に賛成だ」
「本当ですか!?」
「ああ。だがそうなると当然問題になってくるのが――」
「はい。今回の一連の事件を引き起こした犯人がいるのかどうかです」
ナリス付近という共通点はあるものの、これまでの患者には全く接点が無かった。
誰か一人から病気が広がったと考えるのは無理がある。
「だが、人を自由に病気にできる奴がいるとすると、それこそ呪いみたいなもんだと思うんだが」
「いえ、犯人がいるとすると病気を作ってるわけではないと思います。運んでいるんです」
エステルは、朝方翔太に聞かされた病気の仕組みを思い出しながら言葉を続ける。
「病気になった人を運べば、運んだ先でまた移せるじゃないですか」
ルードヴィッヒが目を見開いた。
「そうか! 確かに病気自体を作ったり運んだりするのは難しい。だが、病人を運べば移すのは簡単だ。つまり――」
「はい。亡くなった彼の行動履歴から、誰と接触したのかを洗い出しましょう」
エステルは、無言で会議を見守っていたエリーゼに声を掛けた。
「エリーゼ、彼が最後に受注したクエストは何ですか?」
「ちょっと待ってください――ありました」
エリーゼは手元の羊皮紙の束をパラパラとめくり、目的のページを見つけ出した。
「ドゥンケル大森林の、蝙蝠退治ですね」
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