16 『合格判定』

 「ルシー、魔法の使い方わからない」

 「「「ええーーー!?」」」


 ルシーの発言に、エステルとサラが驚きの声を上げた。

 ついでに翔太も。


 ――確かにルシーは魔法が使えるなんて一度も言ってなかったけど。けど!


 サラと一緒になって楽しそうに準備体操をしていたり、真剣に試験方法に耳を傾けていたり。

 余りにも堂々とした態度だったため、翔太も含めてすっかり全員ルシーが魔法を使えると思い込んでいた。


 くそっ……、これが叙述トリックか。


 ゲフンゲフン。


 「ルシー魔法使えなくてごめんなさい……」

 

 翔太達の反応にルシーがしょんぼりする。その目にはうっすらと涙が滲み始めていた。


 「ちょっとエステル! ルシー泣いちゃったじゃない!」

 「ど、どうしましょう!」

 「何でもいいから簡単な魔法教えられないの? 氷が溶かせなくても魔法が使えれば喜ぶと思うわよ」

 「教えてすぐに使えるような魔法は……」


 翔太の横で小声で会話するサラとエステル。


 「エステル、あんな小さい子を泣かせたままでいいの?」

 「うっ……それは」

 「とにかく魔法っぽい力を何でもいいから見つけて褒めて、合格を出すのよ。それで四人全員で森に行きましょう!」


 半分――いや、八割程自分の願望にまみれたサラの言葉だったが、意外と押しに弱いエステルは受け入れた。


 「……わかりました」


 エステルは下を向いたままのルシーのところに行くと、しゃがんで顔を覗き込んだ。


 「ルシーちゃん。この測定は魔法が使えるかじゃなくて魔力があるかを図るのが目的です。だから、今魔法が使えなくても不合格じゃないですよ」

 「でも、氷溶かせないとルシーを連れて行ってくれないんでしょ?」

 「溶かせなくても、私が溶かせそうって思ったら合格です!」


 なんだその謎ルールは。


 「とにかく一回私がコツを教えるので、使ってみましょうか。その様子を見て合格かどうか決めますね」

 「……うん」


 エステルはルシーの頭をぽんぽんと叩いた。


 「火属性の魔法を使うときは、まず心の中で赤い色を思い浮かべるんです」

 「赤い色?」

 「はい。できるだけ鮮やかな赤い色を思い浮かべてください」

 「やってみる!」


 そう言うと、ルシーは固く目を閉じた。きっとその脳内では一生懸命エステルのアドバイスを参照していることだろう。


 「思い浮かんだら、それを出したい形――今回は球の形に押し込めるイメージです!」

 「球の形、球の形」

 「そうです! そうしたらその球を掌にゆっくり移動させて」

 「うん!」


 以外にも、エステルは懇切丁寧に教えてくれているようだ。


 「そうしたら、その球を手のひらから放って!」

 「えい!」


 ルシーはそう叫ぶと、思いっきり掌を前に突き出した。


 「……うう」


 だが当然というか、掌からは煙一つ出ない。

 ルシーはがっくりと肩を落とした。


 「『火球ファイアボール』! 見てみて! さっきより氷が解けたわ!」


 うん、あそこでぴょんぴょん跳ねている金髪は無視しよう。

 ちらりと見たところ、最初の一撃と何ら違いを感じなかったし。


 「ルシー、やっぱり駄目なの?」

 「る、ルシーちゃん! もう一回やってみよっか! 今すごい魔法が使えそうな気配がしました!」


 どんな気配だ。

 

 「今度は、使いたい魔法の名前を詠唱しましょうか。まずはサラさんと同じ『火球ファイアボール』で行きましょう!」

 「……わかった」


 ルシーは目尻を袖で拭うと、再び氷の方を向く。


 「いいですか、『火球ファイアボール』ですよ!」


 エステルは、そう言うとルシーを真横から真剣な表情で見つめた。

 わずかな褒めるポイントも見逃さないぞという気迫を感じる。


 「行くね」

 

 ルシーが両腕を氷に向けると、きゅっと目をつぶった。


 「まずは赤。それからえーっと……、まあるい形で――」


 固唾を飲んで見守るサラとエステル。

 ルシーが一発で魔法を使えるようなことは考えられないため、泣き出す前に褒めちぎる作戦で行くのだろう。


 数秒後、ルシーは目をぱちっと開けて叫んだ。


 「『火球ファイアボール』」



 その瞬間、ルシーの両の掌から紅蓮の炎が勢いよく吹き出した。


 「うおっ!」

 「きゃっ!」 


 瞬間的に空気が熱されたことによる猛烈な上昇気流により翔太はバランスを崩し地面に倒れ伏す。

 声の様子からしてエステルも同じ目に合っているようだった。


 「え、エステルさん! 早く消化してください!」


 炎の向こう側から、必死なオットマーの叫びが聞こえる。

 ……声の位置的に炎の中にいるようだが大丈夫だろうか。


 炎の勢いは止まらず、今や中庭の火柱は天を衝くほどに煌々と燃え盛っていた。

 この分だと、教会の建物に延焼するのも時間の問題かもしれない。


 「エステル! このままだとまずいぞ!」

 「わかってます! 『グレート流水ストリーム』!」


 瞬間、翔太の横に立ったエステルの掌から大量の水が勢いよく噴射された。

 大量の水は燃え盛る炎に降り注ぎ、徐々にその勢いを弱めていく。


 十秒ほどで、火は消し止められた。

 後に残ったのは黒焦げの地面と、全身びしょびしょになったオットマー。


 「えーっと……」


 流石のエステルも、掌を突き出したまま呆然としているルシーになんて声を掛けていいか戸惑っているようだ。

 サラは――


 「『火球ファイアボール』! ……駄目ね」


 うん、あいつは放っておこう。


 「ルシー、怪我はないか?」

 「……うん」


 ルシーの肩に手を置いて声を掛けると、ルシーは小さく頷いた。

 起こった現象への戸惑いからか、なんだか元気がない。


 「ごめんなさい。ルシー、ちゃんと火をまるい形にできなかった」

 「でもちゃんと氷は溶けただろう? 合格だと思うぞ。 な、エステル」

 「え、ええ! 合格ですよ!」


 エステルがブンブンと首を縦に振った。


 「これだけの魔法が使えれば、吸血鬼退治も問題ないです!」



 こうして、サラとルシーも吸血鬼討伐についてくることになった。


***


 教会での魔法力測定の翌朝。

 一晩かけて支度を整えた翔太達は、日が昇ると同時にドゥンケル大森林に向けて王都ナリスを出発した。

 

 「前回の嵐竜討伐の時と違って森は広大です。今回は一日や二日では終わらないと思ってください」

 

 ぽっかり巨大なクレーターが空いた東の平原を歩きながら、エステルは冒険者の先輩としてのアドバイスをくれる。


 「森の中には吸血鬼以外にも危険な場所やモンスターがうじゃうじゃいます」


 うじゃうじゃいるのか。


 「途中で離ればなれことも想定して今回は一人につき一つ荷物を持ってもらってますが――」


 エステルの言葉通り、今回の旅ではルシーを含めて全員が荷物を担いでいた。

 中身は簡単な地図と食料、それにロープや火打石と言ったサバイバルキット――仮に一人きりになっても数日は生存できるように、昨日街で買いそろえたものだ。


 「――それでも一人だけはぐれたらまず助からないと思ってください。なので、森に入ったら隊列を崩さずに進みましょう」

 「隊列?」

 「はい、吸血鬼を探すには街道を外れて狭いけもの道に入る必要があります。そこは一列で進むのが一番安全です」


 一列か。

 確かに、狭い道で散らばって歩くよりもその方が敵に対処しやすい気がする。


 「順番ですが、まず一番危険で警戒が必要な最後尾を私がつとめます」


 そう言ってエステルが自分自身を指さす。


 「その前は一番よわ――ゲフンゲフン、一番大人ということでサラさんにお願いしようかと」

 「ええ、任せて!」


 エステルが言いかけて誤魔化したところはサラには聞こえていないようだ。

 おめでたい耳である。


 「その前はルシーちゃんですね。ルシーちゃんは吸血鬼の魅了に耐性があるので、列の二番目で前方の警戒をお願いしますね」

 「うん! ルシー、頑張る!」


 元気よく手を挙げるルシー。

 昨日の一件で、理由は不明だがルシーにとてつもない魔法の才がある事がわかった。

 そのため、いざというときは魔法を使った攻撃も担ってもらうことになる。


 ――昨日の夜エステルがつきっきりで基本的な魔法を教えていたからな。どれくらい使いこなせるようになっているのか


 ポテンシャルが規格外なルシーのことだ。戦力としては十分頼りにしてよさそうだ。


 「それで、先頭はショータくんにお願いしますね」


 やはり、エステルは一番重要な列の先頭を翔太に任せてきた。

 唯一人翔太の実力を知る人物として、尊重してくれているのだろう。


 「ああ、任せてくれ。パーティの目になって敵の警戒に当たる役回りだろ?」

 「いえ、違います」

 「え」


 違うの?


 「ショータくんには、吸血鬼をおびき出すエサという大切な役割がありますから!」

 

 あ、そう言えばそうでしたね。

 相変わらず容赦のないエステルは、とびっきりの笑顔を作ると翔太にこう言った。


 「ちゃんと美味しそうに歩いてくださいね!」


 どんな歩き方だよ!

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