15 『魔法テスト』

 ラインマイヤーとエステルの押しに負けて吸血鬼討伐を引き受けることになった同日の午後。

 翔太達はギルドでの受注手続きを済ませると再び教会を訪れていた。


 「……すいません、何度も」

 「いえいえ、こちらからのお願いです。手伝えることが合ればなんでも言ってください」


 頭を下げる翔太に対し、ラインマイヤーは手を振ってにっこりと笑った。


 「どうせ普段は大して使っていない中庭です、好きに使ってください、それに――」


 ラインマイヤーの目がきゅっと細くなる。


 「エステル以外のあなた達の実力にも興味がありますから」

 「……いやほんと、期待しないでくださいね?」


 ラインマイヤーはきっと新しい教会魔術師の卵でもいないかと探しに来たようだが、残念ながら当ては外れるだろうな。

 翔太は心の中でそっと謝罪する。


 ――なにせ、実力チェックされるのはあの二人だからな……


 小さくため息をつく翔太の視線の先では、サラが腕まくりして屈伸運動をしていた。


 「ふんっ! ショータ、見てなさいよ! ほっ!」


 ずいぶん気合の入ったストレッチだが、残念ながら準備運動で魔法が使えたら学校はいらない。

 サラは相変わらずずれるな。


 「ルシーも、えいっ! 頑張る。よいしょ」


 その横では、見よう見まねで同じ体操をするルシー。

 すっかりサラの悪影響を受けてしまったようだ。


 ――午前中二人を一緒にしたのは間違いだったな……


 昼過ぎに翔太とエステルが戻った時にはやたら仲良くなっていた二人だ。

 まあ、元々精神年齢は同じようなものだからな。


 「さあ、やりましょう! 私達の実力を見せつけてあげるわ!」


 何かをやり遂げたかのように額の汗をぬぐって、サラが爽やかに言い放つ。

 

 その様子を見ながら、翔太はついさっきの宿屋での会話を思い出してため息をついたのだった。


***


 「やだやだ! 私もついて行くわ!」

 「ルシーも! ルシーも行く!」


 渋々吸血鬼討伐を引き受けた翔太は、エステルと共にサラたちへの報告に行った。

 そこで、サラとルシーが自分たちもついて行くと言い始めたのだ。


 「二人とも、吸血鬼はものすごく強いですよ」


 珍しくエステルが説得する側に回る。

 それでも頬を膨らませたまま不満顔をする二人に、エステルは懇切丁寧に言って聞かせた。


 「いいですか? 嵐竜の時とは事情が違います。ドラゴンは基本的に直接攻撃主体なので私一人でもショータくんとサラさんをかばいながら戦うことができました」


 おっと、なんだか引っかかる言い方だな。

 まあ事実だけど。


 「でも、吸血鬼はあらゆる魔法を使いこなします。特に魅了の魔法は強力で、ある程度強力な魔法を使いこなす魔力が無いとあっという間に操られてしまいますよ」

 「え!? そうなの!?」


 思わず声が出てしまった。

 そんな情報あは全く聞いていない――おそらくラインマイヤーとエステルはわざと言わなかったのだろう。


 ――騙したな!


 キッとエステルを睨みつけるが、エステルは何を勘違いしたのか頬を緩めた。


 「もちろん、ショータくんなら大丈夫ですよ!」

 「いや、あの――」

 

 確かに翔太にはゲームプレイ時と同じ操作ができるという規格外の力があるようだ。

 だが、おそらくそれはこの世界の魔法とは仕組みが異なっているため、吸血鬼の魅了を弾き返せるかと問われれば正直なところ自信がない。


 「私だって魔法ぐらい使えるわ!」

 「ルシーもできるもん!」


 なおも食い下がるエステルとルシーを見て、エステルは肩を竦めてこう言った。


 「わかりました。そこまで言うのなら、テストしましょう」


***


 「さて、始めましょうか」


 教会の中庭に集まった翔太達の前に、エステルが腕組みをしたまま仁王立ちする。


 「ええ、私の実力を見せてあげるわ!」

 「ルシーも頑張る」


 拳を握りしめるサラとルシー。

 あの二人、さては楽しんでいるな。


 「これから皆さんには、王立魔法学院でも使われている魔法力測定を受けてもらいます」


 エステルの声も、心なしか弾んでいる気がする。

 翔太には何となく、エステルが試験官ポジションを気に入っているように感じられた。


 「いいですか? 友情は友情、実力は実力です。手加減しませんよ!」

 「「はい!」」


 元気よく手を挙げるサラとルシーも気合十分だ。


 なんだかんだ言って翔太も楽しみではある。

 サラの本当の実力がどれくらいなのか――はあまり興味ないが、魔法力測定なんてファンタジーしていていいじゃないか。


 「それでは、測定方法を発表しますね」


 そう言ってエステルがどや顔で指を鳴らそうと――乾いた音しかならなかった。


 「ゲフン。オットマーさん、例の物をお願いします」

 「はい、今持って行きますね」


 指パッチンで呼ぶことは諦めたのか、エステルは顔の横で手をポンポン鳴らしてオットマーを呼んだ。

 頑張って格好つけているようだが、某国民的演芸番組で座布団運びを呼ぶときのようにしか見えない。


 さて。

 魔法力測定とは一体どんな方法でやるのだろうか。

 ファンタジー物の定番なら、念じるだけでスキルが出て来るカードとか水晶玉とかが相場か。


 ――正直ちょっとわくわくするな。俺も別に普通の魔法が使えないと決まったわけじゃないしな


 翔太が持つのが特殊な力とは言え、測定方法次第ではチートクラスに高い値が出るかもしれない。

 サラへの説明が面倒くさい以外は、そうやって一目置かれるのも悪い気分じゃない。


 今回テストするのはサラとルシーだが、後でこっそり触って自分の実力を測ってもいいかもしれない――



 「エステルさん、氷を持ってきました!」

 「ありがとうございます。そこに置いてください」


 オットマーは、台車に乗せて運んできた巨大な氷の塊を四つ中庭に並べた。

 ……氷?


 「エステルさん、この氷にはどんな魔法が込められているんだ?」

 「全然違いますよ。地下の氷室から持ってきた普通の氷です」

 「え」


 普通の氷?

 

 「この世界の普通の氷は触ると魔力が表示されるのか?」

 「……ショータくん、悪いものでも食べました?」


 エステルが本当に心配そうな顔をしてくる。胃が痛いぜ。


 「これは水を凍らせただけの普通の氷ですよ。わざわざ魔法を込めたりなんてしていません」

 「じゃあ、いったいどうやってこれで魔法力を――」

 「ふふ、今から説明しますよ」


 エステルは手を挙げて翔太の言葉を制すると、にやりと笑う。

 そのまま並べられた氷の前に立つと、翔太達の方を向いて口を開いた。


 「吸血鬼は火が弱点なので、今日は火属性魔法の力を測定させてください」


 エステルが勢いよく後ろの氷を手で指し示した。



 ついに魔法力測定の方法が明かされるが――


 「皆さんには、魔法でこの氷を溶かしてもらいます」


 ――それは想像よりも大分脳筋な方法だった。


***


 「じゃあ、まずは私がお手本を見せてあげますね」


 エステルはそう言うと、一番端の氷に掌を向ける。


 「『グレート火球ファイアボール』!」


 嵐竜戦の時と比べてかなり抑えた火球がその掌で生成され、正確に氷に放たれた。

 氷に衝突した火球は、包みこむにして燃え上がる。


 「まあ、こんな所ですね」

 

 エステルが得意げに振り返る。

 その肩越しに見えていた炎が消えると、氷は水たまりすら残さず跡形もなく消え去っていた。


 「……すごい」


 サラが口をぽかんと開けて思わずそう漏らした。

 嵐竜戦の時からわかっていたことだが、エステルの実力はやはり本物だった。


 「さあ、次は三人の内誰から行きますか?」

 「わ、私がやるわ!」


 サラが元気よく手を挙げる。

 こういう場合にめげないところは流石だ。


 「じゃあ行くわよ!」


 サラはエステルが溶かした氷の一つとなりの氷に掌を向ける。


 「見てなさい! 『火球ファイアボール』!」


 全力で張り上げたティアの詠唱。

 それに応えるかのように、魔力の奔流がその両腕に流れ込む。

 両腕の中で渦巻く魔力は、唯一の出口である掌から噴出すると勢いよく氷に向かって――


 勢いよく――


 「……」


 カタツムリ並みの速度で放たれた小さな火球は、氷に触れた瞬間に露と消えた。

 サラの魔法は、氷の表面の霜を一か所だけ小さく濡らしただけだった。


 「き、今日は調子が悪いみたいね」

 「サラさん、不合格です!」

 「そ、そんなー!!」


 頭を押さえて大げさに落ち込むサラ。

 まあ、サラの魔法を何度も見たことある翔太にとっては想定通りの結果だったが。


 「ねえエステル、お願いだからもう一度だけチャンスをちょうだい! 置いてかないでー!」

 

 見た目年下のエステルの服の裾を掴んだまま這いつくばって泣きじゃくるサラ。

 

 ――こいつ自信過剰なくせにプライドは全くないのな


 振りほどいても縋りついてくるサラの押しの強さに、エステルは小さくため息をついた。


 「わかりました、じゃあ残り二人の内一人でもクリア出来たら皆で行きましょう。メンバーの内半分でも魅了に対抗できれば何とかなると思います」

 「本当!?」


 サラの顔が途端にぱあっと明るくなった。

 

 「お願い、ルシー! 氷を溶かして!」

 「うん、ルシー頑張る」

 「ショータは……応援よろしくね!」

 「おい」


 他人の実力にはやたらシビアなサラだった。

 まあ、これまでの戦いで翔太が普通の魔法を使えないことはすっかりバレてしまっているが。


 「じゃあ、次はルシーさんですね」

 「うん、ルシーこの氷にする!」


 元気よく手を挙げて、ルシーはサラが挑戦した氷の隣を指さした。

 そのままとてとてと氷の前まで歩いていくと、両手をスッと氷に向ける。


 「ルシー! 成功したら後で果実水奢るわよ!」

 「うん!」


 物で釣ったよ。


 一旦笑顔でサラに手を振ったルシーは、再び真剣な表情で氷に向き合った。


 「ではルシーちゃん、お願いします!」

 「行くよ!」


 エステルの合図で、ルシーは氷に狙いを定め――


 


 「ルシー、どうしたの?」


 たっぷり一分ほど無言の時間が続いた後、しびれを切らしたサラが尋ねると、ルシーは困ったような表情で振り返ってこう言った。


 「ルシー、魔法の使い方わからない」

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