05 『竜退治』

 「そのドラゴン退治の依頼、私が引き受けます」


 少女はそう言いながら、頭を覆っていたフードをたくし上げた。

 その瞬間燃えるような赤毛がはらりと零れ落ち、少女の肩にかかった。


 美しい少女だった。

 まだあどけなさの残る顔の中心で、やや釣り目気味の褐色の眼が爛々と光る。

 首元には、丸に棒を重ねたような不思議なペンダントが付けられている。

 

 「私が引き受けます」

 

 突然の申し出に固まった翔太に対し、少女は畳みかけた。


 「引き受けるって、ドラゴンだぞ? わかってるのか?」

 「はい。もちろんです」

 

 少女は表情一つ変えずに頷いた。

 

 ――こいつは強者だ。ドラゴンをそこら辺のゴブリンと同程度ぐらいにしか思っていないぞ


 「えっと、ドラゴン退治の経験はどれくらい?」

 「何言ってるんですか、そんなの無いに決まってるじゃないですか」


 無いのかよ! あまりに自信満々な態度だったから、実は職業:ドラゴンスレイヤーかと思ったわ!

 翔太は思わず心の中でそう突っ込んでしまった。


 「初めてなのに、そんなほいほい受けて大丈夫か?」

 「何事にも初めての時はあります。心配しないでください。こう見えて私、最強なので」


 嘘だな。

 ちゃんとは見えていないが、フードの下の顔立ちはどう見たって幼い。せいぜい十三、四才といったところだ。


 ――こいつ、さては自信家だな


 話を聞いているとどうも、サラとは別のベクトルでアh――何も考えていないタイプのようである。

 ドラゴン退治の引き受け方が、サラそっくりである。


 「そのとおりよ! あなた、いいこと言うじゃない!」


 ほら、もう一人のアホが食いついたぞー。


 「私もね、ドラゴンなんて意外とあっさり倒せると思うのよ! 何事もやってみなきゃね!」

 

 そう言って、サラは一人でうんうん頷いた。


 「ドラゴン退治のお供はあなたに決めたわ! 私はサラよ。んでこっちがショータ。あなたのお名前は?」

 「エステルと言います、サラさん。私が引き受けたからには、この依頼の成功は保証しましょう!」


 あーあ、意気投合しちゃったよ。

 翔太は、そのまま手を取り合ったきゃっきゃし始めたサラとエステルに冷ややかな視線を送った。


 実はこの一週間、翔太は翔太でドラゴンのことについて色々と調べて回っていいた。

 いくら本気で討伐しないとはいえ、ドラゴンの縄張りにうっかり入ったら無事に返してくれる保証はない。せめて生き残るヒントでもないかと思ってのことだった。

 しかし残念ながら、酒場やギルドでの聞き込みの結果わかったのはドラゴン討伐の過酷さだけだった。

 そもそもドラゴンに魔法は一切効かない。彼らの皮膚は魔法防御力が高く、どんな魔法も跳ね返すらしい。

 そのため、伝説に残っているドラゴン退治はどれも、その時代最強クラスの剣士によるものだった。


 「あー、エステルさん?」

 「エステルでいいですよ、ショータ君」

 

 エステルの方が明らかに年下なのに、君付けで呼ばれたぞ。


 「ゴホン、エステルは剣士なのか?」

 「剣なんか握ったこと無いですよ」


 はい、終わった。


 「ドラゴンには魔法が効かないって聞いたけど……」

 「私の魔法は最強ですから、問題ないです」


 うん、説得は無理そうだな。

 

 とはいえ、まだ希望は残っている。

 ここ冒険者ギルドは、所属する冒険者がむやみに命を落とさないように冒険者の能力に合わせて依頼の受注を制限するのも仕事の内だ。

 あの真面目な受付のお姉さんなら、きっと自身過剰エステルの無謀な受注を止めてくれるはず――


 「あの、これ受けます」

 「ドラゴン退治ですね? はい、承りました」


 止めないのかよ!

 まあ、お姉さんも一週間以上貼られ続けているヤバい依頼を早く掲示板からはがしたかったのかもしれない。


 「受注してきました。これでいつでも出発できます!」

 「流石エステルね! 思い立ったが吉日というし、早速出発しましょう!」


 そう言って、えいえいおーとこぶしを突き上げるサラとエステル。

 今すぐ出発とは、気が早すぎである。


 ここまで来たら、後はドラゴンと出会わないことを祈るしかないだろう。

 なーに、ちょっと探して、いなかったらすぐ帰ればいい。


 ――それにしてもドラゴン退治の記録なんて伝説にしか残っていないのに、教会の魔術師達はどうやってこれまでドラゴンの鱗を手に入れてきたのだろう


 うーん……、鱗、鱗。

 

 あっ。

 これもしかして、ドラゴン倒さなくていいんじゃね?


 鱗だけなら、ドラゴンのねぐらにでも忍び込めば落ちていそうである。


 ――ああああ、これなら依頼内容を討伐じゃなくてドラゴンの鱗探しにすればよかった!


 今からでも変えられないか、とサラとエステルの方を見るが、


 「さあ、待ってなさいドラゴン! 今日があなたの命日よ!」

 「今日中にサクッと倒して、帰ったら宴会ですね!」


 すっかりドラゴンを倒す気になっている二人はどうも止められそうになかった。

 それよりもエステル、フラグを立てるのはやめてくれ。


 ***


 王都ナリスを出発した翔太達一行は、一路ドラゴンが住まうという北の山脈に向かって歩いていた。

 田園地帯を抜け、大きな川を渡り、高くそびえる灰色の山脈に向かって歩くこと数時間。

 山脈に入ってから、次第に道の勾配がきつくなってきた。


 「ふんふふんふふーん、ドラゴンたーいじー♪」


 この、今からピクニックに行くかのようなのんきな歌はサラ。


 「まずドラゴンが吐いた炎を華麗に避けます。そこですかさずカウンター! からの……」


 ニヤニヤしながら自分の勝利パターンを脳内シミュレーションしているのはエステルだった。

 そんな二人の後ろを、翔太はため息をつきながら追いかける。


 ――まさか、本当にすぐに出発するとはな


 最初の宣言通り、翔太達は受注が完了してすぐに出発した。まさに着の身着のままだ。

 サラと翔太はまだしも、エステルはあれだけ自信満々だったのでてっきり何か伝説の剣でも用意していくのかと思いきや、手ぶらのままだ。


 いやほんと、ドラゴンが出ませんように。

 

 「さあ、つきましたよ。ここからがドラゴンの縄張りと言われているエリアです!」


 いつの間にか土からゴツゴツした岩肌に変わった道の上で、エステルがそう宣言した。

 

 「確かに、これは出そうね!」


 周囲を見渡しながら、サラが楽しそうに言った。

 

 ――ドラゴンの縄張りだと聞いた上で見てみると、『いかにも』って感じだな


 周辺は、これまで歩いてきた道とは雰囲気が全く異なっていた。

 地面には草が一本も生えておらず、見渡す限り生き物の気配が全く無い。

 この近くに絶対的強者が存在している証拠だろう。

 心なしか、頬を撫でる風さえ不気味に冷たくなっている気がした。

 

 「な、なあ。ドラゴンは今留守なんじゃないか? 一旦ナリスに戻って体制を立て直そうぜ」

 「ここまで来て何言ってるのよショータ! めっちゃいそうな雰囲気じゃない!」


 だから帰りたいんだよ!


 「ふふ、ショータ君は怖がりですね。大丈夫です、ドラゴンなんて大きなトカゲみたいなものですから」

 「トカゲ」


 戦ったことが無いくせによくもまあそんなことが言えるものだ。


 「でもエステル、縄張りといっても広いんだろ? 俺たちだけじゃ見つけられないんじゃ――」

 「それは問題ないわ。『探索サーチ』!」


 翔太の言葉を遮ったエステルが、唐突にそう叫んだ。

 瞬間、エステルの周囲がぼんやりと緑色に光る。


 「な、なあサラ。あれは何の魔法なんだ?」

 「『探索サーチ』は周辺情報を探索する魔法よ」

 「まさかドラゴンの居場所とかも……?」

 「使い手の熟練度にもよるけど、わかるでしょうね」

 「ちなみにサラが使うと……?」

 「半径五メートル以内なら手に取るようにわかるわ!」


 それは直接目で見た方が早い。

 

 翔太とサラがひそひそ話をしているうちに、エステルの探索魔法が完了したようだった。


 「見つけました。あの尾根を越えた先にいます」


 エステルが、山の稜線を指さした。


 「ドラゴンなの?」

 「遠いのではっきりわかりませんが、かなり大きな力の波動を感じます」

 

 かなり大きな力って。


 「移動されると面倒ですので、早く行きましょう」

 「そうね。 さあショータも行くわよ! ほら、私の剣を使って!」

 「お、おう」


 不幸は繰り返すというが、今回も翔太は無理やりサラから剣を押し付けられてしまった。

 というかドラゴンには魔法が効かないから、実質的な勝敗は翔太の剣にかかっている。


 ――無理無理無理!


 「その剣……、ううん、なんでもないです。さあ、二人とも気を引き締めていきましょう!」


 エステルの言いかけた言葉が気になる所だが、今は深掘りする余裕が無い。

 翔太は、半ばサラに引きずられるようにしてドラゴンのいるという地点に向かった。


 ***


 「いるわね」

 「いますね」

 「うん……、いるな」


 尾根まで登った翔太達は、岩の陰に身を隠しながら谷底を観察していた。

 谷底では、一匹の巨大なモンスターが眠っている。


 ――あれが嵐竜か。想像以上にでかいな


 嵐竜は、頭の先から尻尾の先までゆうに二十メートルはあるんじゃないかというほどの大きさだった。

 口元からは鋭い牙がチラ見えし、恐ろし気な表情を引き立てている。

 全身は一つ一つが掌ほどもあろうかという緑色の鱗に覆われており、そのあちこちから黒く鋭利な棘が突き出していた。

 

 いや、勝てるビジョンが一ミリも思い浮かばない。

 仮に嵐竜が無抵抗だとしても、サラに借りたこの剣でかすり傷一つ付けられる気がしなかった。


 「ん?」


 嵐竜の様子を観察していた翔太の眼が、少し離れたところに光る緑色の物体を捕らえた。


 ――あれ、嵐竜の鱗じゃね?


 砂利に混ざって落ちているは、遠目に見ると嵐竜の体を覆う鱗と同じに見える。


 これはラッキーだ。

 元々翔太達の目的は鱗の入手だけなので、あの落ちている鱗さえ拾えば目的は達成である。

 幸いなことに、鱗はドラゴンから相当離れたところに落ちているため、慎重に進めば気付かれずに拾えるだろう。


 良かった、これであのヤバそうな生き物と闘う必要は無くなった。


 翔太は安堵のため息をつくと、サラとエステルに鱗のことを教えようと口を開いた。


 「サラ、エステル。 ほら、あそこに鱗が――」

 「さあ、行くわよ!」


 無情にも翔太の言葉は遮られ、谷底にサラの声が響く。

 こらっ! そんなに大声出したら嵐竜先輩が目を覚ますだろ!


 「エステル、準備はいい?」

 「私はいつでも大丈夫です」

 「翔太も、突撃の用意はできたわね?」

 「いや、だからあそこに鱗が――」


 ん?

 今『突撃』とかいう不穏な単語が聞こえたんだが。

 誰が?


 ……俺か。


 「さあ嵐竜! 私達と勝負よ!」


 よせばいいのに大声でドラゴンを呼びかけるサラ。

 うん、不意打ちはよくないからね。騎士道だね。


 「グルルルル」


 サラとエステルの会話のボリュームに、とうとう惰眠を貪っていた嵐竜も目を覚ました。

 唸り声を上げながら、周囲をきょろきょろと見渡すその顔が、翔太達を捕らえた。


 目、合っちゃった。


 稜線に立つ翔太達を見つけた嵐竜は、体をゆっくり起こすと口を大きく開いた。


 「グォォオオオオオオオ!」


 その咆哮が、合図だった。

 

 「行くわよ! 『火球ファイアボール』!」


 サラの掌で生成された灼熱の火球が、勢いよく放たれた。

 火焔の尾を引きながらまっすぐ嵐竜へ向かった火球は――


 「フン!」


 嵐竜の鼻息によって、あえなくかき消された。


 ――相変わらず、威力が低い!


 最初から分かっていたオチに、翔太はがっくり肩を落とした。

 どうせエステルの攻撃も通じないのだ。そうなれば、後は翔太が突撃するしかない。


 いかに突撃したふりをして逃げるかについて翔太が考えていると、隣でエステルが声を張り上げた。


 「準備できました、行きます! 『大火ザ・グレートファイア』!」


 詠唱と同時に、嵐竜のいる谷底に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 そして次の瞬間――


 「グギャアアアアアア!」


 地面から立ち昇る巨大な火柱に包み込まれ、嵐竜が悲鳴を上げた。

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