33 『傾向と対策』

 「考えてみれば、俺達は死体を丁寧に調べもせずに呪いだと決めつけていた」


 そうだ。最初にサラと路地裏で死体を見かけた際には呪いだなんて想像していなかった。

 このあざだらけの死体が呪いによるものだと最初に聞いたのは確か――


 「吸血鬼討伐の時だ」

 「ステラの屋敷に行った時の事?」

 「そうだ。あの時、ラインマイヤーが『呪いかもしれない』と言っていたのを俺たちがずっとうのみにしてきた」

 「じゃあラインマイヤーが私達を騙してたの?」

 「いや、それは違うな」


 翔太とて最初に死体を見た時は直ぐに病気だと思い至らなかった。

 ましてラインマイヤーをはじめとした、創成教――を否定した――が見れば呪いだと判断するのが当然だろう。

 現に、リリーのレポートも呪いだという前提で書かれている。


 「ラインマイヤーはこの病気を知らなかっただけだろう。呪いだと思い込んでもおかしくない」

 「そこなのよね……。実は、私もこんな病気聞いたことないのよね」


 サラが首を捻った。


 「全身にあざが出来て血を吐く病気なんて、どんな本にも載ってないわ。ショータはどうして知ってるの?」

 「そ、それは――」


 現代日本の知識から来ていますなんて言えないため、翔太は口ごもる。


 「わ、忘れた!」

 「ふーん……」


 サラは一瞬だけ目を細めたが、すぐにポンと手を打った。


 「そっか、ショータは記憶喪失だもんね!」

 「そ、それな!」


 ありがとう記憶喪失設定! 便利!


 「でもあれだけ恐ろしい病気だと、どうしてもっと大事件になっていないのかしら?」

 「多分、この病気は致死率が高すぎるんだよ。人に移す前に患者が亡くなれば病気は広がらないからな」


 病原体がウィルスなら、そもそも生きた細胞の中でしか増殖できないのだ。

 宿主をすぐに殺すようでは、感染力は弱い。


 「いずれにしても、人から人に移る病気だとすれば、色々説明がつくんだよ」


 病気だから、の周囲に次々と被害が広がった。

 病気だから、対策できなくても発生してはしばらくすれば新規感染者が減少し収束した。

 術者のいない病気だから、同じ症例が千年以上も見られた。


 「言われてみるとそうね。ショータ、お手柄じゃない!」

 「いや、気づけたのはリリーのレポートとサラの言葉のおかげだよ」


 もしこのレポートが無ければ、翔太は病気という可能性にたどり着けなかっただろう。


 「でも、これで一安心ね。今回は症例が何件か発生したけど、リリーのレポートみたいに拡散する兆候はないでしょ?」

 「そうだな。患者が見つかった場所もバラバラだし――」


 いや、おかしくないか?


 「どうしたの、ショータ?」

 

 眉を顰めた翔太の顔を覗き込みながらサラが尋ねる。


 「リリーのレポートに書かれていた症例では、いずれも人から人に感染していた。だからこそ短期間で一気に広がったんだ」


 だが今回は感染が拡大したという話が無い。

 

 「最初は路地裏、次は森の中。つい昨日は王都の近く。場所がバラバラすぎる」

 「……確かに」

 「最初の路地裏なんてずいぶん前だろ? 今頃ナリスがパニックになるほど広がっていてもおかしくない」


 だが、あの一件は特に大きな問題になっていないようだ。

 死体からの感染が無いとしても、生前接触した人間はゼロではないはずだ。


 「となると、可能性は二つしかない」

 「二つ?」

 「一つは、今回の病気は人から人へは感染しない可能性。そしてもう一つは――」


 それは、この世界のでは、ごくごく低い可能性しかないもの。



 「誰かがこの病気をコントロールしている可能性だ」


 サラはまだピンと来ていないのか、首を傾げた。


 「コントロールってどういうこと?」

 「つまり、今までの患者は死ぬまで他人に移さない環境に閉じ込められていたんだよ」


 どんな病気も、感染した患者を適切に隔離すれば広がらない。

 今回の症例の背後にもし誰かがいるなら、感染が拡大しない措置を取っていたことになる。


 「それって何が目的なの?」

 「……それは分からない。単に病気の症状を観察するのが目的なのか、あるいは――」


 あるいは、人間を病気にするをしているのか。

 

 ――この世界の科学力ではありえない。だが……


 どんな目的を持っているのかは分からないが、自由に人間を病気にすることができれば強力な武器となる。

 すなわち、バイオテロを引き起こせるのだ。


 顕微鏡すらない世界で、病気のメカニズムを理解して利用する連中がいるとはとうてい考え難い。 

 だがそれでも、可能性は潰しておくべきだろう。


 「サラ、いずれにしても事は急を要する」


 仮に前者――人から人に感染しない場合でも、いつウィルスが変異するかは分からない。

 後者の場合は、下手すると国家存亡の危機だ。



 『あのあざだらけの死体は、私の夢の中で沢山出て来たわ』


 もしかすると、これが百年後の世界崩壊に至る最初の破滅フラグなのかもしれないのだ。

 翔太としても、病気の流行だけは全力で阻止しなくてはいけない。


 「脱出しよう」

 「ええ、私もそう思っていた所よ」


 今は一刻も早くこの情報をエステルたちに共有し、策を練りたい。

 だが――


 「問題は、どうやってここから逃げ出すかなんだよな……」


 寝室から出た瞬間ミラと鉢合わせする可能性は大いにある。

 それに、教会が空いている時間中にシスター二人が門から出ていけば、何か理由を訊かれるかもしれない。


 「うーん、上手く逃げ出す方法が思いつかないわね……」


 翔太とサラが二人そろって考え込んだ時――





 「お困りのようですね!」


 天井にぶら下がったステラが、楽しそうに声を掛けてきたのだった。


 ***

 

 「はい、着きましたよ!」


 突然現れたステラに悲鳴を上げてからわずか三十分後、翔太とサラはエステルの家の前に立っていた。


 「私の魔法はどうでしたか?」

 「す、すごかったわね」

 「あ、ああ」


 翔太とサラは、思わず声を引きつらせながら首を縦に振った。


 あの後部屋に現れたステラは翔太とサラから事情を聴くと、『それなら急いで戻りましょう!』と言い放った。

 

 ――あの時は助けに来てくれたことに感謝したんだけど、その助け方がなぁ……


 ステラの言う『急いで』が文字通りの意味だと知ったのは、そのすぐ後だった。

 

 ステラは翔太達がいた寝室の窓を開けると、翔太とサラを抱えたままものすごいスピードで飛び出したのだった。

 恐らく音速を超えたであろうスピードで、翔太達は目にもとまらぬスピードで教会を飛び出したのだ。

 おかげで見つからずにここまで来られたが――


 「二人とも、やっと脱出できたというのに元気がないですね!」

 「いや、誰のせいだと思ってるんだよ……」


 殺人的なスピードで引っ張られながらナリス市街地の屋根上をここまで飛ばしてきたのだ。

 翔太とサラは、スピードに対する恐怖で全身がガクガク言っていた。


 「まあ生きてここまで来られたんでいいじゃないですか! じゃあ私は仕事の続きがあるので失礼しますね!」


 そう言うとステラは軽く手を挙げ、再び光の速さで去っていったのだった。


 「忙しい奴だな」

 「ええ。というかどうしてステラは教会にいたのかしら?」


 確か昨晩の話しぶりだと、ステラは独自に本件の調査を進めていたはずだ。

 もしかしたらその関係で偶然教会にいたのかもしれない。


 「まああいつのことだ。何か理由があるんだろう」


 今もエステルの家に上がる間もなく立ち去って行ったのだ。きっと忙しい――


 「あっ」

 「どうした?」

 「ステラに体戻してもらうの忘れたわね」

 「……」


 あ、あいつーーーーー!!!

 この後、何なら今翔太の体に入っているリリーにも話を聞きたいというのに、入れ替わったままとか勘弁してほしい。


 ――というか、俺の体は昨日からずっと縛られて麻袋に入れられてるんだよな


 戻ったら全身がちがちに固まってしまってるかもしれない。


 「ま、まあステラの事だ。そのうち戻ってくるだろう」

 「そうね。今はとにかく家に入りましょう」


 一旦体のことは後回しにしよう。

 情報共有には問題ないはずだ。


 翔太とサラは頷きあうと、エステルとルシーが留守番をしている家の扉を開けた。





 「エステル。もっとこっちにおいで」

 「は、はい……」



 部屋の中では、半裸の翔太が同じく半裸のエステルを抱きしめていた。

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