06 『嵐と雷』

 「効いてるぞ!」

 

 業火に包まれ、耳をつんざくような悲鳴を上げる嵐竜を見て、翔太は思わずガッツポーズした。

 ドラゴンには魔法が全く効かないはずだが、エステルの魔力が鱗の魔法防御力を上回ったということか。


 「エステル、すごいわね! あの嵐竜が苦しんでるわ!」

 「ふふ、私にかかれば一撃だと言いましたよね?」


 そう言って胸を張るエステル。

 相変わらずフラグを立てるのが大好きな二人だった。


 「グルルル……、グフッ」


 ようやく炎が消えると、エステルの使った魔法のすさまじさが明らかになった。

 谷の底の石は、高温の炎にあぶられ残さず焦げ付いており、そこに佇む嵐竜の緑の鱗は痛々しいまでに焼けただれていた。


 「さあ、追撃よ! 『火球ファイアボール』!」

 「フン!」

 「ああ、そんな!」


 いくら満身創痍でも、サラのしょぼ魔法くらいならまだ鼻息で吹き飛ばせるらしい。

 サラが悔しそうに頭を抱えるているが、あの魔法なら当たったところでダメージは皆無だろう。


 「エステル! 追撃行けるか?」

 「はい、ショータ君! 今準備しています!」


 エステルは再び掌を嵐竜に突き付けたままぶつぶつとつぶやき始めた。

 先ほどもやっていたが、どうやらこの呪文には準備時間が必要らしい。


 「私の魔法発動にはまだ時間がかかります! その間、ショータ君があいつの相手をしていてください!」

 「おう! ……って、行けるか!」


 大ダメージを受けた今の嵐竜相手でも、まったく勝てる気がしないのは変わらなかった。

 翔太なぞサラの魔法のごとく鼻息一つで吹き飛ばされそうだ。


 「大丈夫よ、ショータ! その剣をちょちょーっとあいつに刺してくるだけだから。私もここから援護するわ!」

 「無理です」


 はい。

 そんな簡単にドラゴンに近づいて剣を突き刺すことができるなら、最初から一人で行ってますから。

 あとサラのは全く当てにならない。


 なんとか翔太にも戦わせようと背中を押して谷底に突き落とそうとしてくるサラに抵抗していると、突如聞きなれない声が山に響いた。


 「貴様、何者であるか」


 深く、威厳のある声だった。

 こんな声を出しそうなのは、この場でしかいない。


 「我の鱗に傷をつけるほどの魔法、初めて見たぞ」


 谷底から、嵐竜がまっすぐに翔太達の方を見つめていた。


 し、しゃべったー!


 「さ、サラ。ドラゴンってしゃべるのか?」

 「あれだけ強い生き物よ。しゃべるに決まってるじゃない」


 小声で質問すると、サラはそんなこと常識よ、とこともなげに答えた。


 ――どうやら、この世界の常識は俺のいた地球とは大分違うようだ。


 「私はサラよ。あなたを討伐しに来たわ!」

 「いや、貴様ではなくそっちの赤毛の小娘に聞いている」


 がっくりとわかりやすく肩を落とすサラとは対照的に、嵐竜直々にご指名されたエステルは上機嫌だった。


 「流石ドラゴンさん、私の魔力の強さがわかるんですね」


 いや、たぶん消去法だと思うぞ。

 

 「私はエステル・ブリジット・アメリー・ランジュレ。この国最強の魔術師です」

 「そうか、大陸最強か。それなら先ほどの魔法の強さも頷けよう」

 

 谷底からビー玉のような眼でエステルを見つめながら、嵐竜は大きく頷いた。


 「なあサラ、あいつ普通にいい奴じゃね? 会話も成立する知的な生き物を、わざわざ討伐する必要ないだろ」


 今のところ、寝ている嵐竜を無理やりたたき起こして攻撃魔法を食らわせた翔太達の方が悪者だ。


 「何言ってるのショータ。ドラゴンはね、邪悪で狡猾で執念深くて――有史以来人類最大の敵なのよ!」

 「まじか」


 エステルとの会話を続ける嵐竜の様子を見る限りは、特に邪悪さは感じない。

 そもそも先ほどの攻撃から、エステルの方が実力が上なのはわかっているはずだ。

 いきなり無策で襲ってくることは無いだろう。


 ……ん?


 翔太は、再びエステルの方を見た。

 嵐竜に魔法の威力を褒められ、照れたように頭を掻きながら会話を続けるエステル。


 『私の魔法発動にはまだ時間がかかります!』


 先ほどエステルが使った超火力魔法には、おそらく事前の詠唱が必要だ。だからこそ、詠唱の時間を翔太が稼ぐかどうかでサラとひと悶着あったのだ。


 今のエステルは、嵐竜との会話に夢中で


 『ドラゴンはね、邪悪で狡猾で執念深くて――』


 もしこれが、奴の狙いだとしたら?


 「ふむ、貴様は人間にしては面白いやつだったな。話して楽しかったぞ」


 嵐竜が会話を切り上げる言葉を発した。

 エステルは両手をだらんと下げた無防備な状態のままだ。今攻撃を食らえば、ひとたまりもないだろう。


 「エステル、サラ! 今すぐ逃げろ! これは罠だ!」


 精一杯声を張り上げた翔太の警告は、しかし既に遅すぎた。


 「ふはははは、今さら逃げても無駄だ。『竜巻トルネード』!」


 嵐竜の詠唱と共に、谷底から猛烈な暴風の渦が吹きあがった。

 土も、岩も全て巻き上げて吹きすさぶ風は、まっすぐに翔太達が立っていた尾根に襲い掛かった。


 「きゃあ!」

 「いやっ!」

 「うおっ!」


 一瞬のうちに、翔太の体は空高く舞い上がった。

 洗濯機の中に放り込まれたかのように体が揺さぶられ、一瞬ですべての平衡感覚が失われた。

 翔太の体は高く、高く舞い上がると――


 真っ逆さまに谷底へ落ちていった。


 ***


 どれくらい意識を失っていたのだろうか。


 エステルの魔法により焼けただれた谷底で、翔太は目を覚ました。

 まだ頭が揺れるような感覚と嘔吐感が残っているところを見るに、そこまで長時間気絶していたわけではなさそうだ。


 「痛っ!」


 体を起こそうとした瞬間、左腕に激痛が走った。

 ちらりと見ると、肘から先があり得ない方向に曲がっている。


 ――やばい、完全に折れてるな


 翔太の頬を、冷たい汗が流れた。

 ドラゴンのねどこのど真ん中で、片手が折れたまま寝っ転がっていることの意味など、考えるまでもない。

 逃げなければ、あいつの今晩のおかずは翔太だろう。


 ――そう言えば、サラはどこ行った?


 頭だけ動かして谷底を見渡すと、ちょうど翔太達が立っていた斜面の下に、金髪が見えた。

 あれがサラだろう。


 地面に伏せたままで起き上がる気配は無いものの、その背中がわずかに上下しているため生きてはいるのだろう。

 まあ、サラはなんとなく最後までしぶとく生き残るタイプな気がする。


 ――あとは、エステルと嵐竜の行方だが……


 その瞬間、啓太の耳にエステルの声が飛び込んできた。


 「これでどうですか? 『火槍ファイアランス』!」

 「フン、我にそのような弱小な魔法は効かぬ……、ぎゃあああ!」


 顔を上げると、翔太のいる地点の真上で、嵐竜とエステルの戦いが繰り広げられていた。


 翼を大きく広げ、次々に『竜巻トルネード』を繰り出す嵐竜に対し、エステルは自身も空を飛び回りながら攻撃をよけ、隙を見ては攻撃を加えていた。

 驚いたことに、本気を出した嵐竜に対してもエステルは一歩も遅れをとっていない。


 「……大陸最強だって言ってたのは、あながち嘘じゃないんだな」


 もし無事にナリスに帰れたら、心を込めてエステルに謝罪しよう。


 「ドラゴンさん、自慢の鱗が泣いてますよ?」

 「ぬかせ! 『竜巻トルネード』!」

 「ほい! そんなの当たりませんよ?」


 エステルが、再び嵐竜の攻撃をよけた。

 それでも嵐竜は攻撃の手を緩めずに、二発、三発と『竜巻トルネード』を打ち続ける。


 ――何度同じ魔法を打ったところで、エステルには当たらない。勝負あったな


 このまま戦いが続けば、エステルの勝利は確実だ。

 嵐竜の攻撃は当たらず、エステルの攻撃は全て嵐竜にダメージを与えられる。

 いくら狡猾なドラゴンとはいえ、しょせんは羽の生えたトカゲだ。魔法の無駄打ちくらいしかできないのだろう。


 ――本当にそうか?


 もしドラゴンが本当に賢ければ、実力差を悟った時点で逃げないのだろうか?

 あの翼で全力を出せば、翔太達から逃げ切れる公算は大きいだろう。


 では、なぜあの嵐竜は逃げないのだろうか?

 一見無意味に見えるあの攻撃にも、何か意味があるのだろうか……?


 「ほら、そろそろ魔力切れなんじゃないですか?」

 「抜かせ! まだまだ行けるわ! 『竜巻トルネード』!」


 翔太が頭を回転させているときにも、上空では嵐竜とエステルの戦いが続いていた。

 今回の攻撃はエステルを大きく外れる。


 ――魔力に余裕はないはずなのに、なぜしっかり狙いを定めずに無駄打ちしているんだ?


 嵐竜が本当に賢い生き物だとすると、必ず狙いがあるはずだ。

 逃げずに、エステルとの戦いを続ける狙いが。


 ……何かを待っているのか?


 翔太がその答えにたどり着くのと、上空に突如もう一つの影が現れたのは同時だった。

 

 「エステル! 避けろ!」


 地面に寝転がったまま、翔太は精一杯声を張り上げる。

 しかし、虚しくも暴風が飛び交う上空にいるエステルには届かなかった。


 「ほら、また行くぞ! 『竜巻トルネード』!」

 「どこ狙ってるんですか! そんなの何回打っても当たりっこ無いですよ――」


 「『竜巻トルネード』!」

 「きゃあ!」


 背後に突如現れたが放った暴風が、エステルの背中を捕らえた。


 いくら強い魔法がつかえてもしょせんは生身の人間。

 エステルの体はきりきりと舞い上がると、尾根の向こう側に落ちていった。


 「さて、次はお前だな」

 「我らの寝床に侵入した罪、命を持って償って貰おう」


 二匹の嵐竜は、谷底に横たわったままの翔太に向き直った。


 「終わりだ」

 「一思いに殺してやろう」


 嵐竜たちはそう言うと、口を大きく開いた。

 

 ――ああ、ここまでか


 翔太は、ゆっくりと目を閉じた。

 脳裏には、この世界に来てからの出来事が走馬灯のように次々と浮かんでくる。

 

 ゴブリンの群れに襲われたこと。

 その後、空に現れた光が爆発して、ゴブリンを一掃したこと。


 目覚めた宿屋での、サラとの会話。


 『ナリスっていうのは何処の国にあるんだ?』

 『ベルベナ王国に決まってるじゃない!』


 ――ベルベナ王国。やけに聞き覚えのある名前だったな。

 

 そして、この世界に来る前の記憶も浮かんでくる。


 一番強く思い出されるのは、やはり『プラネッタ』で遊んだ記憶だった。

 何度も隕石を落としたり防いだり、大陸中央部で乾燥が続けば雨を降らせ、火を発見させるために森に雷を落としたりと、色々な苦労があった。

 

 『とりあえず、国はここでよさそうだな』


 あの日もそう言って、ベルベナ王国にアイテムを落とそうとして――


 そうだ、ベルベナ王国だ!ようやく思い出した。

 それは、翔太がアイテムを落とそうとした『プラネッタ』中に存在する国の名前だ。

 翔太はあの日、ベルベナ王国の王都ナリスの均衡にアイテムを落とそうとして、気がついたらあの草原にいた。


 ――となると、この世界は一体……?


 翔太の頭の中で、様々な情報が組み合わさっていく。

 ゲームと同じ名前の国、草原に落ちた光球。


 そうだ、ゲームだ。

 この世界は、『プラネッタ』の世界だ。


 『これが『プラネッタ』ならなぁ。適当に雷か隕石でも落としてあいつらを一掃してやるのに』


 不意に、草原に光球が現れる直前に考えた内容を思い出した。


 「俺は、まだ終わっていない!」


 翔太の眼が、くわっと見開かれた。

 ゆっくりと、動く方の腕を上げてドラゴンたちを指さす。


 もし、ここがゲームの中だとしたらどうする? 

 あの二体の嵐竜は、に仇なす敵だ。

 敵は、一掃しなくてはいけない。


 「終わりだ、人間。『トルネ――」

 「いや、終わるのはお前らだ。 『トニトルス』」


 その瞬間、天から降り注ぐまばゆい光が二匹のドラゴンを蹂躙した。

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