24 『マルス帝国の滅亡』

 「かつて、この地にはマルス帝国という大国が存在していました」


 しん、と静まえり変える部屋の中で、ステラは重々しく口を開いた。


 「マルス帝国――聞いたことがあるわ。確かずーっと昔に大陸を統一した国よね」

 「サラ、お前良く知ってるな」

 「へへーん! 歴史は得意なのよ!」


 変なところで物知りなサラの話はさておき、翔太は話の続きを促した。


 「存在ってことは、その国は滅びたんだな」

 「はい、今から千年も前の出来事でした。まだ私が、人間だった頃です」

 「……っ!」


 ステラのほほ笑みに、影が差す。


 ――そうだ。吸血鬼は、人間から生まれるんだったな


 吸血鬼に襲われた人間はその眷属となり、吸血鬼として人を襲い始める。

 では、襲った吸血鬼は何処から来た?



 「マルス帝国が滅びた直接のきっかけは、異民族の侵入でした」


 異民族。

 翔太がいた世界の歴史においても数多くの大国が滅ぶきっかけとなった大事件だ。


 「今から千百年ほど前、海の向こうから大量の異民族が大陸東岸に押し寄せてきました」

 

 海の向こう――つまり、他の大陸からやってきたということだ。

 

 ――くそ、そんな細かい歴史は見てなかったから覚えてないな


 ゲームの画面上では次々と国が生まれては消えていく。

 異民族による大規模な侵攻も、プレイヤーの視点からは意識されない程の微妙な変化なのだ。


 「確かマルス帝国って、めっちゃ強かった国よね」

 「そうですね、サラさん。マルスは、強大な軍事力を背景に拡大してきた国でした。強力な武器を揃えた歩兵と、機動力に優れた騎士の組み合わされた軍は無敗を誇っていたほどです」


 流石大陸全土を統一しただけある、ということか。

 そうなるとますます、異民族の侵入がどうして国の崩壊につながるのかが分からない。

 ステラの方を見ると、目が合った。翔太の疑問をくみ取ったのかもしれない。


 「マルス帝国も最初は、簡単に追い払えるだろうと思っていました。ところがたった一つの計算違いは、異民族が『魔法』を使ったことです」

 「マルス帝国には、魔法が無かったのか?」

 「はい。それでも事足りたのです」


 マルス帝国の人々は魔法を知らなかった。

 その代わりに、彼らは身の回りの自然をつぶさに観察し、その法則を一つ一つ解き明かすこと――つまり『科学』で生活を便利にしていったのだ。


 人々は力の加わり方を解明することで高い建物や丈夫な橋、数十キロにも及ぶ長大な上水道を整備した。

 けがや病気の人間には薬や原始的な手術を施し、星の動きで位置や方角を知ることで長期間の軍事遠征も実施された。


 「当時のマリスには優れた『学者フィロソフィア』が沢山いて、次々と新たな知識や技術の扉を開いていました」


 ところが、侵入した異民族が使う理不尽な力――『魔法』に対処する方法は知らなかった。


 見たことも無い力で森は燃やされ、大地は砕かれる。

 大陸に覇を唱えたマルス帝国軍も、ただただ敗走するしかなかった。


 侵略が進み国土の東側を切り取られた頃、今度はマルス帝国内で大きな変化が起こった。


 「『魔法』に対する無力感、そして科学への不信感を受けて創成教が誕生したのです」

 

 創成教――現在大陸の大部分の国家で国教とされる宗教で、オットマーやラインマイヤーも所属する宗教。


 「エステルさんも創成教の関係者ですよね」

 「え!? そうなの?」

 「……ショータ、気づかなかったの?」


 サラが、若干小ばかにしてくる。

 だから記憶喪失(嘘)だって言ったのに。


 サラをじろりとにらんでいると、エステルが苦笑いしながら首元のペンダントを持ち上げた。

 

 「ショータくん、これは創成教関係者の証ですよ」

 「マジか、気が付かなかった……」

 

 あの、丸に棒を重ねたような不思議な形のペンダントは創成教のマークだったのか。

 ……モチーフは謎だが。


 「ショータくん、創成教はこの世界を作りたもうた唯一絶対の神を信仰する宗教です。そのうえで魔法を神の与えたもうた恩寵として重要視し、その修行に励むのを良しとしています」


 『この世界を作りたもうた唯一絶対の神』とはずいぶん大げさな言い回し――

 あっ、俺か。

 一瞬翔太の脳裏には、自分が創生神だと明かしたときのエステルやラインマイヤー、オットマーの顔が浮かんだ。


 いや、流石にそんなことはしないよ?

 けふんけふん。


 「創成教は魔法技術の発展と伝達に積極的なので、魔法学院への支援も厚く、私もお世話になりました」


 なるほど、それでエステルが教会の手伝いをしているわけか。


 「いい宗教じゃないか」


 特に唯一絶対神を崇拝しているところが気に入った。うんうん。


 しかし、ステラの表情は暗いままだった。


 「皆さんのように、この時代に生まれた方々にとってはそうでしょうね。ですが、科学の国だったマルス帝国で生まれ育った人々――特に学者フィロソフィアにとっては地獄でした」

 「……迫害か」

 「そう言うことです」


 昨日まで国の宝とされていたものが禁止される。

 異民族に押し勝つためとはいえ、当事者たちには溜まったものじゃないだろう。


 「私の家は代々天文学者を生業としていました。特に私の母は、国一番の天文学者として有名だったんですよ」


 なるほど、天文学者の家系か。

 それならあの問題の数々――明らかに高度な天文学の知識が必要となるそれらにも説明がつく。

 

 「創成教に唆された国は、学者たちを捕まえ始めます。学問をあきらめなかった私達も、すぐに国に捉えられました」


 異民族に対抗するため、マルス帝国は短期間で魔法戦力を拡大する必要があった。

 そのためには捕らえた異民族の捕虜から知識を吸収するだけでなく、それを用いて魔術師を育成するが必要になる。


 「その実験の材料が、私達学者だったのです」


 人体実験、か。


 「……ひどい」

 「信じられないわね」

 「クソ宗教じゃないか!」

 「ちょ、ちょっと!」


 ドン引きする翔太達を見て、慌ててエステルが弁解する。


 「む、昔の話ですからね? 今はそれはそれは素晴らしい団体ですからね!」

 「「「「……」」」」

 

 うん、誰も信用していないな。


 「話を続けますね。ある日、私を含めた十人がとある実験――私達は『不老不死化実験』とだけ聞かされていましたが――の対象に選ばれました。異民族から聞き出した方法によって、肉体を不老不死化する実験です」


 いくら魔法とはいえ、不老不死化なんてのは眉唾もいい所だろう。

 恐らく当時のマルス帝国もうすうすあり得ないことがわかりながらも、念のため実験を決行した。


 「もちろん実験は大失敗でした」


 三日三晩にわたる複雑な儀式の果てに出来上がったのは決して不老不死の人間などではなく、一度死んだがゆえに再び死なない怪物だった。


 彼らは自我を失い、見境なく周りの人間に襲い掛かった。

 実験により強化された魔力と膂力で収容所を脱出し、そのまま街に繰り出す。


 実験対象者――吸血鬼達は、手当たり次第に血を吸ってはその眷属を増やしていき、マルス帝国は大混乱に陥った。


 「どうして私がそうならなかったのはいまだに分かりませんが、とにかく私は自我を保っていました。それに加え、人間を超越した魔力に膂力、それに不老不死も手に入れたのです」


 もちろん、そんなことでめでたしめでたしで終わる話ではないだろう。

 いつ人を襲い始めるか分からないような危険な存在を国が放置するはずもなく、ステラは再び討伐隊に追われる身となった。


 「何度か戦闘になりましたが、何とか森に逃げ込みました。ここから後の話は村長が皆さんに語った通りですよ」


 結局クルクス村に流れ着いたステラは、モンスターから村を守る代わりに保護された。


 「これが、私の物語です」


 すべてを語り終えたステラの表情には、ようやく安堵の色が浮かんでいた。


***


 長話を聞き終えた頃には、既に太陽が西の地平線と重なっていた。

 仕方なくステラの屋敷に泊まることになった翔太達は、大広間でステラのもてなしを受けていた。


 「ところでステラ」

 「はい、なんでしょう?」


 テーブルの上には何処からか――おそらく魔法でステラが取り出した豪華な料理がずらりと並んでいる。

 翔太は、上品に野菜のスープを救っているステラに疑問を投げかけた。


 「吸血鬼って、血以外も栄養になるのか?」

 「当り前じゃないですか!」


 心外だ、と言わんばかりにステラが鼻息を荒くする。


 「確かに、私以外のは血液しか口にできないようですが、私は問題ないです! 実際、さっきショータさんから吸ったのが初めてでしたし」


 おい。


 「じゃあどうして俺の血を吸ったんだ?」

 「力が必要だったからです」

 「力?」


 どうした急に。

 中二病でも発症したのか?


 「吸血鬼は、血を吸うことで魔力を向上させていきます。私は千年間血を吸ってこなかったので、すっかり弱っていたんですよ」

 「あれでか」


 翔太を取り押さえた時のあの力をもってしても、千年分弱まっているとは……。


 「どうして俺だったんだ?」

 「そりゃもう、私好みの若い男の子でしたから!」

 「ひぃ!」


 変態だーーーー!!!

 サッとサラの後ろに隠れた翔太を見て、ステラは慌てて取り繕った。


 「ご、誤解ですよ! 好みって言っても恋愛感情じゃなくて――体目当て、的な?」

 「いやぁあああ!!!」


 身の危険しか感じない。


 「し、ショータさんが悪いんですよ! あんなおいしそうな匂いを振りまいて! 誘ってたじゃないですか!」

 「誘ってなーーーい!」


 いや、吸血鬼のおとりとしては誘っていたけど!

 後エステル、ワシが育てたみたいな顔して頷くのはやめてくれ。

 

 「こ、こほん。私がショータさんを選んだのは、きっとショータさんが賢かったからですね」


 賢い? あほサラとかあほエステルとか幼女ルシーに比べたらそりゃ賢いけど――


 「ショータさんは、私が暇つぶしに作ったあの謎を全部解いたじゃないですか! 地下室からも見事に脱出しましたし」


 ああ、そういうことか。


 「私も地下室から脱出しましたよ!」

 「いや、エステルさんは扉を壊しただけですよね?」

 「うっ……」

 「だから罰を受けてもらったんです」


 にっこりと笑うステラに、何かを思い出したかのように震え始めるエステル。

 ……あとでどんないたずらをしたのかこっそり聞こうっと。


 「ねえねえ、私最初から大広間で縛られてたんだけど」

 「ルシーも」


 元気よく手を挙げて割り込んでくる二人。

 

 「お、お二人は……特別待遇です」


 あっ、これ気を使ってるな。

 こんなことを言われてキャッキャ喜んでいるレベルだ。試すまでもなく落第だった、ということだ。


 「ステラ、話を戻してもいいか? どうして俺たちをこの屋敷に招待したのか、それからどうして力が必要になったのかを教えてくれ」


 このままだと収集がつかないと見て、翔太は軌道修正した。


 「そうですね。どちらも、あなた達のに協力するためです」

 「吸血鬼討伐?」

 「もっと正確に言うと、の死体の件ですね」


 それから、ステラはとびきりいたずらっぽく笑った。



 「私、実はその死体の秘密に心当たりがあるんですよ」

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