30 『説法と徹夜』

 「こんな遅い時間にいったいどうしましたか?」


 ラインマイヤーは、落ち着いた口調で繰り返した。

 口調こそ穏やかだが、顔が月明かりによって陰になっているため表情が読めない。


 ――くそ、ある意味今一番出会いたくない奴に会っちまった


 そもそも、理想的には誰にも見つからずに情報を入手する計画だった。

 なんだかんだ言ってこの変身は万が一見つかった際の保険に過ぎない。


 ――サラ、どうする?


 翔太はそんなメッセージを込めて肘でサラを小突いた。

 ラインマイヤーはただでさえ創生教会ナリス地区における責任者である。それに、これまで話した印象からそう簡単に誤魔化せる相手ではないだろう。


 「いいから、私に任せておきなさい」


 翔太の意図を理解したのか、サラは翔太にしか聞こえないような小声でささやいた。


 「おい、本当に大丈夫なのか?」


 心配でささやき返した翔太には答えず、サラは顔いっぱいに作り笑いを貼り付けてからこう切り出した。


 「これは司教様、こんばんは。こんな夜遅くにお会いできるとは、これも神の御導きなのでしょうか」


 驚いたことに、サラの口調は普段の様子からは想像できない程柔らかく上品だ。

 まさかこんな特技があったとはな。


 一応教会の責任者としてのラインマイヤーが、翔太達の変身した二人とあまり話したことが無いと踏んでの危険な賭けでもあったのだが、今のところラインマイヤーが反応した様子はない。


 「私達はどうしても本日中に神のお声に触れたく、戻って来たところです。司教様は?」

 「私はただ、こちらの建物から物音が聞こえたため様子を見に来たのです」

 「ああ、起こしてしまって申し訳ございません」

 「いえいえ。あなた達はまだ若いですから、自分の信仰心と向かい合いたい夜もあるのでしょう」


 二人の会話の中身は典型的無宗教の翔太にとっては若干ちんぷんかんぷんだが、少なくとも疑われてはいないだろうという確信は持てた。

 

 ――なんだかんだ言って教会関係者の体だからな。後は適当なところで会話を切り上げてゆっくり探索するだけだ。今回はサラにかなり助けられたし、あとでちゃんとお礼しよう


 ボロが出ないように黙って微笑みながら、翔太がそんな風に取らぬ狸の皮算用をしていた時。

 ラインマイヤーが、想定外の提案をしてきた。


 「若者にこれだけ厚い信仰心を見せられたのですから、私も司教としての役割を果たさなければなりませんね」

 「役割、ですか?」

 「ええ。二人とも、ついて来てください」


 ラインマイヤーは、穏やかな笑みを浮かべたままそう言った。

 どうやら、サラがやりすぎたせいで彼の中の何かに火をつけてしまったようだ。


 ――これは長い夜になりそうだな


 翔太とサラは顔を見合わせると、二人して小さなため息をこぼすのだった。


***


 ラインマイヤーが翔太達を案内したのは、翔太達が侵入しようとしていた建物とは入り口を挟んで丁度反対側にある聖堂だった。


 「さあ二人とも、中へ。 『ルークス』!」


 ラインマイヤーがそう唱えた瞬間光の玉がいくつも聖堂の天井に打ちあがり、暗い聖堂内を優しく照らし出した。


 初めて入った聖堂内は、どこか背筋の伸びるような神聖な空気に満たされていた。

 魔法の光に照らされた天井には、沢山の人間が書き込まれた天井画がいっぱいに広がっていた。

 入口正面の壁には豪華なステンドグラスがいくつも飾ってあり、おそらく神話の一場面だろう絵がちりばめられている。

 その真ん中には、丸に棒を一本重ねたようなオブジェが置かれていた。恐らくあれが創成教のシンボルなのだろう。


 「うわぁ……」

 「……すごい」


 荘厳で美しい聖堂内の様子に圧倒され、翔太とステラは思わず声を漏らした。


 「確かに、こうして夜に見る聖堂内の美しさはまたひとしおですね」


 都合のいい方向に解釈してくれたのか、ラインマイヤーはにっこりと頷いた。

 もしかしたら、熱心な翔太達にご褒美としてこの光景を見せてくれたのかも――


 「さあ、二人とも好きな席に座ってください」


 どうやら違ったようだ。

 となると、一体これから何をしようというのだろうか?

 言われるがままに翔太達が席に着いたのを確認すると、ラインマイヤーは正面のオブジェ前に立った。


 まさか。

 どうやらサラもラインマイヤーが何をしようとしているのかに気が付いたようだ。若干顔が引きつっている。


 「今日は朝まで私が説法を聞かせてあげます」


 

 ……この信仰馬鹿!


***


 「遠い遠い昔、まだこの世界のほとんどが海に覆われていた時代。

 人間たちは、大洋に浮かぶいくつもの島に分かれて住んでいました。


 その時代、世界はまだ悪魔たちによって支配されていました。

 悪魔たちは当時、人知を超えた魔法を使いこなし、島から島へ平然と渡りながら人間を奴隷として酷使していました。


 人間たちは自由を奪われ、苦しい日々を過ごしていました。

 彼らには、悪魔たちを退ける力はありません。だから、神に祈ったのです。


 自分たちが平和に暮らせる土地が欲しい、と。



 祈り始めてから何回季節が変わったのでしょう。あるひ、とうとうその願いが神様に聞き届けられました。


 人間たちの様子を不憫に思った神様は、天上世界から『大地あれ』と唱えました。

 すると世界を覆っていた海が割れ、巨大な大陸が現れました。


 続いて神様が『実りあれ』と唱えると、出来たばかりで岩だらけだった大陸に豊かな森が広がりました。


 人々は、神様の出した聖なる箱舟に次々と乗り込むと、新大陸に移動しました。

  

 新しい大陸には、悪魔たちが一匹もいません。

 それに、人間を脅かすような恐ろしいモンスターもいませんでした。


 人間たちは、この大陸でようやく真の自由を手に入れたのです。

 

 着く彼らは新たな土地で農地を切り開き、村を、そして街をを作りました。

 ようやく、繁栄の時代が訪れたのです。



 ところが、大洋を支配する悪魔たちがそれを見逃すはずもありませんでした。

 人間たちの繁栄がようやく軌道に乗った頃、大軍を率いて新大陸に押し寄せたのです。


 人間たちは必死に抵抗しました。

 しかし、恐ろしい魔法を使う悪魔たちには手も足も出ません。


 築き上げてきた農地も、村も、そして街も焼き払われていきました。


 しかし、再び神様が助けてくれたのです。


 大軍で人間たちに迫る悪魔たちに向かって、神様は展開から『地よ裂けろ』と唱えました。

 その瞬間、悪魔たちの足元が二つに割れたのです。

 悪魔たちは皆深い深い谷の底に落ちていき、滅びたのです。


 こうして悪魔たちの支配を打ち砕いた人間たちは手と手を取り合い、はじめての国を作ります。


 それが、このマルス帝国なのです」


***


 「おや、いつの間にか日が昇ってきましたね。説法に熱が入りすぎたようです」


 マルス帝国建国神話から始まる様々な神話、伝説を一晩中話し続けたラインマイヤーが言葉を止めたのは、眩い朝日が聖堂に差し込み始めた頃だった。


 「二人とも、もっと聞きたのでしたら――」

 「い、いえ司教様! 私達にも朝のお役目がありますから!」

 「そ、そうです! それに頂いた説法を消化する時間も欲しいですし!」


 まだ話足りなそうなラインマイヤーを、サラと翔太が必死に止めた。

 話の内容自体は興味深いものが多かったが、いかんせん一晩中眠気をこらえて話を聞き続けたのだ。

 翔太とサラの顔は憔悴しきっていた。


 「それでしたら仕方ないですね。では、また今度続きを話しましょう。でももし――」

 「は、はい! 今度是非お願いします!」


 少し残念そうな顔を見せるラインマイヤーの言葉を、サラが食い気味に止めた。


 「では、今日はこれで解散するとしましょうか。私は仕事があるので先に行きますね」

 「は、はい司教様。ありがとうございました」

 「ありがとうございました」


 ラインマイヤーは一礼すると、徹夜で話し続けた疲れなどみじんも見せないような足取りで聖堂を出ていった。


 「お、終わったー!!!」


 聖堂の扉が閉まった瞬間、サラがそう言って椅子の上に倒れ込んだ。


 「お、終わったな……」


 翔太も力なく崩れ落ちる。

 いやはや、本当に長い夜になってしまった。

 まさかラインマイヤーがあれだけ長く説法するとは予想外すぎる。


 ――この体の持ち主には後で謝っておこう


 翔太は心の中で、次ラインマイヤーと出会った瞬間オールナイト説法に連れていかれるこの体の持ち主に謝罪した。

 心なしか肌が荒れた気もする。


 「ショータ、これからどうするの?」

 「もう夜が明けちゃったからな……。エステルたちも心配するだろうから、一旦エステルの家に戻らないか?」

 「それがいいわね。私はとにかく寝たいわ」

 「……俺もだ」


 今はとにかく、温かい布団が恋しい。


 「そうと決まれば急ごう。他の教会関係者がおきたら面倒だ」

 「そうね。急いで出ましょう」


 翔太とサラはお互いに頷きあうと、温かいお布団に向かって聖堂の扉を開いた。




 しかし、翔太達の計画は聖堂を出た瞬間に無残にも打ち砕かれた。 


 「リリー! ヘラ! 二人とも一晩中どこ行ってたのよ! 心配したじゃない!」


 金髪をボブカットにし、シスター服を着たお姉さんが腰に手を当てて待ち構えていたのだ。


 「ほら、もう朝のお勤めが始まるわよ!」

 「「……」」


 ……どうやら、まだ家には帰れないようだ。

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