19 『分かれ道』

 「私がその屋敷を見つけたのは、このあたりですね」


 机の上に広げた地図の上で、クルクス村よりやや北に進んだ地点をステラは指さした。


 「意外と近いな」


 伝説に残る吸血鬼の屋敷というからてっきり村から歩いて数日の距離を想像していたが、これなら数時間で着きそうだ。

 とはいえ、そもそもクルクス村が森のかなり深い地点にあるため、ステラの示した場所はまさに森の最奥部と言っても過言じゃない。


 「なるほど。この辺りなら吸血鬼が身を潜められそうですね。ここはナリスの冒険者たちもめったに近寄らないところです」

 「エステルは?」

 「私も行ったことは無いです。そもそもその辺りには人間が住んでいないので、依頼が来ないんですよ」

 「なるほどな」


 モンスターがうじゃうじゃいたとしても、それで困る人がいなければ討伐依頼も出てこない。

 そんな場所だからこそ、これまで存在が王都に露見しなかったのかもしれない。

 

 「ステラ、そんな奥地の屋敷をどうやって発見したの?」

 「お恥ずかしい話ですが、薬草採取中に道に迷って偶然たどり着いたんです」


 サラの質問に、ステラは照れ隠しに舌を出しながら答えた。


 ――そういえば、最初に森で出会った時もステラはうっかり小鬼ゴブリンの群れに遭遇したとか言っていたな


 つまり、唯の方向音痴ということだ。


 「ステラはどうしてそこが吸血鬼の屋敷だと思うんだ?」

 「絶対吸血鬼かと聞かれたら自信はありません。ですが屋敷の雰囲気は只者じゃなかったです! それに、屋敷の中にはがありました」

 「人影?」

 「はい。窓の向こうで神の長い影が動いてるのを見ました」


 ただでさえ人里離れたところにある屋敷に、現在も人が住んでいるとなると怪しさ満点だ。


 「怪しいわね」

 「怪しいですね」

 「ルシーも怪しいと思う」


 サラたちも口をそろえて頷いた。

 仮にその人影の正体が吸血鬼でなくとも、まず人間ではないだろう。

 そうなれば間違いなく、今回の事件の重要参考人だ。


 「決まりだな。ステラ、悪いがその屋敷まで案内してくれないか?」

 「はい! もちろんです!」


 気持ちのいい即答だった。


 「それでは、明日の朝一で出発しましょう! 今夜はもう遅いですからね」


 明り取りの窓から差し込む光は、すでに朱色に染まり始めていた。ずいぶんと長いこと話し込んだようだ。

 今から夜の森に入るのは自殺行為だし、ここはステラの言う通りにすべきだろう。


 「それでいこう。ステラ、この村に宿屋はあるか?」

 「そんなものはありませんが、この家には空き部屋がありますよ! 壁も分厚いのでバッチリです!」


 親指をビシッと立てるステラを見て、翔太は大きなため息をついた。


 「お前は何を言っているんだ」


***


 翌朝、準備を整えた翔太達はステラが書き加えた地図を参考に屋敷を目指して出発した。


 結局昨夜は、ステラの店で歓迎を受けているうちに村人が合流し、最後には飲めや騒げやのどんちゃん騒ぎとなった。

 折角の空き部屋ではなぜか村人たちが徹夜で宴会を始めたせいで、ステラを含む翔太達はステラの部屋に押し込まれて眠らざるを得なかった。

 なお、翔太はそれに加え夜中ステラからの鋭い野獣のような眼光を感じ、全く気が休まらなかった。 


 ――良く貞操を守り通したぜ、俺


 ちなみに、同じ境遇にいたサラたちはなぜか皆元気である。


 「やっしき~! やっしき~!」

 

 森に入る翔太達の先頭で、能天気な歌を歌いながらスキップしているのはサラ。

 

 「サラ、危ないよ? ルシーと手をつないで歩こう?」


 その後ろで走り出そうとするサラをたしなめているのがルシーだ。

 うん。


 年下なのにすっかりサラのお姉さんポジションに収まったルシーを見て、翔太は苦笑いした。


 ――森で拾った最初はおどおどしていたルシーも、かなり打ち解けて来たな。早く保護者を見つけてあげたいぜ


 サラが抜けているため、ルシーはどんどんしっかりし始めていた。

 恐るべし、サラの反面教師力。


 「二人ともあまり離れないで下さいよ! 村の周囲はまだモンスターが出ないとはいえ、警戒するに越したことは無いですから」


 二人の後ろを歩きながら、エステルは絶えず周囲をきょろきょろと見渡しながら歩いている。

 こういうところは、流石ナリスで一番の冒険者だ。


 翔太は、そんな三人を眺めながらステラと一緒に列の最後尾を歩いていた。

 今回は目的地がクルクス村の近くであり、かつ目的地がある程度明確になっている。そのため縦列隊形は採用されなかった。


 「皆さんは本当に仲良しですね! ずっと一緒にパーティを組んでいるんですか?」

 「いや、ほんのつい最近だよ。サラは東の平原で偶然出会ったし、エステルは昔俺とサラが出した依頼を引き受けてくれた冒険者だ。ルシーは――」


 言いかけて、少し考える。

 流石に、ルシーが森に捨てられていたことを無関係のステラに吹聴するわけにはいかない。


 「事情があってこないだから預かっているんだ」

 「そうなんですね」


 ステラは小さく頷くと目を細めた。


 「ルシーちゃんの髪の毛、すごく綺麗な銀髪ですがあれは最初から?」

 「染めたりはしていないから地毛なんじゃないか?」

 「……素敵な色ですね」

 

 目を細めてルシーを見つめるステラの顔には、羨望の色が浮かんでいた。


 「まあなんていうか、俺は金髪もきれいだと思うぞ」

 「口説いていますか!?」

 「違う!」


 折角人が慰めてあげようとしたのに。

 ステラは、やたらキラキラした金色の目で翔太を見上げてきた。


 「ショータさん、昨日のお礼はやっぱり体で――」

 「いらん!」

 「はっ! サラさん! そう言うことですね!?」

 

 どういうことだ。

 翔太は無言でステラの頭をぺしっと叩いて諫めた。


 「……その手の発言は何とかならないのか?」

 「こんな森の集落にいる独身の女なんて皆必死ですよ? 私なんてソフトな方です」

 

 斜め上の言い訳をするステラ。

 これから辺境の村に泊まる時は、必ず宿屋を利用しようと決意した翔太だった。


 ……おや?

 翔太は視線を前方のサラたちに移す。


 「ステラ」

 「はい、何ですか? 私料理はあまり得意じゃありませんが、手先は器用です!」 

 「何のアピールだ。それよりも――」


 翔太の視線の先では、サラたちが立ち止まっていた。

 その前には、どうやら一枚の看板が立っているようだ。


 「サラたちが何か見つけたみたいだ。四方山話はここまでにして、俺たちも見に行こう」




 サラたちが立ち止まった地点の正面には一本の大きな木が立っており、それを境にけもの道が二つに分かれていた。


 「ステラ、前回来たときはどっちの道に行ったか分かるか?」

 「ごめんなさい、あの時はそもそもこの道を通らなかったと思います」


 余り悪びれていない様子で、サラが肩をすくめる。


 「ということは、この看板の謎を解かなければ屋敷にたどり着かないわけだな」


 翔太は大げさにため息をつくと、改めて看板に書かれた文字を見直した。


 

 『太陽が昇る方角へ進め』

 


 めっちゃ簡単だ!

 わざわざ一生懸命看板を立てた割にはあまりにも簡単な内容だった。


 「えーっと、私達は確か北に進んでいるのよね」

 「となると、東はこちらですね」


 エステルが右の道を指す。

 この星を作った際に翔太はできるだけ地球を再現したため、自転や公転の方向は元の世界と変わらないはずだ。


 「俺も賛成だ。右に行こう」

 

 全員が頷き、翔太達は右の道に足を踏み入れようと――


 「あ、そうだ!」


 サラが唐突に声を上げた。


 「どうした?」

 「念のため、左の道に進んだらどうなるか試して見ない?」

 「罠があったらどうするんだよ」

 「わざわざそんなもの用意するかしら? でも一応確かめましょうか」


 サラは地面にしゃがむと、一本の木の枝を持って立ち上がった。 

 

 「ほいっ!」


 そんな掛け声とともに枝を投擲するサラ。

 くるくる回転しながら放物線を描いて飛んだ枝は、ぽとりと地面に落ち――


 ボウ!


 炎に包まれると、一瞬で消し炭になった。


 「「「「……」」」」


 やっぱり罠あるじゃねーか!

 しかも、相当悪質な罠だ。


 「さ、さあ! 皆行くわよ!」


 そんなサラの空元気百パーセントな掛け声を合図に、翔太達は無言で右の道を進み始めた。

 うっかり左の道に入ったら自分たちが燃えていたと考えると、背筋に冷たいものが流れる。


 「それにしても、あの看板といい罠といい屋敷の吸血鬼は何考えてるんだ?」

 「長年身を隠していますからね。一種のセキュリティなんじゃないですか?」


 前方を歩くサラたちの背中を眺めながら、ステラが首を捻った。


 「セキュリティにしては甘すぎないか? あんな誰でも解ける問題じゃあ何にもならないだろ」

 「問題があれ一つだとは思いませんけどね――ほら」


 そう言ってステラが指さす方を見ると、前方を歩くサラたちが再び立ち止まっていた。

 目の前にはさっき見たような看板が一枚。


 『//が東の時、◎の方角へ進め』



 いや、難易度上がりすぎ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る