11 『銀髪、紅い眼』

 「で、その『当て』っていうのがこれなんだよな……」


 翔太は周囲の森を見渡して、大きなため息をついた。


 サラ曰く、夢の意味を解くためには冒険者ギルドに登録してある程度の戦績を上げて有名になる必要があるという。

 そんなわけで、翔太は今朝サラに半ば拉致されるようにして冒険者ギルドに連れていかれ、そこで無理やり冒険者登録させられたのだ。

 剣を握ったことすらない冒険者なんて初めて聞いたぞ。


 ――受付のお姉さん、驚いていたな。昨日の依頼人が今日の冒険者だもん、そりゃそうだ


 どう考えても無謀だった嵐竜討伐を破格の大金で依頼した人物として、既にサラはナリス冒険者ギルドで有名人だった。

 それが今度は、『わたしたち、今日から冒険者になるわ』だもんな。

 

 ――あの時のギルド内のざわめきが忘れられないぜ


 有名になる、という意味では翔太達はすでにその奇行で成し遂げたと言ってもいいかもしれない。


 「サラ、無事にナリスに戻れたら、やっぱりほかの道も考え直さないか? 一番簡単な薬草採取ですらこのざまだぞ」


 どこの世界に最初の採取クエストに失敗する冒険者パーティがあるというのか。

 一応、これでもいきなりモンスター討伐を引き受けようとするサラを無理やり引き留めた結果だ。

 小鬼ゴブリンに手も足も出なかった癖に大鬼オーガやら吸血鬼ヴァンパイアを討伐しようとするとは、まったく学習能力のないやつである。


 ――まあ、そういう意味では俺は足手まといでしかないんだが……


 先日の嵐竜討伐で、翔太には『プラネッタ』で使っていたアクションを同じように使うスキルがある事がわかった。これで少なくとも自分の身は守れる。

 だが、隕石や雷を落とすような小回りの利かないスキルは冒険者という職業には最も役立たないものだ。

 まさかゴブリン一匹倒すのに隕石落とすわけにもいくまい。

 そもそも採取クエストには無力すぎる。


 「何言ってるのよ、ショータ! 昨日ちゃんと話して聞かせたでしょ? 私の夢の謎に迫るには、ベルベナ王国の宮廷魔法使い達が持っている情報が必要なのよ!」


 勿論、サラがこんな忠告を聞き入れるはずが無かった。


 「冒険者として名を上げることで宮廷魔法使いとのコネができる、だっけ?」

 「そうよ。私達にはこの国でのコネが無いじゃない! それに、今から何年もかけて王立魔法学院を卒業するのもじれったいでしょ」


 そもそも魔法の才能皆無のサラは入学すらできないだろうというのは、この際言わないでおこう。


 サラ曰く、ベルベナ王国においてほとんどの魔法使いは三つの集団に属しているらしい。


 一つ目が、エステルのような冒険者ギルド所属魔法使い。冒険者として日々モンスター討伐に明け暮れる彼らは、攻撃魔法の優れた使い手が多い。

 二つ目が、オットマーのような教会所属魔法使い。主に怪我や病の治療を生業とする彼らは、治癒魔法や魔法薬についての知見が豊富だ。

 そして最後、三つ目が王家直属の宮廷魔法使いだった。この国の魔法使いヒエラルキーの頂点に立つ彼らは、大規模な儀式魔法や新たな魔法技術の開発によって王家に貢献している。


 その宮廷魔法使い達ならば、おそらく夢の中で見た出来事を解析するすべもあるだろう、ということだった。


 「昨日も言ったけど、優れた冒険者は国にとってもぞんざいには扱えない人材なのよ。だからこそある程度の無茶な要求も通るし宮廷魔法使いと話す機会もきっとあるわ」


 強い冒険者は街周辺のモンスター討伐に収まらず、国家を揺るがすような強大なモンスターが現れた時の切り札になり得る。

 そのため、各国は自国の冒険者組合に所属する実績のある冒険者には最大限の待遇を約束するのだ。

 それに、宮廷魔法使いに頼らずとも有名冒険者同士のコネクションも使える。


 「まあ、そこに関してはサラの言う通りだと思う。となればまずは、薬草を取ってナリスに戻らなきゃな!」

 「……問題はそこなのよね」


 大変すばらしい計画ではあるのだが、残念ながら最初の一歩で躓いてしまったようだ。


 周囲を見渡しても木、木、木。

 景色は先ほどから一向に変わらないままだった。


 ――唐突にこの森を熟知してる新キャラでも出てこないかな……



 若干現実逃避しながら、翔太がひときわ大きい木の裏に回り込もうとした時だった。


 「ぎゃあ!」


 木の根元に転がっていたにつまずいた翔太は、勢いよく顔から地面に突っ込んだ。


 「ショータ、転んだの!? 可愛いー!」


 道に迷ったことをぐちぐち言われた仕返しとばかりに、すかさずニヤニヤするサラ。

 よし、あいつは後で転ばせよう。


 翔太はそう決心しながら、自らを転ばせたに目をやった。


 「……っ!」

 「ショータ、大丈夫? 怪我したの?」


 翔太がからかいに応じないのを見てサラが不安そうな声を出した。


 「サラ、説明するより見せた方が早い。こっちに来てくれ」

 「……わかったわ。一体どうした――」


 木を回って翔太のところに来た瞬間、サラが言葉を止めた。その眼が大きく見開かれる。


 「ショータ、その子は?」

 「ここに転がっていた」


 そう言って、翔太は木の根元に転がっていたを指さした。


***


 「うん、これでいいわね!」

 

 冷たい地面の上では風邪をひいてしまうと翔太の膝の上に寝かせた少女に、サラはいそいそと自らの上着を着せた。

 少女の身長はサラよりも頭一つ分ほど小さいため、上着一枚でも全身がすっぽり隠される。


 「綺麗な髪……」


 サラははらり、と地面に垂れる少女の髪を手に取ってため息をついた。

 肩まで届こうという少女の髪は、太陽のようなサラの金髪とは対照的な、月のように静かに穏やかに輝く銀髪だった。


 「本当に綺麗な髪だな。手入れも行き届いている」


 森の中で倒れていた割に、その髪の毛には全く汚れが付いておらず絹のように滑らかなままだった。


 「そうね。恐らくかなり身分の高い家の子じゃないかしら」

 「貴族の関係者か。そんな子が、どうしてこんな森の中に全裸でいるんだろう?」

 「それは……」


 サラが言葉に詰まった。

 これで身なりがボロボロであれば捨て子かもしれないが、貴族の子だとしたらなんとも奇妙だ。


 「……もしかしたら、何か政争に巻き込まれたのかもしれないわね」

 「政争か……」


 誰かが政敵の娘であるこの少女を誘拐、若しくは殺害しようとした、と言いたいのだろう。


 「もしそうなら、俺たちはまずいことに首を突っ込んだのかもな。ベルベナ王国なのかローラス王国なのかは知らないが、どこかの貴族を敵に回すことになる」

 「見捨てるの?」

 「……いや、そういうわけにはいかないだろう」


 流石にここで少女をもう一度森に置き去りにできるほど翔太は冷たくない。


 「まずは、この子に話を聞こうじゃないか。本当はそこら辺の村娘かもしれないしな」

 「そうね」


 サラがそう言って頷くのを見て、翔太は少女の肩をゆすった。


 「ほら、起きろ」

 「んー……あさぁ?」


 目を閉じたまま、少女がぼんやりと言葉を発した。


 「そうだ、朝だぞ。もう起きる時間だ」


 そう言って再び優しくその肩をゆすると、少女の眼がゆっくりと開いた。


 「おはよう。気分はどうだ?」

 「……すっきり」


 ぱっちりと開いた目で翔太を見つめたまま、少女は今度ははっきりとそう言った。

 その眼には、ビー玉のように光る深紅の瞳がはまっていた。

 ずっと見ているとまるで吸い込まれそうな不思議な感覚に陥るような、そんな眼だ。


 「あなた、お名前は?」


 少女は新たに話しかけてきたサラの方に目線を動かした。

 しばらくして、その口からぽつりと言葉が漏れた。


 「ルシー」

 「そう、ルシーね。ルシーは何処から来たのかしら?」

 「……わからない」


 ルシーは首を捻った。


 「ルシー、どうしてここにいたのか覚えているか?」

 「ううん、わからない」

 「家族や友人で覚えている名前はある?」

 「……ない」


 翔太とサラの質問のいずれにも、ルシーは首を横に振るだけだった。

 質問攻めが怖かったのか、その瞳がうっすらと濡れている。


 「サラ、どうやらルシーは混乱しているみたいだな。何も覚えてなさそうだ」

 「そうね。あんまり質問攻めしても可哀想だし、続きは落ち着いてから聞きましょう」

 「……それがいいな」


 サラとの話がまとまり、翔太は再びルシーの方を向いた。

 翔太達の話し合いの意味が分からなかったのか、きょとんとした表情をしている。


 「ルシー、俺たちは一旦街に戻ろうと思っている。お前もついてくるか?」

 「うん!」


 満面の笑みで頷くルシー。


 「でもショータ、そもそも私達森から出られなくて困ってたんじゃないかしら」

 「あっ」


 そう言えばそうだった。

 かっこよくルシーについて来いと言ったものの、そもそも翔太達が森から出られないという状況は変わってない。


 「サラ、今度こそお前に道案内を任せよう。出口までの案内頼むぞ」

 「そのくだりはさっきやったわよ。私にもさっぱり道が分からないって言ったじゃない」

 「そうだったー!」


 万事休す、だ。

 せっかくルシーを救出したものの、モンスターたちのディナーを少し増やしただけかもしれない。


 翔太とサラががっくりと肩を落とすのを見て、ルシーが不思議そうな顔をした。


 「今から森を出るんだよね?」

 「ああ。だけど、道がわからないんだよ」

 

 ものすごく無邪気な表情をしているルシーには申し訳ないが、隠していても仕方ない。


 しかし、ルシーの表情は曇るどころかぱあっと明るくなった。


 「大丈夫だよ!」

 「大丈夫? どういうことだ?」


 翔太の質問に、ルシーはにっこり笑うと森の奥を指さした。


 「そこを出るとすぐに街だよ」

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