17 『森の音』

 翔太達が森に入って数時間が経囲まれた

 

 「なあ、本当にこの方向であってるのか?」

 「あっていますよ。時々魔法で方角を確かめているので」


 休憩無しで同じような木や草に囲まれた道を進み続ける行軍は、中々にキツイ。

 先頭を歩く翔太のぼやきは、しかしやや後ろを歩くエステルに否定された。 


 「最初に様子を見る予定の村までは直ぐにつくんじゃなかったっけ?」


 吸血鬼討伐に当たり、翔太達はまず一番最近被害が確認されたという村を目指していた。

 その村まではナリスから東にまっすぐ進めば一時間程度で着くはずだったが、今のところ影も形も見られない。


 「ショータ、自分が歩くのが遅いのをエステルのせいにしちゃだめよ」


 ぐっ。

 流石サラ、痛い所をついてくるぜ。


 「せ、先頭で草をかき分けながら進んでるからな!」


 道なき道を進む一行の先頭を歩くため、先ほどから翔太は背丈ほどもある草をかき分けたり、大きな倒木をよけたりと道を拓く役回りも担っていた。

 そこのところ、その後ろを楽々歩いているサラにはわかって欲しいものだ。


 ……まあ、それを考慮しても翔太の進みが遅すぎる、というか遅くなっているのは否定できないのだが。

 現代日本ではこんな長距離を歩く機会なぞめったにないため、既に翔太の足はぱんぱんだった。


 「ルシーは疲れていないか? 無理するなよ」

 「大丈夫! ルシーはまだ全然歩けるよ!」


 残念ながら、ルシーをダシにした休憩ゲット作戦は失敗だった。

 ルシーはというと、無邪気にもぴょんぴょん飛び跳ねて元気をアピールしている。


 負けたぜ。

 


 「エステル、そろそろここで一旦休憩でも――」

 「駄目ですよ」


 鬼だ。


 「こんな見通しの悪い森のど真ん中で休憩していたら、モンスターに襲ってくださいって言っているようなものです。村に着くまでは頑張りましょう」

 「……はい」


 正論だけに、何も言い帰せないのが悲しかった。


 ――こうなったら一刻も早く村を見つけてやる


 そろそろ本当に、足が故障しそうである。

 翔太は棒のようになった足を奮い立たせると、再び歩き出すのだった。



 再び歩き始めてから数十分。

 土を踏みしめる音と風が木々を揺らす音だけを聞いてきた翔太の耳に、聞きなれない物音が飛び込んできた。

 

 甲高い音――金属音だ。


 「ショータどうしたの? お腹でも痛いの?」

 「シッ!」


 唇に指を立ててサラの軽口を制すと、翔太は目を閉じた。


 「……金属同士がぶつかる音、それに人間の声」

 「ショータくん、何か聞こえるんですか?」

 

 どうやら、エステルにはまだ聞こえていないようだ。


 「あっちの方から物音が聞こえる」


 翔太は音のする方向を指さした。


 「あちらですか?」


 エステルたちが翔太の示した方向をじっと見つめる。

 しばしの静寂。


 「何にも聞こえないわよ」

 「ルシーも聞こえない」

 「まじか」


 しかし、エステルだけでなくサラとルシーにも聞こえていないようだった。

 

 ――どうして俺にしか聞こえていないんだ?


 こんなにはっきりした音に、探索魔法を使いこなすエステルを含めた他の三人が気付かないのは奇妙である。

 考える理由としては翔太がゲームの外から来たことぐらいだが……。


 「いずれにしろ何の音か気になる。見に行っていいか?」

 「ショータくんが気になるのなら、確認した方がいいと思います! 何かの手掛かりかもしれませんしね」

 

 こういう時にエステルが翔太を信じて任せてくれるのは、ありがたい。


 「そうと決まれば、ちゃっちゃと行くわよ! さあ!」


 うん、サラの何も考えていない前向きさも嫌いじゃないぞ。

 ルシーも含めた全員が頷くのを確認すると、翔太は音のする方へと草をかき分けていった。


 近づけば近づくほど、音は大きくはっきりしていった。

 金属と金属のぶつかる音に交じって複数人が土を踏みしめる音。


 ――誰かが戦っている?


 あたかも金属の武器同士で撃ち合っているかのような音である。

 こんな森の奥地で戦闘が発生しているのなら、少なくとも片方はモンスターだろう。


 翔太が目の前の草むらを無言で指さすと、エステルは小さく頷くと何かの呪文を唱え始めた。

 おそらく嵐竜戦のときと同じ探索魔法を使っているのだろう。周辺の生き物の気配を読み取る便利な魔法だ。


 ――エステルがモンスターの位置を見極めてくれるだけで、モンスターからの奇襲を防げるな。ありがたい


 恐らく何か危険が迫っていればエステルが警告を発してくれるはずだ。

 後はただ音のする方に慎重に進んでいけば――



 ガサガサッ!


 突然、翔太のすぐそばの草むらが揺れた。


 「ショータ!」

 「ショータくん!」


 後ろで、サラとエステルが警告を発する。どうやら、流石に今回の音は二人にも聞こえたようだ。

 続いて剣を抜く音。おそらくこれはサラだろう。


 「ショータくん、むやみに動かないでください!」

 「ルシーは私の後ろに隠れててね!」

 「ううん、ルシーもショータを守る」


 翔太の後ろで三人とも臨戦態勢に入ったようだ。

 これで少なくとも、奇襲を受けたと際に対抗できる。


 「誰だ!」


 音のした草むらを凝視しながら翔太は大声でそう問いかけた。

 返答はない。


 「人か?」


 まだ返答がない。

 どうやら人間ではなさそうだと確認できたので、翔太は腰に差した剣にゆっくりと手を伸ばした。

 右手で柄を握りしめ、それをゆっくり引き抜こうと――


 「助けてください!」

 「わぷっ!」


 突然草むらから飛び出してきた金髪のお姉さんに飛びつかれた。


***


 「すすすすすみませんでしたぁ!」


 森の中でわずかに開けている大きな木の根元に腰を下ろした翔太達に向かい、金髪のお姉さんは見事なスライディング土下座を決めた。


 「ぶつかったところは大丈夫でした……?」

 「ああ、問題ない」


 嘘である。

 お姉さんの後頭部がクリーンヒットした翔太の顎にはまだ鈍い痛みが残るが、それをねちねち言っても仕方が無い。

 

……別に飛びつかれた時にお姉さんの豊満な胸部を顔に押し付けられたからおあいこというわけではない。

 決して。


 「ああよかった! 私のせいでケガさせたらどうしようかと思いましたよ!」


 お姉さんは、そう言ってホッと胸をなでおろした。

 その動作で、胸部がどぅるんと揺れる。


 「「……」」

 

 サラとエステルがお姉さんを見る目の温度が一層下がった。

 うん。


 気を取り直して。


 「で、そろそろ何があったか教えてくれよ」


 ようやく本題に入れそうだ。


 「ああ、すみません! えーっと――」

 「翔太だ」

 「ショータさんですね! 私はステラと申します。ついそこのクルクス村で薬屋を営んでいます!」

 「クルクス村か……結構ずれたな」


 クルクス村は、翔太達が最初に探している村からは大分北にそれたところにあったはずだ。

 ちらりとエステルの方を見ると、エステルは目をそらして口笛を吹いていた。

 

 あいつめ。


 「私はいつも森で薬の材料になる薬草採集をしているんです。今日は、解毒薬の材料を集めに来ていました」

 

 ドゥンケル大森林には薬草の類が豊富に生えている。


 「ところが今日は、ついつい森の奥に入りすぎてしまって。おかげで小鬼ゴブリンの群れに囲まれたんです!」

 「小鬼!? 大丈夫だったの?」


 サラが心配そうに訊いた。

 まあ、小鬼の恐ろしさは身をもって理解しているからな。


 「危ない所でした! 何とか応戦していたのですが、流石に十頭もいたので倒しきれず……」


 ステラはそう言って腰に差した短剣をぽんぽんと叩いた。

 短い剣一本であんなに恐ろしい小鬼十頭を相手に生き残るとはかなりの実力者なのだろうか。


 ……翔太とサラが弱かっただけという説もあるが。

 


 「それで仕方なく撤退したんです。ショータさん達に合流できたので小鬼たちも諦めたみたいですが、そうじゃなければお昼ご飯に間に合わないところでしたよ! 本当に助かりました!」


 逃げ切れる前提なのね。


 「是非お礼をさせてください! 貰ったものは返さないと気が済まない主義なんです! 何でもしますから!」


 そう言って再び土下座体制に入ったステラを眺めながら、翔太は腕を組んで考えを巡らせた。


 ――ステラは森に詳しそうだし、今回の目的を話して調査に協力してもらうのはありかもしれないな


 エステルの方を見ると、目が合った。

 恐らく翔太と同じことを考えているのだろう。


 サラとルシーは――


 「ねえねえルシー、なんでもお礼してくれるって! 何がいいかしら?」

 「ルシーはお腹空いた」

 「そうよね! ここはひとつ美味しいものでも……」


 あいつらはこういう時当てにならないので放っておこう。


 「そこまで言うならステラ、一つ頼みがあるんだ」

 「わかりました!」


 そう言うと、ステラは元気よく立ち上がり――勢いよく上着を脱いだ。


 「善は急げ、ですね! ショータさんは野外も行けるクチですか!?」


 いや、行けないクチです。

 というかなんで脱ぐ。


 「さあ、あっちの草むらに行きましょう!」


 片手で翔太の肩をぐいぐいと押しながら、もう片方の手で服のボタンを一つずつ外していくステラ。


 「ちょっと待て!」

 「ステラ、何してるのよ!」

 「ステラさん、ストップです!」

 「何ですか?」


 翔太、サラ、エステルの三人に呼び止められたステラは、きょとんとした表情で首を傾げた。

 ちなみにルシーは、サラに目を塞がれている。教育に悪いからな。


 「念のため聞いておくけど、ステラは今からお礼しようとしてくれてるんだよな?」

 「はい! ……なるほど! 全員一緒がいいんですね!」

 「良くないわ!」


 翔太は、その手があったか、と手を打ったルシーの頭を思いっきりはたいた。


 「そんなお礼は求めていない!」

 「でも、こういう時のお礼って大体そっち系――」

 「そんなわけあるか!」


 なんだか一気に疲れがひどくなった気がして、翔太はがっくり肩を落とした。


 「だってショータさんはこんな可愛い女の子を連れているじゃないですか! 私も手籠めにしたくないんですか!?」

 「手籠めってなんだよ! こいつらは冒険者としてのパーティ仲間だよ」

 「ええー!!?」


 大げさに驚くステラ。

 絶対またロクでもないことを言うぞ。

 

 「乱○パーティ仲間ですか!?」

 「違う!」


 この頭の中お花畑がっ!


 「俺たちはそんな関係じゃないし、お前にそんなお礼を期待しているわけでもない」

 「……じゃあ何してほしいんですか? 言っておきますけど、私お世話になったお礼ができないと全身に蕁麻疹出ますよ!」


 どんな面白体質だ。

 

 「さあ、出来るものなら私を満足させられるようなお礼を言ってみてください! ほらほら!」


 謎に上から目線なステラに対し大きくため息をつくと、翔太は自らを落ち着かせるようにゆっくりと告げた。


 「俺たちをクルクス村に連れて行ってくれ」

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