08 『勝利の後で』
日がすっかり沈んだころ、翔太達はナリスの街にたどり着いた。
エステルが冒険者ギルドへと依頼の達成を報告しに行くと言い出したため、翔太達は依頼人として付き添った。
「は、はい。確かに嵐竜の討伐を確認しました」
討伐証明としての黒焦げになった嵐竜の頭が二つ置かれたカウンターの向こうで、受付のお姉さんの顔は若干、というかかなり引きつっていた。
「これで依頼達成ですよね?」
「も、もちろんです。今手続きをいたしますので少々お待ちください」
淡々と確認するエステルと、引き気味のお姉さんが対照的である。
――そりゃそうだ。なんせ嵐竜討伐を一日で成功させちゃったんだもんな。それも二匹
そもそもが成功をあまり期待されていない高難易度依頼を、日帰りでこなしたのだ。これくらいの驚きをもって迎えられるのも当然だろう。
「ショータ君、サラさん。報告終わりました」
暫くして、エステルはパンパンに膨らんだ皮袋を握りながら戻ってきた。恐らくその中には今回の報酬が入っているのだろう。
「よかったわね! あんなに焦げてたから、信じてもらえなかったらどうしようかと思ったわ!」
エステルと受付のお姉さんのやり取りを見守っていたサラは、そう言って満面の笑みをこぼした。
そこは流石ギルド職員、モンスターの鑑定はお手の物なのだろう。
「これで私達も立派なドラゴンスレイヤーね!」
「いや、それはエステルだけだろ」
サラは本当に何もしていないからな。
討伐の成功で上機嫌のサラは、そんな翔太のツッコミも笑顔で受け流した。
「でも、これで無事私達は嵐竜の鱗を手に入れたわけだし、エステルも依頼を達成できたわ! めでたしめでたしね」
「まあ、それはそうだな。エステル、ありがとう」
個人的には、嵐竜の鱗は見つけられなかった方が都合がいいが……。
「エステル? どうしたの?」
報告を終えて戻ってきたエステルがやけに静かなのに気付き、サラがそう尋ねた。
エステルはややうつむき加減で、じっと右手に握った報酬の皮袋を見つめていた。たしかに、無事にドラゴン退治を成功させて大金を手にしたというのに。浮かない顔だ。
自信家のエステルなら、サラに負けじとどや顔を披露してくれるものだと思っていたのだがが……。
ややあって、エステルは皮袋を握ったままの右手を翔太の方向に突き出して、こう言った。
「ショータ君、これあげます」
……今なんて?
「今回の報酬は、私じゃなくショータ君が受け取るべきです」
「ええええええええ!!!」
あまりに突拍子もないエステルの発言に、サラが叫び声を上げた。
「なんだなんだ?」
「どうした?」
その声を聞きつけて、ギルドの中がざわめき始めた。
これはまずい。
「エステルさん! ちょーっとこっちに来ようか!」
「どうしてですか?」
「いいから!」
翔太は半ば無理やりエステルの腕をつかむと、そのまま部屋の隅まで連れて行った。
ここなら盗み聞きされない。
「どうして報酬を俺に渡そうとするんだ?」
「だって、嵐竜を倒したのはショータ君ですよ?」
当然じゃないですか、と小首をかしげるエステル。
こいつ、さては何もわかっていないな?
「俺が嵐竜を倒したことは二人だけの秘密だって言ったよな?」
「はい! それがあの素晴らしい魔法を教えてくれる条件の一つですよね?」
「そうだ。続けて尋ねるが、あそこでお前が報酬を俺に渡そうとしたら周りはどう思う?」
「きっと、嵐竜討伐でショータ君が活躍したって――あ」
ようやく気が付いたらしく、エステルは慌てて口を押えた。
――うん、こいつはあほだ
「ごごごごごめんなさい! お願いですから、今回は見逃してください!」
「……まあ、今回はバレる所まで行ってないようだから大目に見るよ。次からは気をつけろよ?」
エステルの発言は、翔太以外ではサラにしか聞こえていないはずだ。
サラなら大丈夫だな!
翔太の言葉を聞き、エステルの表情がぱあっと明るくなった。
「はい! でも、この報酬が受け取れないのは本当なので、後でこっそり渡しますね!」
「いや、それはエステルの物だから持ってろよ」
「いえいえ! ショータ君の物です!」
約五分にわたる無言の押し付け合いの結果、皮袋は翔太の懐に押し込まれることになった。
胸元がパンパンだぜ。
「話は終わったの?」
「はい! さっきの話は冗談だったので忘れてください」
「なーんだ、冗談だったのね! びっくりしたわ!」
エステルの雑すぎる言い訳を、見事に信じるサラだった。
エステルがすでに皮袋を握っていないことも、翔太の胸元が膨らんでいないことにも気が付いていないようだ。
「それで――」
エステルはちらりと翔太の方を見てから、言葉を続けた。
「私もショータ君の記憶を戻すのに協力しようかと思います。とりあえず、明日残りの材料を集めに出発しようかと」
「本当! 助かるわ!」
エステルの言葉に、サラが飛び上がった。
「見たところ大体一週間もあれば集められると思いますので、しばしお待ちください」
「わかったわ! 良かったわね、ショータ」
個人的には、薬の完成はショータの嘘がバレるタイムリミットを意味しているのであまり歓迎できるものではないが……。
自分のことのように喜んでくれるサラの顔を見ていると、いやな顔なんてできないだろう。
「ああ。エステル、頼んだぞ」
「はい!」
そう力強く頷くと、エステルはマントを翻して、あっという間にギルドから姿を消した。
***
翌朝――
翔太は、約束通りナリスの屋台を冷やかすサラに付き合っていた。
「エステルはもう街を出たかしら?」
店頭に並べられたパンをしげしげと眺めながら、サラが尋ねてきた、
「昨日の様子だと、暗いうちに出発してるだろうな。今頃街から遠く離れていると思うぞ」
「早く素材が全部集まるといいわね」
「……ああ」
何の変哲もない黒パンを楽し気に見つめるサラには、翔太のあからさまな生返事も気にならないようだった。
「ショータ、このパンも買っていきましょう!」
「また!? 朝からどれだけ買ったと思ってるんだよ」
朝からサラは、屋台の一軒一軒の前で立ち止まっては必ず何かしら買い物をした。
服に装飾品、香辛料に野菜など多種多様な戦利品は、サラの収納魔法に収まり切れない程の量に膨れ上がっていたため、翔太が渋々運ぶのを手伝っていた。
――ったく、何が『私には収納魔法があるからいくらでも買い物できるわ!』だ
他の魔法同様にへたくそなサラの収納魔法は、最初の屋台数件での買い物で容量オーバーだった。
うん、もう魔法に関してあいつに頼るのはやめよう。
「ねえショータ、次はあっちに行きましょう! おいしそうな匂いがするわ!」
「ちょ、両手が塞がってるんだから引っ張るなよ」
いつの間にか買い終えたパン抱えたサラは、翔太の腕をぐいぐいと引っ張った。
「流石に一旦荷物を置かないか?」
「うーん、それもそうね。ああ、でも宿に戻っている間にあの店が閉まらないかしら」
閉まらないよ!
まだ市場が開いて一時間も経っていない。むしろこれから開く店の方が多いくらいだろう。
「サッと戻れば大丈夫だよ。ほら」
翔太に促されたサラは、ひとつ肩をすくめると翔太と並び宿に向かって歩き出した。
二人は徐々に込んできた表通りを避け、一本裏道を進んでいく。
「この道は空いてていいわね!」
朝だというのに若干薄暗い道でも躊躇せずに進むサラの横顔を見ていると、ふと翔太の中でずっと気になっていたとある疑問が浮かんできた。
「そういえばさ、サラは確かローラス王国から来たんだよな?」
「そうよ」
この世界が『プラネッタ』の中だとすると、ローラス王国は今翔太達がいるベルベナ王国よりも東に位置する国だ。
翔太自身あまり注意してみていた国でないが、たしか比較的長く存続している歴史ある国のはずだ。
「どうしてベルベナ王国まで来たんだ?」
サラ相手に遠回しに聞いても仕方が無い。翔太は思い切って本題に切り込んだ。
何か複雑な事情がある場合、あまり踏み込むのはよろしくないが、まあサラなら大丈夫だろう。
「ああ、そのことね!」
案の定、サラはあっけらかんとしてこう言った。
「夢を見たのよ」
「夢?」
ドリーム?
「そうなの! それで国を飛び出してここに来たわけ!」
「……そ、そうか」
やべぇ、ちょっと何言ってるか分からない。
電波さんなのかな?
「えーっと、サラ。それはどんな夢だったんだ?」
「さあ?」
覚えてないのかよ!
「何か大事な夢だったのは覚えてるのよ。大変なことが起こるから、行動を起こさなきゃって思って……」
「でも、それが何だったのかが思い出せないと」
「うん」
サラはそう言って笑顔で頷いた。
――やっぱりあほだな
どうやら、何か夢のお告げのようなものに従ってナリスに来たことまではなんとなくわかった。
魔法がある世界だ。夢のお告げがあってもおかしくないだろう。
ただ、お告げの内容をすっかり忘れてるのにそれに従ってるのは流石の
「記憶喪失の薬が必要なのは、サラの方だな」
「何言ってるのよ! 私は何にも忘れてないからちゃんとショータが飲みなさいね!」
「……ああ」
一ミリも自分を顧みずに発せられたサラの言葉に、翔太はため息をついた。
酔っぱらいが自分は酔っ払っていないと主張するアレと同じだ。
――とはいえ、サラの夢の話は少し気になるな
サラの説明はかなり曖昧だったものの、『大変なことが起こるから』という言葉が嫌に引っかかった。
『プラネッタ』通りなら、この世界は百年後に滅びる。
その予兆くらいはそろそろ始まってもおかしくなく、サラの見た夢がその警告だという可能性も捨てきれなかった。
――十中八九、考えすぎだろうけどな。
念のため、エステルが材料をそろえて薬ができたら、上手くサラを丸め込んで飲ませよう。
翔太がそんな決意をこっそり固めた時、突然サラが歩みを止めた。
「どうした?」
「ねえショータ、あれ」
そう言って、サラは道の先の暗がりを指さした。
「あれは――」
その先には、建物の壁にへばりつくように打ち捨てられた薄汚れた布の塊が落ちていた。
「人ね」
その布の塊からは、針金のようにやせ細った一本の腕が突き出している。
その腕は、まるで必死に何かを掴もうとするかのようにまっすぐ伸ばされていた。
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