29 『変身と侵入』

 わずか一時間後、エステル家の玄関には麻袋に詰められた塊が二つ置かれていた。


 「捕まえてきました!」

 「早すぎっ!」


 まじかよ。

 翔太の訝し気な目に気付いたエステルが、得意げに説明してくれた。


 「ステラと二人で教会に行ったら、ちょうどこの二人が出て来るのを見たんです。それで裏通りに誘い出してちょちょいのちょいですよ」

 「ちょちょいのちょいって……」


 麻袋が微動だにしないところを見るに、何らかの方法で眠らせているのだろう。

 むごい。


 「大丈夫なのか?」

 「問題ないですよショータさん! 事が済んだら記憶が吹き飛ぶ薬を飲ませるので!」


 何その薬怖い。

 今後ステラから渡された食べ物には最大限警戒しようと心に決める翔太だった。


 「で、誰が行くんだ?」


 麻袋は二つ。つまり、翔太達五人の内二人が教会に忍び込むことになる。


 「エステルさんとも相談しましたが、今回はショータさんとサラさんに変身してもらおうかと思っています。エステルさんはこの家でこの人たちを見張ってなきゃいけないですし、ルシーちゃんには少し難しい仕事だと思います」


 なるほど、確かに理は通っている。

 本当なら教会の内部構造に詳しいエステルについて来て欲しい所だが、サラとルシーの二人に留守番させることの危険さを考えると致し方が無い気がする。


 「ちなみにステラ、お前はどうするんだ?」


 翔太が尋ねると、ステラはいたずらっぽくウィンクした。


 「私は私で他に確かめたいことがあるんです。別行動で行きましょう」

 「その確かめたいことが気になるが――わかった。それじゃあ分かれて出発しよう。終わり次第この家に集合でいいか?」

 「はい、もちろんです!」


 ステラはどん、と胸を張って答えた。

 

 「では、早速変身の魔法をかけていいですか? まずはショータさんから行きましょう!」

 「ちょっと心の準備をさせてくれよ」


 魔法とはいえ、他人の体に変身させられるんだ。ちょっとぐらい覚悟を決める時間が欲しい。


 「何言ってるんですか! 夜のうちに忍び込むのがベストなんですから! ほら、行きますよ!」

 「お、おい!」

 

 ステラは、有無を言わせない力で翔太を引きずり、部屋の真ん中に移動させた。

 続いて、麻袋の一つを翔太の目の前に放り投げる。扱いが雑すぎるぞ。


 「じゃあ行きますね。次に私が解除するまでは変身しっぱなしなので気を付けてくださいね」


 なにそれ聞いてない。


 「あと、この魔法によって生じた一切の不都合は受け付けません!」

 「おい」


 なんだそのバンジージャンプの同意書みたいな確認。というか失敗する可能性があるのか!?


 「それじゃあ行きます!」

 「ちょ――」

 「『変身メタモルポセス』!」

 

 抵抗虚しく、ステラの唱える呪文が室内に高々と響いた。

 眩い光が翔太と、それから目の前の麻袋を照らす。


 「うわっ!」


 余りの眩しさに思わず腕で目を覆った瞬間――


 視界が暗転した。


 へその裏側に向かって自分の体全部が収縮していくような奇妙な感覚が押し寄せる。

 続いて、空中に投げ出されたような浮遊感が訪れ――


 「っ!」


 唐突に戻った重力によって、翔太は地面に叩きつけられた――というより、というような感覚だ。


 地面は、エステルの部屋の木張りの床とはまた違ったザラザラした感触で、まるで布のようだった。


 ――どうなってる?


 ようやく浮遊感が収まった翔太は、冷静に自分の状態を確認した。

 視界は何かでおおわれているかのように真っ暗だ。

 手足はおそらくロープのようなもので縛られており、口には布が詰められていた。


 「あっ、こら待ちなさい!」

 

 頭上から慌てたようなステラの声と、駆けだすような音。

 

 「えいっ!」


 そんなエステルの声に続いて鈍器で人を殴ったような鈍い音、それからどさりと何か重いものが地面に倒れた音がした。


 ――いやいや。いやいやいやいや

 

 ここにきて、翔太にはこの魔法の正体に想像がついてしまった。

 変身相手の全身が必要だった理由もわかった。


 「無事成功したみたいですね」


 頭上からのそんな声と共に、の口が開かれた。


 「んー!んー!」

 「今縄を外します」


 そう言ってステラが何かぶつぶつと呪文のようなものを唱えると、途端に翔太の全身を締め付けていた力が緩んだ。


 「ぷはぁ! おい、ステラ! この魔法、じゃなくてじゃねぇか!」

 「そ、そんなに睨まないで下さいよ! 実は人を変身させる薬の在庫が無かったんです。だから仕方なく……ね?」


 やっぱりか。

 つまり、翔太はステラ達が捕まえてきた教会関係者の体と入れ替えられたのだ。


 今目の前で絶賛エステルが縛り上げている翔太の体には、今翔太が入っている体の持ち主が入っているのだろう。

 

 ――というか俺の体、頭から血を流してるんだけど生きてる?


 もう少し大切にして欲しい所だ。


 「うぅ……。ショータさん、ごめんなさい」

 「はぁ……。もういいよ。形はどうあれ、変身したわけだからな」


 ただ教会関係者というだけで拉致された挙句体を入れ替えられた体の持ち主には若干以上に同情するが。


 「とりあえずサラもさっさと変身させて出発するぞ――ってサラ、お前どんな顔してるんだよ」


 その時になってようやく、翔太はサラが口をあんぐりと開けて呆けているのに気が付いた。


 「ただでさえアホっぽい顔がもっとひどくなってるぞ」

 「し、ショータ。あなた……」


 サラは翔太の軽口にも反応せず、目を白黒させたままだった。


 「一体どうしたって――ん?」


 その時になってようやく、翔太は違和感に気が付いた。

 サラよりものだ。

 それだけじゃない。先ほどから気が付いていないふりをしてきたが、なんだか声も高いような――


 「ショータさん、失礼します! えい!」


 ステラが、そんなことを言いながら翔太の頭を覆っていたフードを下した。

 瞬間、ぱさりと長い髪が翔太の視界を覆った。


 ここまでくれば、事態は明らかだ。

 つまり――


 「し、ショータ? ずいぶん可愛くなったわね」

 

 そう言いながらサラが差し出した鏡には、肩にかかる長い黒髪を持ち、褐色の目と透き通るような白い肌を持った美少女が映し出されていた。



 「女じゃん!!!」


***


 「今のところ見張りはいないわね。チャンスじゃないかしら?」


 教会の入口を臨む路地の出入り口で、すらっとした栗毛のお姉さんが振り返りながらそう言った。

 というかサラだ。


 「なるべくなら見つからない方がいいからな。よし、行こう」


 黒髪ロングの儚げな美少女がそれに応える。

 というか、翔太だった。


 「というかショータ」

 「なんだ?」

 「今は女の子なんだから、言葉遣い気をつけなさいよね」

 「お、おう――じゃなくてうん」


 やべぇ、想像以上に恥ずかしい。

 他人に成りすますだけでも難易度が高いというのに、異性になんて本当に変身できるのだろうか。


 「じゃあ、行くわよ」

 「は、はい!」


 この姿になってからやけに先輩風のような何かを吹かせるエステルに引っ張られるようにして、翔太は教会に忍び込んだ。


 

 月明かりに照らされた夜の教会は、不気味なほどしんと静まり返っていた。

 敷地内には人の気配が全くない。


 「とりあえず今のところは見つかってなさそうだな。例の呪いを研究しているところに向かいたいが――」

 「たしかエステルが、正面から入って右手の建物の地下にあるって言っていたわね」

 「ということは、あれに入らなきゃいけないのか」


 翔太は、右手の古びた建物を指さした。

 普段ラインマイヤーやオットマーと会うときに使う正面の建物は比較的新しく開放的な作りになっているが、その建物は完全に対照的な雰囲気を醸し出していた。

 

 「ボロいわね。今にも崩れそう」

 「だからこそ、余計な邪魔が入らずに研究できるんだろうな。よし、行こう」


 翔太とサラは、月明かりから隠れるようにして目的の建物に近づく。

 これまた古びた傷だらけの扉をそっと押すと、ドアは抵抗なく内側に開いた。


 「鍵がかかっていないなんて不用心ね。泥棒に入られたらどうするのかしら」


 現在進行形で泥棒まがいのことをしている人間の台詞じゃない気もするが、サラの言うことももっともだった。

 とても極秘の研究をしている施設の管理じゃない。


 「中は真っ暗で見えないな」


 窓が塞がれているせいで、建物の中に月明かりは待ったく届いていなかった。


 「ステラの屋敷を思い出すわね」

 「……それは若干トラウマだからやめてくれ」


 人間そんなに早く傷はいえないのだ。

 とはいえ、これだけわざとらしく不用心だと、ステラの屋敷同様何らかの侵入者撃退用トラップが仕掛けられていてもおかしくない。


 「とにかく、慎重に進もう」

 「ええ」


 それだけを確認して、翔太達が一歩建物内に足を踏み入れた時だった。



 「こんな遅くにどこへ行くんですか?」

 「っ!」


 振り返ると、そこには寝巻のラインマイヤーが立っていた。

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