31 『呪い研究班』

 「全く二人とも、一体どこをほっつき歩いていたのよ。私がどれだけ心配したか分かってるの? ベッドにも談話室にもいないし、寝間着にも着替えていなかったじゃない」


 金髪ボブカットのシスターは教会の広場をずんずんと歩きながら、マシンガンのように話し続けていた。


 「あなた達は教会に来たばかりでまだ慣れていないだろうし、ちょっと夜遊びしたくなる気持ちもわかるわ。私だってあなた達ぐらいのときは――ゲフンゲフン」


 シスターは当初翔太達が入ろうとしていた建物にたどり着くと、翔太達に中へ入るように促した。


 「でもね、あなた達は神に仕える身なのよ? それを朝帰りだなんて――いい男がいたら紹介しなさいよね」

 「え?」


 翔太は思わず聞き返してしまったが、シスターは気にも留めていない様子だった。

 そのまま有無を言わせない勢いで廊下を進んでいく。


 「まったくもう、私がちょっと目を離すとこうなんだから。と・に・か・く、今後一切勝手な行動はとらないこと!」


 廊下の突き当り、上階への階段に踏み出しかけていたシスターがキッと翔太達の方を振り返った。


 「返事は?」

 「「は、はい!」」


 剣幕に押されて翔太達が返答したのを聞き、ようやくシスターの顔が優しくなった。


 「二人とも、疲れたでしょう? 今日のお勤めは免除してあげるから、しっかり休みなさい」

 「あ、ありがとうございます!」


 「さあ、着いたわよ」


 階段を一番上まで登ったところで、ようやくシスターが足を止めた。


 「えっ……?」


 先に階段を登っていたサラが、呆けたような声を出す。

 続けて最上階にたどり着いた翔太も、シスターが立ち止まったドアを見て思わず固まってしまった。


 ――マジか


 二人の様子を見て、シスターが首を傾げる。


 「どうしたの二人とも。私達の職場のドアに何か異変でもあったの?」

 「……い、いえ! あははは」


 サラが若干引きつった作り笑いを浮かべて誤魔化した。

 翔太とサラの視線は、シスターの立つドアに釘付けになったままだ。


 扉の上にはこう書かれたプレートが取り付けられていた。


 『呪い研究班』、と。


***


 「……行ったか?」

 「行ったみたいね」


 ドアの閉まる音に続いてかすかに聞こえてきたシスターの足音がようやく消えたのを確認し、翔太とサラは大きくため息をついた。


 「ふぅーーーーー」

 「つ、つかれたぁああああーーーー」


 実に十時間ぶりに自由を取り戻したのだ。声も出よう。


 今現在二人がいるのは、教会の旧棟――シスターはそう言っていた――の地下に設けられた『呪い研究班』スペースの一角にある、研究班に所属する三人のシスターの寝室だ。


 ここまで半ば引きずるように翔太とサラを連れてきたシスターは、この寝室に二人を押し込めるとそそくさとどこかに立ち去って行ったのだった。


 「さて――」


 とにもかくにも、これで落ち着いて本来の目的を果たすことができる。

 翔太は、手始めに今二人がいる寝室の様子から観察し始めた。


 「エステルたちが捕まえたのが、たまたま『呪い研究班』所属でラッキーだったわね」

 「ああ。ぶっちゃけここに入るのが一番難しいと思っていたからな。内部の人間なら色々とたやすい」


 寝室にはベッドが三つ。これはあのシスターと、翔太とサラが今入れ替わっている二人の物なのだろう。


 ――全部で三人か? 国を揺るがすほどの事件を起こすにはかなり心もとないな。若しくは他に寝室があるって線も考えられるか


 「それにしても、『呪い研究班』とかいう割にはずいぶんかわいらしい部屋ね」

 「そうだな。とても邪悪な事件を起こす奴らの寝床には見えないな」


 寝室には大きな窓が取り付けられているため、爽やかな朝日が部屋の隅々までを照らし出している。

 部屋にはベッドの他に、これまた三人のシスターの物と思われる机が三つ置かれていた。

 どの机の上にも瑞々しい花が活けてあり、それがかわいらしい設えの調度品と合わさり嫌味の無い少女趣味感醸し出していた。


 端的に言って、女子力の高そうな部屋だ。


 ――改めて考えると、途端に俺たちがあくどいことをしているように感じるな


 客観的には、いたいけな少女を拉致して体を奪い、その寝室に押し入ったことになる。

 言い訳のできない程の変態だ。


 ――これは良心の呵責的にステラが記憶を消す前に謝罪しないとな

 

 「ショータ、これ見て!」

 「なんだ?」


 サラは、ベッドのフレームに括りつけられていたタグを手に持ったまま手招きしている。

 促されるがままにタグを覗き込むと、そこには『リリー』と書かれていた。


 「シスターの名前か」


 そう言えば、一晩中体を借りていた割には名前すら知らなかった。


 「えーっと、このベッドは『ヘラ』、こっちは『ミラ』のだな」


 これであの金髪シスターを含めた3人の名前は分かった。後は誰がどの名前なのかだが――



 「二人ともちゃんと休んでるー?」


 唐突に寝室のドアが開き、先ほどの金髪シスターが入ってきた。

 足音が全くしなかったぞ。忍者か。


 「は、入ってます!」

 「え、ええ!」

 

 間一髪。

 翔太とサラは何とか布団に飛び込んだ。我ながらギネス級のスピードだ。


 「……二人とも、なんで逆のベッドに寝てるの?」

 「へぅ!」


 じとーっとしたシスターの視線が、翔太達の背中に冷や汗をかかせる。

 永遠とも思われる時間が経過した後、シスターの目元が緩んだ。


 「あなた達、本当に仲がいいわね。でも、ほどほどにしときなさいよ」

 「は、はい!」


 ん? 何か誤解されていないか?


 「も、もし夜私が邪魔だったら行ってよね! 一時間ぐらい夜の散歩に行きたくなると思うから!」


 シスターは、若干顔を赤らめながらそう言った。

 これは、完全に禁断の恋か何かだと思われたな。


 ……体を返した際に、持ち主に謝ることがまた増えた翔太であった。


 「こほん。で、二人とも」


 シスターは一つ咳払いすると、顔を上げた。


 「寝る前に体を拭かなきゃでしょ? お湯を汲んできてあげたわよ!」


 そう言って、シスターは湯の入った桶を持ち上げるのだった。


***


 激しい攻防戦(?)の後。


 「ほらリリー、ちゃんと腕を上げなさい! 拭けないでしょ」


 翔太――タグのおかげで体の持ち主の名前がリリーだと判明した――は上半身をはだけた格好でミラ――金髪シスターに体を拭かれていた。


 「ちょ、ちょっと。くすぐったいです」

 「何言ってんのよ。ちゃんと汗拭いておかないと、寝た時気持ち悪いわよ? ほら!」


 見知らぬ女子に体を拭かれるだけでもかなり恥ずかしいのに、今は借り物の体だ。


 はい。完全に裸を見てしまいました。

 リリーさんごめんなさい。


 翔太は心の中で三度体の持ち主に謝りながら、ミラに体を預けていた。

 

 ちなみにサラ――体の持ち主の名がヘラだと判明した――は、顔色一つ変えずに慣れた様子でミラに体を拭かれていた。

 体を拭かれ慣れるってどんな人生を歩んできたのだろう。

 

 翔太はくすぐったさに身をよじりながらも、涼しい顔で横になっているサラを恨みがましく睨みつけた。


 「そう言えば――」


 翔太の背中を拭き終え、今度は前側に手を回しながら――一生懸命胸を隠していた翔太の腕はほどかれた――ミラが世間話のような口調で話し始めた。


 「昨日の朝、例のがまた見つかったらしいじゃない」

 「!?」


 唐突なその言葉に、翔太は思わず飛び起きる。


 「ちょ、ちょっと! 暴れないの!」

 「ご、ごめんなさい」


 深呼吸してからミラの前に座りなおすと、翔太は言葉を慎重に選びながら尋ねる。


 「また見つかったんですか?」

 「そうなのよ。今回はかなり王都の近い所だったらしいわ」


 これは、どっちだろうか。

 少なくとも、自分たちが暗躍したかのような口調ではなさそうだ。


 「これで何回目でしたっけ?」

 「うーん、森の中で見つかったのを含めると十は超えるわね。研究がはかどるってものよ」


 研究。

 今回のケースでその言葉は何を意味しているのか。


 「そうですよね。いい研究材料ですよね。今回の死体は回ってきたりしないんですか?」


 翔太は核心に切り込んだ。

 ミラたち三人のシスターがこの件に関与しているとは考えづらいが、『呪い研究班』自体が関与しているかどうかはこの質問への回答次第だ。

 場合によってはここで研究していた呪いが流出した、なんて可能性もあるのだ。


 しかし、ミラノ答えは意外なものだった。


 「回ってくるわけないじゃない。私達はあくまでも呪いのを研究するんだから」

 「……歴史?」

 

 実際に呪いを開発しているわけではなく?


 「リリー、本物の呪いに触れたい気持ちはわかるけれど、禁じられているものは駄目なの。本で歴史を学ぶ程度で我慢しなさい」

 「は、はい」


 ――つまりミラの言葉を信じると、教会は今回の呪いに関与していなかったということになるのか?


 だが、ステラが昔見た死体はどうなる?

 もしかすると、ナリス以外の地区の教会による仕業の可能性もあるはずだ。


 腕組みをして考え込み始めた翔太を見て、ミラは優し気な目で微笑んだ。

 

 「リリーは本当に熱心ね。先週も似た事例が無いか歴史書をひっくり返してまとめたばかりじゃない」

 「み、ミラ?」


 今ものすごく重要なことを言わなかったか?

 まるで、今回の呪いが歴史の中で繰り返されてきたかのような――

 

 「ほら、一番古い事例なんかマルス帝国時代とか言ってた――」

 「ミラ!」

 「な、何かしら?」


 勢いよく振り返った翔太に、ミラは目を白黒させた。


 「私のそのレポートが今どこにあるかご存知ですか?」


 ミラはいたずらっぽく笑って肩を竦めると、窓際に置かれた机まで歩いて行き、引き出しの一つから一束の羊皮紙を取り出した。


 「リリーったら、私に見せてくれたのを忘れてるなんて抜けてるわね。はい、返すわ」


 羊皮紙を受け取った翔太は、素早くそのレポートの文章に目を走らせる。

 それは、こんな書き出しで始まっていた。


 『本呪いは、歴史上散発的に発生している。数々の記録を読み解いたところ、呪いの発生状況には一定の傾向があり――』

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