25 『黒幕』

 翔太達がステラの屋敷で一夜を明かした翌朝――


 「あーーーーーー! 寝不足だ!」


 屋敷の庭園に咲き誇る色とりどりの花に囲まれながら、翔太は一ミリも爽やかじゃない叫び声をあげていた。


 「ショータ、大丈夫? 疲れてるの?」

 「……誰のせいだと思ってるんだよ、サラ」


 翔太は、自分が睡眠不足になった原因のを睨みつける。

 結局昨日も、頑なに寝室を一つしか解放しないステラのせいで翔太達は同じ部屋で寝ることになったのだが――『パジャマパーティですね!』とステラは喜んでいた――相も変わらずサラの寝相が悪かったのだ。


 「私、何かしたっけ?」


 こいつ、とぼけやがって。

 今朝目が覚めた時、翔太の首はがっちりとサラに三角締めされていた。

 いや、どうりで首を吊る夢を見るわけだよ。


 「あーもうサラ、今度からは絶対違うベッドで寝るからな!」


 倦怠期の夫婦みたいなことを叫んでいると、遅れてルシーが庭に出てきた。


 「ショータ、うるさいよ」

 「ごめん」


 素直にぺこりと頭を下げる。


 「ええ!? 私と扱い違いすぎない!?」

 「お前な、ルシーさんはなあ、それはそれはおとなしく寝てくれるんだぞ!?」


 サラには是非、夜布団に入ったままの姿勢から一ミリも動かなかったルシーの寝相を一パーセントでも見習って欲しい。

 

 「ルシーはそのままでいいからな。まっすぐ育ってくれよ」

 「うん!」


 最大限の親愛を込めて頭を撫でると、ルシーも嬉しそうに目を閉じて受け入れた。


 「うぅ、私が何をしたって言うのよ……」


 やられた方はいつまでも覚えているのに、やった方はけろりと忘れるとはよく言ったものだな。

 寝不足で重い瞼をしばたきながら、翔太は改めてサラにジト目を送った。



 「なんだか朝から賑やかですね――ショータくん、どうしました?」

 「いや、お前はぐっすりれられたようだな」


 エステル――翔太が寝不足になった原因のにじっとりした視線を送ってみるも、サラ同様こういう機微にうとい彼女は、にっこりと微笑むだけだった。


 ――さも私には関係ありません、みたいな顔してるけど、お前サラより酷かったからな?


 エステルの寝相自体は特に問題なかった。ルシーと同様おとなしいものだ。

 問題は、彼女が相当なショートスリーパーだったことだ。



 『ショータくん! 皆さん寝たみたいですし、ちょっと森まで行きましょうよ! ショータくんのすごい魔法が見たいです!』

 『いいじゃないですか! 大丈夫です、森が半分吹き飛んでも誰も気にしません!』

 『それで、私もこの前ショータくんがやったみたいに雷を落としてみたいので、やり方を教えてください!』


 ……寝床に入ってから三、四時間はずっとこんな調子だった。

 ショータの力のことを秘密にする約束を守ってくれているのは良いが、その分のうっ憤を夜中に晴らさないで欲しい。


 「ショータくん、目が真っ赤ですよ? 体調悪いんですか?」


 うん、こいつはいつかしばく。



 「皆さん、お揃いですね!」


 一番最後に、ステラが屋敷から出てきた。

 今日は村娘キャラじゃなくてもいいからなのか、柔らかそうなドレスを着ている。


 「ショータさん、昨日はどうして手を出してくれなかったんですか!? ずっと待っていたんですよ!」

 「出すか!」


 朝からそんな軽口を言ってくるステラに言い返しながら、翔太は本日三度目の冷たい視線を向けた。

 ショータの寝不足の原因の――ステラは、どうやら吸血鬼であるがゆえに睡眠を必要としないようだった。


 昨晩、ようやくエステルがおとなしくなった頃に現れた刺客がステラだった。


 別に起きている分には構わないのだが、一晩中翔太の背中に熱い視線を送りながら耳元で


 『ふふ……、美味しそう――美味しかったですね。じゅるり』

 『一口だけなら――でもバレたら怒られますね……』

 『はっ! 傷が塞がる前に同じ位置から吸えばバレないのでは!?』


 などという空恐ろしい独り言を聞かされる身にもなって欲しい。

 ステラが翔太の血を吸った理由を聞いて敵意は無いと分かっても、穏やかではいられない。


 ――というか、普通にトラウマ物だからな!


 そんなこんなで先発エステル、中継ぎステラ、そして抑えサラの勝利の方程式により、翔太は一睡もできなかったのだった。

 もう絶対あいつらと一緒の部屋で寝るか!



 「じゃあステラ、俺たちは先にナリスに戻る」

 「はい! 皆さんお気をつけて」


 荷物をまとめ終えナリスに戻る旅路に着く翔太達を、ステラは屋敷の玄関まで見送りに出てくれた。

 

 「念のため聞いておくがステラ、あの門をくぐったらまた地下室に行くみたいなオチは無いよな?」

 「そうんなこと――あっ」


 おい。


 ステラは何やらぶつぶつ唱えると、額の汗を手で拭いながら笑顔を取り繕った。


 「もう大丈夫です! 全部解除しましたから!」

 「「「「……」」」

 

 どうやら、素で敷地の入口に掛けたままの罠を忘れていたステラだった。

 また地下室に送られたらたまったもんじゃないからな。


 「こほん。えーっと、あそこの細い道が見えますか?」

 

 咳ばらいを一つして取り繕うステラの指さす方を見ると、背の高い下草の中にわずから幅だけ土がむき出しとなった道が見えた。

 人一人がようやく通れるかというその道は、まっすぐ森の奥に続いている。


 「あの道を辿れば、東の平原までまっすぐ行けます」


 えっへん、と音がしそうなほど胸を張ってステラが言った。

 帰りにまた道に迷うことが無く有難いのだが――


 「エステル、あんな道来るときにあったか?」


 エステルは首を横に振った。


 「ああ、それが当然ですよ! 普段は私が魔法で隠していますからね!」

 「そんなことも出来るのか」

 「ええ。ショータさん達がクルクス村に来たときに道に迷ったのも、私の仕業ですよ。村に近づくあなた達が安全かを見極める必要がありましたから」


 おい。

 そのせいで、何時間も森の中を歩かされる羽目になったのか。


 そして視界の端でエステルがわかりやすく落ち込んでいた。

 ご自慢の探索魔法が全部聞かなかったからな……。



 「なるほど、そういうことだったのね! 全てつながったわ!」

 「……何が?」


 唐突に、サラが声を上げた。

 こういう時に目をキラキラさせたサラからろくな発言が出たためしがないんだが。


 「前回私達が薬草採取で森に入ったとき道に迷ったじゃない! あれもステラの仕業ね!」

 「いえ、違いますよ」

 「そんなっ!?」


 あ、はい。

 ですよねー。 


 「サラのアホ発言は置いといて。ステラ、どうしてあの道のことを知っていたんだ?」

 「それはもちろん、私がしょっちゅう使ってるからですよ!」


 え。


 「こんな辺鄙なところ、娯楽も無いじゃないですか。暇なときは旅行とか行きますよ」


 おい、千年引きこもっている設定はどこ行った。


 「もう村の周りはがっちがちに魔法防御を固めてますからね。一年や二年私がいなくなったところで問題ないですし」


 あれ? なんか壮大な物語の果てに結んだ約束があったのは気のせいか?


 「そんなわけで、私もちょくちょくナリスに行ってるんです。あそこの酒場で飲む葡萄酒は最高ですからね!」

 

 そりゃ葡萄酒は血の象徴だったりするけどさ!無駄に吸血鬼要素を入れてこないで欲しい。

 そう言って元気よくピースサインをするステラを見て、翔太は大きなため息をついた。


 ――吸血鬼がルンルンで街に出かけてるのを知ったらギルドや教会の連中が泡吹いて倒れるだろうな


 まあステラのように血を吸わなければ自我も残っている吸血鬼など他にいないので、見かけたとしても吸血鬼だとは思わないだろう。


 ――うーん、何か引っかかるな


 喉の奥に引っかかった小骨のような疑問を、翔太は頭を振ることで打ち消した。


 「では皆さん、お気をつけて! 私も準備を整え次第、追いかけますね!」

 「ああ。俺たちは機能相談した通りに動こうと思ってる」


 翔太はそう言いながら、作戦会議の結果を記した羊皮紙をひらひらさせる。


 「状況的にもう時間があまりないかもしれませんが、上手くやりましょう」

 「ああ」


 最後に別れの握手をして、翔太達は再び森の中に踏み込んだ。


***


 「モンスター、全然いないね」


 ステラに教わった道を歩きながら、ルシーが左右をきょろきょろして言った。

 確かに、歩き始めてから数時間、モンスターの影すら現れない。


 「不思議ですね。魔法をかけた気配は無いのですが……」


 エステルが首を捻った。

 

 ――これは、ライオンの縄張りに他の肉食獣がノコノコ侵入しないとかいうアレだな


 ステラはこれまでに翔太が出会ったきたこの世界の住人の中で、間違いなく一番強い。

 そんな奴の縄張りに入るようなモンスターはいない、ということだろう。


 「ちょうどいい。ここで一旦、作戦会議をしないか?」

 「作戦会議なら、昨日屋敷でしたじゃない」

 「あの時はステラがいただろ? 俺はまだあいつを信用していない」


 なんたって、襲われたからな!


 「私はショータくんに賛成です。あんな説明、納得できません」

 「まあ、エステルはそうだよなぁ……」


 ぷりぷり怒るエステルの気持ちもわかる。

 ふいに、昨日のステラの発言が脳裏をよぎった。



 『今回の事件の背後には、創成教がいます』


 「エステル。真面目な話、ステラの発言に心当たりとかあるか?」

 「うーん……。言っても私は教会組織の中にいるわけじゃないですからね。中でそういう一派がいてもおかしくないと思いますが……」

 

 エステルの答えの歯切れが悪い。


 「エステル、なんでもいいんだ。気が付いたことを教えてくれ」

 「私からもお願いするわ。場合によっては、もっと犠牲者が出るのよ?」

 「ルシーもお願いする。あの街が大変なことになるのはやだよ」


 腕組みをして渋い顔をしたエステルに、翔太達が畳みかけた。

 エステルはふぅと大きく息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。


 「確か、教会魔術師の中に呪いを研究しているグループがいます」


 呪い。

 今回の事件を引き起こした原因。


 


 昨日、ステラはこうも言っていた。





 『私がマルス帝国の収容所に捕まっていた時、隣の房にいた人たちがあれと似た死に方をしたのを見ました』

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