13 『新しい依頼』

 「皆さんすっかり出来上がってますね」


 翔太達のテーブルの惨状を見て、エステルが若干引き気味に言う。

 べろんべろんに酔っぱらったサラは、隣の椅子を枕にしてだらりとつぶれており、ルシーは、いつの間にかテーブルに伏せてすやすや眠っていた。


 「俺以外はな」


 そう言って、翔太は精一杯肩をすくめた。

 最も、葡萄酒によって紫色に染まった服を見る限りはサラたちの同類だとおもわれても仕方が無いが……。


 「私も一杯だけ飲みますね」


 そう言うと、エステルは慣れた様子で店員に葡萄酒を注文した。

 

 「さて――」


 空いている席に腰かけてから、エステルは寝ているルシーを指した。


 「この子はどうしたんですか?」

 「ああ、ルシーのことか。今朝、サラと一緒に森の中で拾った」

 「拾った?」


 エステルが首を傾げた。


 「まあ、なんていうか、森の中で独りぼっちだったんだよ。それで保護したんだ」

 「……そうですか」


 なにやら含みのある言い方である。

 エステルはルシーの髪の毛をそっと持ち上げた。


 「銀髪ですね」

 「ああ、珍しいのか?」

 「実物は初めて見ました」


 エステルはルシーの髪の毛をそっと置くと、やや声を落とした。


 「この子をどうするつもりですか?」

 「最終的には、保護者に返そうと思ってる。だけど、森の中に一人で置き去りにされているところを見るに家族と敵対しているかもしれないからな。しばらくは預かって身元を調べるつもりだ」

 「……そうですか」


 エステルは数秒間、なにか思案しているかのような真剣な表情で天井を見つめ、それから表情を緩めた。


 「とにかく、その子から目を離さないでくださいね」

 「ああ。まだ幼いからな」


 翔太の発言に、若干エステルがジト目になったような気もしたが、気のせいだろう。

 なにやら責められているような気分になり、翔太は強引に話題を変えた。


 「で、吸血鬼の方の詳しい話を聞いてもいいか?」

 「もちろんです。ちょっと待っててくださいね」


 エステルは懐から羊皮紙を一枚出した。


 「これは?」

 「ショータくんに見せてもらった、記憶喪失の薬に必要な材料です」


 言われて覗き込むと、確かにその羊皮紙に書かれているのは翔太が以前オットマーに渡された素材リストだった。

 エステルのリストでは、ほとんどの素材名が線で消されている。


 「この、決してあるのはもう私が見つけたものです」

 「……マジで?」


 昨日の今日というのに、すでに大部分の素材が集まったというのか。

 しかも、消された名前の中には大鬼オーがの角だとか一角獣ユニコーンのたてがみのような、明らかに一癖も二癖もありそうな素材もあった。


 ――嵐竜討伐の時も思ったけど、エステルって実はけっこうヤバい魔法使いなんだな


 なんならあの時も一人で嵐竜と互角に戦っていたほどだ。


 「エステルはすごいな」

 「へへっ、師匠程じゃないです」

 「……頼むから師匠って呼ぶのはやめてくれ、な?」


 サラが聞いたら絶対興味津々で理由を聞いてくる。たまったものじゃない。

 ちらりとサラを見ると、顔を真っ赤にして机に突っ伏したままだ。

 助かったぜ。


 「こほん。失礼しました、ショータ君。それで――」


 わざとらしく咳払いすると、エステルはリストの一か所を指さした。


 「残っている素材の中で唯一、ショータくんの協力が必要なのがこれです」

 「……『吸血鬼ヴァンパイアの血』か」


 リストの一番下に載っている、いまだに線で消されていない名前を読み上げる。

 名前からして絶対楽な素材じゃないだろうな。


 「吸血鬼ってのはどれくらい強いんだ?」


 嵐竜討伐すら一切躊躇しなかったあのエステルが助けを求めに来たのだ。ドラゴンよりも強いのを覚悟した方がいいだろう。


 ――どのフィクションでも吸血鬼は最強格扱いされているからな……


 しかし、エステルの答えは意外なモノだった。


 「弱いですよ」

 「えっ」


 弱いのかよ。


 「確かに、慣れてないと危ないこともあるかもしれませんが、弱点がはっきりしている分戦いやすい相手です」

 「弱点って言うと、ニンニクとか十字架とかか?」

 「十字架――が何かはよくわかりませんが、ニンニクなんて効かないですよ」


 翔太の乏しい吸血鬼対策知識は、一瞬で全否定された。


 「じゃあ、どんなものが効くんだ?」

 「火属性の魔法ですね」

 

 なるほど。さすが魔法のある世界だと、対策もシンプルだ。


 「吸血鬼といっても、しょせんは動く死体ですからね。伝説に出てくるような神級の吸血鬼ならまだしも、そこら辺の吸血鬼なんて燃やせば瞬殺です」


 なんとなく、燃やして瞬殺したら必要な『血』が回収できないような気がしたが言わないでおこう。

 

 「そんなもんなのか。でも、それならエステル一人でも簡単に対処できるんじゃないか?」

 「それが、そうもいかないんです」

 「見つけるのが大変なのか?」


 手分けして探して欲しい、ということなのか。

 しかし、エステルは首を横に振った。


 「いえ、近くまで行けば私の探索魔法を使えばすぐに見つけられると思います。でも――」

 「でも?」


 一体エステルは翔太にどんな役割を期待しているというのか。


 ――確かに俺には、小回りが利かないもののエステルを超える火力の魔法がある。でも普通の火属性魔法で瞬殺できる吸血鬼相手に俺の火力が必要になるような場面なんて無いと思うんだが……


 エステルは、翔太の秘密を知っている。少なくとも今回は、翔太の力がどこかで必要になるということ――


 「私一人だと、吸血鬼をおびき出せないんです!」

 

 おや?

 今エステルが気になることを言ったぞ。

 おびき出す? 俺が?

 

 「吸血鬼は、異性の血を好みます。私が仕入れてきた情報によると、今回のターゲットは女性の吸血鬼で――」

 「ちょっと待て。もう一回説明してくれないか?」


 エステルの言い方だとまるで、吸血鬼が翔太の血を吸おうと出てきたところを退治するかのように聞こえた。


 ――いや、あれだけ俺のことを師匠、師匠って呼んで慕ってくれているエステルだ。流石にそんな雑な扱いはしないはず


 大丈夫。エステルはあれで意外と常識のある子だ。

 信じてるぞ。


 「ショータくんには、エサ役をやって欲しいんです」

 「エステルさん!? 俺の扱いが雑すぎないか?」


 そんなど真ん中ストレートに『エサ役』って言われたら……。

 現実は非情だ。


 「でも、ショータくんなら吸血鬼に血を吸われそうになっても強いから大丈夫ですよね?」

 「いや、あの」

 「他の男の冒険者に頼んでもいいんですが、うっかり命を落とされたら悲しいじゃないですか」


 ということは、普通に命を落とすリスクがある役割ということなのね、うん。

 まあ、吸血鬼の縄張りに血を吸われに行くことを考えたら、当たり前だ。


 「念のため聞いておくが、吸血鬼に血を吸われたらどうなるんだ?」

 「死にますね」


 はい。死にますか。


 「その後、眷属にされて体が腐りきるまで人間を襲い続けることになります」

 

 いくら何でも悲惨すぎないか? 

 というか、エステルの話を聞けば聞くほど吸血鬼が手強い相手に思えてきた。


 そもそも、この世界でエステルほどの火属性魔法が使える冒険者がどれだけいるのか。

 

 ――さては、吸血鬼が弱いっていうのはエステル基準だな


 「でも、ショータくんなら吸血鬼の牙を防ぐぐらい簡単ですから関係ないですね!」


 にっこりと、一切の邪念が無い笑みを浮かべながら、エステルは元気よく言った。


 はい、無理です。


 「というわけなので、協力お願い――」

 「断る!」

 「ええっ!?」


 翔太の食い気味の拒絶に、エステルは文字通り椅子から飛び上がった。

 顔に浮かぶ驚愕を見る限り、本当に心の底から翔太なら二つ返事で受けると思っていたのだろう。


 残念だが、いつも二つ返事でなんでも協力すると思ったら大間違いだ。

 ゲームの中で吸血鬼に殺されるなんてまっぴらごめんだね。


 「ど、どうしてですか!?」

 「いや、普通に考えてモンスターの餌役とか嫌だろ」


 残念ながら翔太にはそっちの趣味はない。


 「私がこんなに頼んでもですか!?」

 「うん」


 精一杯の上目遣いでのお願いを無下に断られ、エステルはがっくりと顔を落とした。

 残念ながらエステルとはせいぜい数日前に出会ったばかりの関係だ。

 たまたま嵐竜討伐で共闘しただけで、無理なお願いを聞き入れるほどの深い仲じゃ無い。


 「そうですか、わかりました……」


 そう言って力なく立ち上がると、エステルはとぼとぼとギルドの出口に向かって歩き出した。

 去り際に、ぶつぶつと呟きながら。


 「今回の吸血鬼を捕まえれば、あのだらけの死体の謎も解けると思ったんですが――」

 「ちょっと待て」


 翔太は慌ててエステルの肩を掴んだ。


 「ふぇ!? どうしたんですか、ショータくん」

 「その吸血鬼に興味が出てきた。もう少し詳しく効かせてもらえないか?」


 途端に、エステルの顔がぱあっと明るくなる。


 「手伝ってくれるんですか!?」

 「いや、まだ手伝うとは言っていないぞ。エステルが今討伐しようとしている吸血鬼について、知りたいんだ」

 「そういうことなら、依頼人に聞くのが早いと思います!」

 「依頼人? 誰だ?」


 首を捻る翔太を見て、エステルはいたずらっぽく笑った。


 「教会です」 

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