27 『侵入』

 翔太達はしつこく粘ってはみたものの、門番は今は許可証が無ければ王都に入れることができないの一点張りだった。

 結局王都から締め出された翔太達は、やむなくとぼとぼと来た道を戻ったのだった。。

 

 「さて、どうしましょうか」


 一旦東の平原に開いたクレーターの縁に腰を下ろした翔太達の前で、エステルが口を開く。


 「うぅ、王都に入れないなんて想定外ね。私達の計画がバレたのかしら?」


 サラが、頭を抱えて悔しがる。

 持ち前の押しの強さで門番に対して一番最後まで食い下がっていただけに、無念なのだろう。


 「いや、それは無いだろうな。あれは特定の誰かを探しているというよりは、一旦王都内の安全を確保したいような検問だった」

 「うう……。 こんなことならちゃんと通行許可証を取っておけばよかったわ!」


 通行許可証は、手数料を払い身分を保証することでナリスの街を自由に出入りできるようになる証明書である。

 普段は確認なんてされないため、定期的に訪れる商人を除けば、ほとんど保持している人間はいないだろう。


 ――つまり、事実上の封鎖ってことか


 これは明らかに、ただ事じゃない何かが起きたと言えるだろう。

 なおの事、翔太達は早く街に入りを進めなくてはいけない。


 「今からでも通行許可証を発行してもらうことはできないのか?」


 ダメもとで尋ねてみる。

 嵐竜の件からするに、サラがお金に困ってないことは明らかだ。

 それなら、わずかな手数料を惜しんで許可証を貰うことを躊躇する理由にはならない。


 「うーん、お金の方は問題ないんだけど……。身元の保証の方がちょっと、ね?」

 「ああそうか、サラは国外から来たんだっけな」


 やたらナリスに詳しかったりするので忘れがちだが、一応サラは隣国からナリスに訪問中だった。

 となると、この国には身元保証人がいない。


 「ルシーは……」

 「なに? ショータ」

 「いや、なんでもない」


 冷静に考えると、そもそもが身元不明のルシーには頼めないし、翔太にいたってはこの世界の人間ですらない。

 となると、可能性があるとすると一人だけだ。


 「神様仏様エステル様! 許可証の発行をお願いできないか? エステルならこの街に身元を保証してくれる人ぐらいいるだろ」

 「なら!」

 

 エステルは、肩を竦めると残念そうにこう言った。


 「みんな教会関係者ですよ」

 「あっ……」


 これから教会に隠れて活動しようというときに、その手は使えない。

 詰んだぜ。今夜は野宿かな……。


 「ショータくん、ショータくん」


 がっくりと肩を落として落ち込む翔太を、エステルが小声で呼びつけた。


 「なんだ?」

 「ちょっとあっちで話せますか? 私、いいアイデアを思いついちゃいました!」


 手招きされるままエステルについてサラやルシーから少し離れると、エステルは翔太の耳元にとんでもない作戦を耳打ちした。


 「私のアイデアというのはですね――」



 「まじ?」


 本当にやるの、それ?


***


 雲一つない快晴だったナリス上空を、厚ぼったい灰色の雲が覆いつくしたのはそれからすぐの事だった。

 直後、雷鳴を伴って滝のような豪雨がナリスに降り注ぎはじめた。

 それはまるで、街一つぐらいならあっという間に水の底に沈めてしまいそうな、天変地異を想起させる。



 「うわぁ、なんて雨だ! 早く室内に!」

 「こんな雨ははじめてじゃ! 神、神がお怒りじゃあ!」


 結果、ナリスの街は大混乱に陥った。


 「西の城壁に雷が落ちたぞー!」

 「今度は南だ!」


 空から幾条もの雷が降り注ぎ、執拗にナリスの城壁を襲い続ける。

 城壁は崩され、豪雨の中にあっても激しい火の手が上がる。


 「くそっ、こんなことしている場合じゃない! 雷が落ちたところの応援に行くぞ!」

 「「「おおお!」」」

 「これは国家存亡の危機だ! 必ず陛下のお命をお守りするぞ!」

 「「「はいっ!」」」


 門番たちも、この緊急事態とあっては災害救助に回らざるを得ない様子だった。

 あっという間に、街への入口から人影が消えた。



 そんな阿鼻叫喚の世界を、ただ一人笑ってみている少女が――


 「ふっふっふ! やりましたね、ショータくん!」


 というかエステルだった。


 「あ、ああ」


 エステルの作戦とは、つまるところ門の警備どころじゃない事態を引き起こせば街に入れるんじゃないかというトンデモものだった。

 とはいえ他に対案を持っていなかった翔太はその悪魔的提案を受け入れ、とりあえずナリス上空に天変地異を引き起こしたのだが――


 ごめん、やりすぎた。


 想像の数倍の規模になってしまったことに、翔太は心の底で謝罪するのだった。

 相変わらず小回りの利かない能力で、雨量もそうだが範囲も想定より広く、東の平原一体もあっという間に湿地帯と見紛うばかりの状態に様変わりした。


 「わーい、雨! 水たまりー!」

 「ルシーも泳ぐ!」


 ……うん、草原に溜まった水たまりで泳ぐあの二人は流石だ。

 この作戦はエステルと翔太の間で建てたものなので二人は知らないのだが、天変地異クラスの豪雨の中で泳ぐとはなかなか豪胆である。


 というか二人とも洋服が透けて――げふんげふん


 「あー! 門にだれもいないですー!」


 打ち合わせ通り、若干棒読みだがエステルがそう声を上げた。


 「えっ!? 本当ね!」

 「もしかして、今がチャンス?」


 短銃な二人は、予想通り直ぐ乗っかってくれる。


 「よし! じゃあ今のうちにナリスに入ろう!」

 「「はーい!」」


 そうして、翔太達はナリスに向かって走り出したのだった。



 三十分後。


 「とりあえず、街には入れたな」


 もぬけの殻となった門をこそっと潜り抜けた翔太達は、ひとまず人通りの無い裏道に立ち止まると、胸をなでおろすのだった。

 

 ――そろそろ止めないとな


 使用していた『天候操作』を解除。

 途端に分厚い雲が割れ、その隙間から暖かい陽光が差し込みだした。


 「あら、晴れたわね」


 不意に雨が止んだ空を見上げて、サラがそう呟いた。

 翔太達が門をくぐる間だけ都合よく不自然に降った雨を不審がることは――まあサラだから無いか。


 「うう……、雨楽しかったのに」

 「そうよね、ルシー!」


 二人とも全力で雨をエンジョイしていただけに少し不満そうな顔を見せた。


 さて。


 「これからの事なんだけど、一旦どこかに腰を落ち着けたい」

 「そうですね、賛成です」

 「だが、先ほどの様子を見るに街はかなり警戒が厳しくなってるだろ? 適当な宿屋に泊まるのは不用心すぎると思うんだ」


 もし通行証の確認をでもされたら、一発でアウトだ。


 「だからエステル、どこか安全な場所に心当たりはないか?」


 少なくともエステルはこの街にいて長い。

 身分確認をしないような宿屋だったりを知っている可能性もある。

 エステルは、そんな翔太の意図を汲んだのか、にやりと笑って頷いた。


 「それならいい場所がありますよ」


***


 やはり、何かあったのだろう。

 森に出発する前と打って変わり、ナリスの街はあちらこちらに警戒態勢が張られていた。

 鎧に身を包んだ兵士――エステルは近衛兵と呼んでいた――がそこかしこの大通りを歩き、不審な人物に声を掛けている。

 

 翔太達は、それらを避けるようにエステルの案内で蜘蛛の巣のように張り巡らされた裏道を抜けていった。


 「つきました。ここです」


 エステルが立ち止まったのは、そんな裏通りの中でもひときわ空気がよどんだ一角にある一軒の家の前だった。

 太陽の光が遮られた薄暗いその通りには饐えた臭いが充満しており、道の端々にはボロ布をまとった人間がごろりと転がっている。

 エステルが指し示した建物自体も、扉や外壁はまるで刃物で切られたかのような傷がついており、どう見ても屋根が明らかに崩れかけていた。


 すなわち、お世辞にもとは言えなさそうだ。


 「え、エステル? ここに入るの……?」


 サラの表情には、明らかな躊躇が浮かんでいる。というか腰は完全に引けていた。

 豪胆なところがあればこういう時に躊躇する、なんともつかみどころのない奴だ。


 「ルシーは大丈夫だよ。サラ、怖くない、怖くない」

 

 そう言いながらサラの頭を撫でるルシー。

 サラ、お前一応は年上だからな?


 「で、エステル。この小屋はなんなんだ?」


 翔太とて、ここに入るのは躊躇せざるを得ない。

 そもそもこんなボロボロの家――というより小屋なんてこれまでの人生で足を踏み入れたことすらないぞ。


 エステルはそんな翔太達の様子を見ると、やれやれと首を振った。


 「みなさん、失礼ですよ」


 そう言って一つため息をつくと、エステルはこう言った。


 「ここは私の家です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る