22 『屋敷の最奥』

 ようやく部屋を脱出すると、そこは部屋の中と同じ石造りの廊下だった。


 「どこかの地下室か?」


 薄暗い廊下の壁には窓の類が一切なく、等間隔に置かれた松明だけがぼんやりと廊下を照らし出す。

 翔太が閉じ込められていた部屋からまっすぐ伸びる廊下の突き当りに、上階へ向かう階段があった。


 ――とにかく、早く地上に出よう


 翔太はジメジメと湿った地下室をひた進む。

 左側の壁に等間隔で並ぶ木製の扉の向こうに何があるのかは気になるが――ろくなものじゃないだろう――今はそんなリスクを負っている場合ではない。


 ちらちらと視線を左に奪われながらも翔太が階段の下までたどり着いたとき。

 再び耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。


 「わっひゃあ!」


 いやどんな悲鳴だよ。

 

 ――これは、サラだな。


 こんな間抜けな声を上げるのは彼女しかいない。


 ……若干毒気を抜かれた気がするが、状況は最悪だ。

 既にエステルとサラがやられているし、残念ながらルシーとステラがエステル以上に抵抗できるようには思えない。


 とにもかくにも、今の状況を確認するのが最優先だ。

 一度クルクス村に戻って救援を頼むべきかもしれない。


 翔太は肩にかけた荷物を持ち直すと、光に向かって階段を駆け上った。



 「随分雰囲気が違うじゃないか」


 一階の廊下は、地下とは打って変わり明るく美しい作りだった。


 たっぷりともうけられた窓には白いカーテン越しに午後の柔らかい光が差し込み、それが廊下全体を優しく包んでいる。

 開け放たれた窓からはひんやりとした気持ちのいい風が吹き込み、地下のかび臭い空気に慣れていた翔太の鼻に、甘い花の香りと澄み切った森の香りを届けた。


 ――これは本当に同じ屋敷建物なのか? この階だけを見ると、完全にどこかの上流貴族の屋敷だな


 床に敷かれた真紅の絨毯は、まるで新品のようにふかふかしているし、壁際に並んだ甲冑や絵画の額縁にも一切の埃が無い。


 明らかについ最近まで――下手したら今も人の手が入っている。


 

 長い廊下を歩き、翔太は玄関ホールと思われる広間にたどり着いた。

 屋敷の玄関は大きくあけ放たれており、そこから美しい庭園が良く見える。


 屋敷の外に出るだけなら、ここからまっすぐ歩いて行けばいいのだが……。


 ――わざわざ地下室に閉じ込めたのに、こんな風にはい逃げてくださいというのは奇妙だな


 罠の可能性が高いだろうが、閉じ込めるだけが目的ならそもそもあんな脱出方法を用意する必要は無い。

 いよいよ、屋敷の持ち主の目的が分からなくなってきた。


 「まあ、あの地下室を出た時点でクリア、ってことかもな。それならお言葉に甘えて逃げさせてもらうか」


 翔太は、慎重に屋敷の外に足を踏み出した。


 「……ふぅ」


 一歩踏み出した脚は、確実に柔らかい芝生を踏みしめている。

 どうやら罠ではないらしい。


 二歩、三歩。

 翔太は、何事も無く屋敷の外に出られた。


 「よし、後はさっさと脱出するだけ――ん?」


 視界の端、庭に置かれた生垣に奇妙なものが見えた。

 緑の生垣から、金色の何か――金髪の頭が生えている。


 翔太達の中で金髪は二人。その内サラは既に捕まっている。


 ということは――


 「ステラ!」

 「わっひゃい!」


 翔太の叫び声に、ステラが生垣から飛び上がった。

 

 「ショータさんびっくりさせないでください! 死ぬかと思いましたよ!」


 小枝や葉が髪の毛に付着したままぷんすかするステラ。

 ……ずっと生垣にいたからか服が乱れて若干あられもない姿になっている。


 「悪かったって。あそこに隠れていたのか?」

 「そうですよ! 目が覚めたら変な部屋に閉じ込められていて、やっと脱出できたと思ったらエステルさんとサラさんの悲鳴が聞こえて来たじゃないですか! もう怖くて怖くて」


 自分の苦労を思い出したのか、腕組みをしてうんうん頷くステラ。


 「でもショータさんと会えたからもう安心ですね! 皆さんを早く助けに行きましょう!」

 「やっぱりあいつらはまだこの屋敷の中にいると思うか?」

 「そりゃあいるでしょう。悲鳴は全部建物の中からですよ」


 ……そりゃそうだよな。


 「じゃあ、行くか」

 「はい!」


 結局、翔太はステラを伴って今脱出したばかりの屋敷に舞い戻るのであった。



 「良く閉じ込められた部屋から脱出で来たな。謎解きが合っただろ?」

 「ああ、そう言えばありましたね!」


 廊下を歩きながら訪ねると、ステラは思い出したようにポンと手を打った。


 「……どうやって外に出たんだ?」

 「それはもう――えいっ! です」


 『えいっ!』に合わせて剣で何かを切るジェスチャーをするステラ。

 お前はゴリラか。


 「そ、そうか……」

 「翔太さんは謎を解いて脱出したんですか?」

 「ああ、そうだ」


 そう言って、翔太は地下室で出された謎をステラに話して聞かせた。


 「松明に、『この星の裏側で待つ』ですか。うーん……、さっぱりわかりませんね!」

 

 爽やかにニカッと笑うステラ。

 前から思っていたが、こいつさてはサラと同じ穴のムジナだな?


 「で、答えは何だったんですか?」

 「あの部屋の暗さ自体がヒントだったんだよ」

 「暗さ……ですか?」


 首を捻るステラを見て、翔太は微笑んだ。

 なんだかんだ言って、謎解きの答えを教える瞬間は楽しいものだ。


 「あの部屋は一日中暗い――つまり極夜を表していたんだよ」

 「『極夜』ですか」

 

 現実の地球でも、北緯66.6度以上の北極圏と南緯66.6度以上の南極圏では、一年のうち冬の時期に一日中太陽が昇らない『極夜』と呼ばれる時期が存在する。

 

 「で、その時丁度惑星の反対側は夏なわけだが、そこは一日中日が沈まない『白夜』になるんだよ」

 「今度は『白夜』ですか」

 「ああ。白夜の時、太陽は一日中地平線と平行に動いて見える」


 あのくらい部屋が極夜を表しているならば、松明こそが太陽を表していたのだ。


 「『この星の裏側』――つまり、松明を使って白夜を再現することが問題の答えだったのさ」


 意識して目を凝らして見ると、例の部屋では地面から約三十センチメートルの位置で壁にわずかに色が違う石が嵌っていた。

 部屋が暗いだけに、もし見つけてもスルーしてしまうようなその色の違う石は壁伝いに部屋をぐるりと取り囲んでいた。

 まるで白夜の太陽のように。


 「で、その線に沿って松明で壁をなぞったら、壁の一か所が突然空いたんだよ」


 一体どんな仕組みなのかは謎だが、そんなわけで翔太は無事あの部屋を脱出したのだった。


 「ふむふむなるほど、『白夜』に『極夜』ですか! 流石ですね!」

 「まあな」


 ステラの瞳には、心の底からの尊敬の念が込められていた。

 それにしても、結構雑に説明したのに意外と理解力のあるやつだ。

 

 「しかもその現象が発生する範囲が決まっているのは面白いですね」


 ステラが小声でそう呟いたのが耳に入ってきた。


 「……興味があるなら、後でもう少し詳しく説明しようか?」

 「本当ですか!?」


 意外と勉強熱心な奴だ。


 「だがその前に、まずはサラたちの救出だな」

 「ええ。そしてこの扉が怪しいですね」

 「……ああ」


 ステラの言葉に、翔太は頷いた。


 翔太達は、話し込んでいるうちに廊下を渡り階段を登り、屋敷の最上階までたどり着いていた。

 最上階の廊下は極端に短く、その突き当りには革張りの重厚な赤い両開きの扉があった。


 「あそこがこの屋敷の中心なのは間違いなさそうですね!」

 「ああ。行けるか?」

 「もちろんです!」


 ステラは、威勢よく短剣を抜いた。

 翔太も、一応剣――サラから借りっぱなしの――を抜く。


 「せーので開けるぞ。いいな?」

 「はい!」


 ステラが頷くのを確かめてから、翔太は合図を出した。


 「せーの!」



 ぎぃいい。


 やや軋みながらも、重い扉は驚くほど滑らかに開け放たれた。


 部屋の中には廊下と同じようなまっかん絨毯が敷き詰められており、反対の壁際に置かれた玉座のような椅子に向かって真っすぐ伸びている。


 そしてその絨毯の上には――


 

 「サラ! エステル! ルシー!」


 サラたち三人が、縛り上げられ猿轡を付けた状態で転がっていた。


 「むぅ! むぅうう!」

 

 翔太の姿を見つけてサラが声を張り上げるが、残念ながら猿轡のせいで何言っているのかが分からない。


 「むぅうう! むぅううむぅ!」


 その横で、エステルも声を上げた。


 ルシーはおとなしくしているが、どうやら三人に怪我はないようだ。


 「待ってろ、今助けてやるから」

 「むぅう! むぅうう!」

 「落ち着けって、猿轡を取ってからゆっくり言ってくれればいいから」

 「むぅ! むぅ!」


 ……サラはやたら必死だった。

 目を精一杯見開き、縛られたままの体をいっぱいに伸ばして何かを訴えかけている。


 ――トイレでも行きたいのか?


 翔太はそんな軽口を心の中で考えながら、剣の切っ先で慎重にサラの口から猿轡を外した。






 




 「ショータ、後ろ! あいつよ! あいつが私達を襲ったの!」





 ……え?

 

 今翔太の後ろに立っているのなんて、一人しか――





 「バレちゃいましたね」




 聞きなれた声。





 次の瞬間、翔太は首筋に焼けるような痛みを感じた。

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