20 『屋敷へ』
『//が東の時、◎の方角へ進め』
「ああ! さっぱりわからないわ!」
看板の前でサラが頭を抱えて崩れ落ちた。
「サラ、元気出して? よしよし」
「うぅ……。ルシー!」
サラの世話はルシーに任せればいいとして。
「エステル、ステラ。この記号に何か心当たりはあるか?」
「うーん……、難しいですね。今東に進んでいるので、答えは北か南だとは思いますが」
エステルにもさっぱりのようだ。
「ステラはどうだ? 村の東に行ったら『//』のマークに似ている何かがあるとか」
「ごめんなさい、私の知る限りではないですね」
「そうか……」
今回の看板には、ヒントが無さすぎる。
そもそも『//』が何を表しているのかもさっぱりだし、なぜ東が二本線で問題が二重丸なのかも謎だった。
「ふっふっふ。私、すごいこと思いついたわ!」
「すごいこと?」
いつの間にか立ち直ったサラが、不敵な笑みを浮かべている。
あれは絶対ろくでもないことを考えている眼だ。
「両方の道にさっきみたいに枝を投げて、燃えなかった方に行けばいいのよ!」
「天才か」
なるほど、確かにあからさまな罠があるのなら問題を解く必要はない。
単純に安全な道に行けばいいのだ。
「やるじゃないか。いい手だと思うぞ」
「へへーん! もっと褒めて褒めて!」
若干調子に乗っているが、サラにしてはさえてる意見だったので、翔太は軽くその頭を撫でてやった。
「さあ、早速やるわよ! ほい!」
そう言って、サラはいつの間にか拾っていた枝を右の道に投げる。
何も起こらない。
「これで左の道に投げて燃えたら決まりね!」
そう言って、サラは満面の笑みで二本目の枝を左の道に投げ込んだ。
しかし何も起こらなかった。
「なんで!?」
再び頭を抱えて崩れ落ちるサラ。
「……まあ、毎回あんなわかりやすいわなじゃないってことだな」
流石に吸血鬼さんはそこまで甘くなかった、ということだ。
――とはいえ、これで真面目に問題を考えざるを得なくなったわけだ。くそっ
正直、翔太には問題の意味すらさっぱりだった。
少なくとも翔太のいた世界では方角をこんな記号であらわすことは無かったし、もしこの世界独特の記法だとしたら分かりっこない。
「この問題を出したアステリアとかいう吸血鬼は何を考えてるんでしょうね」
エステルが、そうぽつりと呟いた。
「アステリア様は謎の多いお方ですからね! きっと私達には想像もつかないような深遠なことを考えているんでしょう!」
クルクス村出身なだけあって、ステラはやたら吸血鬼アステリアを持ち上げる。
とはいえ、エステルの発言は軽視すべきではないだろう。
正面突破で考えても分からない場合は、作問者の意図を考えるべきだろう。
吸血鬼アステリアはなぜこんな問題を出したのだろうか――
「っ! 『アステリア』ってそういうことか!」
アステリア――
ギリシャ神話に出て来る星を司る女神の名前。
――いや、まさかな
アステリアが星を表してるのは翔太が元いた世界での話だ。
この新しい世界に、そもそもそんな神話は存在しない可能性が大きい。
とはいえ、一問目は天体に関する問題だった。
今回も同じジャンルで問題が出されている可能性も考慮すべきではないだろうか。
「星、天体、太陽、月……」
「ショータくん、どうしました?」
脳をフル回転させて自身の持つ天体に関する知識を思い出す翔太に、エステルが心配そうに声を掛けた。
「ああ、悪い。ちょっと問題の答えを考えていてな。恐らくこの問題も、一問目と同じ太陽や星に関する問題だと思う」
「そうなんですか!?」
「まだ推測の域を出ていないけどな。でも、どうしてもこの記号の意味と結び付けられないんだ」
かなり惜しいところまでは来ている気がするんだけどな。
「サラ、星についてこんな記号を見たことは無いか」
「うーん……、無いわね。ルシーは見たことある?」
「ううん、無いよ」
ルシーも首を横に振った。
「そうだよな。俺もこんな記号は――」
まてよ。
今まで『//』や『◎』が何かの記号だと思っていたが、そもそもこれは記号なんだろうか。
記号じゃないとすると、何かを現した絵の可能性も――
「なるほど、そう言うことか」
翔太の頭の中で、かちりとパズルのピースがはまった音がした。
「答えは『北』だ。左の道に進むぞ」
***
「ショータくん、どうして答えが『北』だと分かったんですか?」
再び歩き始めた道で、エステルが訊いてきた。
「ああ、そのことか」
啓太は前方で談笑しながら楽し気に歩くサラ、ルシーそれにステラの様子を眺めながら、小さく頷いた。
「まず最初に気付いたのは、あれが星に関連する問題だということなんだ」
「星……ですか?」
「一問目は太陽の動きについての問題だっただろ? だから二問目も、同じ分野の可能性を考えた」
吸血鬼の名前がヒントになったのは、今は言わなくていいだろう。
偶然にしては出来すぎている気もするが、今そんなことを言っても理解してもらえない。
「なるほど!」
エステルは、感心したような声を上げた。
「流石ショータくんですね! 私にはそんな発想無かったです!」
「まあ、確信はなかったけどな」
「それでもすごいですよ! やっぱり一流の魔術師は違いますね!」
相変わらず翔太への評価が過剰なエステルであった。
「で、あの記号は何かの星を表していたんですか?」
「あれは、星の動きを描いた絵だ」
「星の動き、ですか?」
首を捻るエステル。
まだピンと来ていないようだ。
「まず東を表すとされていた『//』だが、これは東の空に見える星の軌跡を表している。東から登った星は南の空に動いていくからな」
「ふむふむ」
「で、『◎』は北の空の星の動きを表していた、ってわけだ」
翔太のいた地球では、北の空ではちょうど北極点の先にある北極星を中心に星の軌跡が円を描いていた。
この世界に北極星があるかは分からないが、星の動き方は同じだ。
「そう言うことだったんですね」
「なんだ、あんまり驚かないのな」
「うーん、驚かないというよりは、そもそも動きを意識して星を見たことが無かったので」
「まあ、そんなものか」
冒険者の生活なんて、のんびり星空を何時間も眺められるようなものじゃないからな。
サラたちがピンと来ていなかったのも頷ける。
――となると、ますますこの看板を立てた奴が気になるな
仮にこの看板を立てたのが吸血鬼『アステリア』だとすると、ずいぶんと天体に詳しい奴だ。
森の奥に引きこもっている吸血鬼とは、イメージが一致しない。
いずれにしろ後で本人に聞けばいいか、と翔太が考えた時。
「見つけたわ!」
「この屋敷です!」
前方で、サラとステラの大きな声がした。
***
「……でかいな」
件の屋敷は、深い森の緑に慣れた目にはいっそ眩しい程の、美しい建物だった。
窓の数から四階建てと思われるその屋敷は、不思議なほど傷や汚れの無い絹のような白壁に囲まれており、屋敷の周囲はきちんと整えられた石壁にぐるりと囲まれていた。
石壁と屋敷の間には様々な色の花が咲き誇り、艶やかな雰囲気を醸し出している。
それなのに、この背中に感じる冷たいものは何なんだ。
「まるで新築みたいにまったく痛んでいないですね。奇妙です」
エステルが眉を顰める。
「綺麗だと何がおかしいの?」
「サラ、伝説が但しければ吸血鬼は千年間もこの森にいるんだぞ」
「あ!」
サラがハッと目を見開いた。
もし吸血鬼がずっとこの屋敷に身を潜めているとすれば屋敷はもっと古めかしいはずだ。
――それか、この屋敷はつい最近立ったとかな
「ステラ、前に見た時も屋敷はこんな風に綺麗だったか?」
「うーん……。ごめんなさい、あの時は道に迷って焦っていたのもあってよく見てなかったです」
「そうか。ちなみに人影が見えたのはどの窓だ?」
「ああ、それならあちらです!」
ステラが屋敷の右上を指さした。
「最上階か。窓が開いているな」
ステラが示した窓は唯一開け放たれており、白いカーテンが風に揺れている。
あやしい、あやしすぎる。
「まるで吸血鬼があそこから出入りしているみたいですね」
「エステル、怖いこと言わないでよ」
サラがサッと翔太の後ろに隠れた。
おい、盾にするな。
「で、どうする?」
「もちろん入るわよ!」
「そうですね。今のところモンスターの反応はありませんし、中をあらためるチャンスかもしれません」
どうやらサラとエステルの意見は一致したようだ。
まあ、この二人が何かをためらうところは見たことないが。
「ルシーは?」
「少し怖いけど、大丈夫だよ」
珍しく表情が硬いルシーだが、決心は固まったようだ。
「ステラは入らなくてもいいぞ。ここまで案内してもらっただけでも十分だよ」
「何言ってるんですか! 私だってアステリア様に会いたいんです! 一緒に行きましょう!」
「……お前はそう言うと思ったよ」
これで結局、全員が屋敷に入ることになった。
エステルの探索魔法には何も反応していないため、今すぐに危険なことは無い。
もしかしたら吸血鬼は外出中かもしれないな。
「よし、そうと決まれば善は急げだ! 日が暮れたら吸血鬼が帰って来るぞ」
「そ、それはいやね」
「今なら危ないことは無い。慎重に行こう」
翔太の言葉に、全員が力強く頷いた。
そうだ。このメンバーはなんだかんだ優秀だ。
敵や罠に警戒しながら、慎重に探索するのには向いているだろう。
「では、開けますね」
そう言って、エステルは屋敷正面の扉を開いた。
その瞬間、一陣の風が吹く。
「よし、行こう」
翔太の言葉を合図に、一行は屋敷の敷地に足を踏み入れ――
瞬間、翔太達は真っ暗闇に落下していった。
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