28 『ごみ屋敷と計画』
「うげっ……」
立て付けが悪く歪んだ扉を開けてエステルの家に入った瞬間、翔太は思わずうめき声を上げてしまった。
「ひっ」
「うわぁ……」
続けて入ってきたサラとルシーも同じリアクション。
「ち、ちょっと皆さん! どうしたんですか!? 何か言いたいことがあったら言ってくださいよ!」
余りの反応の悪さに、家主が声を荒げた。
いや、言いたい事があったらって――
「エステル。お前の家、汚すぎ」
「ぎくっ」
そう。
エステルが家と呼んでいるこのあばら家は、その内側もさんさんたる状態だったのだ。
――まず、足の踏み場が無いんだよな……
玄関から見える範囲で、床は全て散乱したモノで覆いつくされていた。
目を凝らして見ると、それは本であり洋服でありゴミであり――
「まず、あれは何だ?」
翔太は壁際に打ち捨てられ、かびときのこがもっさり生えた塊を指さした。
「……晩御飯です」
「いつの?」
「……去年?」
おい。
「で、あっちは?」
今度は反対側の壁際で埃を被った山を指さす。
「……着替えです」
「埃まみれだぞ」
「は、はたけば……」
流石に、これは想定外だった。
こんな部屋にいたら間違いなく健康を害してしまうぞ。
「ほ、ほら。私って一人暮らしじゃないですか? それで普段は冒険者として遠征に出かけたりしているので……。それに、これぐらい生活感があった方が落ち着くというかなんというか」
苦しそうに言い訳をするエステルだが、他三人の視線はひんやりとしていた。
いや生活感って。
「よし、まずは掃除するぞ!」
「えぇええええ!!! だ、大丈夫ですよ!」
「いいから、やるぞ! こんな部屋で作戦会議ができるか!」
控えめに言ってごみ屋敷だからな。
「そうね、まずはここを人間が住める環境にしましょう!」
「ルシーもこのままはちょっと……」
虚しい抵抗を見せたエステルだったが、結局は片づけを受け入れた。
数時間後――
「よし、こんなもんだろう!」
翔太は額の汗をぬぐいながら、エステルの部屋の中を見渡した。
足の踏み場も無かった床からは、散乱していたモノ――ほとんどはごみだった――がきれいさっぱり取り除かれた。それに加え、ほこりもきれいさっぱり払われ、ピカピカに拭き上げられている。
大量の本も、床と同じく磨き上げられた本棚に戻され、綺麗に並べられた。
いやはや、見違えたな。
簡単な掃除とゴミ捨てだけだったが、部屋の雰囲気はがらりと明るくなった。
ゴミの山に埋もれてほとんど機能していなかった窓も、今は爽やかな外の日差しを部屋に届けている。
「こ、これが私の部屋ですか? お、落ち着きませんね」
エステルは、部屋の変わりっぷりにそわそわと落ち着かない様子を見せる。
まるで小屋を掃除された直後のハムスターだ。
「あのねエステル、これでも細かい所にはまだまだ手を付けていないのよ。もうこれ以上散らかしちゃダメよ?」
「はい」
「エステル、お片付けちゃんとしようね」
「……はい」
サラとルシーの波状攻撃に、エステルはしゅんとした。
とにもかくにも、これでようやく作戦会議ができるってもんだ。
翔太はごみの下から出てきた椅子の一つに腰かけると、切り出した。
「もう日も傾いてきた。そろそろ話し合いを始めるか」
それを合図に、サラたちもめいめいの椅子に腰かける。
「さて――」
***
ステラの屋敷やその後の森の中で話し合った結果、翔太達は一旦教会の一部が一連の不審死に関わっているという可能性があるという見解で合意していた。
「ステラが嘘をついてるとは思わないから、とにもかくにも教会の方を調べる必要があるわね。エステル、あなたのコネで何とかなったりしないの?」
「確かに私は教会所属の魔術師も兼務していますが、それは治癒魔法の分野でですね。呪いの研究をしている部署は教会内でもかなり秘匿されていて何をやっているかすらわかりません」
「うーん、エステルの伝手を辿るのは無理なのね」
サラが残念そうに唸った。
今回の調査は教会に気付かれた時点で何の尻尾もつかめずに終わる可能性があるため、正面から情報収集するのはそもそもナンセンスだ。
この世界を滅ぼす破滅フラグの一つかもしれない今回の不審死の謎は、翔太としてはきちんと解明しておきたかった。
「こっそり忍び込むのはどう?」
翔太の膝の上に座ってきょとんとした顔で議論を聞いていたルシーが口を挟んだ。
「確かに、それができれば一番いいんだけどな。ルシー、アイデアありがとうな」
翔太はそう言いながら目の前にあるルシーの頭を撫でた。
彼女はここ最近どんどんしっかりしてきている気がする。そろそろ親元に返してあげたい所だ。
「エステル、教会に忍び込むのは現実的か?」
「うーん、ショータくんなら大丈夫な気もしますが――」
「おい」
時々わざとらしく約束を破るのは、翔太から未知の魔法を学びたいからなのだろう。
「こほん。教会の中は警備が厳重ですよ。魔法で結解を張っていますし、呪いを研究している部署等は常に警備の魔術師が張り付いていると思います」
「となると、透明人間になるぐらいしか方法は無いのか……」
ちらっとエステルに目くばせするも、エステルは無下に首を振った。
「残念ながら、そんな便利な魔法はありませんよ」
そりゃそうだ。もしそんな便利な魔法があればこの世界のモラルは崩壊している。
「後は見つかっても怪しくない人物――できれば教会内部の人間に変装するかだな。そんな薬は無いのか?」
魔法があるのだ。変身したい相手の髪の毛か何かを入れるだけで一時間その姿になれるような、そんな便利な薬があってもいいだろう。
「そんな薬も効いたことないですね」
現実は非情だった。
「うーん、流石教会、厳重ね……」
「もうルシーが直接訊いてみよっか?」
「いや、それは流石に――無くはないか」
「いや、いくらルシーちゃんが子供でも疑われますよ」
ヤバい。全く解決策が思いつかない。
煮詰まった翔太達がいよいよ全員で頭を抱えて黙りこくった時。
「それならいい方法がありますよ! 私に任せてください!」
やたらテンションの高い声がエステルの部屋中に響いた。
つい最近聞いたばかりのなその声の主は――
「ステラ!」
絶大な魔力と膨大な種類の魔法を使いこなす最強の吸血鬼、ステラだった。
部屋に入ってきたのに全然気が付かなかったぞ。
「ステラ、いつから来てたんだ?」
「ショータさんが『エステル。お前の家、汚すぎ』って言ったあたりですね」
めっちゃ最初の方じゃん!
というかそれなら掃除を手伝ってくれよ!
「いやー、なんというか汚すぎて掃除したくなかったので隠れてました」
「おい」
若干イラっとした翔太だった。
サラやエステルからも同様の冷たい視線を感じたのか、エステルは慌てて咳払いして話題を変えた。
「こ、こほん。私が来たからにはもう安心ですよ! 薬は無いですが、魔法であなた達を教会関係者に変身させてあげることはできます!」
「まじか」
「はい! ただし変身したい相手を連れてきてくださいね」
えっ?
「ステラ、体の一部だけとかじゃダメなのか?」
「駄目ですね。魔法を舐めないでください」
「あっはい」
変身したい相手そのものを捕まえて来るとはこれまた難易度が高そうな。
「でもショータ、どうせ変身中は鉢合わないように本物には引っ込んでもらう予定でしょ? 最初から拉致して監禁し解けばいいんじゃない?」
「ルシーも賛成。どうせ変身するなら相手を捕まえておく必要あるでしょ?」
「……確かにな」
遅かれ早かれ変身相手の身柄は必要、ということか。
なんとなく物騒な発言をしている気もするが、ちょっとの間気絶してもらうだけだ。問題ない。
「というわけなので、まずはそこら辺を歩いている教会関係者を捕まえましょうか!」
いや、そんなサラっと言われても。
「ステラ、私も手伝います。捕まえに行くのは二人で十分なので、ショータくんたちはここで待っていてください」
「はい、私もそれで大丈夫です! エステルさん、行きましょうか」
「ちょ、ちょっと――」
翔太の静止も聞かず、吸血鬼と魔術師のコンビはあっという間に外に消えていった。
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