18 『クルクス村』
「さあ、着きました!」
なおも脱ごうとするステラに無理やり服を着せ、道案内させること数十分。
驚くほどあっさり翔太達はクルクス村にたどり着いた。
「どうですか? 結構素敵な村でしょう?」
村の入口、森が開けたところでステラが得意げに言う。
確かに、クルクス村は森に囲まれている割には明るく開けた美しい村だった。
入口から正面に向かっては白壁に赤い屋根の小ぎれいな家々が並んでおり、その奥の森は切り開かれ広大な畑になっていた。
「広い畑だな。森の奥の村だと聞いていたから、てっきり小さく寂れたのを想像していたよ」
「結構発展しているでしょう? あの畑なんかは、この村で食べるための麦だけでなく街に売りに行くための作物も作っているんですよ」
村について語る時のステラはとても楽しそうだった。
恐らくステラはこの村が心の底から大好きなのだろう。
「ステラのお家はどこなの?」
「あの建物が私のお店兼自宅です!」
サラの質問に、ステラは村の一番手前に建つ一軒の家を指さした。
「素敵なお家……」
「わぁ!」
その家を見て、エステルとルシーが感嘆の声を出した。
ステラの家は大きさこそ周囲の家々と大きく変わらないが、家の周りを小さな白い花に囲まれているのが特徴的だった。
大きな茶色い扉にはその白い花で造ったと思われる大きなリースが飾られている。
意外なこと程趣味の良い家だった。
「さて――」
翔太達が一通り村と家に感動したのを確認して満足そうに頷くと、ステラはにっこり笑って再び自分の家を指さした。
「とりあえず、私のお店でお話聞きましょうか?」
ステラの薬屋の中は、小ぎれいな表と同様にきちんと整頓されていた。
小さいな天井の明り取り用の窓からは意外なほど豊かな陽光が差し込み、壁際に整然と並んだ薬棚とその中に並べられた大小様々なガラス瓶を照らしている。
正面のカウンター前には種々の植物の葉や果実が並べられており、それがまた空間に彩りを添えていた。
――表の花壇や装飾にしろ、ステラは意外にきっちりしてるんだな。頭の中はお花畑だけど
店の入口の近くには、これまた趣味の良い深い色のテーブルと椅子が二組置かれていた。
恐らく来客や商談用だろう。
そのうちの片方には既に先客がいた。
その先客――白髪の男を見つけるや否や、ステラがブンブンと大きく手を振る。
「あ! ヘルマンさん! 来ていたんですね!」
「ステラか。待っていたんじゃよ。薬草を少しばかり売って欲しくてな」
ヘルマンと呼ばれた男はステラににっこり笑いかけると、視線を今入ってきた翔太達に移す。
「こちらは?」
「私のお客さんです。王都からやってきた冒険者だそうです。……そうだ!」
ステラはポンと手を叩くと翔太達の方を振り返った。
「皆さん、良かったらヘルマンさんにもお話を聞いて貰いませんか? ヘルマンさんはこう見えてもこの村の村長なんです!」
***
「さて――」
めいめいの自己紹介が終わり、全員が店内の椅子に腰かけ終えたタイミングで翔太が口を開いた。
表の扉にはしっかり『準備中』の札をかけてある。
「先ほどステラから紹介されたが、俺たちはナリスからやってきた冒険者だ。依頼を受けてこの森にやってきた」
「依頼とは何じゃ?」
「吸血鬼討伐です」
その瞬間、ヘルマンとステラが目をスッと細めた。
「吸血鬼討伐の依頼がナリスに? 一体誰がどうして依頼したんだね?」
ヘルマンの言葉からは先ほどまでの暖かさが無くなっていた。
ステラも先ほどまでの抜けたような表情から一転、眉間にしわを寄せて険しい表情を作っている。
――何か俺がまずいことを言ったのか?
二人の態度の変化が理解できない。
「ショータくん、ここは順を追って説明した方がよさそうですね。私から事情を話します」
「ああエステル、頼んだ」
部屋の空気の変化を敏感に察知したエステルが助け舟を出してくれた。
ここは話者を変えてヘルマンとステラの態度をやわらげておいた方がいいだろう。
「ではショータくん、何か漏れていたら補足をお願いしますね」
そう言うと、エステルは事のあらましをゆっくりと語り始めた。
森の中で
ナリスの街中でも同様の死体が見つかったこと。
森の中で死体が見つかった範囲が、吸血鬼の噂が根付く地域とよく一致すること。
教会側の見立てとしては、この死体は呪いの類であり、森の中でこのような呪いを扱えるのは吸血鬼だろうということ。
「そんなわけで、事態を重く見た教会は本件を吸血鬼による仕業と仮定して私達に討伐依頼を出したんです」
「吸血鬼の呪いですか……」
腕組みして話を聞いていたステラが、ぼそっと呟いた。
若干その口元が緩んでいるようにも見える。
「ヘルマンさん。ここ最近何か不審な出来事はありましたか? 不審な死体とか」
「いや、この村では特に無いですな
「『この村』では?」
少し引っかかる言い方だ。
ヘルマンは、頭を掻きながら答えた。
「以前、隣村で何か騒ぎが起きていたとは小耳に挟んだことがある」
「ヘルマンさん、それがどんな騒ぎだったか覚えてるかしら?」
身を乗り出して尋ねたサラの質問に、ヘルマンはわずかな間天井を見上げた。
「あくまでも噂だが――村人が何人もいっぺんに亡くなったらしい。実際、うちの村の若い衆で神父様の一団を目撃したものもいたはずだ」
「そうですか。それが恐らく我々の追っている呪いですね」
ヘルマンの証言はラインマイヤーから聞いた森の中の事件とよく一致していた。
神父の一段とはまさに、教会が派遣した調査団なのだろう。
――この村は外れか
道に迷っていたところを偶然拾い上げられたのは幸運だったが、どうやらこの村では事件が起きていないようだった。
なにも起きていない以上、吸血鬼退治の参考になるような情報も期待できない。
――とはいえ、念のためにダメもとで確認ぐらいはしておくか。
「無いとは思いますが、この村の周辺に吸血鬼に関するうわさや伝説なんかは――」
「ああ、いますぞ」
「はい、いますね!」
え!?吸血鬼いるの!?
まさかの即答に翔太は思わず椅子から飛び上がった。
「そ、それはどんな奴なんですか? 誰か村で襲われた人は――」
「いや」
ヘルマンは翔太の言葉を制すると、首を横に振った。
「誰かが最近姿を見た、というわけじゃないんだ。ただ、この村は昔から吸血鬼『アステリア』様の恩寵を受けてきたという言い伝えがあるんじゃ」
「『アステリア』様? それが吸血鬼の名前なの?」
「そうだ」
サラの質問に、ヘルマンはひときわ力強く頷いた。
「この村の住人ならだれでも知っている話だが、せっかくの機会だから私が話そう」
そして、ヘルマンはクルクス村の伝承をぽつりぽつりと語りだした。
「これは、この村ができた時の物語じゃ」
***
今から千年前――
まだベルベナ王国すら存在せず、大陸ではいくつもの小国が覇権を争って戦乱に明け暮れていた時代。
当時大陸南部の平地に住んでいた人々は、戦火を免れるため戦いの無いドゥンケル大森林に逃げ込んだ。
彼らはそこで、幾つかの小さな集落を形成することとなる。
しかし、当時から森には
逃げまどいおびえる相手が武器を持った人間からモンスターに変わった、程度のことだ。
そんなある日、森の北部のひときわ寂れた集落に一匹の吸血鬼が現れた。
『アステリア』と名乗った彼女は、全身に深い傷を負っていた。
「アステリア様は我々の祖先にこう提案したのじゃ。『私を匿ってくれればこの村の用心棒になりましょう』と」
「用心棒?」
「吸血鬼はそこそこ強い。集落を時々襲撃してくる小鬼程度なら追い払えると、彼女が言ったそうだ」
モンスターにおびえる寂れた集落としては、吸血鬼は貴重な戦力となる。
「それで、当時の祖先達は提案を受け入れた。彼女が村に住むことを許し、その代わり用心棒を頼んだんじゃ」
ボディーガードの効果はてきめんだった。
それ以降集落の周囲に小鬼等のモンスターが現れることはぱたりと無くなり、平和になった集落は一気に発展していった。
モンスターにおびえる必要がなくなったため堂々と森を切り開き新たな畑を開墾し、それに伴い人口も少しずつ増えていった。
千年たった今では木こりや鍛冶屋等の商売も発展し、少しずつ貨幣経済が浸透するまでになった。
「だから、我々クルクス村の人間は皆アステリア様に感謝しているんじゃよ」
少し遠い眼をしながら語るヘルマン。きっと、この村は本当に吸血鬼と共生してきたのだろう。
「でも吸血鬼は吸血鬼よね? そのアステリアって吸血鬼も血を吸うんでしょ?」
若干しみじみとした雰囲気に水を差すサラ。
流石だぜ。
「さあ、それは私どもは知らないですな」
「知らない?」
「アステリア様が他所で何をやっているかは分かりませんが、少なくともこの村で彼女が血を吸ったという話は一度も聞いていない」
後半に向かってヘルマンの語気が強まる。
明らかに、サラの質問に気分を害したようだった。
「その吸血鬼は今どこにいるの? まだこの村の中に住んでるの?」
「彼女が村に住んでいたのは遠い昔だ。今は村を出ているが、それでも村を見守ってくれる約束は果たしてくれているんじゃ」
この村が未だにモンスターの襲撃を逃れている、ということだろう。
「だからの、私はその不審死とアステリア様が関係しているとは思えない。申し訳ないが君たちの依頼に協力してあげることはできないよ」
***
ヘルマンが引き上げた後、翔太達はステラの店の一角で額を寄せ合っていた。
ちなみに、ステラは席を外している。
「で、どう思う?」
「怪しいですね」
「うん、怪しいと思う」
翔太の問いかけに、エステルとルシーが頷く。
「まず、千年生きている吸血鬼というのが怪しすぎるわ。そんな例、聞いたことも無いもの」
サラの言う通りだ。
仮に物語の始まりが事実だったとしても、同じ吸血鬼がそれだけ長い期間生きながらえるとは考えにくい。
「そうなると、ヘルマンさんの話は嘘ということですね」
「エステル、嘘とは限らないと思うぞ。彼らが吸血鬼を崇拝していることは本当なんだ。何か思い込みや勘違いの線もある」
たまたまモンスターの縄張りから外れているのを、吸血鬼伝説と結びつけているような可能性もある。
神話あるあるだ。
「俺的には吸血鬼はもうこの村の周辺にはいないんじゃないかと思う。まず第一に、例の不審な死体がこの村では見つかっていないし、第二に千年の間血を吸わなくて平気な吸血鬼なんていないだろ?」
吸血鬼が血の見返りもなく協力的なんて話は聞いたことが無い。
仮に村の外で人間を襲っていても、それだけ長い間活動していれば情報が広まり討伐されるだろう。
「……本当にいないのかな?」
「ルシー?」
「あのね、吸血鬼は人を操るんでしょ? この村にやってきた吸血鬼が皆を操っているかも――」
ガチャリ。
ルシーの言葉を遮るタイミングで、店の扉が開いた。
そこには、両手いっぱいに薬草の袋を抱えたステラが立っている。
「あ、皆さんごめんなさい! お待たせして」
「いや、大丈夫だよ」
てきぱきと薬草を仕分け始めたステラの背中を見ながら、翔太は慎重に言葉を選んで話しかける。
「あー、ステラ。ヘルマンさんを紹介してくれてありがとうな。それで、どうやらこの村の吸血鬼は俺たちが探しているものじゃなさそうだし、そろそろお暇しようかと――」
「何言ってるんですか!」
ステラが振り返る。
「これからが本番ですよ!」
その顔には、いたずらっぽい笑みが見え隠れしていた。
「今から、皆さんを吸血鬼のところまで案内します!」
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