21 『恐怖の屋敷』

 ――ここは、どこだ?


 翔太が目覚めたのは、冷たく硬い石の上だった。

 視界は全て一寸先も見通せない程の漆黒に包まれている。

 

 「……っ」


 どうやら背中を酷く打ち付けたようで、肩から腰にかけてが脈打つような鈍い痛みに包まれている。

 それでも幸いなことに骨は折れていないようで、翔太はゆっくりと上体を起こした。


 「誰かいるか?」


 返事は無い。

 どうやら、サラたちとははぐれてしまったようだった。


 ――直前の記憶が鮮明に思い出せるし、そんなに長い間気を失っていたわけではなさそうだな


 記憶喪失になっているのでもなければ――この世界ではそう言う設定だが――翔太達は森の中で吸血鬼の物と思われる屋敷を見つけた。

 エステルの探索魔法でも特に怪しい様子は無かったため、正面の扉を開けて敷地内に――


 「門のすぐ内側に罠が仕掛けてあったというわけか。ったく、性格の悪い吸血鬼だぜ」


 誰も聞いていないと分かりながらも、翔太は思わず一人ぼやいた。

 無駄に凝った看板での謎解きといいこの罠といい、吸血鬼は暇なのだろうか。


 ――さて、まずはここがどこかを探る所からだな


 一通り自分の体の見分――特にケガはなく、荷物も無事だった――を終えた翔太は、闇の中手探りで部屋の様子を探った。


 「狭い部屋だな」


 壁伝いに一周したところ、今翔太がいるのはせいぜい三畳程の小さな部屋だということがわかった。

 残念ながら、石組みの壁には出入口らしきものは全くない。

 

 「……ん? これは何だ?」


 こつん、と足に当たった棒のようなものを拾い上げる翔太。

 持ち上げてみると、木製の棒の先端に湿った布のようなものが巻かれた代物――松明だった。


 ――なるほど、これに火をつけろということか


 幸いなことに鞄の中には火打石が入っている。

 翔太は手探りで火打石を取り出すと、床に置いた松明の頭部分に向かって打ち付けた。


 「ふんっ! ふんっ!」


 一回、二回。


 三回、四回、五回。

 まあ、映画のように簡単に着火なんてできないのだが。


 「よし!」


 都合十回ほど石を打ち付けたところで、ようやく火の粉が松明にに命中したようだった。

 

 ボワッと眩しい炎が吹きあがり、一気に部屋から暗闇が取り払われる。

 翔太は松明を持ち上げると、部屋の床、続いて壁の順番で調べていった。


 「――見つけた」


 壁の一角に何やら書かれている。

 翔太は、血のような紅い塗料で書かれたその文字を読み上げた。


 「『この星の裏側で待つ』。また謎解きか」


 いよいよ吸血鬼の目的地がが分からなくなってきた。

 翔太を捉えるだけならこんな手の込んだ脱出ゲームみたいなことは必要ないはずだ。


 「しかもまた難しい問題を出しやがって」


 今度という今度はさっぱりである。

 この惑星の裏側で待たれたところで、どう会いに行けばいいというのか。


 わからん。

 翔太は松明を床に置くと、頭を抱えるのであった。


***


 エステルは、薄暗い廊下を歩いていた。


 最初に閉じ込められていた部屋を魔法で壁を吹き飛ばすことで脱出したが、いまだに仲間たちの姿を見つけられていない。

 

 「昼間なのに、ずいぶんと暗い廊下ですね……」


 カーテンが下ろされているためなのか、屋敷の廊下は不気味なほど薄暗い。

 廊下の片側に飾られた甲冑や、壁に貼られた絵も恐ろし気に感じられた。


 「うう、ショータくんたちは無事でしょうか」


 頭に浮かぶのは、あの男の子の顔。

 ショータは、エステルの知る限り最強の魔術師であるため、そうやすやすとやられたりはしないだろう。

 だが、サラやルシー、ステラの方は心配だ。


 ――ここが吸血鬼のアジトでしたら、あまり時間は駆けられませんね


 もしかしたら吸血鬼は、エステルたちをバラバラに捕え一人ずつ血を吸うつもりなのかもしれない。

 だとすれば、既にエステル以外の誰かには魔の手が差し迫っている可能性があった。


 「誰かいますかー!」


 慎重に進んでいる場合ではないため、見つかる覚悟で大声を出してみる。

 だが、エステルの張り上げた声は虚しく屋敷内に木霊するだけだった。


 「流石に返事はありません――ん?」


 エステルの耳が小さな物音を捉えた。



 ひたひた。



 ――足音、でしょうか?


 素早く後ろを振り返るも、相変わらず廊下には人影が無かった。

 


 ひたひた、ひたひた。

 


 足音は、止まない。裸足で廊下を踏みしめるような、そんな音。


 「だ、誰ですか!? 姿を現してください!」


 返事はない。

 つまり、この足音の主は仲間ではないということだ。

 そもそもショータ達は全員靴を履いていたはずだし。



 ひたひた、ひたひた、ひたひた。


 

 足音は、だんだん近く、そして大きくなっていた。

 足音の主が確実に近づいてきているのに、いまだに影も形も、気配さえも感じられたいこの恐怖。


 ――わ、私怖いの苦手なのに……!


 こんな薄暗い廊下で急におばけと鉢合わせなんてした日には、心臓が止まってしまう。

 エステルは、半ば半べそになりながら両手を突き出し、いつでも魔法を放てる体制をとった。


 「さ、さあ! どこからでもかかってきてください! あっいきなり出てくるのは無しですよ!」


 真っ青になりながら、自分でも訳の分からないことを呟くエステル。


 

 ひたひたひたひたひたひたひたひたひた。



 「ひぃいいいいい!」


 逃げ出した。

 それはもう全力で走る。


 「こ、来ないで下さいー!!!」


 廊下を駆け抜け、階段を下りる。


 「げ、玄関は何処ですか!?」


 とにかく、一旦屋敷から出て体制を立て直すのが先決だと、長年の冒険者としてのカン――というよりも本能が命じた。


 「玄関、ありました!」


 会談を下った廊下の先に、正面玄関はあった。

 扉の隙間から入り込む明るい光は、今のエステルにとっては希望の光に見える。


 

 ひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひた。



 「いやぁああああ! は、早く外へ――どうして開かないの!?」


 無情にも、玄関の扉は固く閉ざされていた。


 「うぅ、『火球ファイアボール』! 『火球ファイアボール』!」


 もはやここまで来たらなりふり構っていられない。

 エステルは全力の火属性魔法を暗闇に打ち込んだ。

 火球の放つ光により、薄暗い廊下が眩く照らされる。

 

 闇雲に四方八方に魔法を打ち付け続け、廊下をボロボロにしたところで、エステルは手を止めた。


 ――これくらい魔法を打てば、一発ぐらい当たってるはずです。つまり、悪は滅びました!


 まだ笑ったままの膝を抱えながら、気丈にも心の中でそんなことを思うエステル。

 耳を澄ませると、例の足音は消えていた。


 「ふぅ」


 どうやら、追い払うことには成功したようだ。

 後は、正面玄関の扉を壊して外に出れば――













 「見ぃつけた」




 「いやぁあああああああああああ!!!」


***


 ――今の悲鳴、エステルか?


 閉じ込められた部屋の中で松明を前に頭を抱えていた翔太の耳にも、エステルの発した耳をつんざくような悲鳴が届いた。


 「くそっ!」


 床に拳を叩きつける。

 翔太が部屋から脱出できないうちに、犠牲者が出てしまったのだ。


 ――俺たちの中で一番強いエステルがやられたということは、サラやルシーじゃ対処できないな


 屋敷毎吹き飛ばしていいのなら、翔太には対抗手段――隕石があるが、そんなことをしたらサラたちどころかクルクス村まで吹き飛んでしまう。

 つくづく自分の力の小回りの利かなさに辟易した。


 「大体、シミュレーションゲームでプレイヤーがするそうさなんて規模が大きすぎるんだよな」


 これまでに使ったのは『隕石』と『天候操作』の二つ。

 どちらも、屋内の戦闘に対しては無力すぎた。


 「あと、俺が外の世界で使っていたのは――」


 『大噴火スーパープルーム』――だめだ、大陸が滅びる。

 『全球凍結スノーボールアース』――いや、惑星が滅びる。

 『超新星爆発スーパーノヴァ』――太陽系が丸ごと吹き飛ぶ。


 冷静に考えて、どれも役立たずこの上なかった。


 「ああ、せめて地球の反対側にワープとかできたらな……」


 そもそもが神の視点で遊ぶゲームだ。プレイヤーの移動に関する機能などあるはずがない。


 「『この星の裏側で待つ』か。そもそもこの大陸の裏側って文明あったか?」


 翔太の記憶では、まだ石器文明真っただ中だった気がする。

 まさかそんなところにいるはずもないだろう。


 「はぁ、問題は謎だし、部屋は真っ暗だし――まてよ」


 看板の時も、一問目を二問目のヒントにするような出題者だ。

 いまのこの部屋の状況も、なにか解答の鍵になるのかもしれない。


 「真っ暗な場所――深海か?」


 ピンとは来ない。

 なんとなく、今回も天体に関するクイズの予感がするし、それならば陸上で考えるべきだ。


 「陸上、真っ暗、夜――っ!」


 そう言うことか!

 

 「ったく、つくづく頭のいい奴みたいだな。その吸血鬼は」


 翔太は、床に転がる松明を拾い上げる。


 「まさかこの松明まで解答の鍵だとは思わなかったぜ」


 そう独り言ちると、翔太は肩を竦めて解答を実行するのだった。

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