14 『依頼主』
「おや、あなた達はたしか……あの時の」
「その節はお世話になりました、ラインマイヤーさん」
応接室のソファーにゆったりと腰かけて柔和なほほえみを浮かべるラインマイヤーに、翔太は恭しく頭を下げた。
エステルから依頼を持ち掛けられた翌朝、翔太は依頼の詳細確認のためにエステルと共に教会を訪れていた。
ちなみに、サラは二日酔いのため宿に寝転がっており、ルシーは来ても話が分からないだろうという理由で残してきた。
いくら二日酔いでも、サラもこっちの世界基準なら立派な大人だ。ルシーの面倒くらい見られるはずだ。
……大丈夫だと信じている。
「それで、要件はなんでしたかな?」
「はい、こちらのエステルが伺った吸血鬼討伐の件についてです」
「なるほど、その件ですか」
眼鏡の奥でラインマイヤーの眼がキラリと光った。
「私からもショータくんに話しましたが、ショータくんがちゃんと直接お話を聞きたいと言ってましたので」
「ラインマイヤーさん、忙しい所をすみません。ですが、エステルより今回の依頼はあの
結局、あの死体と吸血鬼の関係はエステルもラインマイヤーからちらりと聞いただけだった。
サラの夢の謎を解く手がかりである以上、ここはしっかりと話を聞いておきたい。
「確かショータさんは、あのご遺体の第一発見者でしたね。何か気になっている点でもあるんですか?」
ラインマイヤーが真剣な表情で訊いてくる。
翔太は作り笑いを浮かべると、顔の前で手をひらひらさせた。
「いえいえ、そんな深い理由は無いです。ただ俺がこの前発見したあの遺体と関係あると聞いて興味を持っただけです」
「興味、ですか」
「ええ。唯の好奇心です」
ラインマイヤーは真剣な顔のまま何かを読み取ろうとするかのように翔太の眼の奥を覗き込んだ後、表情を崩した。
「そう言うことでしたら、是非お話ししましょう。吸血鬼討伐に行かれる際にも役に立ちますからな」
「ありがとうございます!」
……ん?
今、「吸血鬼討伐に行かれる際」とか言わなかったか?
なぜか
ラインマイヤーはそんな翔太の様子を興味深そうに見つめた後、語り始めた。
「まず今回の吸血鬼ですが――」
ベルベナ王国東部に広がる深い森――ドゥンケル大森林には、昔から吸血鬼伝説があったという。
広大な森の中にも小さな村や集落は点在している。
吸血鬼は、そんな村や集落の間で古くから口伝されてきた怪物だった。
曰く、森の最深部には恐ろしい吸血鬼が住んでおり、近づいたが最後全身の血を吸われて死んでしまう、と。
その姿を見て生き残った者はいないため詳細な容姿や住処は明らかになっていないが、身長が普通の倍はあろうかという大男だったり白髪を振り回す老婆だったりと様々な姿で語り継がれてきている。
そんな、あくまでも民間伝承のような吸血鬼が教会の注目を浴びたのはここ一カ月のことであるという。
「森の中の集落で、不審死が相次いでいるという報告が入ってきたのです」
「不審死?」
「はい。亡くなった方々が天国に行けるようにお祈りするのが私達教会の大切な仕事の一つですが、ここ一突きの間に森の中に出かけた神父たちから奇妙な報告が上がってきたのです」
ここにきて、翔太にはラインマイヤーが何を言おうとしているのかがわかった気がした。
「神父たちが言うには、いずれのご遺体も
「……あの死体と同じ?」
「はい」
報告を不審に思った教会は魔術師達も動員して調査を開始した。
住民たちへの聞き込みを行ってるうちに捜査線上に上がってきたのが、吸血鬼だったという。
「不審死の起きた場所と吸血鬼の伝承が残っている場所が偶然とは思えない程よく一致するのです」
「吸血鬼が血を吸うとあのようなあざができるんですか?」
「いえ、そのような話は私の知る範囲ではないですな。私の個人的見解では、あれは何か呪いのような類に見えますな」
呪い。
確かに、翔太も目撃した裏路地の死体の様子は呪いを受けて衰弱しきったと説明されれば納得できてしまうような見た目だった。
「吸血鬼は呪いを使うのか? そもそもどうしてわざわざ呪う必要が――」
「残念ながら、そこのところはまだわかりかねます」
矢継ぎ早にされた翔太の質問に対し、ラインマイヤーは残念そうに首を横に振った。
「吸血鬼に関してはそこのエステルの方が詳しいと思いますよ」
ラインマイヤーの目くばせに、エステルは小さく頷いた。
「はい、私はこれまで何度か吸血鬼を討伐してきました。中には、簡単な魔法を使う吸血鬼もいました」
「でもエステル、あんなあざを残すような呪いは簡単な魔法なのか?」
「いえ、すごく高度な魔法だと思います。私でも解析できないほどの」
驚いた。
自信家のエステルが珍しく自分の至らなさを認めるとは。
なんだかんだ、自分の専門分野には真摯なのかもしれない。ドラゴンには突っ込むけど。
「ショータくん! 私だってちゃんと自分の実力は分かっていますよ!」
表情から翔太の言いたいことがわかったのか、エステルが頬を膨らませた。
「じゃあ、どうして今回の呪いが吸血鬼の仕業かもしれないって思うんだ?」
「特別なんです」
「特別?」
ラインマイヤーの方をちらりと見ると、エステルの言葉に小さく頷いていた。
「私がこれまで戦ってきた吸血鬼達は、長くてもせいぜい誕生してから数十年でした。ところが、ドゥンケル大森林の吸血鬼伝説は確認しただけで五百年以上前からあります」
「んなっ……!」
翔太のいた世界では、吸血鬼は不死身の象徴であった。
エステル曰くこの世界でもそれは変わらず、吸血鬼はその肉体が滅びない限りは決して死ぬことは無いという。
だが、彼ら彼女らは生きていく上で当然人間を襲う必要がある。
死んだことによって理性を失った頭で襲撃を重ねれば当然目立つし、マークされる。
「いくらドゥンケル大森林の奥に住むとは言え、何百年も吸血鬼が見逃されてきたのは以上です」
エステルが、スッと指を二本出した。
「考えられる理由は二つです。一つは、複数の吸血鬼の伝説が混同されている可能性」
エステルが指を一本折る。
確かに、それは納得感のある説明だった。
たまたまドゥンケル大森林にいた別々の吸血鬼がそれぞれ住民の間に伝わり、いつしかそれが長きにわたる一つの吸血鬼伝説に集約されていく。
「もう一つは、その吸血鬼が私がこれまで戦った吸血鬼達よりも遥かに強い可能性」
人知を超える魔力を持ち何百年にわたって人類の討伐から逃れてきた吸血鬼。
……それは考えたくない可能性だな。
「エステル、ありがとう。ショータさん、私どもとしてはこの両面の可能性を追っています」
エステルの話がひと段落したのを見越して、ラインマイヤーが口を開いた。
「これをはっきりさせるためにはやはり森の中に調査に行かざるを得ません。それでまずはこの教会に協力してくれる魔術師で一番腕の立つエステルに声を掛けたのです」
「ちょうど私も吸血鬼の素材を探していましたしね!」
元気よくブイサインを作るエステル。
――さっき今回の吸血鬼が『遥かに強い』とか言ってたのに全く躊躇しないのな
前言撤回。エステルはどうやら今回もよく考えずに依頼を引き受けたらしい。
まあ、エステルの実力なら仮に吸血鬼が強くても逃げおおせるだろう。
吸血鬼の話を聞くと、改めておとり役を引き受けなくてよかったとホッとする翔太。
「そうか、俺もエステルなら何かやれるんじゃないかと思う。頑張って――」
「いやあ、でもショータさんに手伝って貰えることになって助かりましたよ」
え?
ラインマイヤーの口ぶりに、若干の違和感を感じるぞ。
「エステルから聞きましたよ。流石に今回は一人だと危険ということで、ショータさんが手伝ってくれると名乗り出たと」
「そんなこと誰が――まさか!?」
慌ててエステルの方を見ると、エステルは明後日の方向を向いてわざとらしく口笛を吹いていた。
「エースーテールー!」
「な、何かしら? ヒューヒュー」
全く更けていない口笛を鳴らして全力で翔太から目をそらすエステル。
――エステルの奴、外堀を埋めるためにラインマイヤーに俺が討伐を受け入れたって言いやがったな。なんて奴だ
とにかく誤解を解かねばと、翔太は慌てて弁解しようと口を開く。
「ラインマイヤーさん、聞いてください。俺は別に――」
「いやあ、本当にありがたい!」
ラインマイヤーががっしりと翔太の手を取った。
有無を言わせぬような強い力で、翔太の手が固く握りしめられる。
「いや、ですから――」
「今回の事件は、我々教会としてもほとほと困っておりましてな。お二人の力で解決できれば、お礼は弾みます!」
がっちりと握られた翔太の手の上に、ラインマイヤーのもう一方の手が重ねられた。
翔太に何も言わせない気だ。
――まさか……、こいつらグルか!
相変わらず目をそらすエステルと、にっこり笑って無言で手を握りしめて来るラインマイヤー。
どうやら、この教会に来た時点で翔太ははめられていたようだった。
こうなっては逃げ場がない。
「わかったよ。その吸血鬼退治を手伝うから、ちゃんと報酬は出せよ」
翔太は大きくため息をつくと、がっくり肩を落とすのだった。
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