40 ずっと愛しています

 ひよりの、実の父親。


 ひよりが辛い境遇に陥るそもそもの原因となった人物。


「……そうか、あんたが」


 俺は拳を握り締めた。


「何だよ、ガキ。怒ってんのか?」


 ひよりの父親は半ば挑発するように言った。


「当たり前だろ……あんたのせいで、ひよりは」


 ひよりが俺にきゅっと抱き付く。


「私たちだって、怒っているんだけど?」


 そう言ったのは、マリナだった。


「ん? どした、マリナ?」


「自分で勝手に女を作って、勝手に娘を人の家に預けるとか……このクズ男が! だいたい、何でひよりの本当のお母さんに親権を譲らなかったのよ!」


「だって、可愛い娘だから、そばに置いておきてえなと思って。でも、次の嫁さんが、ひよりが邪魔だって言うから。俺としては何とか一緒に暮らしたかったけど……さすがに娘とはヤレないだろ?」


「は?」


「まあ、俺はモテるから、その女にフラれてもまた他に相手がいたけどさ~。その時は、その女の体にゾッコンだったから」


「何それ……キモ」


「マリナ、お前も俺に抱かれれば分かるよ」


 ヘラヘラと笑って言う男を見て、マリナは怒りを通しておぞましさを感じているようだった。


「あんた、最低だな」


 充希くんが静かに睨む。


「充希、お前ってまだ童貞?」


「だから?」


「かっ、ガキが知った風な口を利いてんじゃねえよ」


 ひよりの父はバカにしたように笑う。


「おい、兄さん。あまり俺の子供たちを侮辱するな」


 徹さんが奴の肩を掴んで言う。


「珍しいな、お前が俺にそんな顔をするなんて。小さい頃、憶病だったお前を助けたやったのは、誰だっけか? お前、そんなんだから、カミさんにも逃げられるんだよ」


「ぐっ……」


 悔しそうに歯噛みをする徹さんの手を、半笑いで払った。


「とりあえず、俺が今日ここに来た用件は一つだよ。ひよりを引き取る」


「は? 兄さん、今さら何を言っているんだ?」


「あぁん? 俺の娘なんだから、別に良いだろうが。お前らには、ちょっと預けていただけだろうが。ていうか、お前らも厄介払いできて清々するだろ?」


 そう言われて、みんな口をつぐんでしまう。


「さあ、ひより。俺の所に来いよ。良い女になったから、お父さんがたっぷりと可愛がってやる……何てな」


 そう言われて、ひよりはひたすらに震えていた。


「……それは無理ですね」


「あ?」


 ひよりの父は俺を睨む。


「俺とひよりは今、一緒に暮らしているんだ。だから、あんたみたいなクズに、大切なひよりは渡せない」


「秀次さん……」


 ひよりは涙目になって、俺を見つめた。


「このガキ……」


 ひよりの父は目を尖らせると、


「ふざけんな!」


 俺の頬を殴りつけた。


「ぐっ……」


 無防備だった俺は床に倒れる。


「秀次さん!」


 ひよりが悲鳴を上げた。


「おい、兄さん! やめろ!」


「そ、そうよ! 暴力は最低よ!」


「マジであり得ない……!」


「うるせえ!」


 ひよりの父は俺に寄り添うひよりを引き剥がし、俺を殴り続ける。


「おら! おら! 立てよ!」


「お、お父さん、やめて!」


 ひよりが懸命に止めようとするが、ひよりの父は止まらない。


「……殴りたければ、いくらでも殴れば良い」


「あぁ?」


「けど、俺はあんたを殴らない」


「何だ、デカい図体して腰抜けなのか?」


「違う。あんたが……ひよりの父親だからだ」


 奴は動きを止める。


「だから、俺は絶対にあんたを殴らない」


 俺は立ち上がる。


 そして、ひよりを背中に置いた。


「その代わり、俺はひよりを守る盾になる。指一本、触れさせねえ!」


 俺の怒声が響き渡ると、ひよりの父はわずかに揺らいだ。


「……ちっ、生意気なクソガキだ」


 そして、拳を握り直す。


「だったらお望み通り、ボコボコにしてやるよ!」


 俺に向って来た。


「――やめてええええええぇ!」


 ひよりが俺の前に立ちはだかる。


 ひよりの父は急ブレーキをかけて止まった。


「ひ、ひより……」


 そして――ひよりはビンタをした。


 実の父親を。


 叩かれた彼は、頬を押さえて、しばし呆然とする。


「……お父さん、やめて。私の大好きな……大切な……愛する人を傷付けないで!」


 その目に涙を浮かべながらも、ひよりはハッキリと自分の意志を告げた。


 トラウマの根源たる、父親に向って。


「……ひより」


 最後に、もう一度だけ娘の名前を呼ぶと、彼はくるりと背中を向けてリビングの扉に向かう。


「……お父さん」


 ひよりがその背中に呼びかける。


「……邪魔したな」


 そして、去って行った。


 その場に残された俺たちは、しばらく無言だった。


「……あっ、秀次さん。ケガ、大丈夫ですか?」


「ああ、ひより。お前のおかげで、助かったよ」


「そんな、私のせいで……」


 俺は涙ぐむひよりを抱き締める。


「大丈夫だよ、ひより。大丈夫だ」


「秀次さん……」


 俺とひよりは抱き締め合う。


 その姿を、家族が優しく見守ってくれていた。




      ◇




 俺はとてもドキドキしていた。


 あの甲子園の舞台よりも緊張しているかもしれない。


 いや、きっとそうだ。


 なぜなら――


「――秀次さん」


 ベールを取った彼女は、いつにも増してきれいだった。


 普段と衣装も化粧も違うこともあるけど……


 それだけじゃない。


「ひより……素敵だよ」


「て、照れちゃいます……」


 そんな俺たちを、周りのみんなが茶化す。


「おーい、ラブラブ夫婦ぅ~! 俺らの視線を忘れるな~!」


「そうだ、そうだ~!」


「ひよたん可愛いよ~! 秀次もイカす~!」


「うおおおおおおおおぉん!」


「ちょっ、お父さん泣き過ぎ」


「あらあら」


「ううううぅ~!」


「うわ、パパも泣き過ぎ。引くわ~」


「まあ、良いんじゃない。今日くらい」


「良いな~、俺も結婚しようかな~! 相棒の真似をして」


「真似って何だよ、光」


「そうよ、真剣に考えなさい」


「じゃあ、彩香。俺にしておく?」


「う~ん……ごめんなさい」


「うわっ、スターがフラれた。ウケル~」


「参ったね~」


「ツグツグ~! ひより~ん! おめでと~う!」


 映研のみんなに、野球部のみんなに、親友と家族たち。


 全く、本当に騒がしい連中だ。


 でも、嬉しいな。


「では、誓いのキスを」


 神父さんに微笑まれて。


 俺とひよりは向かい合う。


「ひより、ずっと愛しているよ」


「秀次さん、ずっと愛しています」


 そして、俺とひよりはキスをした。


 周りが大いに盛り上がるけど、また二人だけの世界に浸れた。




 こうして、俺は素晴らしい嫁と一緒になれた。







『コンビニバイト仲間の女子が辛い境遇だったので俺の所に来いと言って同居したら嫁力が素晴らしかった』







 完







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