32 『呪いの正体は』

 『本呪いは、歴史上散発的に発生している。数々の記録を読み解いたところ、呪いの発生状況には一定の傾向があり、短期間で局地的に事件が発生しては収束するのを繰り返す』


 翔太が今体を借りている少女――リリーのレポートは、こんな書き出しで始まっていた。


 「『本レポートは、過去千年間にわたる呪いによる被害の歴史を紐解き、呪いをかけられる条件とその黒幕に迫るものである』――ミラさん、これを読んだんですよね?」

 

 顔を上げると、ミラはにっこりと頷いた。


 「もちろんよ。よくかけてると思うわ。特に呪いに掛けられた人物の共通点を見つけたところは成果ね。これでぐっと今回の一連の事件解決に近づいたと思うわ」


 共通点。

 呪いをかけられる条件。


 ――クソっ、一刻も早くこれを読みたいが自分の書いたものを丁寧に読み返してたら怪しいな


 しかし、幸運なことにミラはそんな翔太の困り顔に気が付いたようだった。


 「もう、リリーったら。もう一度見直したいんでしょ? あなた真面目なんだから」


 ミラはにやりと笑うと、ベッドから立ち上がった。


 「じゃあ私は仕事に戻るから、あなたも気が済んだらちゃんと寝るのよ? ほら、ヘラなんてぐっすりじゃない」


 そう言って、手をひらひらさせながらミラは寝室から出ていった。


 

 「サラ、もう寝たふりをしなくていいぞ」


 ミラの足音が再び消えたのを確認し、翔太はベッドの中で目をつぶったままのサラに声を掛けた。

 ミラをさっさと安心させて部屋から出て行ってもらうのは良い手――


 ん?


 「おい、サラ」

 「うーん、むにゃむにゃ。もう一杯!」


 前言撤回。

 こいつは何も考えずに気持ちよく寝てただけだった。

 翔太は、気持ちよさそうに眠るサラの頬をむにーっと引っ張りながら耳元で叫んだ。


 「起きろっ!」

 「どっひゃあ! だ、誰!?」


 どうやら、サラは寝ぼけて入れ替わっていることすら忘れているようだった。


 「俺だよ、俺」

 「あっ! ショータ! そうだった、入れ替わっていたのを忘れていたわ」


 サラはてへっと舌を出すが、今の体が大人っぽいためなのか、悔し程に決まっていた。


 「サラ、今回の事件の手掛かりを入手した」

 「本当!?」

 「ああ。俺もまだ中身を確認したわけじゃないが、これまでの歴史で発生した同様のケースをまとめているらしい」

 「す、すごいじゃない! 早速中を見ましょうよ!」


 珍しく乗り気のサラに促されるままに、翔太は羊皮紙の束をめくった。


***


 『マルス歴795年、マルス帝国首都アルケー近郊で連続呪い事件が発生、わずか一カ月の間に千人を超える犠牲者が出た。

 呪いの被害者はいずれも意識朦朧、吐血傾向を示し、全身に青紫色のあざが発生した。

 当時傾きかけていたマルス帝国は誕生直後の創成教に治療を依頼も効果は出ず、創成教内でも被害が広がったため放置せざるを得なかった。

 最終的に三千人以上が無くなる悲劇となった。

 呪いをかけた犯人としては創成教内の過激分子、当時マルスに攻め込み撃退されつつあった異民族の工作員などが考えられたがはっきりせず。

 事件は半年ほどで終息したが、これによりマルス帝国の国力はサラに弱体化。

 南北に分裂するきっかけとなった』


 『マルス歴1003年、南マルス帝国の農村部で連続呪い事件が発生。十を超える村が被害にあった。

 被害者は典型的な本呪いの影響、すなわち意識朦朧、吐血、紫斑を示した。

 呪いは被害者の親族や友人などへも広がり、最終的には数百人が犠牲となった。

 当時政争の真っただ中だった南マルス帝国はこれを放置したため飢饉にあえいでいた農村部の不満が爆発し、反乱が発生。

 この一件により、オレア共和国建国が加速した。』


 リリーのレポートには、ありとあらゆる歴史上の類似案件が事細かに記入されてる。

 時代背景、事件の詳細、それに被害の状況など内容は充実しており、それはこの少女の几帳面さ、呪い研究への熱意を感じさせた。


 「リリーはよくこれだけのものを書き上げたな」

 「尊敬するわ。古い時代について書かれた歴史書なんかは今と文字や言葉も少し違うし、読むだけで一苦労なのよ」


 サラが、まるで自分も同じことをやったことがあるかのように言う。


 「リリーには感謝しないとな。おかげでいろいろなことがわかった」


 そう言いながら、翔太はレポートの一部を指さした。


 「ステラが言っていたのは、おそらくこれだろうな」

 

 マルス帝国末期に起きた事件について書かれた項目だ。


 「そうね。これを読む限り教会の仕業とは限らなさそうね」

 「ああ。教会内に呪いに掛けられた死体があったのは、単純に教会関係者もやられたからみたいだだしな」

 「でもそうなると、一体誰が黒幕なのかしらね……」

 「そこなんだよな」


 うーん、と唸りながら翔太は天井を見上げた。

 リリーのレポートを読む限り、この呪いは千年近くもの間発生し続けている。

 少なくとも、単独犯ではないだろう。どこの世に千年間も生き続けられる奴がいようか。


 「一体何が目的なのかしらね。毎回一か所で沢山の人を殺す割にはすぐに手を引くし、なぜか最初に呪った人の周りの人間を次々に襲ってるのよねー。まるで呪いが人から人に伝わっていくみたいに――」

 「サラ!」


 翔太は、ベッドから転がり落ちそうになりながら立ち上がった。

 そのまま、隣のベッドに腰かけていたサラの肩を掴む。


 「し、ショータ!?」

 「今言った言葉をもう一回行ってくれ!」

 「一体何が目的なのかしらって――」

 「その後!」

 「毎回沢山殺すのにすぐ手を引く――」

 「次!」

 「まるで呪いが人から人に伝わって――」

 「それだ!」


 どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのだろうか。

 リリーのレポートを見れば明らかに、呪いは人から人に伝わっていた。

 

 マルス帝国の事例では治療を担当した教会関係者に、南マルス帝国の事例では同じ村の住人に。

 呪いを受けた人間の周りも、同じ状態になっていく。


 これではまるで――


 「……違う」

 「ショータ?」

 「これは呪いなんかじゃない」


 被害者の状態、過去の事件例。そこから推測される正体は――


 「これは病気だ」


***


 「どういうことだ!」


 壁も床も白い部屋の中で、彼は怒りを露わに叫んでいた。

 不自然なほど磨かれた滑らかな床を踏みしめ、人工的な明かりに照らされた壁を打ち付ける。

 

 彼が奏でるガシャン!と派手な金属音が、床に這いつくばる男を威圧した。


 「どうしてあいつなんかに運搬を任せたんだ! あのミスで、近衛隊がこの件に気付いたぞ! もう街中の入口は封鎖されているし、王宮付近の警備も最警戒に引き上げられた!」

 

 一部の隙も無い程綿密に練られていた計画だ。

 わずかなミスが、堤に開いた蟻の巣穴となっては元も子もない。


 「お、恐れながら申し上げます」

 「なんだ!」

 「本人は汚染されていたため手を付けませんでしたが、我々とのつながりになりそうな痕跡は轍の一つまで消してあります。それに、街は封鎖されましたがあくまでも人間の移動についてだけです」


 彼と同じ白い服を着た男は、床に這いつくばったまま顔を上げて弁解した。

 

 「……ふむ。一理あるな」


 普段なら怒りに任せて男を蹴り飛ばすところだが、重要な局面にいる事実が彼の頭を冷静にさせた。


 そうだ。起きてしまったミスは仕方が無いし、ミスした張本人は死という形で償った。

 今はどうやったらこの警戒態勢下で当初の計画通りに事を進められるかが重要だ。


 「確かに、お前の言う通り別に我々側の人間をナリスに送り込む必要は無いな。運び屋キャリヤーさえ送り込めれば計画は遂行できる」


 ナリスへの人の出入りを塞いだところで、結局中の人間が生きていく上での食料や生活必需品は運び入れなくてはならない。

 となれば、彼らはを街に運び入れる荷物の中に紛れさせれば良いだけだ。


 「今、どの荷物に紛れさせるかを検討しています。我々の自体は目に見えませんし、上手く行きますよ」

 「そうだな」


 ようやく彼が頷いたのを見て、男は胸をなでおろした。


 「だが、計画は早める」

 「恐れながら、それは少々厳しいかと思います! 確実に効果を発揮する量を送り込むのにある程度の時間が――」

 「それを何とかするのがお前の仕事だろ? 奴らが例の死体をつまびらかに調べたら、何か手がかりを掴むかもしれない。その前には攻撃を開始したいんだ」

 「で、ですが所詮は教会の連中ですし、何もわかりっこ――」

 「おい」


 静かな、だからこそ有無を言わせない声を彼が発した。

 男は慌てて口を閉じる。


 「俺は計画をはやめろと言ったんだ。これは相談じゃない。命令だ」


 ビクッと男の体が恐ろしさに震えた。

 ここで逆らえば、末路は一つだろう。


 「は、はい! あなた様の意思は我々全体の意思です。至急、計画を練り直します」

 「よし、いけ!」


 男は勢いよく床から跳ね起きると、逃げるようにその部屋を出ていった。

 

 

 一人残された彼はゆっくりと目を閉じる。

 瞼の裏に近々訪れる勝利の光景を思い浮かべながら、彼は一人満足げに笑うのであった。

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