04 『無謀少女』

 「なるほど、記憶喪失ですか」


 教会所属魔術師オットマー・ヴェルナーは、興味深そうに翔太を観察しながらそう呟いた。

 オットマーの観察は興味深そうという領域を超えている。一目見た瞬間から片時も翔太の顔から眼を放さない勢いだ。

 

 「俺の顔に何かついているのか? あの魔術師がめっちゃ見てくるんだけど」

 「何にもついてないわよ。多分、黒い瞳に黒髪が珍しいのよ」


 無言で啓太を見つめ続けるオットマーに聞こえないようにひそひそ声で会話する翔太達であった。

 

 ――確かに、ナリスの街の人の髪の毛は明るかったな


 教会に来るまでの道のりを思い出してみても、確かに翔太のようなはっきりとした黒髪はいなかった。

 とはいえ、それにしても見すぎだろ。いくら珍しくてもしょせん髪の毛と瞳の色だ。三秒で慣れて欲しい。


 「うーん……」

 「どうしました?」


 しまいには腕を組んで唸り始めたオットマーにしびれを切らし、翔太は話しかけた。


 「いや、実は記憶喪失の治療は難しいんですよ」

 「え! 無理ってこと!?」


 サラが驚きの声を上げて椅子から立ち上がった。

 いや、オットマーもそこまでは言って無いぞ。


 「無理ではありませんよ。我々の作れる魔法薬の中に、どんな記憶でも思い出せる薬があるんです」

 

 なんだその便利な薬は。学生時代に手に入れていたら試験前に毎回飲んでいたぞ。


 「ただ、現在教会の方で材料を切らしていて、すぐにはお作りできないんですよ。昨日東の草原で起きた爆発のけが人治療に大分使ってしまって」


 どうやら、かなりタイミングの悪いときに来たようだった。


 「材料はいつ頃手に入るの?」

 「かなり希少な素材も必要ですし、こればかりは分かりませんね」


 そう言って、オットマーは申し訳なさそうな表情をした。


 「そんな……。記憶を取り戻せなかったらショータがかわいそうじゃない」


 思ったよりサラがしょんぼりしているのをみて、嘘をついている罪悪感がよみがえってきた。


 ――とはいえ、記憶喪失が嘘だって言ったらじゃあどこ出身なのか聞かれるよな


 今のところ、翔太にとってサラがこちらの世界における唯一の情報源なのは間違いない。暫くはそのサラに怪しまれるような事態は避けたかった。


 ――一番理想的のは、サラが俺のを直すことをあきらめてくれることなんだが


 そうすれば、翔太の嘘のためにサラが余計な出費をする必要がなくなる。

 どうせ記憶喪失の薬はどうやっても今手に入らない。

 それとなくサラに今記憶を取り戻す必要はないと告げれば、ややこしい問題は全部解決するだろう。


 よし、そうと決まれば――


 「じゃあ、私がその材料を集めて来るわ!」

 「ふぇ?」


 翔太の打算を踏みにじるようなサラの発言に、思わず変な声を出してしまった。


 「本気ですか!?」


 オットマーも、サラの言葉に口をあんぐりと開けた。

 驚きすぎて翔太の顔から今日初めて目を離したくらいだ。

 

 ……なんだその基準。


 「ええ、本気に決まってるじゃない!」


 いや、さっき希少素材がとか言ってたぞ。素人じゃ手に負えないだろ。


 「でも、中にはドラゴンの素材も――」

 「問題ないわ! ドラゴンだろうがファルコンだろうが狩って見せるわ!」


 ファルコンは隼、ただの鳥だ。

 そもそも、ゴブリンすら倒せないサラがどうやってドラゴンを倒すんだよ。

 

 ――というかこの世界にはドラゴンがいるのか


 ゴブリンがいるほどのファンタジー世界なのだから、ドラゴンぐらいいても今さら驚きはしないが。


 「私とショータならどんな素材も集めて見せるわ!」

 

 俺もかよ!


 いつの間にか、翔太のドラゴン狩りへの同行が決まっていた。


 「そうですか。覚悟は本物のようですね」


 自信たっぷりに輝くサラの眼を見て、オットマーは頷いた。

 いや、『やれやれ、あなたの熱意には負けましたよ』みたいな顔してるけど、覚悟も何もサラは何も考えてないと思うぞ。


 わずかな期間ではあるが、翔太はすでにサラの思考パターンを理解してきていた。

 ……理解してしまった。


 「では、必要な素材リストをお渡ししますね。治療費は取りませんので、ついでに欠品している他の素材もお願いします」


 ん? 後半何て言った?

 ちょっともごもごしていて聞き取れなかったぜ。


 「わかったわ! なるべく早くそろえるわね。集めた素材をあなたに渡せばいいのね?」

 「いえ、残念ながら私はまだその薬を作れるクラスの魔法は使えません。当教会にたった一人だけ薬を作れる魔術師がいるので、素材は彼女に渡してください」


 そう言うと、オットマーは羊皮紙に素材リストを書き始めた。

 ちらっと見るだけでも『嵐竜の鱗』だとか『一角獣ユニコーンの角』みたいなあからさまにヤバそうな名前が見える。


 うん、無理だね。


 「ショータ、よかったわね! これを全部集めきれば、記憶が戻るわよ!」


 しかしこんなにいい笑顔をされては、サラに真実を継げるのは無理だった。

 まあ、いくらサラでもいきなりドラゴンを倒しにはいかないだろう。どうせ最初の素材あたりで躓くだろうし、それまで付き合ってあげるぐらいの義理はあるはずだ。


 わくわくした顔で羊皮紙を見つめるサラの横顔を見ながら、翔太はそんな決意をしていた。


***


 「さあ、早速ドラゴン退治よ!」


 嘘……、だろ……?


 オットマーからリストを受け取って教会を出発してすぐ、サラはそんなとんでもないことをぶち上げた。


 「いやいやいや。気持ちはうれしいけど、流石にいきなりドラゴンは無謀だろ」

 「何言ってるのよ、ショータ。こういうのは一番難しい所から片付けた方が後が楽になるのよ!」


 いや、そういう考え方も確かにあるけど!

 最初が難しすぎれば、そこでジ・エンドだ。


 「サラ、一旦冷静になろう。俺たちは昨日ゴブリンに苦戦したよな? ドラゴンにいきなり行くなんて死にに行くようなもんだと思わないか?」 

 「ゴブリンとドラゴンは違う生き物よ?」


 わぁ、一点の曇りもない瞳。

 どうやらサラは本気で、ドラゴン退治もやってみなければ分からないと思っているようだった。


 ――これは説得は難しそうだな


 サラの一度走り出したらとまらない暴走機関車っぷりは理解した。

 こうなったら、ドラゴン退治に行くフリをして適当なモンスターでお茶を濁す作戦だ。


 どうせサラは単純だから、スライム一匹でも倒せば満足するだろう。

 ただ、この作戦には大きな穴があった。


 ――俺とサラ、二人掛かりでもスライム一匹倒せないんだろうなー


 木製の盾すら燃やせない魔術師(?)のサラに、魔法はおろか剣術も使えず体力すら乏しい現代人の翔太。

 下手したらスライムにやられてゲームオーバーだろう。

 草原のゴブリンの時のように都合の良い爆発が今回も起きるとは思わない方がいいだろう。

 

 パーティメンバーに、せめて一人ぐらいは腕の立つ仲間が欲しい。


 「サラ、確かにドラゴン退治はやってみないと分からない。それでも俺たちだけじゃ難しいと思うんだよ。なんとか仲間を集められないか」

 「確かに、ショータの言うとおりね。うーん、仲間ね……」


 サラは少しの間逡巡すると、何かを思いついたかのようにぽんと手を打った。


 「冒険者ギルドに相談してみましょうか!」



 冒険者ギルドは、『冒険者』と呼ばれる職業の人々が登録する協会である。

 この世界における冒険者は、いわばフリーランスの何でも屋だった。

 報酬金さえ払えば薬草採取から土木作業、はてはモンスター退治まで何でも引き受ける。


 サラのアイデアは、その冒険者ギルドでドラゴン退治の仲間を探すことだった。


 「ようこそナリス冒険者ギルドへ。ご依頼ですか?」


 教会から徒歩で十分程度のところにあったギルドへ入った翔太たちは、依頼受付のカウンターに向かった。


 ――まさか異世界に来て、ギルドに依頼する側になるとはな


 こういうファンタジー世界なら、依頼を受ける側が定石というものだ。

 それもこれも、サラがとんでもない約束をしたからである。


 そんな翔太の恨めしそうな視線には気が付かず、サラは受付のお姉さんとのやり取りを続けていた。


 「ちょっと退治を手伝って欲しいモンスターがいるのよ」

 「討伐依頼ですね。モンスターの種類と数によって依頼料金が変わりますが、どのモンスターでしょうか」

 「ドラゴンよ」

 「ドラっ……!?」


 すまし顔で対応していたお姉さんも、流石にドラゴンの名前を聞いて絶句した。

 そりゃそうだろう。ドラゴンなんて個人が気軽に討伐依頼を出すようなモンスターじゃない。


 「ド、ドラゴンですか。か、かなり料金が高くなってしまいますが――」

 「大丈夫よ!」


 若干引き気味のお姉さんの言葉を元気よく遮ると、サラは懐から大きな皮袋を取り出した。

 スイカでも入っているんじゃないかという程膨らんでいる。

 ……というかそんな大きい袋をどこにしまってたんだよ。


 「収納魔法よ」


 翔太の表情を見て、サラはこっそり教えてくれた。

 さいで。


 「ここに金貨で一万枚あるわ。これで足りるかしら」

 「いちまっ……! い、いくらドラゴンでもそんなにはかからないと思います」


 お姉さんは完全に引いていた。

 この世界の通貨基準がわからないが、流石に金貨一万枚が大金なのはわかる。

 サラがどうしてそんな大金を持っているのか興味がわいてきたが、なんとなく踏まなくてもいい虎の尾を踏むことになりそうだったので黙っていることにしよう。


 「じゃあ、依頼を進めてくれるかしら?」

 「は、はい。さすがに討伐対象が対象なので、中々見つからないと思いますが依頼書の作成を進めますね」

 「ええ、お願いね。これだけいるし、すぐに見つかるでしょ」


 どこまでも気楽なサラであった。


***


 掲示板に依頼を貼りだしてから一週間。


 「全然引き受けてくれないじゃない!」


 今日も依頼の状況を確認しに冒険者ギルドにやってきた翔太とサラは、相変わらず掲示板に貼られたままの依頼を見つけた。


 「どうして誰も手伝ってくれないのよ!」

 「どうしてって、そりゃ――」


 翔太は改めて、掲示板に貼られた自分たちの依頼書を読んだ。



 依頼の種類:モンスター討伐

 討伐対象:嵐竜

 報酬:金貨千枚

 補足:依頼人も討伐に同行。なお、依頼人はどちらも戦えない


 

 うん。こんな地雷依頼、誰も引き受けないな。

 翔太達の依頼の横並んでいる紙には、薬草採取で銀貨十枚だとかゴブリン討伐で金貨一枚といった平和そうな依頼が並んでいた。


 翔太達の依頼は、明らかに場違いだった。

 伝説級のモンスターであるドラゴン退治だけでも人が集まらないのに、素人二人――翔太とサラを守りながら戦うなど無茶苦茶だ。

 いくら報酬金が破格とはいえ、かえって依頼の難易度の高さを強調しているようにしか見えず逆効果だった。


 「サラ、残念だけどドラゴン退治は諦めるしかないようだな。この依頼はキャンセルしよう」

 「いやよ! ドラゴンの鱗が無いと、ショータの記憶が戻らないのよ! きっと明日は誰かが引き受けてくれるわ!」

 

 サラはまだ、希望を捨てていないようだった。


 「そうは言うけどな、周りの依頼を見てみろよ。ここにはこんなヤバい依頼を受けるもの好きなんて――」

 「すみません」


 唐突に、翔太は肩を叩かれた。


 「何ですか?」


 振り返って声の主を視界に捉えると、ローブに身を包んだ一人の少女が立っていた。

 被ったフードから、燃えるような赤毛が零れ落ちている。


 少女は、まっすぐに翔太を見上げると、こう言った。


 「あの依頼、私が受けます」

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