03 『衝撃の後で』

 眩いばかりの白い光に視界を覆われた翔太は、咄嗟に目を閉じて地面に伏せた。


 その直後、猛烈な衝撃波が翔太に襲い掛かった。


 「がはっ!」


 全身がバラバラになりそうなほどの暴風に、翔太が地面から引きはがされる。

 

 ――やべぇ、死ぬ


 爆発の光と衝撃波で目と耳がとっくに機能していなかったところへ、さらに空中に投げ出されたことで方向感覚も失った。

 無様に手足をばたつかせても、その手は何も掴まない。

 

 ――痛てぇ……


 頭の先からつま先までまんべんなく感じる、金属バットで殴打されたような痛みだけが唯一の感覚だった。

 時間も、空間も、何もかもが分からない。


 翔太の意識は、そこで途切れた。


***


 「……きて、起きて!」


 遠くの方で、そんな声が聞こえた。


 「ほら、早く起きなさい! もう大丈夫よ!」


 深い海の底に沈んだかのような翔太の意識が、ゆっくりと覚醒し始める。

 それに伴い、声がだんだんと近くで聞こえるようになってきた。やけに聞き覚えのある声だ。


 「ん……」


 翔太は、ゆっくりと目を開いた。

 体中が軋むように痛み、手足は鉛のように重い。

 かすむ視界の端に、ぼんやりと人影が見えた。


 「起きたのね!」


 ようやく焦点の会い始めた翔太の眼に、木製の梁がむき出しになった天井が飛び込んできた。

 どうやら、どこかの建物の中にいるようだ。

 視線を動かすと、翔太の眼は人影の顔を捕らえた。あの、草原で出会った少女だ。


 「……お前か」

 「私のことを覚えているのね!」

 「ああ、覚えている」


 俺は忘れないからな。一人でさっさと逃げ出したこいつの背中を。


 「ああ、よかった!」

 「ちょ!」


 返事を聞くなり、少女は涙を流して翔太に抱き着いてきた。

 最初に抱き着かれた時以上の痛みが全身を突き刺す。


 「痛っ、痛いって!」

 「ああ、ごめんなさい!」


 少女は、慌てて翔太から離れた。


 「お前が助けてくれたのか?」

 「ええそうよ。ゴブリン共から逃げていたら、いつの間にかあなたがいなくなって、慌てて戻ろうとしたら突然大きな爆発があったのよ」


 どうやら、見捨てずに助けに来てくれたらしい。

 翔太の中で、少女の株が少し上がった。


 「そんなにすごい爆発だったのか?」

 「すごかったわよ! 太陽よりも明るくて、私も衝撃波が強すぎて暫く近づけなかった程よ」

 「でも助けに来てくれたんだな」

 「あなたを巻き込んだのは私だもの。見捨てることなんてできないわ」


 少女はそう言って、首を振った。

 なんだかんだ言って、根はやさしくて責任感のある人物なのだろう。


 「ありがとな、俺を助けてくれて」


 視線を下に移動すると、翔太の手足には不器用ながらも清潔な包帯が巻かれていた。

 きっと彼女が、ボロボロになった翔太を救い出し手当てをしてくれたのだ。

 急に剣を押し付けてきたり、爆発が起きるまで振り返らずに一人で逃げたことは水に流そう。


 「お礼なんていいわよ。おかげでゴブリン共から逃げ切れたから」

 

 顔の前で手をぶんぶんと振りながら、少女は肩をすくめた。


 「そんなことよりも、あなたすごいのね!」


 少女が、ぐいっと顔を近づけてきた。その眼には、うっすらと尊敬の色が浮かんでいる。


 「すごい? どういうことだ?」


 あの爆発が翔太の力だというのなら、ここは誤魔化すつもりだった。まだ翔太の中でも整理がついていないポイントだ。

 しかし、少女の口から出てきたのは、予想に反する言葉だった。


 「あんなすごい爆発の中で、無傷だったなんて。どんな魔法防御術を使ったのよ」

 「……無傷?」

 「ええ、そうよ! ゴブリン共なんて跡形もなく吹き飛んでいる中、あなたはかすり傷一つ追ってなかったわよ」


 ちょっとまて。

 翔太は、痛みをこらえながら包帯の巻かれた右手を持ち上げた。


 「この傷は?」

 「ああ、それは私があなたを運んでる途中、坂道でうっかり落としちゃって……。 あっ」


 余計なことを言っていることに気付き、少女は慌てて口をつぐんだ。

 

 ――いや、もう遅いって


 翔太の中で、少女の株ががくんと下がった。

 

 「まあ、ここまで連れてきてくれたことに免じて聞かなかったことにしよう」


 草原に放置されるよりはましだったはずだ。


 「それで、ここは?」


 会話がひと段落したタイミングで、翔太は話題を変えた。


 「宿屋よ。ナリスの」

 「宿屋?」


 翔太は痛む体を無理やり引き起こし、ゆっくりと部屋の様子を観察した。

 

 粗末で埃っぽい、小さな部屋だった。

 部屋の中には白いシーツが敷かれた小さなベッドが二つ。そのうち一つに翔太が寝かされている。

 石造りの壁には小さな窓が開いており、そこから日光が差し込んでいた。


 翔太の知っているホテルの概念とはだいぶ違うが、言われてみれば宿屋に見えなくもなかった。


 「ごめんなさいね。私あんまりお金を持ってなくて、安宿しか取れなかったわ」

 「いや、助けて貰った身で贅沢は言えないよ」


 それよりも――


 「さっき、どこの街の宿屋だって言ったんだ?」

 「ナリスよ」


 ナリス。なんとなく、聞き覚えのある地名だった。


 「ナリスっていうのは何処の国にあるんだ?」

 

 翔太の質問に、少女の表情が変わった。


 「ベルベナ王国に決まってるじゃない。大丈夫? 頭でも打ったのかしら……」


 少女は心配そうな表情で、翔太の額に手を当てた。

 熱で頭が狂ったとでもいうのか。


 「い、いや。そのな、この辺りははじめてなんだ」


 流石に、他の世界から来たといってもすぐには信じてもらえないだろう。

 何とか誤魔化そうとする翔太だったが、少女の眼には不信感が浮かんでいた。


 「あなた名前は?」

 「し、翔太」


 少し迷ったが、とりあえず本名を告げた。


 「ショータ……。珍しい名前ね」


 なんとなく発音がおかしい気もするが、つっこむのが野暮というものだろう。


 「ショータはどこから来たの?」

 「えーっと……」


 なかなか答えに困る質問をしてくる。

 翔太が黙り込んだのを見て、少女の眼が細くなった。


 「ひ、東の方かな?」

 「東? ローラス王国から来たの?」

 「そ、そうなんだよ! ローラス王国から来たんだよ!」

 「偶然ね! 私もローラス王国から来たのよ!」

 「すいませんでした!」


 翔太は見事なまでのスライディング土下座をキメた。

 体が痛いとかそんなことを言っている場合じゃない。ローラス王国とかいう国について深く聞かれたら、すぐにボロが出てしまう。


 「本当は、自分でもどこから来たのか分からないんだ!」

 「どういうこと?」

 「記憶喪失なんだよ。気がついたらあの草原にいたというかなんというか……」


 後半尻すぼみになりながら、無理やり言葉を紡ぐ。

 我ながら、苦しすぎる言い訳だった。


 「そう……」


 少女の眼が、さらに細くなった。


 ――いや、流石に適当なこと言いすぎたか……?


 「そういうことだったのね!」


 信じた。

 

 「それで、ナリスのこともベルベナ王国のことも知らなかったのね!」

 「そう、そうなんだよ!」


 少女はそう言って、納得したように手を叩いた。

 他人ながら心配になる素直さだ。


 「それで、どこか行く当てがあるの?」

 「いや、ない」

 

 これは本心だった。

 ゴブリンとの闘いやその後の爆発を経験し、流石に翔太もここが夢の世界ではないことがわかった。

 だが、自分がなぜここにいるのか、どうやってきたのかは全く心当たりがない。

 冷静になればなるほど、途方に暮れてしまう状況だった。


 「そうよね。全部忘れてるものね」


 少女は一つ頷くと、右手を差し出してきた。


 「よかったら、暫く私とコンビを組まないかしら?」

 「コンビ?」

 「あなたの記憶が戻る手助けをしてあげるわ」


 はたして、このお人好しな誘いに乗るべきか。

 

 ――少なくとも、初めの内はこの世界についての知識が必要だな。それに、生きていくためにどうやって稼ぐかも、今の俺には全くアイデアがない


 現状、翔太の方に断る理由は無かった。


 「助かるよ」


 翔太は、差し出された手を握った。

 驚くほど細く、繊細な手だった。


 「私はサラ。ローラス王国出身よ」


 握った翔太の手に自らの左手を重ねながら、少女はそう自己紹介した。

 

 ――そういえば、名前を聞いてなかったな


 「ショータ、早速だけど、実はあなたの記憶を取り戻す当てはあるのよ」

 「当て?」

 「教会に行きましょう」


***


 「うわぁ……」


 薄暗い宿屋の扉を開けて明るい通りに出た途端、翔太は感嘆の声を上げた。


 「へへーん、すごいでしょ! 何といってもナリスは大陸最大の都市だからね!」


 続けて出てきたサラが、そう説明してくれた。


 ――大陸最大の都市か。確かにその通りだな


 目の前の道路の中央を、大小様々な馬車がひっきりなしに通り過ぎていく。

 道路の両側には様々な出店が軒を連ね、威勢のいい客引きの声が通りに響いていた。


 「さあいらっしゃいいらっしゃい! 今日は小麦が安いよ!」

 「兄ちゃん兄ちゃん! ナリス名物のスープ、飲んできなよ!」


 いずれの店の前にも人だかりができ、賑わいを作り出していた。


 「この宿屋は市場のすぐそばにあるのよ。賑やかで楽しいでしょ?」

 「ああ」

 「後で一緒に冷やかしましょう!」


 満面の笑みで、サラがそう言った。

 サラはお金が無くて安宿を取ったとか言っていたが、絶対市場に近いからこの宿をとったのだろう。


 「さあ、教会はあっちよ!」


 サラが指さす方を見ると、低層の家々が立ち並ぶ中、とんがり屋根のひときわ高い建物が見えた。

 あれが教会なのだろう。


 「教会はね、寄付に応じて病気の治療もしてくれるのよ。特に、魔法を使った治療は教会の専売特許といってもいいわね」

 「魔法を使った治療?」

 「ええ。大けがや流行病、ショータみたいな記憶喪失の治療に必要な魔法は、ここナリスの教会にしか使えないわ」


 道すがら、サラは教会について詳しく教えてくれた。


 「そもそもベルベナ王国は大陸で一番魔法技術が発達している国なのよ。その首都ナリスにある教会には大陸最強レベルの魔法の使い手がゴロゴロしているって聞くわ」

 「そいつらが、治癒魔法を使ってくれるのか」

 「そういうこと。さあ、着いたわよ!」


 サラが立ち止まった。

 いつの間にか、教会の前についていたようだ。


 「いい、神父さんを怒らせちゃダメよ? ちゃんと丁寧にあいさつして、お願いするの」

 「怒らせたらどうなるんだ?」

 「お金だけ取られて、治療してもらえないわ」


 なんだその阿漕な商売は。

 

――まあ、いずれにしろ記憶喪失なんて嘘だから、治療はしてもらえないか。


 サラに無駄金を支払わせるのも悪いし、途中で適当な理由をつけて帰ろう。


 そんなことを考えながら、翔太は教会の扉を開いた。

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